【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

幕間5 ダンジョンは攻略されました。




 心細さと、神経を逆撫でされたことでささくれ立っていた気持ちが怒りに変わると同時に、佐々木は床に転がっていた種を両手で持ち上げるとバスケットのボールのごとく叩きつけ出した。

「――や、やめ! やめるんじゃ! く、砕ける! み、身がでるのじゃあああああ」
「ふん、あまり人類を舐めない方がいいわよ」
「まったく、あの男といい――、いまの類人猿は一体どうなっておるのじゃ……」
「あの男?」
「こっちの話じゃ」
「ふむ……、お主――、その腕時計は……」
「これは先輩からもらったんです」
「なるほどのう」

 佐々木からの返答に意味深な回答を返す狂乱の神霊樹であったが、その様子に佐々木が気づくことはない。

「それで、その男をお主は好いているんじゃな?」
「――な、なにを言っているんですかっ!?」
「ふん、それだけ脈拍が揺れていれば嫌でも分かるのじゃ。よろしい、ならば取引などどうじゃ?」
「取引ですか? 私は、ダンジョンの親玉と取引をするほど落ちぶれてはいませんよ?」
「お主が好いている男と上手くいくように仲を取り持つと言っておるのじゃ。こう見えても我は、古き神代の時代には恋愛成就の樹としても崇められていたのじゃ」
「れ、恋愛……、成就!? ――で、でも、その証拠はどこに……」
「ふん。あまりにも恋愛成就させまくったことで、狂気に走る女もおったのじゃ――。それで我は、いつのまにか狂乱の神霊樹と呼ばれたのじゃ」
「な、なるほど……、それってヤンデレとかじゃないですよね?」
「ヤンデレ? なんじゃそれは――」
「恋愛で病んで相手を殺してまで手に入れようとする異常変質者のことです」
「なるほどのう……、我は、そこまでしないから大丈夫じゃ、ただし――」

 狂乱の神霊樹の「ただし」という言葉にゴクリと佐々木の喉が鳴る。

「我は力を貸すが最終的に意中の相手を堕とすかどうかは、佐々木 望――、お主の気持ちに掛かっておる。それでもよければ力を貸すがどうじゃ?」
「狂乱の神霊樹様! 手を触れるだけでいいんですよね? 何か実害があったりしませよね!? むしろ実害があっても私と先輩以外なら問題ないですけど!」
「…………お主も大概良い性格しているのじゃ。うむ、実害は特に何もない。むしろ類人猿にとってはプラスになるじゃろう。どうしても我の言葉が信じられぬのであれば契約を結ぶのじゃ」
「契約ですか?」
「うむ。お主がマスターとなり、我が汝の願いを叶えるまで汝を守るという制約であり契約じゃ」
「私の願いが叶ったら、狂乱の神霊樹さんはどうするんですか?」
「星の迷宮番人から解き放たれるのじゃ。ゆっくりと休みたいと思っておるのじゃ。じゃが……、ここにこのまま居ればいずれ、ソレに全ての力を吸われ死んでしまうのじゃ。どうじゃろうか? 人助けと思ってやってはくれまいか?」
「狂乱の神霊樹さんって人じゃないですよね」
「別に細かいことはいいのじゃ」
「仕方ないですね。まずは制約と契約をしてください」
「うむ、それでは汝の血を一滴でよいから我の種の外殻に垂らすのじゃ――」

 佐々木は言われたまま、種の殻に血を垂らす。
 
「これで契約は成立じゃ」

 声と同時に、佐々木の胸元の中央部分に赤い文字で丸い文様が描かれていく。

「それは我の主になった証拠じゃ。…………ところで、マスターよ。何か水分を持っていないかえ?」
「水分ですか? そういえば……」

 工具箱の中からペットボトルを取り出す佐々木。

「ふむ、それは――」
「先輩から貰った飲み物です。疲れたら飲むようにって……」
「そういうことかえ」
「これでは無理ですか?」
「いいや、十分じゃ」

 狂乱の神霊樹の言葉に、佐々木は頷いたあとペットボトルのキャップを回して開ける。
 そして中身を、萎びれた木の種に振り替えると、あっと言う間に青々と艶を取り戻していき――、実がカパッと開いた。
 
 そして、中からは20センチほどの全身が薄緑色の体皮をもつ髪の長い幼女が姿を現した。

「ふう、一息つけたのじゃ。マスターよ」
「えっと……、あなたは? もしかして……」
「我こそは植物系最強の生物! 狂乱の神霊樹じゃ!」
「そ、そうなの? 植物系最強なの? でも、なんであんな姿になっていたの?」
「聞かないでほしいのじゃ……」

