日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

94.イツナの問いかけ


「星ごとって……ひょっとして、世界まるごとってこと!?」

 俺の不遜極まる宣言にぎょっとするイツナ。

「とどのつまり、お前はこの世界を征服しようというのか? かつて魔王を演じたときのように」

 真意を探るような視線を向けてくるシアンヌ。

「いいや。文字通り、この世界を俺のアイテムボックスに入れて持って行くんだ」
「そんなことが可能なのか!?」

 シアンヌが叫び、イツナもまた口元を覆っている。ふたりには一個人が世界という単位を所持する発想はなかったらしい。

「やったことはないけどな。でも、俺のアイテムボックスの容量は無限大だから、サイズ的に入らないってことはないはず。ただアイテムボックスである以上、中には無機物、つまりアイテムしか入らないから、そのまま持って行くのは無理だろうな」
「あれ? でも、わたしたちは寝てる間、サカハギさんのアイテムボックスにいるよね?」

 イツナが首を捻っている隣で、シアンヌが指を鳴らした。

「そうか、封印珠だな? あれにこの世界を封印し、アイテムボックスに保管するということか」
「考え方としちゃ、そんな感じだ。もっとも、封印珠に世界を入れるのはさすがに無理だから別の手段を用意しないといけないけど……うん、どうしたもんかなー。宇宙の壊し方ならともかく創り方なんて知らんし」
「あ、それなんかサカハギさんらしい」

 イツナは気楽に笑ってくれるが、これは結構な難題だ。
 一応、最下位チート転生神に召喚されて世界創世の手伝いをしたことはあるけど、あれも星の環境改造をやっただけ。さすがの俺にも宇宙なんて単位をどう創ればいいかなんてノウハウはまったくない。
 俺のアイテムボックスの中にこの星が存在する宇宙と同じ環境を用意できれば、あとは空間操作系のチートの合わせ技でどうにでもなると思う。
 できれば封印珠のように時間を停めたりせず、今の世界の営みを変えずに宇宙ごと俺が持ち運べるようにしてしまいたいのだが……。

「エヴァなら何とかできるのではないか?」
「うーん、それはちょっとなぁ」

 シアンヌのセリフは的を射ている。
 エヴァの持つ銀河の錫杖ならば、この世界を彼女の所有する宇宙に移すこともできるだろう。しかしエヴァにティナの存在を知られるのはリスクが高すぎる。彼女の手を借りるのは最終手段だ。

 俺が唸っているのを見かねたか、イツナがこんなことを聞いてきた。

「誰か、そういうのができるお嫁さんはいないの?」
「おお、なるほど。それなら……あ、いやダメだ。宇宙単位の創造は上位神の仕事だ。みんな卒婚済みで手持ちにはいない」
「召喚してしまえばいいではないか」
「そんな気楽にほいほい喚べるわけじゃないのは前にも言っただろ」

 案を却下されたシアンヌがむっとしているが、こればっかりは俺にとっても切り札だからな。
 でも確かに創世という大事業は創世神の管轄である。素人の俺が宇宙を創るなんてのは、いくらなんでも無謀過ぎるし、手を借りるっきゃないか?

 俺が頭をかきむしっているのをぼーっと見ていたイツナが、こんな言葉を口にした。

「ねえねえ、サカハギさん。それなら、この世界の神様に頼んでみたら?」

 ……この世界の神。
 すなわち創世神自身に俺がアイテムボックスで持ち歩く用の宇宙を創造させてはどうかと、イツナは言うのである。

「どう考えても無理筋だろ。そんなん協力してくれるわけ……いや、待てよ?」

 いつものように肩を竦めそうになってから、ふと脳裏をよぎったひらめきに動きを止める。

「そうか。その手があった」

 餅は餅屋。
 この世界の創世は、この世界の創世神。
 イツナの示した方向性は正しい。
 ただ単に、この世界の神が俺に協力する義理もメリットもないどころか、世界を奪われるというデメリットしかないというだけである。 

 ならば答えは単純だ。
 協力してくれないなら、協力させればいい。

「まさか、世界の神と一戦交えて屈服させようというのか?」
「はは。それも面白そうだな」

 創世神という生き物が何を目的とし、何のために星の上に世界を創るのか。経験上、俺はよく知っている。
 アメとムチと俺という存在があれば、取引は充分に可能な相手だ。

「いくら俺が神嫌いとはいえ、縁もゆかりも恨みもないんだ。こっちから仕掛ける必要はないさ。もっとも……」
「向こうから仕掛けてきたなら、その限りではないというわけか」

 俺の言葉尻を奪ったシアンヌが、不敵な笑みを浮かべる。
 元より神と敵対する立場だったわけだから、この展開にときめくなという方が無粋か。

「でも、どうやってお話しするの?」
「そんなの決まってるだろ。神様にはお供え物をするんだよ」

 きょとんとするイツナに、俺はニヤリと笑い返すのだった。



 それから一週間ほど、巣立ちの翼亭で家族サービスに勤しんだ。
 料理を作ったり、洗濯物を洗ったり、ティナと深夜プロレスしたり。概ね昔のサイクルを取り戻すことができた。
 そうそう、宿場町の昔なじみとも再会したぞ。町長のエヴァンに掃除屋のフィリップ、きこりのビリー、町娘のリサ、町医者のハーマン、狩人のアンナ、酔っぱらいのケネス。みんないい奴らだ。もちろん、シンジが俺の子供であることは催眠魔法を使って口止め済みである。

