日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
81.オークに見る異世界の個性
「よーし、オークどもを狩って狩って狩りまくるぞー!」
「首を洗って待っていろよ、醜い汚豚どもめ。一匹残らず消してやるぞー!」
冒険者ギルドでチンピラに絡まれるようなイベントが発生することもなく無事にモンスターの情報を得た俺たちは、町からだいぶ離れた森の奥へと踏み入っていた。
先ほどから俺もシアンヌもやる気満々で討伐予定のモンスターの名前を連呼している。
「ねえねえ、サカハギさん。オークってどんなモンスター?」
音速でマチェットを振るいつつ邪魔な枝葉を切り落として道を作っていると、俺たちのテンションについてこれず置いてけぼりだったイツナが尋ねてきた。
ギルドの常時討伐依頼の出ていたオークを倒すことに決まって、イツナも「それでいい」と頷いてたはずだけど……そもそもオークを知らなかったのか。
「たぶん、豚頭の人型モンスターだ」
「たぶんなんだ?」
いつもみたいに『なんでも知ってるサカハギさん』を期待していたのか、イツナが意外そうにちょこんと首を傾げる。
「オークって言っても、異世界によって結構違ってて断言できないんだよ。あ、そうだ……シアンヌの世界のオークはどんなだった?」
話を振られたシアンヌが不快そうに顔をしかめた。
「下賤な蛮族だ。雄しか生まれないから他種族から女を攫って奴隷にして子孫を増やすような連中だったぞ」
「うわぁー」
その手の知識に疎いイツナもさすがにドン引きだ。
シアンヌの解説は続く。
「成長が早く、子供のオークは数年で成人となる。力も強く恐れを知らず前線で戦うが、緻密な作戦を理解する頭はない。父上は奴隷化したオークを突撃兵として使っていた。この世界でもそうなのか?」
「まあ、概ねそんな感じじゃないか?」
シアンヌの疑問に適当に頷きつつ、人差し指を立てて説明を引き継いだ。
「でもまあ、メスが生まれないっていうのは他の異世界だとメジャーじゃないかもな。ちなみに他の世界だと豚肉扱いで食べると美味しいオークなんてのもいるし、ゲーム模倣世界ではポップアップする雑魚モンスターでドロップがしょぼいなんてこともあるぞ。それでも悪のモンスターっていうのは概ね共通してるな」
「ふーん。違う世界なのに、まるで同じモチーフがいるみたいだね」
お、鋭い。
「いい線行ってるぞ、イツナ。そのとおりだ」
「ふぇ?」
図らずも真理を突いたイツナを褒め称えるが、当人は何のことだかわからないって顔をしている。
うん、ちょうどいい機会だし教えておくか。
「元を辿れば異世界に出てくるモンスターっていうのは、地球からの伝承なんだ。もっと言えば、地球でイメージされたファンタジーがそのまま異世界として創られるようになったのが今ある多次元宇宙の在り方なのさ」
「地球? なんだそれは。どういうことだ?」
シアンヌの疑問に答えたら脱線してしまうので、今はシーッと口に指を立てて話を進める。
「イツナにはいつだったか酒の席で話した気がするけど、ある神が賭けに勝ってあらゆる宇宙を治める至高神になったって話はしただろ」
「うん、クソ神さんだね」
あ、イツナこら。名前は敢えて伏せたのに。
シアンヌが余計きょとんとしてるじゃないか。
「そいつは当時マイナーだった地球の、しかも無数にある並行世界の神の一柱だったんだが、元から賭けに勝つことが目的じゃなかったらしくてな。いざ宇宙を治めるとなったとき、ルール作りが得意な神に任せて丸投げしたんだよ」
「うわぁ、最低。でも、頭の中に絵が浮かぶよ」
イツナがここまでげんなりした顔をするのは珍しい。一体何があったのやら。
