Anti Villain

せうたろ

第二話 金色の衝撃

『速報です。昨日、桜花市の商店街で起きた火災、及びヴィランとの交戦に対して、世界ヒーロー協会はこれを、日本支部所属のファイアマンが起こしたものと発表しました。
また、ヴィランは生死は確認されておらず、調査を進めているということです。
また、ファイアマンは事件現場で意識不明の重体で発見されたことから、ヴィランの特殊能力は極めて強大な炎の能力、もしくは能力反射系能力と予想されています。』

「ま、全然違うんですけどねー」
清木が椅子を回転させながら呑気に呟く。カイの新たな一歩の足掛かりとなるセイギ法律事務所は、あの事件からたった一日後にして怠惰を極めていた。

「あの…あの時は何の疑いも無くあんたについてこいって言われたからついてきたけどさ…俺なにすんの?」
すっかり怪我も治ったカイが接客用のソファーに寝転びながら言う。確かにカイは業務内容を知らされていない。
聞いているのは「俺の事務所に来い」ということだけ。まあ大体予想はついているが、何をやらせるつもりなのだろうか。カイは昨日のこともあって内心どぎまぎしていた。

「そりゃあ…お前…悪を挫くのさ。」

清木はまた曖昧な言葉でごまかす。この男は信じられないほど適当だ。昨日のあの後、替えの着替えも調達せずに2キロ先の事務所まで直帰。鍵は開きっぱなし、おまけにズボンのチャックは会ったときからずっと半開。
いくら自分の命を救ってもらった救世主、現雇い主とはいえど、流石にもう我慢の限界だった。

「あんた本当に俺を雇う意味あったのか?悪を挫くって言ったって結局は昨日みたいに暴力だろ?それすら俺には抵抗があるのに、いざついてきてみればそれ以前の問題だ。
…いい加減しっかりした内容の話を聞かせてくれ。」
「まぁかいつまんで言えば暴力だけども…あ、そうそう。あと数分したら仕事始まるから。角は隠せよ~」
清木は椅子から立つと湯沸し器のボタンを押した。強く言われたから虚勢でも張ったのだろうか。カイもおでこの左右からちょこんと飛び出る角をしまった。

「なぁ、お前の図体がでかくなったりちいさくなったりするのってどういう原理なんだ?」
もてなし用のお菓子をくわえながら清木が尋ねる。
「客用のお菓子を食うな。…心臓だよ。」


ノック。
数百年前。人間に迫害される中、目一鬼の恵楽が編み出した人間に溶け込むための処世術ともいえる秘技。昔は操心と呼んだ。
己の心臓の拍動、血圧を調整し、人間と同じ見た目から、普段の倍もの巨躯にまで変貌することができるのだ。


「…お前なんでスマホの記事読んでんの。」
「説明しづらいからだよ。実際わかりやすかっただろ?」
カイはスマホの電源を落とし、ジャンパーの内ポケットに入れた。季節は冬。この日当たりの悪いオンボロ事務所に暖房なぞあるわけがなく、防寒具フル着用でも少し寒さを感じるほどであった。そんな中でもワイシャツとインナー一枚だけでビシッとキメていた清木が、バカみたいなニヤケ顔で言った。
「…そのノックってやつさ。なんかもっと体の一部だけを強くしたりできないの?手足強くして早く動いたり、…全身ガッチガチに硬くしたり?」
「出来たらもうやってる。それをやるにせよ心臓が持たないに決まってるよ。」
「できないって言ってても何も始まらんわ小童!接客終わったら外行くぞ。きっっっちり鍛えてやる!」
一時の学園ドラマの熱血教師のようなセリフだ。カイは首を傾げてささやかな抵抗をする。
そもそもヒーローでも無いくせに訓練なぞ出来るわけがないだろう。
「さぁ!てなわけでお客さんが来たぞ。丁寧に迎え入れろ~」
トントン。と、まるで示しあわせたかのようなタイミングでドアが鳴った。
「…あんたやべぇな。予知能力持ちか?」
「うっせ!…どうぞ。開いてますよ。」
嫌な音をたてて開くドアを待ちわびていたかのように、湯沸し器が水の沸騰を知らせた。



