日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

83.不老不死


 イツナ達と合流してから、34世界目。
 あれからもウンザリするような不眠不休の異世界クズラッシュが続いている。
 同じような願いばかりなので、解決方法もまったく同じパターンだ。
 今までの経験から最適と思われる方法を選んでいくだけの簡単なお仕事です。

 正直、もう飽きた。
 楽なのはいいけど、これっぽっちも楽しくない。
 やることが決まってるから俺が工夫する余地なんてないし、嫁との話のタネにもならないし。

「召喚成功」
「よし。お前、こっちに来い! グズグズするな!」

 だからいつもの如くどっかの国の召喚部屋に喚ばれたとき、俺は考えるのをやめていた。

「なんだこいつ。死んだ魚のような目をしてるぞ」
「別に構うことはないだろう。陛下が役に立たぬと判断されれば処分するだけだ」

 一方的に呼び出した相手を脅迫するように兵士たちが槍を向けてくるけど、気にならない。
 大人しく連行された先で手錠をされて犯罪者のような扱いを受けても、逆らう気力が全然沸いてこなかった。
 早いところ誓約の内容を把握して、さっさと済ませたい。
 俺の望みはそれだけだったのである。

「この先に皇帝陛下がおられる。粗相のないようにな!」

 やがて連れてこられたのは派手で悪趣味な謁見の間。
 皇帝と思しき男が奥の玉座で憂鬱そうに頬杖をついて、俺をゴミを見るような目で見下してきた。

「陛下の御前であるぞ! 跪いてこうべを垂れろ!」

 息を吸うのも面倒になっていた俺は黙って従う。

「面を上げよ、異世界の民よ」

 億劫だったけど大人しく顔を上げた。

「余がザシャルディン帝国十二代皇帝エルリウス三世だ」

 ザシャルディンってどこかで聞いたような。
 いつだったかな……どうでもいいや。
 とにかく自己紹介とかいらないから。絶対名前とか憶えないし、さっさと用件を言ってくれー。

「余は世界統一を果たし、あらゆる名誉、財宝、美姫を手に入れた。本来ならば、そなた如き下賤では拝謁できぬ高みの存在なのだということをまずは心得よ」

 そうなんですね。
 アンタと同じことを言う皇帝っていうのを何人も見てきたんですけど、雲の上の人なんですね。
 いやあ、すごいなー。あこがれちゃうなー。

「……おい、この男は本当に大丈夫なのであろうな。薬でも使ったのか? 先ほどからほうけておるようだが」

 俺の様子を不可解に思った皇帝が隣の側近に耳打ちした。

「陛下の威光に心打たれて言葉もないのでしょう。致し方なきことかと存じます」
「なるほど、それならば無理もないな」

 部下の言に得心したのもつかの間、すぐに不機嫌そうな顔でひそひそと囁く。

「だが、役に立たぬ木偶と引き合わされるとは余も舐められたものだ。女のように兵どもの慰みにするわけにもいかんだろうしな。もし、この男が見た目通りの役立たずだったら、召喚担当術者も殺せ。良いな」
「はっ」

 自分の命令が俺の耳にも入っているとは思ってもいない皇帝が、改めて心底どうでもよさげな視線を注いできた。

「さて、と。あらゆるものを手に入れた余が、次に欲しいもの。下賤の者には想像もつかぬであろうが――」
「不老不死」

 俺の無気力且つ唐突な発言に、謁見の間が一気に凍り付いた。

「……違いますか?」

 別にドヤ顔で指摘したつもりはない。
 すべての現世利益を得た為政者の次なる望みは大抵、己が治世を永遠のものとすること。
 どうせ今回もそうだろうとタカを括っただけだ。

「……き、貴様! 陛下の許しなく発言したな! しかも陛下の御言葉を遮るなどと不敬千万であるぞ!」
「待て」

 槍の石突で俺に制裁を加えようとする兵士を底冷えするような声で制止したのは皇帝だった。
 どことなく胡乱うろんだったさっきまでと打って変わって、瞳の中にはドス黒い執念の炎が灯っている。

「異世界の民よ。そなたの言う通り、余は永遠の命を欲している。世界中あらゆる場所を探させているが、いまだに見つかっていない。これまでもこうして異界の知識を手に入れるべく、何人もの奴隷を召喚した。帝国に繁栄をもたらす知識を持つ者も確かにいたが、今まで不老不死になる方法を知る者は皆無だった」