 しょぼーんとしてしまった狂乱の神霊樹の姿に母性本能を擽られてしまった佐々木は思わず、狂乱の神霊樹の頭を撫でてしまう。

「やめるのじゃ! こう見えても我は1万年以上を生きておるのじゃ……、あの男……、許せないのじゃ……、でも、約束は約束なのじゃ……」

 そんな葛藤している姿を見て、佐々木は何か事情があるんだよね? と頷いたあと、狂乱の神霊樹を頭の上に乗せる。

「どういうつもりじゃ?」
「だって、その足だと歩くのに時間かかるでしょう? それとも工具箱の中に入る?」

 そう言いながら、佐々木が工具箱を開けて中を見せる。
 中は、汚くはないがオイルなどが入って入るためオイルの匂いなどが工具箱内に沁みついていた。
 それを見て、狂乱の神霊樹は明らかに嫌そうな顔をする。

「頭の上でいいのじゃ――」
「そう。それで、この丸い球を触ればいいのよね?」
「うむ、そうじゃ」

 佐々木 望は、そっとダンジョンコアに手を触れる。
 それと同時にレベルが高速で上がっていく。

「え? ええ!? レベルが――」
「やはり……、あの男……」

 佐々木の驚きとは反対に、狂乱の神霊樹は顎に手を当てながら意味深に言葉を呟く。
 その間にも佐々木のレベルは上がり続け、8800で停止した。

 それと同時に迷宮内だけでなく、地球全体にアナウンスが流れる。



 ――2023年12月30日AM3時を持って、第91番目の星の迷宮はクリアされました。
 ――踏破者は、佐々木 望。
 ――第91番目の星の迷宮は1階層まで縮小されます。
 ――踏破者には、特典が与えられます。
 ――第91番目の星の迷宮の1階層では、リン鉱石が無尽蔵に取れるようになります。
 ――第91番目の星の迷宮へ立ち入れるのは、踏破者である佐々木 望と許可を受けた者のみになります。



「――え? これってどういうことなの?」
「マスターは、このダンジョン――、この星が作り出せし666個存在する星のダンジョンを最初に攻略した者となったのじゃ! 我も鼻が高いのじゃ!」
「ええー!?」

 佐々木の声が、ダンジョン内に鳴り響くと同時に彼女の体がダンジョン入り口へと転移された。



 突然、転移してきた佐々木を見て何が起きたのか分からない陸上自衛隊員たちは固まっていた。

「い、一体! 何が起きたというのだ!」

 そんな中、血相を変えて走ってきたのは山根2等陸尉。
 そんな彼の視線が、佐々木 望と、彼女の頭の上に乗っている狂乱の神霊樹に向けられる。

「山根2等陸尉。よくは分かりませんけど、ダンジョンを攻略してしまったようです……」

 佐々木の言葉に事態が呑み込めない山根。

「ど、どういうことだ?」

 動揺しながら、山根の頭の中では佐々木を始末しなければ自分の進退が危うくなると考え――、懐に忍ばせていた拳銃へと右手を伸ばした瞬間、右手の手のひらを蔓で貫かれる。
 
 何が起きたのか――、誰にも分からないほどの速度で――。
 
「そこの若造。我がマスターに手を出せば殺すぞ? よいな?」

 佐々木の頭の上で、狂乱の神霊樹は立ち上がる。
 そして、髪の毛の一本――、蔓を戻すと――、そう宣言した。

 突然の出来事に、一触即発の中――、時間だけが過ぎていくと思われた。

「山根2等陸尉!」

 日本ダンジョン探索者協会の建物から自衛隊員が走ってくる。

「なんだ! いまは――」
「た、たいへんです! 首相官邸から――、夏目総理が、佐々木 望に会いたいと――」
「……なん……だと……」
「それと、今回の我々の行動について聞きたいことがあるからと……」
「そ、そんな馬鹿な!? 竹杉幕僚長は!?」
「すでに更迭されたと報告が……」
「ど、どういうことだ――!? どうして、こんなにも……」
「山根2等陸尉、どうかしたのですか?」

 事態が呑み込めていないのか、佐々木は首を傾げるばかりであった。



 ――それから1時間後、世界で初のダンジョン攻略の報が世界的に報道されることとなる。 



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