日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

69.カオス展開

 召喚された直後、俺たちは謁見の間に通された。

「よくぞ召喚に応えてくれた、勇者よ」

 うん、そう。
 いつもの王道召喚だ。
 懐かしい気さえする。
 前回と前々回の異世界が濃すぎたせいか、不思議な安心感すら覚えていた。

 しかし、ある理由からやや緊張の面持ちを保って玉座の王に一礼する。

「魔王を倒せと仰せとか」
「うむ、そのとおりだ」

 その後も話がスムーズに進んでいく。
 いつもどおりに固有名詞の混じる話だけは適当に聞き流しつつ、概要を抑えて話をまとめにかかる。

「それでは早速、魔王討伐に向かいます」
「ううむ、話が早くて助かるが……良いのか?」

 文句ひとつ言わず素直に頷く俺を不審に思ったのか、王が首を傾げた。

「良いも何も、魔王が暴れてるとなれば勇者として放置はできません」
「おお……!」

 俺の勇者らしい発言に王だけでなく、周囲の臣下も感嘆の声を漏らしていた。

 もちろん、使命感からこんな寒い戯言を吐いたわけではない。
 せっかくの優良案件をトラブルなくまとめたいだけだ。

 誓約も誓約者も明確で、やるべきこともシンプル。
 ああ、魔王退治。なんたる安牌か!

「最後にもうひとつ良いか?」

 颯爽と去ろうと踵を返す俺の背に、王が余計な一言を投げかける。

 いつもの王道召喚。
 いつもの魔王退治。
 王に勇者として魔王を倒してくれと頼まれる、何千回何万回と繰り返しているシチュエーション。

 けど、ここ最近……具体的には3年5ヵ月間のルーチンワークとは明らかに違う点がひとつある。

「そなたの隣におる者は共に召喚されたと聞いたが……」

 王が視線を移した先に佇んでいたのは紫を基調としたローブの端々に黒い帯紐を結んだ、一見すると魔術師風の娘。
 服と同じく紫色の髪に、透き通るような白い肌の美少女である。

「……ええ、妻です」

 仕方なく簡潔に事実だけを伝えると、王を含めた周囲の視線に少なからぬ嫉妬が混じった。

「ご挨拶が遅れましたね」

 エヴァが弾むような声で笑う。
 その正体を知れば最上位神でも泣いて命乞いするであろう最古参嫁。
 存在だけで世界の在り様をガラリと変えてしまう程のイレギュラー。

「お初にお目にかかります王様。ご紹介にあずかりました勇者が妻、エヴァンジェリンと申します」

 エヴァが微笑を浮かべて、スカートの裾をつまみながら優雅に一礼した。
 一挙手一投足の完成度に俺を除いた全員が息を呑む。

「どうかよしなに」
「そ、そうか」

 王がエヴァの美貌にノックアウトされたのか、最も危惧していた提案をしてきやがった。

「どうであろう、勇者殿。魔王退治は危険な旅になる。その間、奥方は我が城に逗留してもらってもかまわんが」
「い、いえそれには及びま――」
「まあ、よろしいのですか?」

 俺の断り文句をエヴァがわざとらしく遮りながら、まるで王の心意気に感激したかのように手を打ち鳴らす。

「そういうことであれば、ありがたく滞在させていただきます」
「おお、そうかそうか。それがよい」

 王が満足気に頷くのを確認してから、エヴァがくるりと回って俺の胸に飛び込んできた。

「ああ、貴方様。すぐに魔王退治に出かけるなんて、わたくしは寂しいです。魔王を倒しに行く前、せめて今晩だけでも最後の別れを」
「お、おう」

 じっと見上げてくるエヴァの真剣な瞳に、何も言い返せなかった。

「奥方の言うことももっともであるな。勇者殿もそこまで急ぐこともあるまい」
「し、しかし、魔王の手勢によって民が苦められているのを放っておくわけには……」

 王もその気になってしまったので、無駄だとわかりつつも最後の抵抗を試みる。

「いやいや、よくよく考えれば勇者殿はこの世界のことについて何も知らぬはず。万全の支度を整えた方が結果的に民にとって良い結果をもたらすであろう」

 くっ、それを言われると……。
 いや、王だけなら余裕でブッチできるんだが!

