【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

はふりの器(23)




「眩しいな……」

 瞼を開ける。
 どうやら、もう朝のようだ。
 俺は、外から窓越しに入ってくる太陽の光を眩しく感じながら布団の中で2度寝するために目を閉じる。

 ――トントン

 ドアが数度叩かれる。

「お兄ちゃん、もう朝だよ! 起きないと駄目だよ!」

 ガチャっという音と共に、妹の鏡花が部屋に入ってくる。
 
「お前は、また学生服を着ているのか?」
「うん! 男の人って女子学生の服が好きって公民館のネットで見たの!」

 妹の名前は、山岸鏡花。
 身長は150センチほどの小柄。
 腰まで届く艶のある黒髪に、大きな円らな黒い瞳、鼻筋の通った顔つきに小さな唇といい、――兄の俺が言うのもなんだが、かなりの美少女である。

 まぁ、妹は妹だ。

「お前は、俺のことを何だと思っているんだ」
「私のことが大好きなエロ大魔神?」
「――ちっ」
「待って! いま、舌打ちしたよね!」
「別にしてない。――というか今日は、帰省してきたばかりのせいか変な夢を見て寝足りないんだから寝かせてくれ」
「えー! でもでも! 今日は、お父さんが神堕神社について伝えたいことがあるって言ってたよ?」
「はぁー」
「溜息? ねえ? 溜息なの? 愛しの妹が起こしに来ているんだから起きないと損だよ!」
「――ちっ。大体、俺は神社を継ぎたいとは、ぜんぜん! これっぽっちも思っていないんだよな」
「それ、お父さんに言ったら怒られるよ?」
「別に怒られてもな……」

 そもそも、いまは西暦2004年。
 ノストラダムスの大予言も外れ――、IT化の波が押し寄せてきている時代に実家の神社を継ぐなんてナンセンスにもほどがある。

「これを見てみろよ」
「それって?」
「携帯電話だ。これからの時代は、一人1台は携帯電話を持つ時代になるんだぞ? しかも、ノートパソコンに繋げれば、電波さえ届けばどこでもインターネットに繋げられるようになる。居るかどうか分からない神のために神社を維持するとか、ちょっと考えられないな」
「うーん。でも、お父さんは神堕神社は日本でも最古の神社だって言ってたよ?」
「そう言われてもな……。鏡花、よく考えてみてくれ」
「何を考えるの?」
「たとえばだ。神社に一生を捧げるとする」
「うん」
「そして、親が決めた相手と見合い結婚する」
「うん」
「――で、一生涯――、神社の神主として暮らす。そんな古臭い生活を鏡花はしたいのか?」
「うーん。私としてはありかも? って思うけど……、それに私とお兄ちゃんは……」

 頬を染めるとごにょごにょと何か言っている。

「はぁー、お前も来年からは高校生だろ? もう少し、将来のことを考えたりするとかしないと駄目だぞ? ほら! これ――」

 ベッドから出たあと高校まで使っていた学生机の上に置いておいた携帯電話を妹に渡す。
 ピンク色の二つ折りの携帯電話。

「お兄ちゃん、これは?」
「来年から、高校に通うんだろ? 大学に通っていた時にアルバイトしたお金で購入した物だから使っていい。それよりも30秒10円するから、長時間は使うなよ?」
「とうとう都会人が持つという伝説のアイテムを私は手に入れてしまったのですね! お兄様ありがとうございます! 一生ついていきます!」
「なんだよ……、伝説のアイテムって……、それに一生ついてこなくていいからな。と、とにかく――、それで面接が受かった会社との電話のやり取りもできるだろ?」
「そうだね!」
「そういえば、お前は――、アルバイトが決まったって言ってたけど、どこに決まったんだ? ファミレスっぽい所に行くって言ってただろ?」
「ファミレスは全滅だった!」

 元気よく答えてくる妹。

「うん、16歳の女子高生を雇ってくれるところはないみたい……」
「そうか」

 少しだけ安心した。
 ファミレスは基本的に、可愛い服を着て接客するからな。

「――ん? それじゃ、どこに決まったんだ?」
「ふふふ……、手作りをモットーの牛野屋にアルバイトとして採用されたのですよ! 今度、お兄ちゃんにも、私の手作り牛丼を食べさせてあげるのですよ!」
「お前……、料理なんてできないだろ……」

 母親が小さい頃に他界してからというもの、家の料理は基本的に、俺と親父が作っている。
 妹が料理を作ると、食べられなくは無いんだが、あまり食べたくないものが出来上がる。

 普通の牛丼屋にアルバイトとして就職すればよかったものを――。

 どうして、手作りが信条の牛野屋に就職するのか。
 そして――、その牛野屋の店長は人を見る目が無いのでは? と不安に思ってしまう。

 やれやれ――。

「ふふふ、人は成長するものなのです! お兄ちゃんが千葉の大学に通っている間に私は進化したのです!」
「ほう、そこまで言うなら作ってもらおうではないか」
「もちろんなのですよ」

 妹が不敵な笑みを浮かべながら部屋のカーテンを開ける――、すると首を傾げた。

「ねえ。お兄ちゃん」
「なんだよ……」

 俺は寝巻を脱ぎながら答える。

「――え? お兄ちゃん!? いきなり服を脱ぎ始めてどうしたの!? とうとう私を抱くつもりになったの? 仕方ないから――」

 妹が、来年から着る予定の女子高校の服を脱ぎ始める。

「――いてっ!? デコピン!? お兄様、デコピンですか? SM? ばっちこーい!」
「俺には、その気は一切ないからさっさと服を着ろ! まったく――」

 俺は溜息をつきながらシャツを着てジーパンを履く。

「お兄ちゃん」
「何だよ……」
「へんな車が、村の中に入って来たよ」
「変な車?」

 妹の隣に立ち、部屋の窓から外を見る。

「あれは……、見た事がない型式の車だな。フロントのマークからクラウンなのは分かるが……」
「お兄ちゃん……」

 妹の鏡花が、シャツをギュッと掴んでくる。
 心なしか、その手は震えているようにも感じるが――。 

 


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