【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

株主優待券(2)




「ご飯を食べられる場所は、全て料理店です。それは世界の常識です。もちろん牛丼を出す店は、三ツ星レストランよりも知名度が高いと言っても過言ではありません」
「――え?」
「値段では三ツ星レストランには負けるかも知れません。ですが、コストの安さ! 味! 速さ! どれを取っても牛丼に勝てる店はないでしょう。そして全国に支店があると言う事は、それだけ知名度が高いということです!」
「えっと……」
「知名度というのは、どれだけの人が知っているのか! という点において! その一点に集約されるわけです。対して一部の金持ちしか知らない名店は、知名度が本当にあると思いますか?」
「そ、それは……」
「つまり、そういうことです」

 やれやれ――、料理店の何たるかを力説してしまったな。
 彼女は、しぶしぶ頷いていたが今度、牛丼道を布教するしかないようだ。

 店内に入ると牛丼一筋の匂いが鼻腔をくすぐる。
 もちろん、すぐに席に着く。

 店内に居るのは、俺と彼女――、藤堂さんだけ。
 
「――あ、あの……。私、こういう場所って入りにくくて……」
「なるほど、初心者と言う事ですか」
「――し、初心者?」

 俺は、彼女の言葉に頷く。
 さて――、どうするか……。

 牛野屋初心者に勧めるメニューはいくつかあるが……、ここはオーソドックスな物を勧めるべきだろう。

「そうですね。まずは、牛丼の並み・そばセットを頼むのがセオリーでしょうね」
「――わ、わかりました!」

 店員が、こっちに視線を向けてきた瞬間を逃さずに軽く手を上げる。
 もちろん呼び出し機を使っても良かったが、それでは風情に欠ける。
 マスタークラスになれば店内の雰囲気を察して阿吽の呼吸で店員を呼び出す術を持つ。
 
 ――それが、マスターだ。

「ご注文がきまりましたか?」
「牛丼並み蕎麦セットと、牛丼特盛2人前お願いします」
「に、2人前ですか?」
「はい」

 店員が驚いた様子で聞き返してきたが俺は頷く。
 
「わかりました。少々おまちください」

 注文が終わる。

「あの……」
「どうかしましたか?」
「山岸さんは、牛丼特盛を頼んでいましたけど……」
「ええ、それが何か?」
「2人前って聞こえましたけど……」
「はい。とりあえずは前菜と言ったところですね」

 痩せてから、食欲不振になっている気がする。
 まずは自分の体がどの程度の量を食べられるかチェックする必要があるだろう。

 考えている間にも牛丼特盛が2つ届く。
 藤堂の前には、牛丼並盛と蕎麦が置かれる。

「結構な量がありますね……」
「そうですね。藤堂さんには少しきついのかも知れませんね」
「――え? 私ですか?」
「――?」

 どうも藤堂とは話が噛み合わない気がするが……、――まあ、いいだろう。

 俺は2つの特盛牛丼に七味をふりかけ野菜の代わりに紅生姜をたっぷりと乗せ「いただきます」と言ったあと特盛に口をつける。
 ひさしぶりの牛丼だ。

 ――やはり牛丼は至高。

 甘いタレと七味――、そして肉と汁だくのご飯がハーモニーを醸し出し、紅生姜がキリッ! と引き締める。
 
「ふう……」

 俺は空になった特盛牛丼が入った2杯を積み重ねる。
 
「すいません! 特盛牛丼2杯追加でお願いします!」
「「――え?」」

 店員と藤堂が驚いた表情で俺を見てくるが何を驚いているのだろうか?

「――わ、わかりました! 少々、お待ちください!」
「あれ? 私、まだ2口しか食べてな……。山岸さんって、ずいぶんと食べるの早い? えっと噛んで食べてますか?」
「ふう」

 どうやら、藤堂は分かっていないようだな。

「藤堂さん、こんな諺(ことわざ)を聞いた事はありませんか? カレーは飲み物だと――」
「えっと……、すごい昔に聞いたことが……」

 俺の言葉に首を傾げる藤堂。
 語り掛けた真意が理解できないようだ。
 ここは、マスターとして教えておく必要があるかも知れない。
 
「牛丼世界には、こういう言葉があります。『牛丼は飲み物』と言う諺(ことわざ)があるのです」
「そ、そんな諺があるのですか!?」
「ええ、世界共通と言っても過言ではないでしょう」

 俺の言葉にショックを受けたような表情をした彼女は「そんなこと……部隊の誰も――」と呟いていたが、今度、俺が詳しく教えてあげる必要があるな。



 色々と話をし、結局――、牛野屋で、特盛牛丼を5杯食べた。
 颯爽と藤堂に牛丼を奢ってもらうと同時に俺も、株主優待券を彼女に渡したのは言うまでもない。
 
 ――そして……、帰りの運転は俺が行う。

「それにしても、山岸さんってすごい食べるんですね!」
「そうですね。今日は、腹八分目と言ったところでしょうか? 普段なら、もっと行けるのですが――、久しぶりの牛丼ということもありウォーミングアップの域を出るようなことはしませんでした」

