センエース~経験値12000倍のチートを持つ俺が200億年修行した結果~(コミカライズ版の続きはBOOTHにて販売予定)
72話 偽善と可能性
「なにやら、興味深い結論が出たようだな」
うんうんと頷きながら、そんな事をつぶやくホルスドに、ゼンは言う。
「てめぇ……なんで、黙って見ていた? どうせなら、ゲロビかなんかで吹っ飛ばしてくれれば、この狂ったバカ女と、さっきみたいなクソ以下の会話をしなくてすんだってのに……」
「愚問だな。そこの女が、私の『なぜ戻ってきたのか』という質問に答えてくれていたから、一応、質問した手前、最後まで聞いていただけの話。というか、それ以外の理由などないだろう? 私に答えていた訳ではなかったが、結果が同じなら別に構わない。さて、疑問もスッキリしたことだし、そろそろ絶望を再開しようか」
ホルスドは、いい笑顔で、
「私は実に運がいい。男の方の眷属……貴様の存在は実にすばらしい肥料となりうる。貴様が死ねば、女の方の眷属は、より美しく壊れる事だろう。こうなったら、貴様は絶対に逃がさない。慎重に、丁寧に、じっくりと……究極の絶望を演出してやる」
両手の、すべての指をパキパキと鳴らしながら、
「優秀な肥料になりうる、愚かで無様で何より無能な、男の眷属よ。実益をかねた褒美をやろう。1分やる。別れの言葉を交わすがいい。できるだけ、感情を交わしあえ。この上なくセンチメンタルに頼むぞ。貴様らの絆が深まれば深まるほど、それが壊された時の芸術性が増す」
「なんつーか、てめぇ……ほんと、いい感じにくさってんな。しっかりと嫌いだぜ。不幸を眺めて何が楽しいんだ。いや、分かっているさ。そういうのにしか受容器が反応しないヤツ。いるんだよな、実際。なんでかわかんねぇけど、そういう野郎は実在する。意味がわかんねぇ。クソが……ほんと、ムカつくわぁ……殺してぇ……絶対に出来ないけど……くそが……自分の弱さに、何よりもムカつく……」
『ホルスドみたいなヤツが実在する』という事実はどうでもいい。
趣味嗜好は千差万別。
多種多様で、だからこそ、世界は無色じゃなくなっていく。
問題なのは、『そういうやつらが存在する』って事実じゃなく、『そういうムカつく連中相手に【己のエゴ】を通す【力】がない』って現実。
――力。
向こうの世界でいえば、権力や金。
ここでなら、
魔法の知識や剣の腕。
力を持たないという悪。
それが今のゼンが犯している罪。
――両手を上げて愛や正義を騙るつもりはねぇ――
それは最も醜い悪だ。
『通せない偽善』は『悪』にも劣る。
この世に本物の善はない。
そのぐらい知っている。
だからこそ、偽善は尊い。
ゆえに、口だけの偽善は醜くもある。
表裏一体とか、そんなかったるい話じゃない。
付随する前提の違いだ。
善なんて存在しないと知りながら、それでも貫こうとする決死の想いが『偽善』だ。
だから、それを穢す、上澄みだけのハリボテは許せねぇ。
偽善をおためごかしに使うんじゃねぇ。
偽善は、『存在しない善』なんかよりも遥かに貴い、数少ない本物なんだ!!
つまりは、而して!
――欲しいのは、
理不尽な悪を黙らせるエゴ――
――罪(神)を殺す力――
それでも『善』でありたいと『願う心』――そんな『業』を貫く力。
醜いばかりの、けれど尊い『我』を通すための可能性。
(せめて、もう少し時間があれば……いや、それは言い訳だ……意味ねぇ)
心の中でボソっとそう言ってから、ゼンは、シグレの目をチラっと見る。
イライラする。
せめて、
せめて、誰かを救えて死ねたなら、
――まだ――
「バカ女が、バカ女が、バカ女が……」
命の価値なんて知らねぇ。
重さなんか知った事か。
命に重さがあるっていうなら、その量りはなんだ?
くだらないテンプレが、頭の中で濁っていく。
けど、思うんだよ。
どうせ死ぬなら、『せめて欲しかった』、って。
――『この為に産まれてきたんだ』って『誇り』が欲しかった――
「逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった、逃げればよかった……」
「後悔された分だけ、嬉しぃなってくるなぁ。それほどの『しんどい決断』を、あんたは、あたしのために下してくれたんやから」
「お前のためじゃない」
「ほな、なんのため?」
「……うるっせぇよ、どいつもこいつも……それは俺が一番聞きたい事なんだよ、クソが」
吐き捨ててから、
「くそくそくそ、せっかく、念願だった異世界に来られたってのに……チートまでもらったってのに……結局、何も出来ずに終わっちまった……せめて、GPだけでも使って死にたかった……」
その発言を聞いて、シグレの頭に戻ってきていたニーが、
「? 何を言っているの? 使いたいなら、使えばいいんじゃない? ていうか、なんで使っていないの? GPでステータスの一つでも上げていれば、今よりはマシに戦えていたはずなのに」
その発言を受けて、ゼンは、深く溜息をつきながら、
「……使い方がわかんねぇんだよ」
恥ずかしそうに、そう言った。
みっともなさで死にたくなる。
あと数秒で死ぬってのに、
どうして、死にたくなるのだろう。
――なんて、そんなくだらない事を考えていると、ニーが、
「は? 使い方? そんなの、数真に呼びかければいい……だけ……――」
「「――」」
互いに、顔を見合わせて沈黙。
ニーの発言を聞いた瞬間、ゼンの頭が高速で回転する。
同時に、ニーの頭も回転していた。
知らない?
ウソでしょ?
なんで?
まさか、御主人、教えずに送りだした?
なにやってんの、御主人!!
言いたいことが溢れ出ているニーの脳内。
それと比べて、ゼンの思考は明確で単純だった。
知っているのか?
使えるのか?
だったら――
――まだ、可能性は――
「残り10秒。実に無意味な時間だった。まったくセンチメンタルでも色っぽくもない、どころか、傷をなめ合いすらしない。最悪だ。もう少し楽しい会話をしてほしかったが……ふん、もういい。これ以上時間をやっても、どうせ同じだろう。バカ二匹を合わせても楽しい反応は起こらない。勉強になった。――0。では、死ね」
言いながら、ピンと伸ばした指をゼンの心臓に向けたホルスド。
高まっていく、指先の魔力。
収束していく力。
ポっと光る直前。
圧縮された時間の中で、
(間に合え――)
ゼンは、
「限定空間、ランク5!!」
叫びながら、ゼンは、『注文の多い多目的室』を地面に突き刺した。
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