 ステラちゃんには俺の代わりにシンジと遊んでもらっている。シンジもすっかり懐いたのか夕食の席で「ステラおねえちゃんとけっこんする」としきりに口にしている。しかし悪いな息子よ、その見た目だけ十歳児のお姉ちゃんは既に俺の嫁なんだ。
 ちなみにステラちゃんとシンジの話を信じるなら、ふたりは界魚に乗って夢の国を支配していた魔女をこらしめるとかいう異空間スペクタクルな大冒険を繰り広げていたっぽい。ティナも「よかったね」と笑っているし、きっと夢でも見たのだろう。

「ただいまー!」

 その間、イツナとシアンヌには王都にあるという最高神とやらの神殿へ俺が用意した供物を持ってお参りに行ってもらっていた。
 お使いを終えたイツナが王都から帰還したのが、今というわけだ。

「おかえり。首尾はどうだった?」
「うん、ばっちりお供えしてきたよ!」
「シアンヌの姿が見えないみたいだけど」
「えっとね、シアンヌさんは王都観光したいんだって!」

 ……ああ、きっと何人かのチンピラの血が流れる観光だね。
 そんなことには全然気づいてないっぽいイツナが褒めてオーラを出してたので頭をなでてやる。

「えへへー」

 ああ、和むなー。これが平和というものか。
 なお、これらの光景をティナやシンジに目撃されるなどというベタな展開が起こらぬようにイツナを迎えるのは裏の勝手口、しかも自己領域による結界も張るという徹底ぶりである。少し気を抜けば、星の意思の介在で初日のようなイベントが発生しそうだからな。

「さて、これで後は向こうからの接触を待つだけだな」
「そうなの? アイテムボックスの問題は解決してないんじゃなかったっけ」
「うんにゃ。封印珠を作った嫁に話したら、試作品をくれたよ。それがあれば大丈夫だ」
「えー! 会いたかったのに」

 口をとがらせるイツナに、俺は首を横に振った。

「悪いな。あいつは人見知りするから、基本的に会うのは俺だけにしてるんだ。仲良くできないなら出会わないってことにしてやらないと、ハーレムルールにひっかかるからな」
「ざんねん。ところでさ、サカハギさん」
「なんだ?」

 イツナが唐突に話題を変えてきたので、俺は少し身構える。こういうとき、イツナは物事の本質を突いてくるからだ。

「この世界のことはいいとしてもさ、ほら。誓約のほうはどうするのかなって」
「どうもこうもないだろ」

 案の定の質問に嘆息する。

「俺に名乗り出るつもりはない」
「なんで?」

 イツナがいつものようにちょこんと首を傾げる。
 その瞳に映るのは何の含みも持たない、混じりっけなしの素朴な疑問だった。

「なんでって……そんなのわかるだろ。俺の手は血に染まり過ぎてる。殺しも何とも思わないような男だ。そんな奴に父親の資格なんてないだろ」
「その理由ってすごくもっともらしく聞こえるけど、なんかサカハギさんらしくない気がする。悪いことも悪いって受け入れて飲み込んでるサカハギさんが、そんな当たり前の倫理観みたいなので躊躇するのっていうのが、なんかね、しっくりこないんだー」

 ……さすがはイツナだ。
 痛い矛盾点を突いてくれる。

「一応わたしもね、それだったらしょうがないのかなって思ってるの。ルールで誓約のことにはわたしたちの倫理で口出しするなってあるし。だからってわけじゃないけど、ティナさんを傷つけないためにハーレムのことは話さないっていうのはね、なんとなくわかるの。だけど、シンジくんに同じことをしてあげないのはなんでなのかなって。サカハギさんの本性を隠して、あの子のあこがれの父親を演じるくらい、いつものサカハギさんならどうとでもなると思うんだけどなぁ」

 他のやつにこんなことを言われたら、それこそ老若男女問わずぶちのめすところだろう。
 これもイツナが為せる業なのか。
 心の奥底まで土足で踏み込んでくるかのような台詞なのに、不思議と怒りが湧いてこない。
 いや、湧かせない。
 果たして他の嫁に、エヴァにさえ……そんなことが可能だろうか。

「生意気なこと言ってごめんね。単にそう思っただけで、口出しする気はないの。だから、そんな寂しそうな顔しないで……」

 イツナにも自覚があったのか、申し訳なさそうに謝ってくる。

「いや、いいさ」

 悪気がないのはわかっている。
 イツナは、いつでもこうなのだ。
 俺が目を背けていることを的確に確認してくる。
 そんな少女のことを、俺は……。

「じゃあ、わたしは表からお客として入るから……」
「ああ、頼んだぞ」

 いつもの溌剌はつらつとした元気はどこへやら。
 肩を落としてトボトボと歩いていく後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟く。

「まったく。お前の顔のほうが、よっぽど寂しそうだったろうが」

 そのセリフは風に流れて、イツナに届くことはなかった。

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  • 炙りサーモン

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