一方、話についてこれないシアンヌが心なしかしょんぼりしている気がする。後でちゃんと教えてやらないと拗ねるかも。
「多次元宇宙創造なんて俺の専門外なんでよくわからんけど。やっぱり共通の法則……宇宙構成源理が必要になってな。いざ宇宙に新世界を創造する段になったとき、どんな源理に基づくかってなると、やっぱり地球がモデルになるしかないよねって話になったわけだ。そのとき各世界の創造神達に好まれた雛型が、地球発のファンタジー風世界だったのさ」
「待て!」
それまで指をくわえているしかなかったシアンヌが突然割り込んで来た。
「その地球というのはよくわからんが……まさか、今まで渡り歩いてきた異世界は……いや、私のいた世界すら! たったひとつの世界をモデルに創られたのか!?」
少し誤解もある気がするが。
その問いかけに、俺はニヤリと笑い返す。
「勇者。魔王。モンスター。神々。冒険者ギルド。これだけ似通ってるんだ。共通の経典があるのは、むしろ当然だろ?」
「馬鹿な。それでは同じ世界ばかりになって、差異がなくなるはずだ」
「そうでもない」
震える声で反論するシアンヌに、俺は至極冷静に首を横に振った。
「出そうと思って出すのが個性じゃない。出すまいと思っても出てしまうのが個性なんだ。実際、豚顔で不潔で狂暴で女を好み力が強いと、これだけの共通項があるのに、俺はそこから外れたオークを何度も見てきたしな」
そもそも豚顔ですらなかったり、高潔な種族だったり、特殊能力が違ったり、人間の言葉をしゃべるときに語尾に「でオーク」がついたり。
同じ材料をどう調理するかは神々次第ってわけだ。
「まあ、でもシアンヌ。お前の言う通りでもあるぜ。俺から見たら、どこもかしこもほとんど同じ世界に見えるのは確かだ」
言っててなんか虚しくなって、ため息交じりに肩を落とす。
かなり昔の俺は異世界ごとの個性を把握して動こうとして、無駄な時間を過ごした。
どうせだいたい同じなんだから、だいたい同じように攻略すればいいのである。
しかし、そんな俺の呟きにシアンヌは厳しい表情のまま黙りこくっていた。
俺を無視したわけではない。
「サカハギさん」
ふと、声を潜めるように呟くイツナ。
その三つ編みがアンテナのように逆立っていた。
「ああ、これだけバカ騒ぎしながら縄張りを歩き回れば、そりゃ来るだろうよ」
隠密して奇襲をかける気なんて最初っからない。わざと誘い出して楽しもうという算段だった。
荒々しく、それでいてどこか異様な息遣いが既に俺達を取り囲んでいる。
木々の間から見え隠れするシルエットは、いわゆる俺がイメージするオークと概ね一致していた。
しかし。
「なあ、サカハギ。この世界のオークはあんなふうに目が光るのか?」
シアンヌの言う通りだった。
比喩でもなんでもなく、文字通りオークどもの双眸は煌々と輝いている。
まるで脱走した囚人を追い詰めるサーチライトのようだった。
ちゅうぃーんがっしゃんと聞き慣れない足音を立てながら、焦るでもなく包囲を狭めてくる。
急がなくても獲物……少なくともオークどもがそう思っている俺たちに逃げ道がないことを理解しているのだ。
やがて、やはり豚顔の、一目見れば「あ、オークだ」とわかる造形がはっきりと見えてきた。
無秩序なオークどもには不似合いな一糸乱れぬ隊列に違和感を覚えたのは、まさにこの時である。
そして、息遣いだと思っていたものが連中が発する何かの駆動音のようなものだと理解した瞬間。
「「「男はインテリアに。女どもは俺たちの鉄便器にスル。抵抗は無意味だドッ!」」」
電子音の混ざった耳障りなダミ声でオークどもがまったく同時に叫ぶと、連中の握る鉄の棒のようなモノの先端部分からブゥンと光の粒子がほどばしり扇状を象った。
「わあ、あれって斧だったんだ! すごいなぁ!」
初めて見る仕掛けにイツナが無邪気にはしゃいだ。