「貴方様、どうか」

 俺を見上げるエヴァの瞳はゆらゆらと揺れている。
 蓮実みたいな黒い打算のない純粋な願いを秘めた双眸に、ため息を吐くしかなかった。

「……わかった」
「ありがとうございます」

 俺の返事にエヴァが花のように笑う。
 それはまるで年恰好相応の少女のようだった。

 そういうわけで……さらば、優良案件。
 日替わり転移は遠いや。

 あ、一応言っておくと俺は通りすがりの異世界トリッパーの逆萩亮二です。
 どうかよしなに。



「申し訳ございません、マスター。わたくしの我儘に付き合わせてしまって」

 客間に通されてふたりっきりになった途端、エヴァが本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいよ」

 うん、いつものことだし。

「ルール2とルール6を破るつもりはないのです」

 頭を上げたエヴァの眉は下がり、瞳には悲しみがたたえられている。

「わかってるって」

 この少女にとってハーレムルールは絶対だ。
 ルールの対象には当然エヴァ自身も含まれている。
 だから、先ほどの「寂しい」なんて発言は建前であると……そういう話をしているのた。

「イツナさんとシアンヌさんの修行の続きをする場として、城というのは何かと都合がよろしかったので」

 これも嘘ではない。
 おそらく今後何かと理由をつけて滞在期間を延ばし、その間に新人嫁をメイドとして潜り込ませて花嫁修行させるつもりだろう。
 そして俺が誓約を達成した後もこの世界に留まり続ける。
 エヴァなら俺の座標を知ることができるから、用が済んだら次元転移で合流可能だし。
 俺がイツナとシアンヌを召喚すれば元通りだ。

 これなら俺の邪魔にはならないのでルール2に抵触することもないし、さっきの発言が嘘ならルール6にも違反してない。
 一見すると何も問題はないように見えるが。

「もちろん、マスターは城から抜け出して魔王退治に向かってくださって構いません。今夜中にでも――」
「エヴァ」

 懸命に冷静を装い続けるエヴァをギュッと抱きしめる。

「マ、マスター!?」

 エヴァが驚いたようにビクリと肩を反応させながら意外そうな声をあげた。

「いつも悪いな」

 慰労の言葉にエヴァの全身が震える。

「い、いえマスター。そのようなことは」

 夢現ゆめうつつの表情のまま、か細い声で呟くエヴァ。
 そんな少女の背中に手を回してわずかに力を籠める。
 約3年半ぶりに抱いた体はとても柔らかく感じた。

「今夜はルール5だ」
「ああ、マスター……」
「お前との付き合いも、長いからな」

 一見するとエヴァはほとんど無表情で事務的に行動しているように見える。
 しかし、よくよく観察すると実際には表情豊かで感情の浮き沈みも激しい性格なのだ。

 さっきみたいな提案をエヴァがしてくるときは大抵、胸の内に寂しさを秘めている。
 花嫁修業のために城に滞在するという話も嘘ではない。
 だけどそのために王の面前で語ったセリフは、建前に見せかけた本音だったというわけだ。

 もちろんそんな不躾な指摘はしない。
 そんなことをすれば、エヴァはルール6を気にしてしまう。

 あくまでエヴァを抱くのは、ルール5。
 俺の我儘である必要があるのだ。
 こうすることでエヴァはルールに従い本懐を叶えられる。

 当然、俺は異世界の最短攻略を諦めなければならない。
 だけど、それがなんだ。
 大事な女の望みを叶えずして、いったい誰の願いを叶えるというのか。

「はい……愛しております、マスター」

 エヴァの上気した表情を見つめていると、それでいいと思えてしまう。
 最も人間から遠い存在でありながら……いや、それゆえに純粋な愛情を向けてくれるエヴァを袖にできるはずがない。

 しかし、エヴァに溺れては先に進めないのも事実。
 それをお互いにわかっているから、こういう距離の取り方をするしかないのだ。

 これが、もっとも強力な古参嫁のひとりであるエヴァを封印珠に温存しておかなくてはいけない理由のひとつである。

 そしてもうひとつの理由は……。

「ふはははは! 聞いているか勇者! いるのはわかっているぞぉ!」

 外から耳障りな声と爆発音が聞こえたのは、今まさにエヴァと口づけを交わそうとしたときだった。

「俺様はアビザル死傑将が一翼、オルダンテ! 勇者よ、出てこい! 出てこなければ城の連中は皆殺しだ!」

 エヴァに断ってから窓を開けると、空を埋め尽くす無数の軍勢がバッサバッサと皮翼で風を叩いているのが見える。
 その中心では巨大な体躯の赤い悪魔が蝙蝠のような翼で滞空しながら、わけのわからんことを叫んでいた。

「あちゃー、魔王サイドに召喚を察知されてるパターンだったか。まあ、あの程度の魔力波動のヤツならすぐにでも……あれ、エヴァ?」

 振り返るとエヴァがいなかった。
 嫌な予感にもう一度窓の外へ視線をやると。

「――真名オルダンテ・ミアズマ。貴方はマスターとの逢瀬を邪魔しました」

 ゲェーッ、エヴァ!?
 いつの間に空に……って、まあ次元転移ですよね、わかります。

「あぁん? なんだ、このガキ。どうして俺のフルネームを……」

 オルダンテと名乗る地獄の極卒を思わせる巨大な悪魔が目の前の紫色の少女をあざ笑った。
 空で対峙する双方の体格差は、まるで象と蟻。
 雲霞の如く周囲を飛び回る魔の眷属を思えば、誰がどう見ても絶望的な光景である。
 事情がまったくの逆であることを認識しているのは俺と、事態の中心にいるエヴァだけだろう。

