セブンスソード

奏せいや

54

 全身から力が抜けていく。そのまま彼女から距離をとった。そんな顔をさせたかったわけじゃない。でも、そんな目で見られたら、俺がとても惨めな存在なんだと思えてくる。

 俺はみんなに背を向け屋上の柵へと手を置いた。グランドを見下ろし心を落ち着ける。

「沙城、お前はもう帰ってろ」
「え、ちょっと待ってちょっと待って。彼私のこと知ってるの? うそ! もしかして子供の頃公園で遊んでその時に婚約してたのを今でも覚えてるとかそういう」
「いいから帰れ!」
「でも」
「か、え、れ!」
「そんな~」

 背後でなにやらやり取りがされているがそんなことに気が回らない。それから星都が近づいてきた。

「沙城も覚えてないってよ。どうだ、満足したか?」
「……ごめん。時間をくれ」

 彼女なら覚えているかもしれない。現に前の世界では覚えていたんだ。

 だけど、この世界では違う。覚えているのは俺だけ。

 誰も俺を知らない。あんな悲劇があったのに、それすらもなかったことになっている。心も頭もパンク寸前で、ろくに考えがまとまらない。

 三人には先に帰ってもらい俺は一人屋上に戻った。まだ感情の整理がつかない。とりあえず落ち着かないと。

 状況を整理しよう。

 俺は香織と別の世界にいた。そこは今のような平和な世界じゃなくて荒廃し誰もいない世界だ。そこで俺たちは一緒に生きていた。前の世界で香織は私たちは未来から来たと言っていたがあれが未来の世界なんだろう。俺はそこで五本のスパーダを得た。そこまでは覚えている。

 次に分かるのは前の世界のことだ。そこに俺たちは未来から来た。目的はロストスパーダと呼ばれる二本のスパーダを未来に持って帰ること。しかし未来の記憶を俺は持っていなかった。その後香織を含め三人は魔来名に殺されてしまい、俺は香織の魂に触れたことで未来の記憶を断片的ながら思い出せた。しかし俺も殺されてしまう。

 しかし俺は生きており、さらにその世界ではみんなと初対面だ。このことから単に過去に戻ってきたというわけじゃない。ではなんだ?

 とりあえず分からないのは、なぜ俺は生きているのか。そしてなぜ世界が微妙に違うのか。この二つだ。細かいことは他にもあるがこの二つは特に重要だ。俺はしばらく考えてみたが結局答えは分からなかった。

 その後教室へと戻る。それからのことはよく覚えていない。淡々と時間が過ぎていき、気が付けば放課後となっていた。

 昇降口で靴に履き替え、夕焼けに染まり始めている空を見上げる。

 茜色がきれいだ。雲が模様を作って色合いに濃淡(のうたん)がある。空の景色なんて気にも留めなかったのに、なんでもないこの景色がどこか美しく感じる。

 でも、そうか。

 夕焼けか。そんなもの、未来の世界じゃ珍しかったもんな。

 あの場所は、いつも灰色だったから。

 今日は、夕焼けが赤い。

 顔の位置を元に戻した。この気持ちを夕暮れで黄昏ていても仕方がない。自分が立たされている状況はだいたい分かった。でも実際にはなにも解決していないんだ。

 この世界は俺の知っているものとは部分的に違っている。教科書やスマホで調べたが歴史や一般常識は同じだった。日本の首都は東京だし消防車は赤いしチョコ菓子ではたけのこ派が優勢だ。世界の真実はなにも変わっていない。

 前の世界を終わらせたセブンスソードも、覚えているのは俺だけなんだ。

「ん?」

 そこで歩き出していた足を止めた。

「ちょっと待て」

 しまった、馬鹿か俺は!

 今はあの日から三日前なんだから、セブンスソードはまだ始まっていないんだ。ならこれから始まるかもしれない。

 なんてことだ。世界の異変に気を取られてこんなことを見落としていたなんて。

 でもどうする? セブンスソードは始まっていない。でも、始まると決まったわけでもない。俺のことを誰も知らないように、セブンスソードもこの世界ではなくなったことになっているんじゃないか?

「くそ!」

 どっちだ? あれはこの世界でもあるのか? どうなんだ?

 なければそれに越したことはない。でも、もしあれば。

 迷っている暇なんてない。

 俺は通話アプリから聞いていた星都と力也にチャットで文を送る。

『星都、力也。帰り道だけどフードを被ったやつに気をつけろ。それと今日はすぐに帰ろ』

 送信するとすぐに星都から返信があった。

『は? なんのことだよ、今朝の続きか?』
『聖治君、その話は終わったんじゃなかったのかな?』
『頼む! これで最後だから。もしなにもなければそれでいいんだ。違ったら絶交でもなんでもいい、だから頼む!』

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