【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

ダンジョンツアー(1)




 まぁ、やることは決まっているが……。

「そのお金は受け取ることはできません」
「それはどういうことでしょうか? こちらの誠意を御理解頂けないということでしょうか?」
 
 少し威圧的に出てきたな。
 まぁ、そもそも俺は警察なんて組織を信頼も信用もしていない。
 こいつらは身内が傷ついた時は全力で行動するが、普段は一般市民を軽んじている。

 俺がコールセンターアドバイザーとして、警察のコールセンター改善に行った時も入電対応の仕方は酷いものだった。
 普通の会社のコールセンターなら即、リーダーかスーパーバイザーの指導が入るレベル。
 しかも、自分たちの言いたいことだけを言うモノだから入電してきた緊急性のある問題を見逃すことが本当に多かったのだ。

 つまり、警察組織というのは仕事を軽くみている。

 自分たちが、日本の治安を守るという意識が希薄なのだ。
 そんな連中だからこそ、ストーカーの対応をきちんとしない。
 犯罪が起きてから動きだす。
 
 ――だが、犯罪が起きてからでは遅いのだ。

 それはつまり事後であり、最悪の場合には死者が出ているからだが……。

「私の仕事は何か御存じで?」
「コールセンターに勤めていたとしか……」

 山吹の言葉に俺は頷く。

「コールセンターでは、エンドユーザーから入電には真摯に対応することが求められます。それは悪戯電話でも変わりはないのですが、ご存知ですか?」
「――いえ、それは……」
「そうですか。やはり……」
「どういうことでしょうか?」
「私から望むことは、今回の事件に関わっていた首謀者全員の名前と顔写真、そしてそれに関与していた人間の懲戒処分です。それが済むまでは、私はそれを受け取ることはできません」
「――な!?」

 神谷という男が顔色を変える。
 そんなに俺はおかしいことを言ったか?
 いや――、言ってない。

「私から言わせて頂ければ、警察の管理官16人が役職を追われたと聞いても、それで? としか思わないのですよ」
「……どういうことでしょうか?」
「知っていますか? 一般の会社というのは犯罪を起こしても関与していても懲戒解雇は当たり前。会社に損失を与えた場合には、その分を支払う義務すら存在するということを。管理官16人が役職を追われた? 警察庁長官が辞任した? それが何の意味を持つのですか? 責任を取るということは、本来もらえるはずの退職金をカットされたうえに懲戒処分され、警察組織の天下り先にも就職できないことをいうのです。それが本来あるべき責任の取り方です。貴方たちの責任の取り方は、一般人から見た場合、責任を取ったことになっていないんですよ」
「……きさま! 言わせておけば……」
「神谷!」
「申し訳ありません」

 山吹の言葉に神谷が頭を垂れる。

「そこまでは、私の一存では――」
「そうですか……、それなら、この話はここまでです。私は、謝罪が欲しくてやったわけではありませんから。その場に守る者が居たから動いただけのこと。女・子供を守るのは男の義務ですから。そうでしょう? 市民を守る警察庁長官殿?」
「――くっ!」

 俺の言葉に、山吹が歯ぎしりすると椅子から立ち上がる。

「わかりました。失礼致します」

 山吹は、額に青筋を浮かべたまま病室から出ていく。
 ドアを開ける際に、俺を睨んできたが俺は目を細めて対応する。

 3人が病室から出ていき足音が遠ざかるのを確認し。

「はぁー、穏便に済まそうと思ったんだが……」

 あまりにも反省もせず改善提案すら上げられない連中に腹が立って仕方なかった。
 つい言ってしまった。
 だが、後悔はしていない。

 まぁ、高い確率で警察に目をつけられただろう。



 警察庁長官を追い返してから1ヶ月。
 すでに季節は冬に移り変わっていた。

「ようやく退院か……、長かったな……」

 寒空の中――、俺は、自衛隊中央病院の前でタクシーを待ちながら大きく背伸びをしていた。
 退院まで1ヶ月もかかってしまった。

「先輩、お勤めご苦労さんです」
「いや、刑務所に入っていたわけじゃないからな」
 
 とりあえず突っ込みを入れておく。

「それにしても、佐々木は仕事が決まったんだろう? こんな所で油を売っていてもいいのか?」
「――え? あ、はい! きちんと山根さんにも許可を貰っていますから大丈夫です!」
「山根に? ――ああ、そういえば仕事は、自衛隊に入隊したんだっけか?」
「違います! 日本ダンジョン探索者協会に所属したんです!」
「日本ダンジョン探索者協会に? それなのに、どうして山根に許可を?」
「日本ダンジョン探索者協会は、母体が陸上自衛隊という理由です」
「なるほどな……」