「ふん、面白い。確かに私の知ってるオークではないようだな!」
シアンヌも不敵な笑みを浮かべて殺気を放ち始める。
「お、おう……そうだな、これも異世界の個性……」
連中が装備しているのはビームで刃の部分が形成された斧のようだ。
こんな感じにオークといっても千差万別である。
世界によってはオークがSFチックなビームアックスを振るうことも……。
「って、そんなワケがあるかッ! おい、気を付けろふたりとも! コイツらは――」
「えへへっ、先手必勝だよ!」
どうやら俺の制止は遅かったらしい。
イツナの三つ編みから雷撃が走ると、オークどもがバチバチと火花をあげてショートしたように崩れ落ちた。
「イツナ、抜け駆けするな!」
続いてシアンヌが魔力爪でオークどもを紙細工のように引き裂いていく。
俺の警告も虚しく、イツナとシアンヌはオークども相手に無双を始めてしまった。
「あー……まあ、いっか」
このオークどもがどれぐらい強いのかは知らないが、見たところふたりが苦戦するレベルではないらしい。
それに、今更やめろと言ったところでシアンヌの機嫌が悪くなる。
とか考えてる間にオークの一匹がビームアックスを大上段に振りかぶって襲い掛かってきた。
ちなみに、ここで言うビームとは重粒子を加速、共振励起させることによって高エネルギーを電磁束帯させた光の刃のことだ。SFに出てくる架空兵器の一種であり、剣と魔法のファンタジー世界では断じて出てきちゃいけないシロモノである。
ビームから飛散する重粒子は至近距離で浴びただけでも人間を殺しかねないが、俺や花嫁源理庇護下にあるイツナとシアンヌが影響を受けることはない。
無論、当たればただでは済まないが……逆に言うと当たりさえしなければ、どうということはないのだ。
スピード重視のイツナとシアンヌはもちろんのこと、俺だってかすらせない。
「さて、まずは確かめるか」
ビームアックスをあぶなげなく躱し、とあるチートを発動しつつオークの豚頭に軽く触れる。
すると、オークが立ったまま動かなくなった。
「はい、確定っと」
そうなると、あとは適当にお掃除するだけだ。
光翼疾走でテンポよく同じ要領でオークどもを停めていく。
程なくして動くオークはいなくなった。
「ふーっ。お疲れさま!」
イツナが大きく伸びをして、俺たちを労う。
「チッ、食い足りんな……」
不完全燃焼だったのか、シアンヌは不満たらたらである。
「ま、こんなもんだろ」
50匹ほどいたようだが、オークどもは俺達の敵ではなかった。
強敵だったら遊びにならないから、これでいいのだけど。
俺がどうやってオークを停止させたのか、シアンヌですら聞いてこない。
麻痺魔法を使ったようにも見えるから今更か。
「ねえねえ、サカハギさん。オークってみんなこういうモンスターなの? それともここの異世界だけ?」
「さっきまでは半信半疑だったが、確かにお前の言う通りだな。個性は後からついてくるというわけか」
あ、ふたりはそういう見方をするのか。
「どうしたの?」
「なんだ、その生暖かい目線は……」
やっぱり異世界ライフに嫁は必要だなぁ。
とてもじゃないが固定観念に囚われた俺にはできない発想だ。こういうのを見ると癒されてしまう。
馬鹿にしているわけじゃなくて、そういう見方もあるんだなと本気で感心させられるのだ。
「いや」
とはいえ勘違いはしっかり指摘しないとな。
長引くと訂正が厄介になる。
「残念ながら、コイツらはオークなんだけどオークじゃないな」
俺が停止させたオークの頭をコンコンと小突きつつ肩を竦める。
「より正確に言うと、この世界のオークが機械教化された機械教徒ってところなんだが。詳しい説明は後にするぞ」
「ほえ?」
「それはどういう――」
「早速お出ましだぜ」
