日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

86.すべての元凶


「逆萩亮二とかいうのは、お前か?」
「あ?」

 クズラッシュの疲れを娼館で癒そうと酒場の席を立とうとしたところに突然の名指し。
 眉を潜めつつ振り返ると、そこに立っていたのは。

「……誰?」

 知らない若者だった。
 ここ最近の記憶で出会った誓約者にもこんな奴はいなかった気がする。
 しかしその外見的特徴には思うところがないでもない。黒髪黒瞳。腰に銃のような引き金のついた持ち手の剣。襟足の長い黒いコートを羽織った冒険者風の出で立ち。
 案の定、若者はこう名乗った。

「俺は桐ヶ谷悠斗だ」

 あっ、察し。

「逆萩亮二、お前を探していた」

 なるほどねぇ。
 だいたいわかった。

 若者の態度は落ち着いていて、この異世界においても精神的余裕を保っているように見える。俺に対して柔らかい物腰を保ちながらも、その声音には敵意に似た棘が含まれていた。
 まだ判断するには早いけど、今の内に釘は刺しておこう。

「で、不慮の事故で死んじゃったお詫びに神からチート能力を授かった悠斗さんが俺に何のご用で?」
「なっ……!?」

 俺のカマかけに悠斗があからさまに狼狽する。
 間違いない。この男はチート転移者、あるいは転生者だ。それも異世界でそれなりの経験を積み、かなりの実力を備えたタイプの。
 見た目の年齢に雰囲気がそぐわないのは、転移転生したときに肉体年齢だけが若返ったからだろう。このあたりは鑑定眼を使わなくても経験から推察できる。

「まあ、座れよ」

 一度立った席に再び腰かけながら、悠斗に対面の席を勧める。

「そうか。やっぱりお前も同じなんだな」

 ま、同じじゃないけど訂正するほどの違いでもない。

「いや、それなら話が早い」

 先ほどまでの余裕は消えたものの、なんとか冷静を装いながら悠斗が勧められた席に座ることなく油断なく視線を送ってくる。

「お前がやっていることを、今すぐにやめてもらう」
「俺がやってることって?」
「とぼけるな!」

 俺がわざとらしく肩を竦めてみせると、悠斗が語気を荒らげた。

「お前がいろんな悪人に力を与えて歩いていることはわかっているんだ!」

 さらに悠斗が正義は我にありとばかりに俺を糾弾したので、周囲の客が何の騒ぎだと注視し始めた。

 ふーん。
 じゃあ、こいつも例によって例のごとく義憤に駆られた勘違いクレーマーか。だとすると、情報提供者はこいつを異世界に連れてきた神あたりかね?
 大方、俺が願いを叶えてやったクズどもの悪行を目の当たりにしたか、神からあることないこと吹き込まれて俺のことを悪の黒幕だとでも思わされているんだろう。

「俺を召喚した連中の願いを叶えているだけだ。それが俺に課せられた誓約なんでね。やめたいのはやまやまなんだが、いろいろあってやめられないんだよ。むしろアンタが解放してくれるっていうなら願ったりなんだが、何か方法はあるのか?」

 俺には嘘を吐く理由がないので、他人にも理解できる範囲の情報は洗いざらいぶちまけた。
 さて、だいたいは次の答えで話し合いの余地がある相手かどうかわかるんだけども。

「そんな戯言を信じると思うのか?」

 あかん、これ駄目なやつや。
 この男、最初から俺を信用する気なんてこれっぽっちもない。自分が見聞きしてきた情報を元に俺の人物像を規定している。つまり、この会話は説得したけど無理だったという言い訳を自分の中で成立させるための予防線。形だけの最後通牒ハルノートってわけね。

「じゃあ、アンタはどうやって俺に要求を守らせるつもりなんだ?」
「お前には俺の奴隷になってもらう。そうでもしないとみんなが安心できないからな」

 うんうん、実にチートホルダーらしい発想だね。
 自分のために動いているのに、みんなのためと大儀だけは振りかざす。その実、面倒な人間関係すっとばしながら主従を強いて、従わなければ力ずく。
 その発想、嫌いじゃないぜ。

「嫌だと言ったら?」
「その発言を後悔させてやるよ。表に出ろ。ここじゃみんなに迷惑がかかる」

 悠斗の申し訳程度の常識人要素が逆に滑稽だ。

「いいだろう。相手をしてやる」

 ちょうどクズラッシュでフラストレーションが溜まってたんだ。売られた喧嘩を買わない理由がこれっぽっちもない。
 そういうわけで同意の笑みを返しながら席を立ち上がった、そのとき。

