陽光の黒鉄

spring snow

第6話 沈黙のゴング

「日本海軍は今頃大慌てで我が軍を見ているだろうな」


 にやりと獰猛な笑みを浮かべながら、上空の偵察機を見るのは戦艦アリゾナの艦魂だ。


「こらこら。作戦中なのだから、もっとまじめにやりなさい」


 アリゾナをたしなめるのは姉のペンシルバニアだ。


「だってよ、ここまで来ても何の攻撃も受けないんだぜ。相手が俺たちを怖がって手を出せない証拠だろ?」


「いや、分からないわ。相手は当時世界最強を誇ったバルチック艦隊を破った日本海軍よ。もしかしたら、罠を仕掛けているのかもしれない」


「そうかな?だって罠を仕掛けるにしてもどうやってこの大艦隊を陥れるの?」


 不思議そうにアリゾナが聞く。


 ここにいるのは米海軍が誇る最新鋭かつ最強の艦隊だ。そのような艦隊に仕掛ける罠などあるはずがないと言った口調だ。


「アリゾナ、日本海海戦の流れを知っている?」


「当然だろ!当時の連合艦隊司令長官の東郷がバルチック艦隊の目の前で転針。日本海軍の砲撃で敵の指揮系統を失わせ、とどめを水雷戦隊が刺して勝利したんだろう?」


「では、聞くけれど何故、東郷は敵を叩きのめせたの?バルチック艦隊の練度は相当高いはず。ならば、日本海軍の戦艦を、同じように叩きのめせなかったのは何故?」


「そ、それは……」


「これはバルチック艦隊の士気が極めて低かったからよ。何せ、バルト海からアフリカのケープ岬回りの航路で日本まで来ている。その間にほとんど寄港は出来ていなかったから乗員の疲れはピークに達している。そこへ士気も練度も高い日本海軍が現れたの」


「へ~」


「つまり日本海軍は敵を近くまでおびき出して叩きのめすことに長けている軍隊なの」


「ちょっと待て。と言うことは現在、俺たちが攻め寄せていると言うことは……」


「そう。今、私たちは日本海軍のお家芸の戦闘に自ら飛び込もうとしているのよ」


 その瞬間、アリゾナは自分たちがとんでもない場所に踏み込んでいるのではないかと不安がよぎる。


 しかし、今頃後悔してももう遅い。


 その感情を押し殺して敵のことのみを考えた。その顔には余裕などとうに消えていた。
 しかし、彼女らは気付いていなかった。その眼下に危惧しているものがいることを…… 










 伊二三は米艦隊から右舷前方三十五°の地点にいた。距離はおよそ2マイル。
 絶好の射点に突いていたのだ。しかし、乗員に歓喜の声を上げるものはいない。米海軍の対潜能力の高さは分かってはいないが、騒げば敵に発見される可能性は高くなる。
 潜水艦乗りの中では艦内で騒ぐのは御法度だ。


「艦長、敵艦隊が本艦の射線に入ります」


 副長の土方登大尉が声を掛けた。


「潜望鏡深度まで浮上、潜望鏡を上げてくれ」


 艦長の横田三郎少佐が指示を出した。
 彼らは二人とも広島県の農村の出身で、幼なじみであった。二人でよく呉市の方に出て軍艦を見ていたのが少年の頃の思い出だ。
 やがて、横田、土方は共に海軍兵学校に入学。横田は成績は上の下で望めば巡洋艦勤務も夢ではなかった。しかし、彼は水上艦よりも潜水艦勤務を望んだことから潜水艦勤務となった。逆に土方は成績がギリギリで兵学校を卒業し、潜水艦勤務となった。
 しばらく二人は別の艦に配置となっていたが今年の4月の人事配置で偶然同じ艦となったのだ。




 潜望鏡深度まで浮上した伊二三はすぐに潜望鏡を出し、一周回してすぐに引っ込めた。この潜望鏡を出しているときが一番危険なときである。ゆえに優秀な艦長ほどこの時間が短い。
 なお、この時同時に周囲の状況を確認し、敵の航空機などがいないかを確認する。
 特何もなく、どうにかバレずに潜望鏡を引っ込めた横田はすぐに指示を出し始める。


「敵戦艦を狙う。一番から四番発射管まで魚雷装填。発射の後、すぐに潜行する」


 このとき伊二三の艦魂は潜望鏡の映像が直接頭の中に映像が流れ込んできていた。


「本艦より左舷二ポイントに敵戦艦確認。魚雷発射準備」




 やがて全部の魚雷発射管室にいる兵員から連絡が来る。


「魚雷発射準備よし」


「「発射!」」


 横田と伊二三は同時に呟いた。


 艦種から敵艦の腹を食い破るべく魚雷が四本敵目掛けて疾走を始めた。
 この瞬間、日米の戦いのゴングは静かに鳴ったのである。


「急速潜行!」


 その直後、伊二三は急速潜行を始める。


 この時、戦果を確認したいところではあるがのんびりしていると敵駆逐艦の餌食になる。
 潜水艦というのは元来打たれ弱いのだ。


 そして伊二三は魚雷到達時刻まで静かに待った。


 伊二三にはこの時の間が永遠にも近い感覚に感じられた。

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