日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

43.チョロインの作り方

「まさか日本の人に会えるなんて! もう諦めてましたよ! 逆萩さんも、この世界にトリップしたんですか? この世界には他にも日本人の方がいるのでしょうか?」

 よほど感動したのだろうか。
 会うなりテーブルに身を乗り出して質問攻めにしてくる石動裕也いするぎゆうや
 さすがの俺も苦笑するしかない。

「ユーヤ。そんなに一度に言ったら依頼人が困る」
「あ、そうですね。すいませんでした」

 隣の美少女魔術師に窘められると、裕也は素直にペコリと頭を下げる。

「いや、気にしないでいい。俺もこの異世界に召喚されたんだ。他に日本人がいるかどうかはわからん」

 営業スマイルを維持しつつ手を振ると、裕也が顔を上げて目を輝かせる。

「そうなんですね。でも、逆萩さんがいるんだから他にもいるかも! 夢が広がるなあ」

 ここで自然を装い美少女魔術師の方へ視線を移す。

「そういえば、そちらのお嬢さんのお名前を聞いてなかったな」
「……フィリー」

 フィリーと名乗った美少女魔術師はいきなりタメ口をきく俺を少し警戒したようだ。
 聞いていた恰好とも一致する。この子がザドーの妹に間違いない。

 未だに自分の妄想世界に浸っている祐也の年の頃は、おそらく高校生。
 背はそんなに高くないけど、体つきは武道でもやっていたのか悪くない。
 第一印象としては異世界にちょっと夢見てる青年って感じだが、チー坊ほど振り切れてもいない。
 良くも悪くも普通に見える。

 だが、鑑定眼でこのふたりを見てみると……。

「ユーヤ、仕事の話を聞かないと」
「あ、そうだった」

 フィリーに促されて祐也が正気に戻った。
 ニッコリ笑いかけてくる。

「それで、どういった相談ですか?」

 さて、ここからはザドーの計画通りに進めてみるか。

「この街から南に3日ほど。街道を進んで、途中で森へ入った先に階層型ダンジョンがあるんだ。その最終地下層に眠る宝を手に入れたい」
「へえ、ダンジョン!」

 祐也の食いつきがいい。
 ダンジョン攻略の経験もあるというし、潜ってるんだろうな。

「……その宝というのは?」
「悪いが教えられない。仕事を断られて言いふらされても困るし」

 俺がおどけて首を振ると、質問を断られたフィリーがムッとした。
 もちろん俺の本当の目的は宝じゃないので、何があるかとか知らん。

「ダンジョンで見つかった他の宝については、すべてキミたちのものだ。最奥の宝を俺が手に入れるまでの護衛……というのが、依頼ってことになる。万が一その宝が破損していたり、なくなっていたとしてもキミ達に過失がない限り報酬は支払う。これが契約書だ」

 一気に言い終えて、テーブルの上に羊皮紙を滑らせる。
 ダンジョンにおびき寄せるまでがザドーがお膳立てした内容で、ここからダンジョンまでは俺のアドリブだ。

「えっ……なんですか、この報酬! 前金の時点で20カラットのダイヤって!」
「ああ、悪いな。今手持ちがなくて、報酬は宝石で払いたいんだが」

 契約書に目を通して仰天する祐也に、悪びれもせず肩を竦めてみせる。
 ザドーも金をほとんど持っていなかったので、俺の手持ちの宝石を提供したのだが。
 大抵の異世界でダイヤは高く取引されているし、祐也の反応を見る限り問題ないはず。

「いえ、こんなすごいものを前金でだなんて……いったい、どこで手に入れたのか。そっちの方が気になりますよ」

 祐也が顔を上げてニッコリと笑いかけてくる。
 一見して、裏も屈託もなさそうな笑顔ではある。
 ではあるが……。

「悪いがクライアント元の意向なんでな。その辺は秘密だ。少なくとも犯罪とかではないから安心してくれ」

 また質問をはぐらかされたのが気に食わないのか、フィリーがジト目で睨んできた。

「ユーヤ、こいつら怪しい」
「ちょっとフィリー。依頼人の前だよ」

 祐也が咄嗟にフォローするが、フィリーの態度は変わらない。
 その様子を見て、俺はわざとらしくため息を吐いてみせた。 

「キミたち『暁の絆』を指名した理由は俺と同じ日本人がいるし、評判からも信用できそうだと思ったからなんだが。仲間が秘密を守れないっていうなら、この話は他に持っていく」
「いや、待ってください! この仕事やります!」

 席を立とうとすると、祐也が必死に引き止めてくる。

「ユーヤ!」
「大丈夫だから」

 抗議するフィリーにニッコリと笑いかける祐也。

「ユーヤがそう言うなら……」

 するとフィリーが頬を赤らめながら、あっけなく折れた。

「そうか、よろしく頼む」
「こちらこそ!」

 ここぞとばかりに俺は笑顔を浮かべて手を差し出す。
 握手を交わし、契約をまとめにかかった。
 契約書にサインしたので、祐也は冒険者ギルドを通した正式な依頼を受諾したということになる。

