セブンスソード

奏せいや

35

 時刻は深夜となり上空を深い闇が覆っている。水門(みなと)市中心部では高層ビルが立ち並び、地上では夜空の星々が降りて来たかのように光り輝いている。未だに眠らない人々がスクランブル交差点を行き交い、車道では幾つものランプが停止しては駆けて行く。

 そんな街の一角、高層ビルの屋上に一人の男が立っていた。年齢は二十代の前半か半ばで、全身を覆う純白のコートに身を包んでいる。肌は雪のように白く、対照的に髪は燃え上がるほどの金髪をしていた。

 男は夜景を無言で見下ろしているが、その姿勢には人並み外れた威圧感と気品があった。整った鼻筋、固く結ばれた口元、そして、氷細工のような冷徹な瞳。

 そして、片手には一本の刀が握られていた。

 そこへ来訪者が現れる。背後の暗闇から、それがドアであるかのように音もなく姿を現した。

「あら、待ちきれないって感じね」

 現れた人物は全身を覆う黒の外套(がいとう)で身を隠し、フードで顔も覆っていた。見えるのは紫色の前髪と、妖艶(ようえん)に結ばれた唇、すっと伸びた鼻筋である。体型は細く、にも関わらず胸元は外套でも隠せないほどに膨らんでいた。

「いよいよね。七人目が現れ、これでセブンスソードは開始。この街で殺し合いが起きる。あなたにとっては待ちに待ったイベントですもの、心待ちにしていた分、逸(はや)る気持ちを抑えるのも大変みたいね」

 背後から現れた女が男の隣に並んだ。

「皆あなたに期待しているけれど、せいぜい頑張って頂戴ね。どたばたの群集劇なんて見たくはないもの。周りはあなたから見れば小物ばかりなのだから、余裕ぐらい見せて――」

 女性は澄んだ声で話すが、そこには妖美(ようび)な色気が混じっていた。男なら誰しもが引き寄せられるだろう。

 しかし、男は鞘から刀を抜き放つと女性の首元に切っ先を向けたのだ。

「……どういうつもりかしら」

 己に切っ先を向けられるという無礼に女性は機嫌を傾けていく。怒気(どき)すら滲ませた口調で男に問い質した。

 その問いへ、男が初めて口を動かす。話すことすらも億劫(おっくう)だと言わんばかりに、吐かれた声には呆れに似た念が込められていた。

「口のうるさい女は好かん。立ち去れ」

 重い、それでいて芯のある声だった。

「そう。私なりの声援だったのだけれど、残念ね。邪魔をしたのならば申し訳ないわ。ただ、こうして足まで運んできた女性を帰すには、些か以上に礼儀がなって――」
「エルター」

 そこで男が二度目の口を開く。エルターと呼ばれた女性は口を噤(つぐ)むが、それは男の発言に乱入されたからではない。

 月光に照らされた白銀の光が闇夜に翻(ひるがえ)る。その後、斬気(ざんき)を湛(たた)えた刀身が再びエルターの首元に固定されていた。

 彼女の目の前で、自身の前髪がぱらぱらと落ちていく。美しい髪が夜風に運ばれて消えていくのをエルターは無情に見つめる。

「頭が悪い女も好かん。立ち去れ。そう言ったはずだ」

 重苦しい声が二人の間に響く。エルターもそれ以上は口にすることはなく、不動のまま無言で喉元の刀身を見下ろす。

 エルターは恐怖で動けないわけではない。むしろ今の高速の剣術すら見切った上で躱さず、微動すらしなかったのだ。それだけで彼女の胆力(たんりょく)が並外れたものであり、相当の修練(しゅうれん)を積んだ者だと察するに余りある。だが、彼女が不動を保つその裏で、心は僅かな苛立ちを感じていた。

(こいつ……)

 エルターは目線を刀から男に向ける。そこには依然として街を見下ろし続けている男の横顔があった。男は一度たりとも街から目を離していない。すなわち、一度もエルターを視認していないのだ。文字通り眼中にない。意中の外であり、関心など欠片もないと言外(げんがい)に告げていた。
 エルターにしては、刀を向けられるよりも、むしろその態度の方が気に入らなかった。

「分かったわ、これ以上嫌われる前に消えた方が良さそうね」

 そう言い残し、エルターは一歩後ろに下がり刀身から距離を置くと、身を反転させ歩き出した。そのままここから姿を消すその間際、今も街を俯瞰(ふかん)し続ける男に言葉をかける。

「それじゃあね。健闘を祈っているわ、未来の団長――魔堂(まどう)魔来名(まきな)」

 その言葉を最後に、姿も声も現れなくなる。この場は数分前の静けさを取り戻し、男を取り残したように夜は過ぎていく。

 男は物静かな佇まいを保ちながら、何かを待っているかのように街を見下ろし続けている。

 淡々と過ぎていく時間の中、男はなおも無言で佇まいを崩さない。だが、独り言どころか物音一つ立てないこの男が、胸中では氷塊(ひょうかい)を溶かすほどの熱情を噴出(ふんしゅつ)させていると誰が知ろう。

 彼は無言の中、灼熱の心境に立っている。平静を装いながら、内では猛り叫んでいる。

 ――強くなくてはならない。

 誰に語ることもなく、己に言い聞かせるわけでもなく。

 ――力が欲しい。

 無言の外装を破り捨て、今にも生まれ出んほどの熱情。無音の出で立ちすら、まるで津波の前兆、嵐の前の静けさのようだ。

 そうして、安寧(あんねい)のまま夜は過ぎ去っていく。彼方の空が白み始め、地平の底から光源が現れる。そこで、

「……フッ」

 男は、はじめて小さく笑うのだった。

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