「つまり…友人が誤認撃破されそうだと。」
「…はい。」
清木の向かいに座る木人の女性が真剣な顔でうなずいた。

依頼人の話によると、友人である獣人の男性。ギラス氏が、あるヒーローに、指名手配中のヴィランと誤って撃破されそうだという。
獣人は先月からJ-menであろう密偵にストーキングされていて、不審に思った矢先、ヒーローに襲われ、それ以降何度も奇襲に遭うようになったという。
幸い獣人はチーターの能力を持っており、逃走することで事なきをえているが、先日の奇襲で足首を捻挫したことから彼にも限界がきている。早く何とかしないと最悪死んでしまう可能性があるのだ。

そして問題のヒーローが彼を襲う理由は至って簡単。指名手配犯と顔が似ているから。しかし、襲われた友人曰く、別人だと訴えた矢先、そのヒーローが「『復活』するから。」と、諭したという。なんとも怪しいセリフだ。
そして紆余曲折あり、藁をも掴む思いで事務所に相談しに来たという。…何でよりによってここなのか。

「復活ねぇ…十中八九わざと襲ってますね。」
清木はコーヒーを啜りながら言った。
確証も資料も言質もないのに何を言うか。カイは頭の中でツッコミを入れる。が、カイ自身、腸が煮えくり返るような思いでいた。助けたい。その思いは清木と変わらない。
「多分ですけどね。スプーさん。復活っていうのは悪いジョークですよ。たとえ偽物を撃破したとしても、その指名手配犯が現れたら『復活』したことにすれば手柄も権威も守られる。つまりそういうことですよ。」
依頼人のスプーは怒りからか、それとも不安からか、口を震わせている。
「とりあえず。こういった場合は協会に連絡するよりもまずヒーロー本人から話を聞くべきです。ヒーローの名前はわかりますか?」
スプーは首を横に振った。どうやら誰かわからないようだ。
当然だ。ヒーロー協会に所属するヒーローはJ-men含め100万人。一つの地域でも100数人いて、同色同名のヒーローもいるのだから、向こうが名乗らない限り特定は難しい。
「どちらにせよ特定は難しいな…なら、私どもがギラスさんの所に行きましょう。いずれその潜伏先もバレてしまうでしょうし。…ああ、ご安心を。あなたたちの護衛はこのカイ君が完璧にやり遂げます。」
突然の指名に声が出る。
「は!?急だなオイ!」
「うっせ!やらなきゃ全員死ぬぞ?」
「お願いします!ギラス君を助けてあげて!」
スプーが懇切丁寧に頭を下げる。すると、頭なてっぺんに咲く花から甘い匂いが漂った。途端、鋭い頭痛と共にフラッシュバックする記憶。


『おーに!おーに!じごくへかえれ!』
『お前らに人の権利なんてねぇんだよ!』
『まぁ、とりあえず…正義のために死んでくれや!』

それは今のカイの人格を形成してきた負の遺産ともいえる記憶だった。体が引き裂かれてしまいそうな苦しみ。そして憎しみ。できるものなら殺してやりたい。でも、出来ない。そんな堂々巡りの思いが脳裏を右往左往し駆け巡る。その時、

『いいか。今からお前がするべき事に一切の悪は存在しない。保証は弁護士である俺に任せろ!』

それはまさに闇を切り裂く光明だった。昨日の言葉が光のように様々な悪夢の中を反射して輝いていく。忘れやしない言葉。その時、確証の無い自信が何故か全身に満ちていくのを感じた。


