甘え上手な彼女3 秋編

Joker0808

第32話


『そっか……あ、あのさ……会いたいって言ったら……来てくれる?』

「え!?」

 高志は紗弥の言葉に困惑する。
 消灯時間まで後十数分、男子の部屋と女子の部屋を行き来することは許可されていない。
 しかも、消灯時間を過ぎてからの部屋の移動も認められていない。
 高志としては、紗弥の希望に応えたいという気持ちもあったが、その為には数々の危険もある。
 もちろんそれは紗弥も一緒だ。
 
「さ、紗弥……あの……」

『ダメ……だよね? ごめんね……我がまま言って……』

「いや、直ぐ行く。待っててくれ」

 寂しそうに話す紗弥に、高志は思わず即答してしまう。
 
『ほ、本当? じゃ、じゃあ……部屋で待ってる』

「おう、任せろ」

『うん!』

 高志はスマホをポケットに仕舞い、紗弥に会うために身支度を済ませる。

「よし、行こう」

「ちょい待て」

「なんだ、優一?」

 高志が皆に気がつかれないように、静かに部屋を出ようとしたところを優一が声を掛ける。
「どこに行く気だ?」

「いや、ちょっと……紗弥に会いに……」

 そう話した瞬間、高志はなんだか面倒な事になるような気がして、言葉を止める。
 そして、そんな高志の予想は的中してしまう。

「「俺たちも行こう!」」

「なんでだよ……」

 声を揃えて言ったのは、優一と繁村だった。
 繁村も話しを聞いていたようで、優一の後ろから出て来た。

「修学旅行! しかも女子部屋! お約束だろ!」

「別にお約束じゃねーよ」

 そんな事を言っても、優一と繁村は勝手に高志の後ろを付いてくる。
 
「なんで僕まで……」

 泉も巻き込まれて、一緒に女子の部屋を目指す。
 土井は赤西が帰ってくるまでの留守番役で部屋に残った。
 男の部屋と女子の部屋は中央の廊下を境に分けられていた。
 見張りの先生などは居ないのだが、先生は交代でちゃんと寝ているかを確認にやってくる。 高志達四人は、廊下を慎重に進んで行く。

「なぁ、こんな大勢で大丈夫か?」

「大丈夫だ、つい数分前に先生が部屋に確認にやってきていた。当分は大丈夫だろう」

「なら良いけどよ……繁村と優一は何のために行くんだよ」

「そんなの決まってるだろ? 女子のセクシーな浴衣姿を見るためだ!」

「アホかよ……」

 繁村のしょうもない理由に、高志は肩を落とす。
 
「え? 俺はただ単にコンビニに行きたかったから、途中まで高志に付いてきただけなんだが?」

「僕は完全にとばっちりなんだけど……」

 優一と泉も同じ理由だと思い込んでいた繁村は、優一と泉の言葉に衝撃を受ける。

「お、お前ら……本気か? 修学旅行だぞ! 童貞を捨てるイベントの一つだぞ!」

「どこのエロゲーだよ」

「僕は別に……」

 反応の薄い優一と泉に、繁村はふてくされる。

「くそ! これだから彼女持ちとイケメンは……」

「関係ねーだろ………じゃ、俺はこの辺で……」

 優一はそう言うと、旅館の玄関の方に歩行ってしまった。
 残された高志達三人は、女子の部屋に向かって歩いて行く。

「泉だって、女子の浴衣姿見たいだろ?」

「いや……僕は部屋に残っても良かったんだけど……」

「照れるな照れるなって! 修学旅行と言えば女子部屋に侵入だよな!」

「いや、僕も照れてるわけじゃ……」

 そう泉が言い掛けた瞬間、正面の曲がり角から誰かの足音が聞こえた。
 
「隠れろ!」

 高志のかけ声で、泉と繁村は物陰に隠れる。
 曲がり角を曲がって来たのは、二年一組の担任の堀川(ほりかわ)先生だった。
 堀川先生は女性の先生のため、女子の部屋の見回りをしていたのだろう。

「せ、先生~勘弁して下さい~」

「お、俺たちはただ……」

「はいはい、良いから行くわよ。今から反省文を書いて貰いますからね」

「「ひっ! ひえ~!!」」

 恐らく女子部屋に忍び込もうとして捕まったのだろう、男子生徒二人を連れて、先生達が宿泊している部屋に入って行った。
 
「繁村と同じ考えの奴って居るもんだな……」

「本当だね」

「なぁ! 言っただろ!? 修学旅行と言えば女子部屋に女子風呂の覗き! これなくして修学旅行なんて来た意味だろ!?」

「あぁ、はいはい。俺たちも見つからないうちに行こう」

「僕は帰りたいんだけど……」

 高志は繁村の話しを軽く流し、紗弥の待つ部屋に向かう。
 しかし、またしても前方から誰かの足音が聞こえて来る。
 周りには隠れる事が出来る物陰も無く、高志は思わず立ち止まる。

「やばい!!」

 高志がそう言って直ぐ、足音の主は高志達の前に現れた。
 
「ん? 何やってんだ? お前ら」

「あ、先生……」

 高志達の前に現れたのは、石崎だった。
 石崎はジャージ姿で、右手にはコンビニの袋をぶら下げていた。

「消灯時間は過ぎてるぞー、それにこの先は女子部屋だぞ」

「あ、あはは……ちょっと気分転換に外を散歩でもと……」

 笑顔で言い訳をする高志。
 石崎はそこまでうるさく言って、反省文を書かせるような事はしない。
 その理由は、自分もそれに付き合わされて面倒だからだ。
 
「さっさと部屋に戻れ~、反省文は勘弁してやるが、お前らを部屋に送って行くからなぁー」

「い、いや、大丈夫っすよ」

「お、俺たち子供じゃないっすし……」

 高志と繁村が石崎にそういう。
 ここまで来て、振り出しに戻るのは辛い。
 そう考えた高志と繁村は、なんとか石崎を振り切る必要があった。

「知ってるよ、しかしな消灯時間を守らない奴らを信用するほど、俺は馬鹿じゃないんでね。さぁ、行くぞ」

「「うっ……」」

 石崎の最もな意見に、高志も繁村も何も言い返せない。
 泉は後ろで二人に、小声で「もう諦めよう」とささやく。
 しかし、高志も繁村もそれぞれ、女子部屋に行かなければいけない理由があった。
 そのため、ここで引き下がる訳には行かなかった。
 なんとか、石崎を振り切る方法は無いかと考えていると、石崎の後ろからまたしても誰かがやってきた。

「い・し・ざ・き・せ・ん・せ!」

「ん……なんですか……保永先生……」

「なんで生徒の背後に隠れるんですか?」

「いえ……別に……」

 石崎は愛奈がやってきた瞬間、ごく自然な流れで高志達の背後に周り、愛奈と自分の間に盾として高志達三人を挟む。

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