陽光の黒鉄

spring snow

第37話 世界を見て……

 大西洋、太平洋ともににらみ合いが続いて早数ヶ月。1942年も年の終盤にさしかかった11月頃、ユーラシア大陸の西側では大きな動きが起きていた。
 アメリカが近づいていたドイツ軍がソ連軍と均衡状態に陥ったのだ。開戦当初、史上まれに見るほどの快進撃を見せたドイツ軍であったが、夏以降から各地で発生するパルチザン(ソ連軍のゲリラ部隊)の襲撃や地形に阻まれ進撃速度は急速に低下。さらに強力なソ連軍戦車や膨大な数のソ連軍兵士、補給物資の停滞など相次ぐ問題がドイツ軍を悩ませた。
 どうにかモスクワまで至ったもののソ連軍はそこで猛烈な反撃に出て一歩も退かなかった。そうこうしているうちに冬が到来。冬季装備は備えていたもののその寒さはドイツ軍の精密兵器にとって厳しい環境下となった。何せドイツ軍の兵器は緻密にできている。それらを氷点下の寒さの中で整備するのすら一苦労であり、寒さに慣れいていないドイツ軍はこれらを整備することすらまともにできず、次から次へと兵器はだめになっていた。そこへ完全武装したソ連軍が反撃を加え、戦線は一気に西へと巻き返され、以前の国境とまではいかなくとも、かなりの後退を余儀なくされた。
 こうして独ソ戦は一時的に均衡状態に陥っていたのである。


 この状況に不安を抱いたドイツ政府は元々ドイツ政府に寛容であったアメリカ政府と秘密裏に軍事協定を結び、その絶大な工業力を用いてドイツの優秀な武器を大量に手に入れようとしていた。
 アメリカとしてはドイツ軍に協力したいものの、同盟国のフランスがそれを許すはずもなく、政府内ではフランスと手を切り、ドイツと協力すべきだという意見すら出始めていた。
 大統領のルーズベルトはそれらの意見を聞いた上で密かにドイツ政府と話し合いを進めようとしていた。


 この状況を密かにつかんだのがイギリスの秘密情報部(M16)だ。彼らは有名な007のモデルにもなった部隊で、海外の様々な機密情報を入手する部隊だ。
 この部隊の活躍のおかげでアメリカとドイツの秘密裏に行われている交渉の情報がイギリスの手に渡った。これをイギリスはすぐにフランスや日本などの各国の首脳部に通達。同時にアメリカの大手の新聞会社にも情報を伝えた。
 これを聞いたフランス国民の感情は反アメリカに一気に傾き、アメリカとフランスの関係は完全に冷え込んだ。
 また、アメリカ内部でもこの動きに反対する人が増加し、ルーズベルト政権の支持率は急降下を始めていた。ただ、アメリカ国内と言えども反対派がいれば、当然賛成派もいる。そうした人々の支持もあり、ルーズベルト政権の支持率は低下したとはいえ、完全に力を失ったわけではなかった。
 こうした状況下でアメリカ政府は隠し通すことを断念。ついにドイツと同盟を考えていることを正式に発表した。
 これにアメリカ国内にいたユダヤ系のアメリカ人は、憤慨する。何せドイツはユダヤ系統の迫害を推し進めている仇敵だ。しかし、そうした反対を押し切ってルーズベルト政権はドイツとの交渉を強引に推し進めた。政権内には一部ユダヤ系の人間もいたが、そうした人物たちの反論は聞く耳を持とうとはしなかった。
 こうした動きに不安を抱いたユダヤ系の科学者や技術者などの数多くの人々はアメリカ国内にとどまることを危険と判断し、日本やイギリス、フランスなどドイツと敵対関係にある国へと亡命をしていった。
 こうした動きの中で日本にとって大きなメリットであったのはアメリカ国内に日本と協力関係を築こうとする派閥が現れ始めたこと、そしてユダヤ系の人材が流れ込んできたことで、技術的な面での向上が図られたことにあった。
 アメリカ国内の派閥は密かに政府高官や政治家、マスコミなどのアメリカ国内に幅をきかせる人間に接触を図っており、こうしたことを主導していたのが、日本陸軍の中野学校出身者たちであった。






 その頃、日本では日本の今後の戦争方針を決める大本営会議が開かれていた。


「今、日本には有利な風が吹いている」


 そう断言したのは陸軍大臣の東条英機だ。


「アメリカ国内には諜報員が入り込み、内部の情報をもたらしてくれておるし、太平洋艦隊も本国にこもったまま出てくる機会はめっきり減った。アメリカも和平を結ぶまでは時間の問題といえよう」


「少し、それは早すぎるのではありませんかな」


 反論したのは海軍軍令部総長の永野修身だ。


「確かに太平洋艦隊はサンディエゴまで押し込みましたが、まだ完全に力を失ったわけではありません。さらに言えば、アメリカの工場地域には一切の被害を与えられておらず、アメリカの戦争継続能力は全く衰えてはいません」


「そうとはいえど今、アメリカ国内でルーズベルト政権は力を失いつつあります。ドイツもソ連の攻勢を前に尻込みするばかりだ。このままいけばアメリカはドイツと与するまもなくドイツは倒され、アメリカ政府は世論に倒されます」


「そう考えるのは早すぎます。何せドイツは一度押し込まれたからと言って負けたわけではありませんし、アメリカとドイツが手を組めば、ドイツの高性能な武器がアメリカで大量に製造され独ソ戦に大きな影響を与えるでしょう。そうなればいくらソ連と言えど有利とはいえませんぞ」


「そう簡単にドイツに武器が渡るとは思えませんな。何せドイツとアメリカの間には広大な大西洋があるのです。そこにイギリス海軍が通商破壊戦を仕掛ければドイツはなすすべもなく干上がるでしょう」


「そうとは言えど、アメリカに比べイギリスの力はそう強くはありません。我が日本が手をこまねいている間にアメリカとドイツが協力して、大西洋方面に力を入れてかかればイギリスはなすすべもなく、敗北するでしょう」


「ならばどうすべきだと言うのです?」


「連合艦隊をハワイに送り込み、サンディエゴへの攻勢の準備を始めるのです。そうすることでアメリカは大西洋にばかり戦力を集中できません」


「つまり海軍の意思としては連合艦隊を出撃させると言うことですかな?」


「軍令部としてはその元で作戦を立案中であります」

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