 信号待ちをしている間、藤堂が話しかけてきたので俺は正面の赤信号を見ながら言葉を返す。
 体重が100キロあった時の俺なら、10杯は軽くいけたはず。
 
 ――だが! 先ほど、牛野屋で食事をしていた時に俺は違和感を覚えた。
 まるで10杯は食べられないという天啓。

 そして急遽、3回目のお替りは特盛1杯だけにしてもらった。
 2杯頼んでいたのなら食べきれなかったのかも知れない。
 やはり無理やりに近いダイエットで食が細くなっているのを実感した。

「……そ、そうなんですか?」

 青信号になり車を走らせ始めたので、少し間を置いて藤堂から言葉が返ってきた。
 その意味を――、運転中だったこともあり表情を見て察することはできなかった。
 ――だが! 声色だけで何となく察することができた。

 これもコールセンターに長年勤めていた人間が得た鑑定能力と言っていい。
 明らかに声色からして藤堂は、俺に対して呆れている。
 
 ――それだけは分かった。

「山岸さん」
「何でしょうか?」
「先ほど、料理一覧のカロリー表を見たんですけど……」
「……そういえば、最近の店では料理ごとにカロリーが乗っていますね」
「はい。それで……特盛5杯だと5000キロカロリーほどあります。山岸さん……、少しダイエットしませんか? 暴飲暴食は体を壊すだけです。一日の男性が必要とする平均カロリーは2000キロカロリーです。このままだと、いつか体を壊してしまいます」
「…………」

 なるほど……。
 つまり、彼女は呆れていたのではなく心配していて、どう言葉を俺にかけていいのか考えていたということか。
 
 だが、そんなことを言われても……な……。
 俺が黙り込んだことで、車内の雰囲気が暗くなる。
 ここは話題を変えた方がいいだろう。
 
 車が赤信号で停まったところを見計らいラジオを付ける。



 ――こちら千葉ラジオになります。



 ラジオを付けた途端、地域御用達の千葉ラジオが車内に流れる。
 普段は絶対に聞かないものだが、いまはありがたい。



 ――千葉都市モノレールは、一年以内に廃止される可能性が非常に高いとのことです。
 ――事業計画的に、ようやく黒字化の目安が経ったところ路線が壊されたことで将来の展望が取れなくなり出資を行っていた銀行からの融資が受けにくくなっているのが主な要因のようです。千葉都市モノレール株式会社では、路線の維持のために、一般の方からも基金を募る予定とのことです。



「千葉都市モノレールは廃止になってしまうのでしょうか?」

 車内の空気を察したのは藤堂も同じようで話を変えてくれた。

「分かりませんが……、そうですね。路線を復旧させるにも敷設ではありませんからね、莫大なコストがかかることは目に見えていますから」

 モノレールの復旧には幾ら予算が掛かるか予想もつかない。
 千葉県や千葉市がバックにいたとしても、銀行からの融資が得られなければさすがに整備は無理だ。

 すでに一般人からの基金を募ると言っている時点で、廃線待ったなしなのだろう。

「千葉都市モノレールが廃止になったら千城台の人たちとか大変ですね」
「そうですね。でも、バスがありますから……」

 本当にバスだけでどうにかなるとは到底思えない。
 間違いなく都賀から千城台の間にある商店などは大打撃を受けるだろう。

「でも……、バスだけではどうにもならないことはありますよね?」
「ええ、まあ……」

 たしかに千葉都市モノレールの凄いところは千城台から千葉駅までストレートにいけることにある。
 乗り換えをしないで行けることは大きなアドバンテージだ。
 だが、一介の庶民である俺が寄付をしたところで手持ちの50万円が限界だ。
 
 ――そんな端金ではどうにもならない。

 たとえば! 千葉都市モノレールの駅でしか! 手に入らない何か特別な特産物などがあれば、それを利用して集客数を――利用者を集め付加価値を高めることで銀行から融資を受けられるかも知れないが――、そんな万人が欲して止まない物、さらに独占できる特別な商品など天下りの第3セクターの人間が考えられるわけがない。

 彼らはクリエイターではなく物を消費する側の人間なのだから。

「これから千城台までの人たちは大変ですよね……」
「そうですね……」

 俺は彼女の言葉に相槌を打つことしかできない。
 何故なら自衛隊駐屯地で誓約書を書かされていて余計な話はしないことになっているから。

「何か、すごく美味しい食事を千葉都市モノレールの改札内の各駅限定で販売できたら融資が受けられるかもしれませんね……、なんちゃて……」
「どんなに美味しい物でも、改札を通るという面倒な手段をとって食事代を払う以上、それで付加価値が上がるとは私には考えられません」

 藤堂のアイデアを一蹴しながら、俺はアクセルペダルを押し車を運転する。
 ――そう、料理だけでは駄目なのだ。

 どんなに美味しい料理であっても、そこには材料費や人件費というのが絶対にかかる。
 そして、そんな料理店をわざわざ改札を通ってまで食べにくるのかと言えばこないだろう。

 誰もが欲する絶対的なアドバンテージを持つ料理。
 そういうのがあるなら、もしかしたら違うかも知れないな。

 

 ――それから30分後。
 千城台のアパート前に到着し藤堂と別れた。



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