「まさかとは思うがお前が勇者じゃねーだろうなぁ、ケケケ!」

 チガイマス、オルダンテサン。
 モットヤバイデス。

「万死に値します。楽には殺しませんよ……貴方には混沌に堕ちて頂きます」

 銀河の錫杖と源理の書を既に携えてやる気満々のエヴァが、わざわざ呪文を詠唱し始めた。

「源理に応じ参じよ混沌、門たる神の徒なる者――」

 無詠唱チートを持っていないエヴァだが、そんなこととは一切関係ない理由で、あらゆる魔法を無条件……しかもノータイムで使用できる。
 にもかかわらず詠唱しているのは、エヴァが使おうとしている魔法がこの宇宙に現存する異世界魔法ではないからだ。
 あの少女は現在進行形で新たな魔法の源典オリジナルを『創りながら』使用しているのである。

 ラッキーかもしれない。
 存在しない魔法とはいえ詠唱内容を聞けばどういう魔法かは判別できるし、発動前に適切な対処ができる。
 どうやら召喚魔法のようだが……。

「――ナハト、ナイ、アール、ステプ! ナハト、ナイ、アール、ステプ!」

 げげっ、よりによって外宇宙よそさまの邪神かよ!
 しかも詠唱聞いた感じだと使役するとか制御するとかじゃなくて、本当にただ喚び出すだけらしい。
 つまりエヴァが創造しているのは永劫という時間に退屈している邪神を招待して「どうぞ好きなだけ暴れてください」とオススメする投げっぱなし魔法だ。

 言うまでもなくヤバイ。
 あんなのの本体が出たら、目の前の軍勢どころか人間の世界が終わる。
 だけど今のエヴァを殺さず止めることは俺にだって不可能。
 あいつは異世界を滅ぼしたって眉一つ動かさない。

 そんなガチギレしたエヴァの尻拭いは、いつだって俺の役目である。
 さすがに嫁のオイタで世界を滅ぼしては、夫としての沽券に係わるからな……。

 魔力のうねり具合から召喚される邪神が空の上から来ると確信した俺は、エヴァと敵の真下に地面を作るような要領で結界を展開した。

 これで地上はなんとか守れるだろう。
 ……地上はね。

「な、なんだ……!?」

 を埋め尽くす軍勢と、それらを率いるオルダンテさんが不吉な気配に天を仰ぐ。

 稲光を伴いながら暗雲が渦を巻き、その中心に不気味で名状しがたい魔法陣が形成された。
 まず最初に這いずり出てきたのは無数の手。
 いや、手と思しき黒い蝕腕としか言いようのない何かがぺたぺたと音を立てるように魔法陣のふちを丁寧に掴んでいく。
 そして千にも及ぼうという手が顕現し終わると、空間を支えにしてそのまま本体がズルッと出てきた。

 途方もなく大きな漆黒の部位が、無数のナニカが蠢く中で輝くのが見える。
 知識のない者はこの部位こそが体だと錯覚し、顔のない頭部だとは夢にも思うまい。
 もっとも、健常な精神を持つ者なら見ただけで間違いなく発狂するだろう。俺が軽い吐き気を催す程度で済んでいるのは各種耐性系チートのおかげだ。

 ズズズッと頭部が魔法陣からこぼれ落ちると、不定形の肉の塊が際限なく濁流のように空を黒く塗りたくった。
 それと同時に耳障りな哄笑が結界から上を席捲し、無造作に振るわれる触手が当たるが幸い、次々に魔の軍勢をひき肉にしていく。

「なんなのだ! ははははは! なんなのだこれはぁー!?」

 目の前に繰り広げられる光景に狂気に陥っていたオルダンテさんを、黒肉の波があっけなく呑み込んでしまった。
 トプトプとコールタールのような黒い液体が結界を覆いつくしていくが、さすがの邪神アイツも俺の自己領域は超えられない。
 心なしか残念そうに結界の下を覗き込む無数の眼球がギョロリと出てきたりしているが、結界は俺以外から見て不透明にしてある。
 何故なら……。

「……あ、出た」

 足下を見れば、誓約達成の召喚陣。
 おそらく遠視魔法か何かで様子を伺っていた魔王が発狂死したのだろう。
 つまり、透明で音の漏れる結界だったら城下の人間たちも同じ運命を辿っていたということだ。

 出てくる時と違って、混沌がいなくなるのは一瞬だった。
 まるで最初からそこになかったかのように綺麗さっぱり消え去る。

「当然の報いです」

 ふよふよと、スッキリ笑顔で降りてくるエヴァに合わせて結界を解除した。

「やりすぎだ、エヴァ」

 窓の外、目の前に浮遊するエヴァをジト目で見つめる。
 不思議そうな顔でこちらを見つめ返してきたかと思うと、紫の魔女はちろっとかわいらしく舌を出した。

「すいません、つい」

 そう。
 これが、もうひとつの理由。

 エヴァはお茶目なのだ。

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