 一度火が付いた皇帝は熱弁をふるいだした。
 玉座から立ち上がり、カッと目を見開く。

「そなたは知っているのか? 不老不死になる方法を! いったい如何様にすれば手に入る? 邪神との契約か? 神域の秘術か? 万をも超える贄か? どのような犠牲を払う方法であっても構わぬ! 知っているのならば申してみよ!」

 不老不死になれる方法ねー。
 俺の不老不死チートを分配するのが早いけど、エヴァに嫁以外にチートを付与する場合は必ず回収するよう言いつけられているので、それはしない。

「えーと……ああ、これ邪魔」

 おもむろに手錠を引きちぎる。

「なっ!? 貴様、どうやって!」
「逆らう気か!」

 なにやら周囲が一斉にどよめきだした。
 皇帝が驚愕し、兵士どもが一斉に槍を構えて俺を取り囲む。

「別に暴れないから黙っててくんない?」

 クズどもに一瞥をくれつつ、アイテムボックスから小瓶をひとつ取り出した。

「じゃあ陛下。これどうぞ」
「なんだそれは?」

 差し出された小瓶を見て怪訝そうな顔をする皇帝に、俺はどこにでもあるガラクタを紹介するような口調で返答する。

「飲んだら不老不死になれる薬っす」
「なんだと!?」

 皇帝がわなわなと震え出した。
 感動したのかな?

「貴様……余を謀ろうというなら、ただでは済まんぞ!」

 およ、何故かお怒りのご様子。
 首を傾げていると、皇帝が親の仇でも見るような眼で睨みつけてくる。

「不老不死の薬がそう簡単にできるはずがないであろうが! 幾多の失敗の末にいまだ辿りつけぬが不老不死の夢よ! それを貴様如き下賤が所持しているなどということ、あろうはずがない!」

 あー……そういやそうだった。
 この手の秘宝はもったいぶったり莫大な報酬を要求しないと、逆に疑われるんだったよ。完全に忘れてた。
 後から要求しても薬が本物じゃないという疑いは晴れないしなー。
 それっぽい代償もパッと思いつかないし……。

「確かに俺が作り方を知ってるわけでもないし、アンタらじゃ一生かかっても作るのは無理だろうけどさ。コピペで量産した不死ポーションをいっぱい持ってるんだから仕方ないじゃん。四の五の言ってないで、さっさと飲んで望みを叶えてくれよ。俺も暇じゃないんだ」

 だんだんイライラし始めた俺は最低限の敬語も忘れて雑な態度を取り始めた。

「先ほどから無礼だぞ、貴様!」
「陛下! この者に立場をわからせてやってもよろしいでしょうか?」
「うむ、余が許す! この男を拷問し、不死の真実を吐かせよ!」

 あー。
 なんで毎度毎度、異世界の連中ってのは沸点が低いんだ。

 もういいや。
 強硬手段を取ろう。
 その方が早い。

「さっきからアンタら、マジでうざい」

 皇帝以外の全員を対象に麻痺魔法を発動すると、ドミノみたくバタバタと倒れた。

「な……バカな……」

 すべての部下が一斉に床に這いつくばったのを見て一気に顔を青くする皇帝。

「で、皇帝さんや。どうする? 俺は別にアンタを永久に死に続ける無限輪廻に放り込んでもいいんだけど」
「わ、わかった。飲む。そなたの言葉を信じよう」

 うむ、わかればよろしい。
 倒れた兵士どもを跨いで玉座の方に階段を登りながら皇帝に近づいていく。

「ああ、でもその前に」

 この薬を渡すときの注意事項をちゃんと伝えないとなー。
 アフターフォローというより二度手間を防ぐためにだが、たぶん今回も無駄に終わるだろう。
 でもエヴァの言いつけだから、仕方ない。

「この薬を飲んだら最後、アンタは普通の方法では絶対に死ねなくなる。四肢を切り落としても再生するし、肉体が灰のひとかけらになったとしても現世に帰還しちまう。つまり絶対に死ねない体になるんだけど、それでもいい?」
「よ、良いぞ。それこそ余の望みだ!」
「じゃあ、サービスでこれもやるよ」