俺が天を仰ぐと、イツナとシアンヌも釣られて空を見上げる。
そこではピロピロと奇妙な音を立てながら、ポリゴン状の何かが虚空から現れて鮮明な姿を象るところだった。
巨大な影が太陽の光を遮り、俺達の下へ闇の帳が降りる。
「あれは、船……?」
イツナの感想は正しい。
まさしく船。というよりは、艦である。
艦ならば、何故空を飛べるのか。それはもちろん、羽根が生えているからである。
全長200メートルほどの艦から無数の白い羽根が生えて、ゆらゆらと羽ばたいているのだ。無論、ただの羽根がいくらあったって巨大質量を支えられる訳がない。
「な、なんと……しかしこれは、どういう」
シアンヌの驚愕も無理はない。
惑星型異世界において概ね採用されている物理法則……すなわち重力を完全に無視して飛行しているにもかかわらず、魔力波動は皆無。
飛行魔法を使っていないのはシアンヌの鑑定眼にも明らかだった。
羽根以外に艦の外側にところどころ装備されている無数の突起はラッパのような形状のすり鉢。
いいや、実を言うとアレはラッパなのだ。この艦は巨大な楽器でもある。
艦首には祈るようなポーズの少年とも少女ともとれる裸人のモチーフ。
この艦首の歌に合わせて伴奏を担当するのが、あれらの楽器なのだ。
黄金比によって緻密に計算された美しさ、それでいて機能美を兼ね備えた神々しさを持つこの艦を、地球出身者が見たならば、こんな感想を抱くだろう。
「まるで天使みたい……」
イツナの呟きに呼応するかのように艦首の口がこの世のものとは思えない美しい響きを持って、慈悲深く、しかし有無を言わさない平坦かつ機械的な音声でアナウンスした。
「皆さんを機械教化します。抵抗の必要はありません」
彼らは俺が巡る異世界で最も美しく、最も大規模で、メガミクランに次いで二番目に危険な異世界侵略者達。
三番手に位置するアンス=バアルが、こう名付けている。
「次元世界侵蝕型統一端末。天使艦隊プリンシパリティ級だ」
「首を洗って待っていろよ、醜い汚豚どもめ。一匹残らず消してやるぞー!」
冒険者ギルドでチンピラに絡まれるようなイベントが発生することもなく無事にモンスターの情報を得た俺たちは、町からだいぶ離れた森の奥へと踏み入っていた。
先ほどから俺もシアンヌもやる気満々で討伐予定のモンスターの名前を連呼している。
「ねえねえ、サカハギさん。オークってどんなモンスター?」
音速でマチェットを振るいつつ邪魔な枝葉を切り落として道を作っていると、俺たちのテンションについてこれず置いてけぼりだったイツナが尋ねてきた。
ギルドの常時討伐依頼の出ていたオークを倒すことに決まって、イツナも「それでいい」と頷いてたはずだけど……そもそもオークを知らなかったのか。
「たぶん、豚頭の人型モンスターだ」
「たぶんなんだ?」
いつもみたいに『なんでも知ってるサカハギさん』を期待していたのか、イツナが意外そうにちょこんと首を傾げる。
「オークって言っても、異世界によって結構違ってて断言できないんだよ。あ、そうだ……シアンヌの世界のオークはどんなだった?」
話を振られたシアンヌが不快そうに顔をしかめた。
「下賤な蛮族だ。雄しか生まれないから他種族から女を攫って奴隷にして子孫を増やすような連中だったぞ」
「うわぁー」
その手の知識に疎いイツナもさすがにドン引きだ。
シアンヌの解説は続く。
「成長が早く、子供のオークは数年で成人となる。力も強く恐れを知らず前線で戦うが、緻密な作戦を理解する頭はない。父上は奴隷化したオークを突撃兵として使っていた。この世界でもそうなのか?」
「まあ、概ねそんな感じじゃないか?」
シアンヌの疑問に適当に頷きつつ、人差し指を立てて説明を引き継いだ。