「え?…ああっ!ごめんなさい!」
突然、スプーが急いで頭の花を閉じた。残った金色の花粉が美しく舞う。
「吸っちゃいましたよね!?花粉!?私の花粉には印象に残った記憶をフラッシュバックさせる効果があるんです…大丈夫でしたか?」
予想以上の精神的ダメージは負ったものの、それ以上の覚悟と自信が芽生えた。むしろ感謝すべきだろう。
「…はい。僕のことは大丈夫なので。
やります。いや、やらせて下さい。あなたとギラスさんの命は、必ず守ります。」


「そういやお前って、目上の人には自分の事『僕』っていうタイプか。普段はぶっきらぼうな癖にな。可愛いじゃん。」
「いつもと違って悪かったな。ていうかまだ会って4日だろ。…いつもって。」
「事務所とかで散々喋ったろ。そんな言い方するならもううちに泊めてやらねぇぞ!」
「はいはい。そんなに叫んだらヒーローどころか一般人にもバレるぞ。黙ってろ。」
「おま…俺にも敬語とか『僕』とか使えよ…」
ギラスの潜伏先の警護からもう3日間が過ぎた。朝が来れば夜まで見張り、夜が来れば朝まで持ってきたテントで眠る。そんな生活が続いたからか、2人の心の距離は自然と近くなっていた。

あれから2日前、あの後現場に急行した二人は、スプーの情報から事務所のある桜花町の外れの廃工場へ向かった。ギラスはそこで息を潜めていた。
ギラスの精神状況は悪く、殺されてしまうかもしれないという不安が貧乏ゆすりを加速させていた。二人はそんな彼の状態からあまり本人とは関わらないことを決めた。

「そうだ、事務所で言ってたあの、えっと…ノ…ノー…」
「ノックか?」
「そう!ノック!あれさ、またいい方法思い付いたんだよ。」
「また修行紛いの実験か…いい加減マトモなアイデアであってくれよ?」
その3日目の昼下がり、工場で使われたのだろう積み重なった土嚢袋に座り、カイと清木は最早定例となった修行をしていた。
清木はここに来てから、ノックの新しい手法とその応用、つまり形態変化を、暇をいいことに実験していた。
カイがボリボリと頭を掻きながらチョークで描かれた円の中心に立つ。
「何回も言ってるけども、変身?するときに胸を叩くっつうのはどうも気に入らんのよ。なんかどこぞの芸人紛いって感じがするし。なんせ、色々こじらせたクソガキどもが真似するかもしれないだろ?」
ウォーミングアップで体をゴキゴキ鳴らしながら、ごもっともな意見にうなずくカイ。
「そうだな。でも前にやった方法は全部全滅だったじゃないか。顔真っ赤になるまで気張ったり、ひたすら叫んでみたり……腕使って血液ポンプ、とかもやったな。あれは出来たら出来たで怒られそうだから…実質成功か。」
「まぁあれはヤケクソで言ったからな…で、だ。今まで色々試してみたが、変身に必要な条件は心臓への刺激。これで間違いない訳だ
。そこで…」
清木はスーツの内ポケットからバキバキに割れたスマホを取りだし、画面を見せた。しかし、廃工場のほとんど意味を成していない天井は容赦なく日光を階下へ照らしつける。当然、画面は見えない。
「ごめん、日が眩しくて見えない。」
「あ、すまん。こっち来て。影になるわ。」
カイにスマホを手渡し清木が影になる。日光から解放されたスマホに映し出されたのは一人のヒーローであった。
「これって…少し前くらいにヒーローやめた奴だよな?確か…」
「グラビット。腕の装甲で地面揺らすやつ。」
何度か見覚えのある筋骨隆々な老人。先月に指名手配犯と戦った際に、ギックリ腰を発症して引退したご長寿ヒーローだ。その老人が一体ノックでの変態と何が関係あるのか。カイは頭を悩ませる。
「このおっさんさ。多分ノックの原理とは違うとは思うんだけど、地面叩いて変身してんだよな。そしたら元々ある筋肉が、さらにゴリゴリになるじゃん。…まぁ、地面叩くのはおっさんの能力の代名詞でもあるし、パフォーマンスなのかもしれないが。なんか、いけそうな気がしないか?」
わからなくもない清木の持論はカイの思考の琴線に触れたようだ。清木にスマホを投げて返すやいなや、白の円内で何度も地面を叩くイメージトレーニングを始めた。
「随分積極的だなぁ。初めて会ったときとは大違いだ。」
「俺なりに考え変えてみたから。…悪を挫くためなら、出来ることは何でもやるさ。」
カイ自身、突如芽生えたポジティブシンキングには驚きを隠せなかった。スプーの花粉を吸ってから、不思議なほどの気分の高揚。まるで自分が自分でないような、そんな気分。
「さぁ、やるぞ。準備はいいか?自分のタイミングでいいから。」
「ああ。…行くぞ。」
カイが鬼の状態と同じように猫背の体形を取る。目は閉じ、息を整えて。
「…うりゃあぁ!!」
目を開いて右手の拳で地面を叩く。ドンッと鳴った衝撃音と共に土煙が舞った。