 アイテムボックスから一振りの短剣を取り出し、皇帝に柄の方を差し出した。

「なんだこれは?」
「不死殺しの短剣。この短剣でやられた傷に不老不死の薬は効力を発揮しない。死にたくなったら、コイツで自害しな」
「バカな……そのようなものは不要だ!」

 うん、最初はみんなそう言うんだよね。

「ふーん……じゃあ、勝手にするといい」

 忠告したし。俺を拷問しようとしたヤツに義理立てする必要はないわな。

「その代わり死にたくなっても、俺を喚んだりするなよ」
「無論だ。さあ、とっとと薬を寄越せ」

 怒り気味に催促されたので素直に渡してやる。 
 薬の小瓶を手にした皇帝はしばらく逡巡していたが、最後は不老不死の誘惑が慎重さを上回ったらしい。
 思い切ってグビグビと飲み干していった。

「誓約成立だ」

 薬の効果で皇帝が不老不死になったので俺の足元に魔法陣が出現する。

「むぅ……本当に余は不老不死になったのだろうな?」

 などという皇帝の声が聞こえてきたが、俺は答える間もなく召喚されてしまった。



 直後に俺が出現したのは、暗い一室。
 途轍もない悪臭に顔を顰めながら嗅覚を封印し、暗視を有効化する。
 一瞬で召喚されたということはさっきと同じ異世界、しかも数百年以内だと予想される。
 もっとも、こうなるだろうと予想してたので驚きはない。

「ぜー……ぜー……」

 部屋の中では息絶え絶えのひとりの男が壁にはりつけにされていた。
 髪も伸びに伸び、無精ひげでかつての威風堂々とした雰囲気は見る影もないが間違いない。先ほどの皇帝だ。
 ボロ布の上から全身に杭のようなものが打ち込まれており、どくどくと血を流し続けている。
 糞尿と共に延々と流れ続ける血液が重力に逆らうように傷口の方へと戻っては、また流れていく。
 傷口が再生する側から、再び広げられているのだ。途方もない苦痛に苛まれていることだろう。

 そして壁や床のあらゆる場所に不死性を少しでも弱体化させようと不可思議な文様が描かれていた。
 召喚魔法陣の役割を果たしたのも、これらの模様である。

「む……?」

 磔にされている皇帝が俺に気づき、驚愕に両目を見開いた。

「おま……えは……た、たの、む。ころし、て……くれ。ころ……して……」
「ほーら、言わんこっちゃない」

 俺を召喚した望みも案の定、死ぬことだときたもんだ。
 いつもどおり過ぎる恒例の展開に、ここ最近で何度目になるかわからないため息が出てしまう。

 この男に何が起きたかは想像に難くない。
 永遠に続くはずだった権勢に陰りが出て玉座から引きずり降ろされたのだろう。
 如何に治世に優れる賢帝であろうと、いずれは時代遅れの老害と化す。ならば驕りに驕っていたこの男が奸臣によって排除されるのは世の摂理というもの。
 子孫に嵌められたか、叛乱でも起きたのか。俺にとってはどうでもいいこと。
 不老不死を無敵か何かと勘違いして調子に乗った連中は、だいたいこういう末路を迎えるのだ。

「たの、む、たんけん、で……」
「殺してほしいのか?」

 まだ収納してなかった不死殺しの短剣を振るって、男の胸を軽く傷つける。

「そ、それだああああ! そのたんけんでころしてくれええええ!」

 傷口が再生しないのを見て、皇帝は狂喜乱舞した。
 これまでどんな方法でも死ぬことができなかったのだろう。
 気持ちはよーくわかる。

 しかし希望を見出した男に対し、俺は冷水を浴びせかけるように、ただ一言。

「駄目だね」
「なっ!? どうしてだああああ!」

 意味が分からないとばかりに喚き散らす皇帝。
 飛んでくる唾を力場障壁で防ぎ、短剣を手の中で弄びながら冷笑する。

「ひょっとすると何年も昔のことで忘れてるかもしれないけどさ。アンタはこの短剣をいらないと言ったんだぜ?」

 これみよがしに短剣の腹で汚れきった頬をぺたぺたとはたいてやった。
 このクズが犯してきたであろう愚挙を想像したら、憐れみの気持ちなんてこれっぽっちも湧いてこない。
 ただ牢獄で閉じ込められるだけじゃなくて磔で苦痛を与えられている。つまり、それだけ多くの人間から恨みを買ったということだ。
 不老不死の力で長きにわたって世界を支配し、暴虐の限りを尽くした後、最終的には諸悪の根源として無明の地へ封じられたに違いない。
 皇帝を打倒した者たちは彼の不老不死を利用して、永遠の苦しみを与えることを選択したのである。