「ところで、後ろの女性は護衛の方ですか?」

 ここでふと、祐也が俺の背後に控えるシアンヌに視線を送った。

「いいや、俺の嫁だ」
「なっ……」

 俺の紹介にシアンヌが絶句する。

「ほら、挨拶しろ」

 俺がニヤニヤと笑いかけると「後で覚えていろよ」とばかりに歯軋りしながら、シアンヌが口を開いた。

「サ、サカハギの嫁のシアンヌだ。よろしく……」

 あ、否定しないのね。
 しかも下手な作り笑顔まで浮かべて。
 本格的にデレてしまったんだなぁ、シアンヌ。
 しみじみ。

「そうなんですね。よろしくお願いします、シアンヌさん!」

 祐也が今までのようにニコッと笑いかけた。
 その瞬間。



「……貴様。今、私に何をした?」



 ざわり、と。
 シアンヌが殺気を纏った。

「えっと……これからしばらく一緒なんですし、仲良くしたいと思って挨拶を」

 戸惑う裕也。
 何故怒らせてしまったのか分からないという顔だ。

「ユーヤ、下がって」

 この事態にフィリーも杖を構え、シアンヌを威嚇する。
 だが、シアンヌの怒りはおさまらない。

「答えろ。何をした!」
「シアンヌ」

 シアンヌが息を呑んだ。
 俺の声は静かで平坦なトーンだった。
 それだけに有無を言わせない。

「やめておけ」

 後で説明するから。
 そういうニュアンスを込めて制止すると、シアンヌが厳しい表情のまま一歩下がった。
 祐也の方はシアンヌのプレッシャーを受けて汗だくになっている。テーブルに体重を預け、なんとか立っている有様だ。
 そんな祐也を健気に支えながら、シアンヌをキッと睨むフィリー。

 一触即発の状況を敢えて無視して俺は強引に話をまとめにかかる。

「出発は明日の早朝に南門で構わないか?」
「え、ええ」
「行くぞシアンヌ」

 祐也の頷きを確認すると、俺達は早足で部屋を出た。



 ……ふぅ、危なかった。
 シアンヌに全部ブチ壊されるかと思ったぜ。

 それにしても名前からして異世界トリッパーだろうとは思ってたけど、なるほどなるほど。
 こうなると、妹のNTRについてもザドーの被害妄想ってわけじゃなさそうだ。
 シアンヌも本能的に何をされそうになったのか察したのだろう。
 キレるのは当然なので責める気もない。

 案の定、人ごみをかき分けて宿へ移動する大通りの道すがら、 シアンヌが背後から問いかけてきた。

「聞きたいことがある」
「わかってるよ」

 振り返らずに軽く手を上げて応じる。

「あのふたりを鑑定眼で見たんだろ?」

 シアンヌの首肯の気配を感じつつ、先を促す。

「何が見えた?」
「あの男の頭と女の頭は糸のようなもので繋がっていた」

 うんうん、ちゃんと本質は見えているな。
 魔力波動やチート能力、弱点などを看破できる鑑定眼チートだが、真名以外は御親切に文字表示が出て教えてくれるわけじゃない。
 見えたモノの意味を知るには知識と経験が必要だ。
 俺も理解するのに相当な苦労を強いられた。その点シアンヌには俺が直接教授できるので手間を大幅に削減できている。

 シアンヌの体験談はさらに続く。

「そしてあの男が私に笑いかけてきた直後、私にもあの糸が伸びてきて、途中で燃え尽きた。何をされたのかわからなかったが、背筋が凍り付くような寒気を感じた……あれは一体なんだ?」

 肩越しに振り返るとシアンヌは自らの体をかき抱いていた。
 往来の中で一度立ち止まり、不快感の正体を告げる。

「ニコポチートさ」
「ニ、ニコポ?」

 翻訳チートで訳されない単語にシアンヌが目を泳がせた。

「ニコッと笑ったらポッの略。効果を簡単に説明すると『笑いかけた相手を自分に惚れさせる』能力だ」

 実際のところは、そんな生易しい能力じゃないのだが。ひとまず、これで通じるだろう。
 現にシアンヌが不穏な気配を漂わせている。その容貌に見惚れていた通行人たちが慌てて目をそらしていた。

「ほぉう……つまり、あのユウヤとかいう男は私を惚れさせようとしたわけか」
「そうなるな。ちなみに、お前に伸びてきた糸は意識を同期するための線だよ。糸が途中で燃え尽きたのは、お前が俺の庇護下にあるからだ。魅了や洗脳の効果は俺の嫁には効かん」

 だから安心しろと言い含めて、歩みを再開する。
 シアンヌのおかげで人垣が割れたので歩きやすくなった。

「ならば、フィリーとかいうあの女も……」
「ああ、ニコポチートの支配下にある」

 ザドーの話から、どういう経緯でそうなったかは予想がつく。
 ブラコンだったはずのフィリーが祐也と出会ってニコポチートで惚れさせられ。
 祐也がザドーの悪事を知り、内情を知るフィリーを裏切らせてまんまと陥れたというわけだ。

「フン! あの祐也とかいう男は鬼畜というわけだな。貴様と同じで! 」
「さぁて、そいつはどうだろうね」

 まあ、シアンヌの言う通り俺が鬼畜なのは間違いないけど。

「まぁ、すぐわかるさ。あいつの善人面ぜんにんづらが本物かどうかはな」

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