…ドクンッ
土煙が晴れたとき、異形となったカイがいた。拳を突いた地面周辺は見事にえぐれ、見た目も直接心臓に刺激を与えた時と同じであった。全身は青黒くなり、角が禍々しく伸びた。そう、狂気の弁護士の実験は成功したのだ。

「…できた。嘘だろ?こんなのでなれちゃうの?」
カイは驚きのあまり声が裏返っている。清木は微笑みながら言った。

「本当だ。とりあえず目的の1つはクリアだな。…さて、カイ君。早速だがお客さんだ。」
間髪入れず清木が見せたスマホにはここ周辺のマップといくつかのピンが映っていた。その中の1つ、廃工場の北にあるピンが赤く光っている。
「なんだよこれ…」
当然、カイは困惑した。
「生物感知センサー。仕掛けたのは一昨日の夜だ。
…誰かがセンサーを踏んだ。おそらく人。何回も反応が無い辺りヒーロー単体かモノ好きな野郎1人だ。
どちらにせよ周囲に警戒しろ。その見た目だと通報されるからな。俺はギラスさんの警護にまわる。」
いつもとは違った的確な指示をする清木にカイはさらに困惑した。それを毎回やれ。心のなかでぼやく。
ともかく敵襲の可能性があるのだ。言われていたように警戒体制に入った。北側の業務用であろう閉じられた大扉のそばのタイヤの山に身を隠す。
北側の出入口はここ1つ。西側と東側に普通の扉が2つ、南側に勝手口が1つ。来客の正体が普通の一般人なら北側以外の3つから入ってくるだろう。
逆に正体がヒーローなら一番オーソドックスなのは大扉。どのような行動もプロモーションになりうる職業だ。この建物に入るなら間違いなく大扉を選ぶだろう。…ヒーローは本当にどうでもいいタイミングで手段を講じるものだ。

緊迫した状況が続く。1秒1秒が永遠のように感じられた、すると途端に、
「カイ!南側にも反応があり!」
清木がギラスのいる部屋の前で叫んだ。

あの弁護士は何なんだ。体を伝っていく鳥肌が危険を訴える。
この状況で叫ぶのは北側の相手に自分の位置を知らせるということ。能力も何もない、ちょっと力が強いくらいの清木に自分の身は守れるはずもない。
清木の位置は南西の小部屋前。カイは最悪の結末を避けるために走った。心臓が早鐘を打つ。
「おっさん!声出すな!!」
カイは自分から大声を発する事でヘイトを稼ごうとする。清木は自分が狙われうる状況なのがわかっていないようだ。
清木のいる所までもう少し、というところで、鬼の鋭敏な五感が南側勝手口の前に立つ何者かを捉えた。ドアノブに手の届く距離。
もし、その何者かが銃を用いるヒーローだったら。ロングレンジの能力を駆使するヒーローだったら。…その攻撃は清木の命を奪うかもしれない。カイの不安症が加速する。
ガチャッ。とドアノブを捻る音。ドアの窓に映る影。
──間に合わない…!──
カイは大きく両手を広げ、銃弾から大統領を守るSPのように跳躍した。
「間に合えぇぇぇ!!!」
扉が開いた。ゆっくりと入ってきた何者かの右手に握られていたのは、