 バタン! と酒場の扉が勢いよく開かれた。

 扉を開けたのは獣人の娘。
 獣人といっても、人間に獣耳と尻尾が生えただけの半獣人だ。赤い髪の上のふさふさとした猫耳。胸を強調するような露出度の高い衣装にかわいらしい顔つきが特徴の、如何にも異世界によくいる量産型美少女だった。
 衆目を集める美少女が店内をキョロキョロと見回したかと思うと、こちらを指さして叫んだ。

「あっ、ユート! こんなところにいた!」
「リリィ!?」

 どうやら美少女ことリリィちゃんの目的は悠斗だったらしい。こちらの方へつかつかと歩み寄ってくる。

「みんな探してたんだよ! 早く戻ろう!」
「い、いや待て。俺は今から……うわっ!?」

 リリィちゃんが問答無用で悠斗の腕をつかんで、そのままずるずると引きずっていく。
 リリィちゃんの方が力が強いのか、別の理由から本気で抵抗できないのか。

「逆萩亮二、そこで待ってろよー!」

 悠斗はこちらを未練がましく睨みつけながら退場していった。

 なんとなく鑑定眼で去り際の悠斗とリリィを見てみる。
 あ、やっぱりニコポかナデポで繋がってる上に奴隷契約済みか。
 ついでに悠斗についてもわかった。

「主人公補正チート持ち。正真正銘この異世界の主人公様ってわけか」

 なるほど、ここで彼女リリィが登場したのはそういうことね。
 おそらく俺とぶつかると悠斗側がゲームオーバーになってしまうので、星の意思がリリィを登場させて戦闘にならないように運命を操作したんだろう。

「ったく、なんの茶番だよ」

 やれやれと肩を竦めつつ、テーブルに勘定を置いて店を出る。当然、いつ帰ってくるかわからない悠斗を待つ気なんてさらさらない。

 ストレス解消は元々行く予定だった娼館でいたすとしよう。星の意思が悠斗にしてやったように、主人公補正持ちの俺にも忖度そんたくしてくれるはずだ。
 きっと俺好みの量産型美少女が見つかることだろう。



 その後は奴隷商とすったもんだあった挙げ句に奴隷娼館を叩き潰すこととなり、結果として量産型美少女の嫁が数人増えることになってしまった。もっとも用があるとき以外はイツナやシアンヌを除いて、置いてけぼりが怖くて封印珠で寝かせておくしかないのだけど。

 怒濤のクズラッシュは新しく産まれた七つの異世界を堂々巡りすることによって発生している。しかも通常より短期スパンだ。
 普通なら同じ世界ならば召喚ごとに百年ぐらいは時間が経過するし、異世界同士の時間や位相が違えば誓約達成から召喚までにもっと猶予ができる。俺にとっての数千年が同じ異世界に召喚されたら五十年しか経過してないなんてのも、位相のずれがあるからだ。
 しかし、今回はひたすら終わったら次、終わったら次なもんで、おいそれと嫁を出しておくこともできやしない。だから俺が娼館の女に走るのも致し方ないことなのだ。

 しかし、この召喚スパンの短さの原因が長らく不明だったわけだが、悠斗の登場でひとつの仮説が成り立った。

 おそらく異世界のクズ人間どもは、悠斗が倒す敵役として用意……いや、配置されているのだ。
 実際、正義感に溢れた主人公補正チート付き異世界トリッパーを接待するために星の意思がさまざまな作用を世界に及ぼすのを、これまで何度となく見てきた。トリッパー本人に悪気はなくとも、正義を成したいと思えば、それに応じて退治されるための悪人が多くなるというわけである。世知辛い世の中だ。

 つまり俺がクズラッシュから一向に脱出できないのはアイツのせいってことじゃね?
 悠斗を亡き者にすれば全部解決するんじゃね?
 とか思ってしまうわけで。

 まあ、そんな簡単な話じゃないのはわかってる。
 一度悠斗のためにセッティングされた悪人はしばらくそのままだろうし。そもそも星の意思の忖度が原因なら、悠斗に直接の責任はない。
 そもそも星の意思が俺との遭遇を回避させるだろうから今後出会うこともないだろう、とタカを括っていたのだが。

「逆萩亮二! まさか本当に召喚できるなんて」
「えー……」

 そう。
 俺は桐ヶ谷悠斗に召喚されてしまったのだ。



 俺が召喚された場所は古代の遺跡か何かなのか、古めかしい壁画や装飾の施された広い部屋だった。魔法陣も描かれているので、古代魔法王国が儀式魔法を発動するための施設だったのかもしれない。
 ただ一つ確かなのは、悠斗とリリィちゃんを含むハーレムメンバーが俺を召喚し、フル武装で出迎えているということ。
 もちろん、明確な敵意を持ってだ。

