陽光の黒鉄

spring snow

第29話 お茶会

「思った以上に修理期間が長いわね」


 長門は呟いた。彼女がいるのは横須賀海軍工廠5号ドックだ。


 彼女は先のトラック沖海戦で、中破と判定される被害が出ている。40センチ砲搭載艦と打ち合ったのだから当然の被害なのだが、思った以上に傷は深い。
 主な被害は艦上構造物の中でも特に脆弱なモノ、高角砲や副砲、機銃と言った装備に大きな被害は出たが、これ自体の修理はそれほど問題ではない。
 長門と陸奥の被害の大きな違いは、至近弾による浸水が起きていたか否かだ。長門はこれが発生しており、かなり大規模な修理が必要と判断されたのだ。
 入渠期間は三ヶ月とみられている。
 先ほど技術者達の話をこっそり盗み聞きしたのだ。無論、艦魂なので一切問題は無い。
 戦争という特殊な状況において三ヶ月は長いとも短いとも取れる。なぜなら戦争というのは戦線が一気に動くときと硬直するときの二通りがあり、どちらなのかによってまるで変わってしまうからだ。
 戦線が一気に動くときの三ヶ月の戦線離脱というのは非常に大きい痛手だ。しかし、戦線が膠着時の戦線離脱というのはそれほど大きい影響はない。




 この時、長門は改めてイギリスの技術提供に感謝させられた。従来の日本のドックであればこれほどの被害を修復するには半年はかかっていた。
 しかし、イギリスとの技術改良の結果、ドックのクレーンや修復方法などの大幅な改善が見られ、従来の日本の物よりも遙かに早く修復を終わらせられるようになったのだ。


「この三ヶ月がはたしてどう動くか……」


 米艦隊には少なくとも半年は行動不能にするほどの大被害を与えたはずだ。だからその期間は少なくとも大規模な軍事行動は取れないと判断している。
 しかし、あの国は国力が日本の比ではない。半年であると決めつけるのは危険だ。


「とにかく私は修理に専念しないとね」


 そう言って長門は艦内に入っていった。


 この時、長門は横須賀第五、陸奥は呉第四、扶桑は呉第三、伊勢は佐世保第五船渠で修理を受けることとなった。
 魚雷を喰らった扶桑、伊勢は半年。陸奥は一ヶ月で十分と判断された。












 大和は長門達がいない間に普段は会う機会のなかった日向達とお茶会を開いていた。
 開催者は大和だ。


「それにしても大和さんは流石ですわ。あれほどの敵を相手にしながら一歩も退かないばかりか、敵に痛打を与えるとは」


 上品な言葉使いが特徴的な山城の艦魂は言った。彼女は普段から明治時代の外人が着るようなドレスを身にまとっており、日本海軍の艦魂の中でもかなり変わった存在として知られていた。


「まったくだ。大和ってさ、もっとガキっぽいと思っていたからな」


 男勝りな口調の艦魂は日向だ。彼女は扶桑とは打って変わって作業着のようなモノに身を包み、一見海軍工廠からやってきた作業員かと見違えるような人物だ。


「まあ、私もそう簡単に引き下がれる立場にはいませんからね」


 大和は紅茶を入れながら言う。
 彼女らがお茶会を開催している会場は大和の会議室だ。普段であれば連合艦隊司令部の幕僚が会議をしているのだが、彼らは現在陸上におり、使われていない。
 その事から大和達が使っていたのだ。


 部屋の中央には大きなテーブルが置いてあり、白いテーブルクロスが引いてある。そのテーブルは彫りまで入ったマホガニー製の美しいモノで呉海軍工廠で作られたモノだ。
 それに沿って置いてある椅子もフカフカで一目見て高価なことが分かる。


「さすがは最新鋭艦だな~! 椅子もフカフカだし!」


 日向は呑気に言いながら椅子の感触を楽しむ。


「あら、そちらのティーポット、金剛様から頂いたものではなくて?」


「ええ。そうですよ。どうして分かったんですか?」


 山城が一目で金剛からもらったモノだと見抜いた。


「その茶器の底をご覧になって」


 言われるがままに底を見ると何かのマークのようなモノがある。


「これは……?」


「ダイヤモンドをイメージして象ったレリーフですわ。それが金剛様が進呈したことを示すモノですのよ。人間でたとえるならブランドといったところかしら」


「へえ、ここまでこだわって作られているんですね!」


「ええ。金剛様の紅茶へのこだわりは凄いモノでしてよ」


 そう言っている間にも紅茶が入っていく。
 ティーポットを温め終わり、茶葉を入れたところだ。


「熱湯の温度も良し!」


 熱湯の状況を確認し終えた大和は熱湯を入れるべく、ヤカンを高く上げ、勢いよくお湯をティーポットの中に流し込んでいく。
 熱湯は重力に従ってティーポットへ入り、その勢いで中で対流を作り紅茶の茶葉を回転させていく。
 一通り注ぎ終わると茶葉がゆっくりと浮き沈みを始めた。


「見事なジャンピングですわ」


 山城はティーポットの中をのぞき込みながら、大和の紅茶を入れる技術を褒め称えた。ジャンピングとは茶葉が熱湯の中で浮き沈みを繰り返していく現象のことを言う。これが紅茶の茶葉の抽出が均一になっている証拠なのだ。


「ありがとうございます!」


 大和も誇らしげに答える。


「良い香りがしてきたな! これは……ダージリンだな!」


 日向は見た目こそ、それほど上品ではないようだが、紅茶などはかなり嗜んでおり、有名どころであれば香りだけで判断が出来る。


「ええ。牛乳が調達できないのでストレートで飲めるダージリンを選びました」


「まあ! 確かにダージリンであれば苦手な人も少ないですからね」


「ええ。紅茶によっては香りが苦手な人もいますからね」


 そう言いながら大和は懐中時計を見て抽出時間を正確に見る。


「それでは入れていきますね」


 時間になり、徐々に分けながら紅茶を三つのティーカップに注いでいく。


「もしシーレーンが塞がれればこの紅茶も飲めなくなるんだよな……」


 しみじみと日向は言った。


「ええ。そうさせないためにシーレーンは死守する必要があるのですよ」


 扶桑は諭すように言う。


「まあ、今回のフィリピン攻略戦において金剛様が出撃されたのはその理由が強いかもしれませんわね、資源の確保という理由よりは」


 扶桑はそう言うと三人は笑い出す。


 そんな他愛もない話をしながら三人はお茶会を楽しんだ。

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