お菓子の入ったレジ袋だった。




「カイさん。清木さん。お疲れ様です。差し入れ持ってきまし…どうしたんですか?」
スプーがきょとんとした顔で倒れこんだカイを見つめる。全員が全員、この状況を把握していない。しばらくの間、実に奇妙な沈黙が訪れる。最初に口を開いたのは未だに未曾有の不安に駆られていたカイだった。急いで体勢を立て直してファイティングポーズをとる。
「ッ!そうだ!北側の奴は!?
おっさん!スプーさん!どこかに隠れて!」
「ごめんなさい!それ多分私です!北側からこっちに回ってきたんですよ…何も言わずに来ちゃって、ごめんなさい!」
スプーが顔を真っ赤にしながら頭を下げる。今度は頭の花は開いてはいなかった。
カイはそれを聞いた瞬間、へなへなとその場に崩れ落ちた。清木がバカ笑いしながら近づいて来る。
「テッテレ~ン!即興のドッキリでした~!スプーさん。びっくりさせちゃってすいませんね。」
彼の持っているスマホにはドッキリ大成功の文字が。やられた。こいつはそういう型破りな男だった。カイは自分の中で大切な何かを失った気がした。恥ずかしい。

「すまんなカイ。俺最初からスプーさんが来てたの気づいてたんだ。実はこれカメラも付いててな。センサーに引っ掛かった奴が見えるんだよ。」
「早く言えよ!!…なんで俺はこんなおっさん庇おうとしたんだよ~…あ"あ"あ"あ"!」
カイは清木への怒りと緊張からの解放で感情の昂りが抑えられない。精神だけ15歳の少年に戻った鬼に清木は諭すように言う。
「でもお前は正しい動きをしたぞ。俺が大声あげたのを即座にカバーしたのは実に素晴らしいことだ。
素人ならあの時の俺の状況の危険性を理解すらできないさ。目の前の敵と自分の後ろにいるかもしれない敵で普通は混乱するだろうしな。いい訓練になったな。これからも精進するように。
スプーさん。私どもはこのように万全の状態でギラスさんを完璧に警護しております。どうかご安心を。」
なんと頭の回転の早い男だろう。この男は予定に無い依頼人の訪問をカイの訓練と自分自身のプロモーションに繋げた。
「ふふふ…清木さんは面白い人ですね。…そういえば、ギラス君は元気ですか?」
スプーは辺りを見渡してギラスを探している。その動きに合わせて白のワンピースが可憐に揺れた。
「はい。こちらの部屋にいらっしゃいますよ。怪我の具合もだいぶ良くなってきているそうで。
…後は精神面ですね。是非顔を見せた方がよろしいかと。ギラスさんも喜びますよ?」
「ああよかった!…そうだ、すっかり忘れてた。これ、差し入れのお菓子です。よかったら食べてください。」
そう言って差し出された袋の中には、ポテトチップスからチョコレート、さらにはジュースまで、たくさんの種類のお菓子が入っていた。ずいぶんな差し入れだ。かなり不機嫌そうなカイの表情が少し明るくなる。
「こんなにいいんですか?…あ、チョコエッグもある。これすきなんだよ。スプーさん、ありがとうございます。」
しかし清木の顔は曇っている。