「でもまあ、メスが生まれないっていうのは他の異世界だとメジャーじゃないかもな。ちなみに他の世界だと豚肉扱いで食べると美味しいオークなんてのもいるし、ゲーム模倣世界ではポップアップする雑魚モンスターでドロップがしょぼいなんてこともあるぞ。それでも悪のモンスターっていうのは概ね共通してるな」
「ふーん。違う世界なのに、まるで同じモチーフがいるみたいだね」
お、鋭い。
「いい線行ってるぞ、イツナ。そのとおりだ」
「ふぇ?」
図らずも真理を突いたイツナを褒め称えるが、当人は何のことだかわからないって顔をしている。
うん、ちょうどいい機会だし教えておくか。
「元を辿れば異世界に出てくるモンスターっていうのは、地球からの伝承なんだ。もっと言えば、地球でイメージされたファンタジーがそのまま異世界として創られるようになったのが今ある多次元宇宙の在り方なのさ」
「地球? なんだそれは。どういうことだ?」
シアンヌの疑問に答えたら脱線してしまうので、今はシーッと口に指を立てて話を進める。
「イツナにはいつだったか酒の席で話した気がするけど、ある神が賭けに勝ってあらゆる宇宙を治める至高神になったって話はしただろ」
「うん、クソ神さんだね」
あ、イツナこら。名前は敢えて伏せたのに。
シアンヌが余計きょとんとしてるじゃないか。
「そいつは当時マイナーだった地球の、しかも無数にある並行世界の神の一柱だったんだが、元から賭けに勝つことが目的じゃなかったらしくてな。いざ宇宙を治めるとなったとき、ルール作りが得意な神に任せて丸投げしたんだよ」
「うわぁ、最低。でも、頭の中に絵が浮かぶよ」
イツナがここまでげんなりした顔をするのは珍しい。一体何があったのやら。
一方、話についてこれないシアンヌが心なしかしょんぼりしている気がする。後でちゃんと教えてやらないと拗ねるかも。
「多次元宇宙創造なんて俺の専門外なんでよくわからんけど。やっぱり共通の法則……宇宙構成源理が必要になってな。いざ宇宙に新世界を創造する段になったとき、どんな源理に基づくかってなると、やっぱり地球がモデルになるしかないよねって話になったわけだ。そのとき各世界の創造神達に好まれた雛型が、地球発のファンタジー風世界だったのさ」
「待て!」
それまで指をくわえているしかなかったシアンヌが突然割り込んで来た。
「その地球というのはよくわからんが……まさか、今まで渡り歩いてきた異世界は……いや、私のいた世界すら! たったひとつの世界をモデルに創られたのか!?」
少し誤解もある気がするが。
その問いかけに、俺はニヤリと笑い返す。
「勇者。魔王。モンスター。神々。冒険者ギルド。これだけ似通ってるんだ。共通の経典があるのは、むしろ当然だろ?」
「馬鹿な。それでは同じ世界ばかりになって、差異がなくなるはずだ」
「そうでもない」
震える声で反論するシアンヌに、俺は至極冷静に首を横に振った。
「出そうと思って出すのが個性じゃない。出すまいと思っても出てしまうのが個性なんだ。実際、豚顔で不潔で狂暴で女を好み力が強いと、これだけの共通項があるのに、俺はそこから外れたオークを何度も見てきたしな」
そもそも豚顔ですらなかったり、高潔な種族だったり、特殊能力が違ったり、人間の言葉をしゃべるときに語尾に「でオーク」がついたり。
同じ材料をどう調理するかは神々次第ってわけだ。
「まあ、でもシアンヌ。お前の言う通りでもあるぜ。俺から見たら、どこもかしこもほとんど同じ世界に見えるのは確かだ」
言っててなんか虚しくなって、ため息交じりに肩を落とす。
かなり昔の俺は異世界ごとの個性を把握して動こうとして、無駄な時間を過ごした。
どうせだいたい同じなんだから、だいたい同じように攻略すればいいのである。
しかし、そんな俺の呟きにシアンヌは厳しい表情のまま黙りこくっていた。
