陽光の黒鉄

spring snow

第13話 思わぬ敵

「お姉ちゃん、どのくらいで魚雷を撃つの?」


 唐突に義妹の綾波から連絡が入る。


「まだまだ! 距離が遠いわ! 敵がもう少し近づいてからね!」


 浦波はそう言いつつ、主砲を放つ。


 現在、敵艦との距離は大分近づき、三海里ほどになっており完全に射程内には入り込んではいる。
 しかし、必中を期するには今少し近づきたかった。


 そんなことを考えいている浦波の目に明らかに発砲炎と異なる火が敵艦の艦上に上がるのが見えた。


「敵駆逐艦に命中弾2!」


 その報告が艦橋に飛び込むや否やわっと歓喜の声が上がった。
 駆逐艦同士の砲戦は極めて命中率が低い。何せ双方とも30ノットを超える速さで突っ走り、激しく動揺する中での砲撃だ。実戦で気が急いているのもあり普段の訓練通りに行かないのは当然である。
 それでも敵より先に命中弾を出せたというのは乗員としては大変嬉しい物だ。


「やった!」


 浦波も歓喜の声を上げる。


 その歓喜に呼応するかのように主砲が火を噴き、敵に次弾を浴びせる。先ほどと同じように夜目にも鮮やかな火柱が上がり、敵の姿を海上に晒す。


 次の瞬間、その火柱が一気に膨れあがり、敵艦を包み込んだかに見えた。その火柱が消えると同時に敵艦の姿も消えていた。
 敵艦の主砲弾薬庫に火が移り、敵を文字通り消し飛ばしたのだ。駆逐艦のように装甲の薄い艦は常にこうした危険とも隣り合わせだ。こうした理由から駆逐艦はブリキ缶とも称されるのである。


 目標の艦を撃沈した浦波は次の目標へと移る。


「目標、敵二番艦!」


 中尾は砲術長に指示を出した。敵二番艦とは現在、浦波の後方にいる旗艦「綾波」が目標にしている艦であり、双方とも有効打に欠けるばかりで一向に決着が付きそうになかったために、砲撃目標に指定したのだ。


「砲撃準備完了」


「砲撃始め!」


 簡潔なやりとりの後、浦波の主砲が雄叫びを上げる。


「だんちゃ~く、今!」


 砲弾の飛翔時間を計測する兵士が弾着の瞬間、声を上げる。
 敵の艦の後方にまとめて水柱が上がるのが見えた。


 それに合わせ、射撃指揮所に籠もる旋回手がハンドルを回し主砲の旋回角を調整する。


「撃て!」


 砲術長が指示を出した瞬間、射手が引き金を引き主砲に電気を通じて12,7センチ砲弾をたたき出す。


 中尾達が今か今かと敵への弾着を待っていると戦場に聞き慣れない飛翔音が聞こえ始めた。


 木枯らしにも似た飛翔音は、だんだんと大きくなり不意に消えた。


 直後、浦波と綾波の中間に巨大な水柱を吹き上げる。


「何! これは……」


 あまりの急な出来事に浦波は愕然とする。
 これはどう考えても駆逐艦の主砲の上げられる水柱ではない。


 と言うことは……


「「戦艦!!!」」


 浦波と中尾が唯一この戦場であれだけの水柱を上げられる存在の名を口にする。


 その叫びと同時に敵駆逐隊の向こう側がぼうっと明るくなった。
 直後、大口径弾特有の砲弾の飛翔音が聞こえ始め、周囲禍々しい音が周囲に響き渡る。その音はまるで地獄の底から浦波達を誘い込もうとしているかのような音だ。


 またもその音が不意に消え、浦波の前方の海面に水の巨木を作り出す。


「艦長、綾波より電信! 『各艦、魚雷発射。後、各個に回避行動を取りつつ退避されたし』!」


「雷撃戦、用意!」


 中尾が砲戦の轟音に負けぬような大声で水雷長に指示を出す。




 綾波に座乗する大江駆逐隊司令がこれは第十九駆逐隊の手に余ると判断。すぐに退避命令を出したのだ。しかし、魚雷が残っていると敵弾が命中し誘爆の恐れがある。れを回避するのと同時に敵に少しでも被害を与えるのが狙いである。


「発射準備、良し!」


 水雷長から報告がくる。


「取り舵一杯!」


 舵が効き始め、米軍に腹を晒す形となる。


「魚雷発射始め!」


 間髪おかず、水雷長に指示を出した。


 圧縮空気によって魚雷が発射管から飛び出し、敵のどてっ腹を食い破るべく水中を邁進し始めた。


「綾波他、各艦投雷に成功した模様!」


 見張り員が僚艦の状況を知らせた。




 この時、第十九駆逐隊の各艦は投雷し、一斉に転舵していき、今度は米軍から逃げる形となる。


 その間にも敵の砲弾は次々と浦波の周囲に着弾し、水柱を吹き上げる。


「当たるなよ、当たるなよ……」


 呪文の様にブツブツと浦波は呟く。


 やがて魚雷の命中時間が迫る。


「時間です」


 時間を計測していた兵士が言った。


 しかし、どこにも魚雷命中の水柱は上がらない。


「駄目か……」


 思わず落胆の声をあげる中尾。


「このまま、待避を続ける」


 その声は感情の感じられない声であった。

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