「なるほど、お前の望みは俺を倒して屈服させることってわけか」

 クソ神こと至高神ナロンの制定した召喚と誓約のルールは絶対だ。たとえ星の意思であっても、悠斗が自分の意思で召喚しようとするのを阻止することはできない。

「ユート、アレが……本当にサカハギリョウジなのですか?」

 ハーレムメンバーのひとり、金髪の女神官戦士が震える声で俺を示唆した。
 人に向かってアレとは失礼な女だ。
 そんな俺の不満を余所に悠斗が女神官戦士に同意する。

「ああ、そうだ。あいつがガエラフに魔剣を授けた。あいつがいなければキビ村の悲劇は起きなかったんだ」
「なぜ……どうしてガエラフなんかに魔剣を与えたりしたんですが!」

 涙目になりながら女神官戦士が訴えてくる。
 その問いに対する俺の答えは決まっていた。

「えっと、ガエラフって誰?」
「……え?」

 俺の素の反応が女神官戦士にとっては相当衝撃だったらしく、絶句している。他の連中も同じように面食らっていた。

「そいつが俺に魔剣を与えられたって言ってたのか?」

 仕方ないので俺自らヒアリングする。

「そ、そうです! 確かに通りすがりの異世界トリッパー、サカハギリョウジからもらったものだとガエラフが!」
「あー、なるほどな。うん、そいつはたぶん間違いなく俺から魔剣を受け取ってるな。でも悪い、ガエラフっていう奴が誰なのか俺はこれっぽっちも覚えてない」
「そ、そんな。貴方は素性どころか名前も知らない男に危険な魔剣を与えたのですか!?」

 女神官戦士の糾弾に、俺は返す言葉もなく頭を掻いた。
 実際問題「力が欲しいか? ならば、くれてやる」って解決できるパターンはクズラッシュで思考停止状態の俺にとっちゃ流れ作業だからなー。

「まあ、俺を召喚した奴がどうしようもない悪人だったってことだな。そうと知らずに魔剣を渡しちまって悪かった。すまん」

 一応、業務上の過失ということにはなるだろう。
 被害者が目の前にいるなら頭ぐらいは下げる。

「そんな軽い言葉で……許されると思っているのですか!」

 女神官戦士がいよいよ怒りボルテージマックスといった感じでメイスとラージシールドを構えた。

「ああ。じゃあ、好きなだけ殴ってくれていい。それでアンタの気が済むなら……」
「ちょっと待て。では、スィニグラフは? 貴様から人の心を操る杖を受け取ったダークエルフのことは!」

 俺なりの誠意を示そうとしているところに、さらなる余罪の追及が。今度はローブに三角帽子、そして手には杖というスタンダートな紫髪のメイジ娘だ。口調がやや強いのはキャラ付けかね?

「覚えがないな。でも、そいつが俺から受け取ったって言ってたなら、多分そうかな」
「崩落のアルカンシエル!」

 食い気味に叫んだのはリリィちゃんだ。
 この声のニュアンスはたぶん、家族とかの仇だろうか。

「アンタから世界を滅ぼすだけの力を受け取ったって言ってた! アイツのことまで覚えてないっていうの?」

 怒りに震える声で俺を罵倒するリリィちゃん。
 もちろん、どんなに同情を惹くような言い方をされても俺の回答は変わらない。

「大変申し訳ないが、これっぽっちも」
「アンタねぇ……どれだけの人が迷惑したと思ってるの!? あいつら、ユートが倒すまでにたくさんの人を殺したのよ!」
「いやはや、返す言葉もない」

 ニコポナデポされて悠斗にリンクしている奴隷人形たちの言葉とはいえ、一応すべて事実だから否定も言い逃れもしない。
 もっとも、どれだけ異世界側が被害を被ろうと知ったことではないというのが俺の本音だし、今のやり方を変えることもない。それが長い時間を過ごしてきた末に辿り着いた揺るぎない結論だからだ。

「逆萩亮二。なぜそんなふうに破滅の力を撒き散らすような真似をする」

 悠斗も怒りを抑えているのか。握り拳に血がにじむほどに力を込めながら、それでも落ち着いた声で確認してくる。

「何故って……理由は話したよな? 俺は誰かの願いを叶え続ける呪いのせいで異世界を旅する羽目に陥ってるんだよ。召喚されればどんな奴の願いでも叶えなくちゃならない。俺が望む望まないに関わらずな」
「それをやめようとは思わないってわけか」
「いやだから……お前、人の話聞いてるのか?」