「それに言ったろ。死にたくなっても俺を喚ぶなって」
「な、なぜだ。どうして、よが、こんなめにあわねばならない……」

 そんなのお前の自業自得だろうと思いつつも、やはり脳が働いていないからだろうか。
 いつもの習慣で『死に乞い』する連中にしてやる話が、自然と口からついて出た。

「実を言うと、俺も不死者なんだよ」

 男が息を呑むのを無視して、俺は翻した短剣で指先を切って見せる。
 しかし男の時とは違い、傷口はあっという間に塞がった。

「見ろよ。俺の不老不死はこの短剣ぐらいじゃ無効化されない。死ねない体っていうのは、呪いみたいなもんなんだ。ひとつの世界で暮らそうにも、どいつもこいつも先に逝っちまう。不老不死を与えた嫁や子供も最期にはアンタみたく死なせてほしいとせがんでくるんだよ。人間の脳には記憶限界なんざないが、精神や魂の方はそうじゃない。人間はな、無限に生きていけるようにはできちゃいないんだ。だから昔は俺もよく願ってたよ。誰か、俺のことを殺してくれってな」

 男の目の奥底をジッと覗き込む。
 別に睨んだりしてないのに、俺の瞳の中に狂気でも垣間見たのだろうか。何故かぶるぶると震え出した。

「でも、やめたよ。死に憧れるのはやめたんだ。誓約を果たすためとはいえ数え切れないぐらいの悪事をやらかしてきたし、当然の報いだって思うようにした」

 最後に男の肩を気安く叩きつつ、さわやかに笑いかけた。

「それが、どうしようもないクズどもにいつも毒薬じゃなくてキチンとした不死薬を渡す理由だ。アンタもいろいろ口では言えないようなこと、たくさんやってきたんだろ? だったら俺と同じ煉獄をその身で味わえ。未来永劫生き続けることが、アンタの罰だ」

 俺の言葉を聞いて一切の救いがないことを悟った男の表情がみるみる絶望に染まり、泣き顔へと変わっていく。

「いやだ……いやだあああああああ!! ころしてくれ! ころしてくれえええええええ!!」

 耳を貸すことも心を動かすこともなく、俺は冷淡に呟いた。

「誓約。逆萩亮二はアンタのことを殺さない」



――召喚者の要請を破棄。代理の誓約を受け付けました。






「じ、邪神の眷属……召喚に成功したのか?」

 目を開けると、やはり見覚えがあるような感じの不気味な部屋で汚らしいローブを羽織った男が恍惚の表情で俺を見上げていた。

 俺と男の対角線上に位置する台座の上には一人の少女が横たえられている。
 小さな胸に突き刺さる短剣が痛々しい。哀れな少女は血の泡を噴き絶望の涙を流したまま息絶えようとしていたが……急所が外れていたのか、まだ死んでいなかった。

 どうやら邪神の眷属召喚に必要な生贄をうまく殺せなくて儀式が失敗し、俺が召喚されてしまったらしい。
 とりあえず延命チートで少女を死なないようにしつつ痛覚遮断魔法をかけると、その表情が一気に安らいだ。これでいつでも助けられる。

「さて、と。俺を召喚したのはお前だな?」

 そして、俺はローブの男を睨みつけた。
 ギリギリまで持ち上げてから一気にどん底に突き落としてやろうと脳内でせせら笑いながら、ザドーの時のように邪神の眷属の演技を始めた。

「どんな願いも叶えてやろう。お前の払う代償は、たったひとつ」

 お前の命だ、と続けてやりたい気持ちをグッと堪え、殺意をひた隠しにしながら男に問う。
 どんな願いにも代理誓約を立ててやろうと意気込んでいたのだが……。



「俺を不老不死にしてくれ! どんな代償でも払うぞ! 処女百人の生き血でも、聖女の魂でも、なんでもなぁー!」



 ……ふーむ。
 これも何かの縁というヤツだろうか。
 一転して俺は満面の笑みを浮かべて、こう答えたのである。 

「はい、よろこんで!」

コメント

  • 炙りサーモン

    さいきょ

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