 つまり、陸上自衛隊が親会社で日本ダンジョン探索者協会が子会社と言ったところか。
 それなら、山根ごときでも少しは影響力があるのは分からなくもない。

「それに、私も一応は正式な探索者ですから!」
「正式?」
「はい。普通の探索者は自営業のように完全歩合制ですが、正式な探索者はダンジョン内の通信設備設置などを主に行うため討伐などはしないのです。そのために給料は少ないですけど、安定した雇用があります」
「なるほど……」

 俺がコールセンターで働いているときに、よく携帯がダンジョン内で使えないことがあると入電があったが、プロの通信士が設置していなかったからなのか。
 まぁ、素人が設置すれば、それは雑音もでるよな……。

 ……しかし、元・後輩に就職で先を越されるとは――。

「先輩、タクシーが来ました!」
「言われなくとも目の前に停まったのだから分かる」

 俺の返しに、佐々木が微笑みを向けてくるが何が楽しいのか……。
 タクシーに乗り込み、千葉市若葉区桜木――、俺の家の場所を運転手に説明する。
 すぐにタクシーは走りだす。
 都内から千葉市まで走ることになるのだ。
 時間としては1時間以上はかかるだろう。

 俺はシートに体を預けて目を閉じながら考えてしまう。
 この1ヶ月間で、俺のアパートはどうなってしまったのだろうか? と――。 
 


 警察庁長官が見舞いに来てから一ヵ月の間、巷では警察や俺に関してニュースが流れた。

 その中でもっとも大きく報道で扱われたのが【千葉東警察署・警察官による民間人殺害未遂事件】。

 警察官による前代未聞の民間人殺害未遂事件は、それに関わっていた千葉東警察署職員の7割が懲戒処分を受ける事態となった。
 民間人に拳銃を向け発砲した神田 隆二は、パトカーで護送中に警察官の拳銃を奪い逃走したため、現場の判断により射殺。
 
 余計なことを言わないうちに殺されたのだろう。
 死人に口なしと言ったところだな。

 ちなみに神田 隆二と共に現場に居合わせた警察官らは懲戒処分と殺人未遂で逮捕され取り調べを受けているが、命令を下した前・警察庁長官が自殺したことから事件解明には時間がかかるとニュースで報道されていた。

 民間人を、西貝次郎と共に警察署の外に連れてきた婦警については懲戒処分と殺人幇助、殺人未遂が適用されており裁判が行われるらしいが、山根2等陸尉の話では政治的判断から処分される可能性が濃厚らしい。
 命が助かっても生涯、塀の中だとか。

 ニュースと山根の説明を聞いた俺は「そうですか」とだけ言葉を返した。
 正直、責任さえとれば俺には何の関係もないことであり、犯罪者が死のうがどうなろうが俺の知った事ではない。
 
 むしろ俺としては、今回の民間人殺害しようとした西貝次郎と神田に手助けした警察官は全員死刑でいいとまで思ったのだが、それだと法治国家としては不味いんだろう。

 特に何も言わない俺を見ていた山根が「さすが山岸さんですね」と、感心していたが何か感心するところがあったのだろか? と思わず思ってしまう場面もあった。

 そもそも山根は、1ヶ月間毎日俺に会いに来ていたのだが、少し来過ぎなのでは?

 こいつも自衛官なのだから色々と仕事があるだろうに……。
 
 やはり、軍曹よりも身分が低いと暇なのだろうか? と、病院の中では暇なだけに色々と勘ぐってしまう。

 


 あと一つ問題なのが俺に対する対応だ。

 ニュースで、俺が女性と子供を身を挺して守ったヒーローだと絶賛されていた。
 別に意図して行ったわけではないのだが……。
 それでも、俺を採用してくれる企業が増えてくれるならばと放置していたが、どこの企業からもお祈りメールが届いた。
 面接すらできないというのはどういうことなのだろうか?
 あれだけ頑張ったというのに?

 そんな困惑している俺に山根が、「山岸さんは、すごく有名になりすぎましたから、採りづらいのでしょう」と、語っていた。
 それを聞いて、俺も何となく「たしかにな」と、心の中で呟くことしかできなかった。

 それと、警察から警察協力章というのが届けられた。
 持ってきたのは荒田警視正という男。
 不愛想な男で、俺のことは好ましくは思ってはいないのは明らかだったが、「表面上だけでも警察と仲良くしておいた方がいいでしょう」と言う山根2等陸尉の勧めで受け取ることになった。

 考え事をしている間にもタクシーは、俺が住んでいるアパートに到着。
 俺は、やけに人だかりができている路地を進む。

 到着した自宅は、外観上は特に変わりはない。
 階段を上がり鍵を開けて部屋の中に入る。

「もう少し綺麗に鑑識できなかったのか?」

 部屋の中は、多くの警察官により踏み荒らされ荒れ果てていた。



「【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く