「…どうかしました?」
「申し訳ないですが、これは受け取れません。」
清木は丁重に断りつつ袋を返した。
「遠慮なんかしなくていいんですよ。」
「お断りします。」
頑なに拒否する清木。
「は?何でだよ。」
「そうですよ。受け取って下さい。」
カイは静かにブチ切れて、スプーは苛立ちから袋を突きつけるように渡した。気まずい静寂が場を包む。
ハハッ
乾いた笑い。その主は清木だ。
「はっきり言った方がいいか?スプリガン。…カイ、離れてろ。」
清木のいつもとは違う恐ろしい雰囲気に2人は気圧される。しかし、こんな理不尽な事が許されてはいけない。カイは反論しようとした。
「な、なんでだよ」
「うっせぇ!…いいから離れてろ!」
清木の怒声にカイはのけ反るように離れた。今の清木は刺激してはいけない。清木が放つ異様な覇気はそれを否が応でもそれを意識させた。

「ほんと、つまんねぇことするよなぁ…」
突然、清木はレジ袋を強引に引きちぎった。ボトボトと菓子とジュースが地面に散らばる。そして何を思ったか、ポテトチップスの袋を踏みつけた。
パンっと袋の弾ける音。と共に、何故か金色の粒子が辺りに舞う。
「こんな花粉で人惑わせられるなんて、世も末だわ。」
それを聞いた途端、スプーは今までの清楚なイメージとはかけ離れた下品な笑みを浮かべた。
「チッ…バレてたのね。噂通り中々頭がキレるのね。好きよ。あなたみたいな人。」

「え?何で!?スプーさんの花粉って印象に残った記憶をフラッシュバックさせるんじゃないのか!?」
1人会話に取り残されたカイが慌てながら言う。
「まあ現状がわからないのは無理もない。落ち着け。…まず、スプリガンの花粉の効果の見分け方は知ってるか?」
「いや、聞いたことはあるけど詳しくは知らない。」
ハァ。とため息をつく清木。本性を現したスプーはニヤニヤとして現状を楽しんでいる。
「ヒーローたるものこれくらいの知識は必要だぞ?…まぁヒーローじゃないけども…
スプリガンに咲く花の色で見分けるんだ。赤は興奮作用、青は鎮静作用。そして黄色は記憶のフラッシュバック。
スプー。お前の花は黄色だな?」
スプーは自慢げに頭の花弁を開いてみせた。鮮やかな黄色の花から金色の花粉が宙に舞う。
「そうよ。私なにもおかしいことしてないじゃない。さっきの人を惑わせる。とか言ったあのセリフ。撤回してくれないかしら?」

その時、舞っていた花粉が清木にめがけて飛んだ。清木はとっさにハンカチを顔に押し当てる。
「カイ、離れてろよ。もう一回この花粉吸ったら今度こそ終わるぞ。」
布でくぐもった声で諭す。
「有名なのはこの3種だが、実はあまり知られていない色が1つある。」
そういうとカイは袋に入っていたジュースを拾い上げ、片手で蓋を開けた。
「さあ、お花に水をあげましょう。」
刹那、清木はスプーと拳五個分の距離まで急接近し、ジョルトブローの要領で、その手に握られたジュースを彼女の花にぶちまけた。口の大きいペットボトルだったからか、結構な量のオレンジジュースが迸る。そして清木は何を思ったか、顔を覆っていたハンカチで花の濡れた部分を拭き取った。
「くっ…!このっ!」
咄嗟に起こった出来事に反応が遅れたスプーは、苦し紛れにペットボトルを持つ右手を弾いた。オレンジジュースがリボンのように空に舞い落ちる。
「どうだい?花は元気になったかい?」
清木は花粉の舞う空気の中で平然と冗談を言ってみせる。スプーの顔が青ざめる。
「何故!?何故私の花粉が効かないの?」
そう言ってわなわなと震えながら離れていくスプーの花弁の一部は、
紫。
「え!?紫色!?」
驚くカイに正解と言わんばかりに清木が指を鳴らす。
「さあ、正体はバレたぜ?紫女。いや、指名手配ヴィラン、『蠱惑のアロマ』か?」

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