陽光の黒鉄

spring snow

第25話 第一水雷戦隊の投雷

「米戦艦視認! 本艦右舷十一時方向、距離二〇〇!」


 見張り員が逐一米戦艦の情報を伝えてくる。


「おそらく敵はこちらの動きを既に捉えているはず。であるなら近いうちに砲撃が来るはずだ」


 大森は警戒を強めていく。
 すると案の定、距離が一万五千を切った地点で戦艦の周囲に小さな光がわき出した。


「敵戦艦、発砲!」


 それは自らの身を守るべく、その周囲にまとった高角砲群が打ち始めたのだ。
 第一水雷戦隊の周囲には小口径弾の水柱が数多く乱立する。何せ、複数隻の戦艦の砲弾だ。かなり濃密な砲撃となる。
 しかし、その間にも敵戦艦には味方戦艦の砲弾が命中。少しずつ戦闘力は削り取られていく。


「狙いは任せる! 砲撃はじめ!」


 村山が砲術長にやられてばかりいてはしゃくだと言わんばかりに砲撃開始の命を下した。


(当たるなよ。当たるなよ)


 大森は心の中で祈りながら射点に到達するのを待ち続ける。


「敵重巡回頭! 本艦に向け、砲撃を開始しました!」


 ある程度予測されてたことだが、これで敵重巡と戦艦の挟み撃ちとなった。
 周囲には今まで以上の水柱が乱立する。


「敵までの距離は!」


 大森が思わず、見張り員に聞いた。


「距離一二〇!」


 まだ敵戦艦まで大分距離はある。
 しかし、既に敵艦の砲撃はかなり至近距離に落下するようになっており、一刻の猶予もない状況だ。


「司令官! このままでは危険なのでは?」


 たまらず村山が大森に聞いた。


「いや駄目だ! 今、大和がかなり危険な状況にいる! もしここで失敗すれば大和の身も危ない!」


 大森はちらりと日本海軍の戦艦の方を見てから言った。
 先頭を行く大和は既に火に包まれており、周囲に黒煙が上がっているのが見える。主砲はしっかりと放っていることから戦闘航行に支障は無いように思えるが、状況は大和にとって不利であることには変わりは無い。
 それに対し米戦艦は報告の六隻から五隻に減っていることから既に一隻は仕留めているのであろう。残った五隻の内四隻から火の手が上がり始め、船体に蛍が宿ったかのような印象を受ける。一隻に到ってはかなり被害が大きいのか大規模な火災に見舞われている艦もある。だが、一隻として砲撃を止めようという艦はいない。
 その姿はまるで多数の矢を受けながらも戦い続けた武蔵坊弁慶のような印象だ。


「おや……?」


 大森はふと不思議に思った。
 先ほどよりも水柱の数が減っているような気がする。


「これは行けるかもしれんぞ!」


 そう叫んだ直後のことであった。
 不意に前から光がサーッと降り注ぎ、阿武隈の船体を照らしたのだ。


「星弾です! 敵重巡が発射した模様!」


 見張り員の報告に思わず艦橋内が凍り付いた。
 夜間に置いて互いに命中弾を出しづらいのは有名であろう。これを覆すべく各国では様々な方法で敵艦を見やすくする方法が考えられていた。
 その一つがこれである。


 つまり照らされた阿武隈は今まで以上に熾烈な砲撃を受けることになる。


「狼狽えるな!」


 その瞬間、艦橋内に怒号が響いた。叫んだのは大森だ。


「敵が星弾を使ったと言うことはそれだけこちらが追い詰めている証拠だ! もう間もなく射点に付く! そうすれば敵戦艦に思いっきり雷撃を見舞うことも出来る! 既に沈んだ仲間の思いを無駄にするな!」


 その言葉に艦橋内の誰もが奮い立った。
 しかし、そういった士気とは別に敵艦の砲弾は着実に阿武隈を捉えてきている。


 そして、ついに何かが破壊される音が艦橋にまで響き、艦が揺れた。


「どこをやられた!」


 村山がすぐに副長に聞く。


「艦の中部に命中した模様! ただいま被害を確認中!」


 艦の中部と言えば魚雷発射管などがある大事な場所だ。万が一にもそれらに被弾すれば艦は一撃で吹き飛ぶ。しかし、すぐに被害箇所が判明し村山は胸をなで下ろした。命中したのは艦の中部にあるカッターだ。乗員救助には必須の道具ではあるが戦闘には特に支障は無い。今は米戦艦に一太刀を加える。その一点に全力を掛けている。
 被弾したと言うことは次からは雨のような集中攻撃を浴びることになる。


「敵艦までの距離は!」


 何度目とも分からない質問を見張り員に聞いた。


「距離九〇!」


 微妙な距離だ。しかし、大森は阿武隈が射点まで無事にたどり着くことに掛けた。そうと決まればもう迷うことはない。


 その報告の直後、また相次いで命中弾の衝撃が艦橋を揺らす。
 それも一発や二発ではない。三発、四発と続き、副長もあまりの被弾数の多さに被害を把握し切れていない。
 幸いなことに今のところは致命的な被害を受けた艦は一隻もなく阿武隈も戦闘力を保っている。


「距離八〇!」


 報告が飛び込んだ直後、艦の前部に閃光が走り、今まで一番大きい衝撃が艦橋を襲った。大森はなんとか耐えたが、腰を海図台に思いっきりぶつけ、つかの間、苦痛で動けなくなる。


 どうにか痛みを堪えつつ、前部を見下ろすと第一砲塔が跡形もなく吹き飛ばされている。敵弾の直撃を受けたのであろう。中の砲鞍などが粉砕されているのが確認できる。
 その間にも次々と被弾していき、次第に阿武隈がぼろぼろにされていく。


「距離七〇!」


 そしてついに待ちに待った射点に到達した。


「取り舵一杯! 魚雷発射始め!」


 村山が大音声で叫び、艦が急速に左へ回頭していく。
 回頭が終わると艦の中部にあった魚雷発射管から次から次へと魚雷が海に身を踊らせていく。
 やがて全ての艦が回頭を終え、投雷を終えるのを確認した大森は次なる指示を出すべく口を開けた。
 その直後、艦橋に何か塊が飛びこんでくるのが見えた。真っ赤な色をいたそれは艦橋内を前から後ろへ駆け抜けた。艦橋職員が吹き飛ばされていくのが見えた直後、大森の意識は暗転し永久の闇に包まれる。


 米重巡の二〇センチ砲弾が阿武隈の艦橋を直撃。これを爆砕した瞬間であった。

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