 まあ、悠斗に関しちゃ結論ありきだろうから話しても無駄だな。
 そもそもハーレムメンバーも全員ニコポドールだから、俺が謝ったりしたところで許すという選択肢はないし、同じことだが。
 それでも謝ったのは、彼女たちが正気だったとしても同じ言葉を言われた気がするからってだけで、それも俺の自己満足に過ぎないっちゃ過ぎない。

 そう。俺が異世界に対するスタンスを絶対に変えないように、最初からこの会話の行き着く先も決まっている。
 こんなものは、どこの世界でもある……ただの魔女裁判だ。

「はぁ……もういい。お前たちが俺を倒したいというなら、してみろよ。できるもんならな」
「開き直るのか!」

 俺のスカしたような態度に悠斗が怒りを爆発させた。
 その本音を見透かしつつも、俺は鮫のように笑い返す。

「ははは。まさか俺がお前等の言葉にお涙ちょうだいの改心をして降伏する、なーんて展開を望んでるわけでもないんだろう?」

 悠斗の望みは俺が悪役らしく、まるでラスボスのように戦い、倒されることだ。
 ならば、憎まれ役として振る舞ってやればいい。

「来るなら全力でかかってこい。お前らが倒してきた連中のはるか上を行くぞ」

 これみよがしに魔力波動を垂れ流して戦闘態勢をとると、悠斗たちも応じた。

「この男を倒せば!」
「キビ村から始まった悲劇の連鎖は終わります!」
「世界に平和を取り戻すのよ!」

 ハーレムメンバーがいつかの劇団員の人たちみたいに場を盛り上げる。きっとこれがゲームかアニメならラスボスBGMのイントロがかかる場面だ。

「みんな、力を貸してくれ。きっとアイツを倒すことが、俺がこの世界に来た意味……!」

 悠斗もラスボス戦に心が踊っているのか、かなりクサイ台詞を吐いていた。

「さあて、たっぷり歓迎せったいしてやる」

 ひと思いに一瞬で消滅させるなんて、つまらない真似はしない。そもそも俺を殺す気がないらしいから代理の誓約を立てるとしたら悠斗を生かしたまま制圧する必要がある。それこそ下手に悠斗を殺したら、先に進むのに世界を滅ぼすしかなくなるからな。
 じっくりといたぶりながら心を折り、俺に対する無謀な願いを取り下げさせてやる。それでも折れなかったら、そのときはご褒美に退散されてやってもいい。どっちに転んでも俺にとっては只の暇つぶし。ちょっとした余興に過ぎない。

「さて、まずは総ざらいと行こう。俺の記憶にはなくとも、お前たちの中に刻まれた恐怖や怒りが、奴らを再び呼び起こす」

 へへ、ラスボスをやるならお約束を守らないとな。

「まずはよみがえれ、魔剣士ガエラフ!」

 即席復活チートを用いて、悠斗たちの前にひとりの剣士を呼び出す。

「ガエラフが!?」

 その姿に驚愕したのは女神官戦士だった。

「おっと、別に生き返ったわけじゃないぜ。そこの男はお前等の記憶の中から再構成されたコピー人間だ」

 ガエラフの見た目は隻眼に頬傷、かなり体格の大きい鎧を纏った戦士をいう風貌。
 うん、やっぱり全然記憶にないな。あの魔剣は所蔵のコピペ品で間違いなさそうだけど。

「一度は倒した相手だ。負けたりするものか!」
「そうか? じゃあ、これはどうだ」

 さらに能力を使い、ノリノリでひとりと一匹のコピーを生み出すと。

「スィニグラフか……!」
「アルカンシエルまで!」

 メイジ娘とリリィちゃん、驚いた顔もかわいいのう。
 それはそれとして、俺のチートで出現したのは歪んだハートの形をした先端の杖を持つ老ダークエルフと、巨大な狼型の獣だった。
 うーむ、やっぱりダークエルフは覚えてない。杖はVRMMO世界で魔法少女プレイをしていたプレイヤーからトレードでもらったレアアイテムだ。
 あとアルカンなんちゃらとかいうのは俺の破滅獣形態フェンリルスタイルの株分けバージョンっぽい。きっと変身能力でも授けたんだろう。

「死者すらも使役できるなんて……こんな奴に勝てるのか?」
「やれるよ、ユートなら!」

 悠斗の弱音をニコポドールのリリィちゃんが励ます。いいぞ、今はそうやって支えてもらうといい。依存心が強まるほど後がつらくなるからな。

「そうだ。俺はこんなところで負けられない! うおおおっ!」

 まるで打ち切りマンガの主人公のような叫び声をあげながら悠斗が再生怪人に突撃した。

 さあ、俺たちの戦いはこれからだ!
 桐ヶ谷先生の次回作にご期待ください!

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