陽光の黒鉄

spring snow

第43話 決着

「全く、一体何が起こっているんだ!」


 アリゾナはそう愚痴りながらも全速力でアゾレス諸島を目指していた。
 彼女が輸送船団の護衛任務を放棄して向っている理由はただ一つ。新鋭戦艦ノースカロライナが危機に陥っているからだ。
 本来であれば先遣隊として彼女が率いる艦隊がイギリス艦隊を撃滅し、制海権を確保したところに旧式戦艦が護衛する輸送船団が到着。アゾレス諸島を占領する予定であった。しかし、ことはそううまくは運ばないどころか、優勢なイギリス艦隊相手にノースカロライナ型戦艦は苦戦。ノースカロライナは命中弾多数により甲板上が火の海になっているという。
 今のところ、アトランタ型やブルックリン級らの巡洋艦のおかげでイギリス海軍の追っ手をどうにか交わしているとのことであるが、いつ捕まるかは分からない。
 何せ損傷艦を連れているため、それほど快速は出せない。
 いずれは追いつかれてしまう。これを追い払うにはそれと同じかそれ以上の兵力が必要だ。


 しかし、太平洋艦隊にその場にすぐに送れる戦力はほぼ存在しない。何せ残っている戦艦群は低速艦ばかりである。そのよう艦だけでは出来ることはない。そう「そのような艦」だけであれば……。






「今度こそ追い詰めたわ!」


 ネルソンがレーダーを見つめながら叫んだ。
 彼女は残念ながら追撃戦には加われていない。何せ敵水雷戦隊から魚雷を受けたのだ。数は前部で三発。かなり危ないところであったが、どうにか持ちこたえることに成功した。
 今は本国艦隊の別働隊の戦艦部隊と共に帰投に掛かっている。この別働隊の戦艦とは新鋭戦艦であるノースカロライナと戦った部隊とは別にいた部隊のことである。彼女らは米戦艦群のもう一隊と戦っていたのであるが、砲撃戦に打ち勝ちネルソン達と合流したのだ。


「これで米海軍も終わりよ!」


 そう叫んだ直後のことである。彼女のレーダーの端から小さな点のようなものがわき出した。


「何かしら?」


 一瞬レーダーの不調かと思い、軽く揺すってはみるが特に問題は無い。レーダーに異常が無いと言うことはそこに何かしらあると言うことだ。
 その点は通常の艦船より遙かに小さく、速い速度で動いていく。このような特徴を持つものは一つしか無い。


「航空機だ!」








「味方だ、味方が来たぞ!」


 見張り員がそう叫んだ瞬間、思わずウィリス・A・リーはそちらを見た。
 彼はノースカロライナ、ワシントンを指揮していたが、その圧倒的不利な状況についに撤退を決意したのだ。彼はアメリカ海軍の中でも特に高名な砲術の権威とされこの新鋭戦艦二隻を率いるに至ったのだ。


「これで英艦隊から追撃を振り切ることができる!」


 空を覆わんばかりの大量の航空機をを見てリーは叫んだ。
 彼は砲術の専門家であり、航空は畑違いだ。しかし、この状況で味方の姿が見れるだけでも心強くなる。


「頼むぞ、どうかこの艦を守ってくれ!」






 航空部隊は到着するなり、一斉に攻撃にかかった。
 まず狙われたのは米艦隊に最も接近しているキングジョージ5世級戦艦である。
 獲物を見つけた猛禽類の如く各編隊ごとに降下していき、攻撃態勢に入る。英海軍は当然、そのような事態など想定していなかったために、護衛の戦闘機はおらず、無防備な状況だ。
 しかし対空戦闘を始めるにしても主砲を撃っているために、使える対空火器の数が限られてくる。
 その対空砲火の縫い目をくぐり抜け、TBDデヴァステーターが魚雷を撃つべく海面のすぐ上にまで降りてくる。
 無論、イギリス軍とてこれらを見逃すはずはない。各艦に設置されたヴィッカース社製の40ミリ砲通称ポンポン砲が火を噴いてデヴァステーターを撃ち落としていく。攻撃機の泣き所は足の遅さだ。撃ち落とされやすい機種であることは否めない。それでも突撃をやめず、数条の雷跡を作り出し上空へと待避していく。


 各艦はその雷跡を見つけ、必死で交わしていく。
 そんなイギリス艦艇をあざ笑うかのように上空から甲高いダイブブレーキの音を立てながらSBDドーントレスが逆落としに突っ込んでくる。
 真っ逆さまに突っ込んでくるように感じる機体は艦上の乗員からしてみれば恐怖でしかない。
 その腹に抱えた1200ポンド爆弾を切り離し悠々と離脱していく。


 たちまちイギリス海軍の大型艦には数条の黒煙が上がった。
 小型艦艇は周りにすさまじい水柱を吹き上げながらも無事交わしきる艦艇が多い。


 しかし、最大の障害はまだ残っている。海面下を突き進んでいた魚雷は追跡していたイギリス戦艦三隻のうち二隻に命中。
 浸水を発生させ、行き足を遅らせると同時に測距を困難にした。残った一隻は交わしきったもののたった一隻で新鋭戦艦に挑みかかるのは少し無茶である。さらにいえばこれから追いすがったにせよアメリカ海軍の艦載機が来ているということはそれらについていた護衛の艦艇をも相手にせねばならない。
 損傷艦が多いイギリス艦隊には追うリスクが高すぎる。


 これらを総合的に評価したイギリス本国艦隊指揮官ジョン・トーヴィー大将は撤退を決意。
 こうしてアゾレス諸島周辺で起きた戦闘は終焉へと向かったのである。

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