俺を無視したわけではない。
「サカハギさん」
ふと、声を潜めるように呟くイツナ。
その三つ編みがアンテナのように逆立っていた。
「ああ、これだけバカ騒ぎしながら縄張りを歩き回れば、そりゃ来るだろうよ」
隠密して奇襲をかける気なんて最初っからない。わざと誘い出して楽しもうという算段だった。
荒々しく、それでいてどこか異様な息遣いが既に俺達を取り囲んでいる。
木々の間から見え隠れするシルエットは、いわゆる俺がイメージするオークと概ね一致していた。
しかし。
「なあ、サカハギ。この世界のオークはあんなふうに目が光るのか?」
シアンヌの言う通りだった。
比喩でもなんでもなく、文字通りオークどもの双眸は煌々と輝いている。
まるで脱走した囚人を追い詰めるサーチライトのようだった。
ちゅうぃーんがっしゃんと聞き慣れない足音を立てながら、焦るでもなく包囲を狭めてくる。
急がなくても獲物……少なくともオークどもがそう思っている俺たちに逃げ道がないことを理解しているのだ。
やがて、やはり豚顔の、一目見れば「あ、オークだ」とわかる造形がはっきりと見えてきた。
無秩序なオークどもには不似合いな一糸乱れぬ隊列に違和感を覚えたのは、まさにこの時である。
そして、息遣いだと思っていたものが連中が発する何かの駆動音のようなものだと理解した瞬間。
「「「男はインテリアに。女どもは俺たちの鉄便器にスル。抵抗は無意味だドッ!」」」
電子音の混ざった耳障りなダミ声でオークどもがまったく同時に叫ぶと、連中の握る鉄の棒のようなモノの先端部分からブゥンと光の粒子がほどばしり扇状を象った。
「わあ、あれって斧だったんだ! すごいなぁ!」
初めて見る仕掛けにイツナが無邪気にはしゃいだ。
「ふん、面白い。確かに私の知ってるオークではないようだな!」
シアンヌも不敵な笑みを浮かべて殺気を放ち始める。
「お、おう……そうだな、これも異世界の個性……」
連中が装備しているのはビームで刃の部分が形成された斧のようだ。
こんな感じにオークといっても千差万別である。
世界によってはオークがSFチックなビームアックスを振るうことも……。
「って、そんなワケがあるかッ! おい、気を付けろふたりとも! コイツらは――」
「えへへっ、先手必勝だよ!」
どうやら俺の制止は遅かったらしい。
イツナの三つ編みから雷撃が走ると、オークどもがバチバチと火花をあげてショートしたように崩れ落ちた。
「イツナ、抜け駆けするな!」
続いてシアンヌが魔力爪でオークどもを紙細工のように引き裂いていく。
俺の警告も虚しく、イツナとシアンヌはオークども相手に無双を始めてしまった。
「あー……まあ、いっか」
このオークどもがどれぐらい強いのかは知らないが、見たところふたりが苦戦するレベルではないらしい。
それに、今更やめろと言ったところでシアンヌの機嫌が悪くなる。
とか考えてる間にオークの一匹がビームアックスを大上段に振りかぶって襲い掛かってきた。
ちなみに、ここで言うビームとは重粒子を加速、共振励起させることによって高エネルギーを電磁束帯させた光の刃のことだ。SFに出てくる架空兵器の一種であり、剣と魔法のファンタジー世界では断じて出てきちゃいけないシロモノである。
ビームから飛散する重粒子は至近距離で浴びただけでも人間を殺しかねないが、俺や花嫁源理庇護下にあるイツナとシアンヌが影響を受けることはない。
無論、当たればただでは済まないが……逆に言うと当たりさえしなければ、どうということはないのだ。
スピード重視のイツナとシアンヌはもちろんのこと、俺だってかすらせない。
「さて、まずは確かめるか」
ビームアックスをあぶなげなく躱し、とあるチートを発動しつつオークの豚頭に軽く触れる。
すると、オークが立ったまま動かなくなった。
「はい、確定っと」
そうなると、あとは適当にお掃除するだけだ。
光翼疾走でテンポよく同じ要領でオークどもを停めていく。
程なくして動くオークはいなくなった。
「ふーっ。お疲れさま!」
イツナが大きく伸びをして、俺たちを労う。
「チッ、食い足りんな……」
不完全燃焼だったのか、シアンヌは不満たらたらである。
「ま、こんなもんだろ」
50匹ほどいたようだが、オークどもは俺達の敵ではなかった。
強敵だったら遊びにならないから、これでいいのだけど。
俺がどうやってオークを停止させたのか、シアンヌですら聞いてこない。
麻痺魔法を使ったようにも見えるから今更か。
「ねえねえ、サカハギさん。オークってみんなこういうモンスターなの? それともここの異世界だけ?」
「さっきまでは半信半疑だったが、確かにお前の言う通りだな。個性は後からついてくるというわけか」
あ、ふたりはそういう見方をするのか。
「どうしたの?」
「なんだ、その生暖かい目線は……」
やっぱり異世界ライフに嫁は必要だなぁ。
とてもじゃないが固定観念に囚われた俺にはできない発想だ。こういうのを見ると癒されてしまう。
馬鹿にしているわけじゃなくて、そういう見方もあるんだなと本気で感心させられるのだ。
「いや」
とはいえ勘違いはしっかり指摘しないとな。
長引くと訂正が厄介になる。
「残念ながら、コイツらはオークなんだけどオークじゃないな」
俺が停止させたオークの頭をコンコンと小突きつつ肩を竦める。
「より正確に言うと、この世界のオークが機械教化された機械教徒ってところなんだが。詳しい説明は後にするぞ」
「ほえ?」
「それはどういう――」
「早速お出ましだぜ」
俺が天を仰ぐと、イツナとシアンヌも釣られて空を見上げる。
そこではピロピロと奇妙な音を立てながら、ポリゴン状の何かが虚空から現れて鮮明な姿を象るところだった。
巨大な影が太陽の光を遮り、俺達の下へ闇の帳が降りる。
「あれは、船……?」
イツナの感想は正しい。
まさしく船。というよりは、艦である。
艦ならば、何故空を飛べるのか。それはもちろん、羽根が生えているからである。
全長200メートルほどの艦から無数の白い羽根が生えて、ゆらゆらと羽ばたいているのだ。無論、ただの羽根がいくらあったって巨大質量を支えられる訳がない。
「な、なんと……しかしこれは、どういう」
シアンヌの驚愕も無理はない。
惑星型異世界において概ね採用されている物理法則……すなわち重力を完全に無視して飛行しているにもかかわらず、魔力波動は皆無。
飛行魔法を使っていないのはシアンヌの鑑定眼にも明らかだった。
羽根以外に艦の外側にところどころ装備されている無数の突起はラッパのような形状のすり鉢。
いいや、実を言うとアレはラッパなのだ。この艦は巨大な楽器でもある。
艦首には祈るようなポーズの少年とも少女ともとれる裸人のモチーフ。
この艦首の歌に合わせて伴奏を担当するのが、あれらの楽器なのだ。
黄金比によって緻密に計算された美しさ、それでいて機能美を兼ね備えた神々しさを持つこの艦を、地球出身者が見たならば、こんな感想を抱くだろう。
「まるで天使みたい……」
イツナの呟きに呼応するかのように艦首の口がこの世のものとは思えない美しい響きを持って、慈悲深く、しかし有無を言わさない平坦かつ機械的な音声でアナウンスした。
「皆さんを機械教化します。抵抗の必要はありません」
彼らは俺が巡る異世界で最も美しく、最も大規模で、メガミクランに次いで二番目に危険な異世界侵略者達。
三番手に位置するアンス=バアルが、こう名付けている。
「次元世界侵蝕型統一端末。天使艦隊プリンシパリティ級だ」
コメント
炙りサーモン
こわい