陽光の黒鉄

spring snow

第3話 挨拶回り

「長門さん、長門さん。今日はどこに行くんですか?」


 大和がトラックに着いてから長門は大和をあちらこちらに案内をしていた。
 理由は大和に連合艦隊旗艦の仕事を行う上で様々な職務を教え込む必要があるからだ。


 しかし、今日はいつものように場所の案内というわけでは無かった。


「大和、今日はあなたを色々な艦魂に紹介をします」


「え、今日ですか!」


「そう。今日です」


「何も聞いてないので何の準備もしていないですよ!」


「構いません。いつものように素の自分を出していれば大丈夫です。あなたは素の自分でも十分第一印象は良いですから」


「え~!」


 こうして急遽、大和は艦魂達への挨拶回りに行くことになったのだ。


 二人は瞬間移動を使い、まず一人目の挨拶回りに向かった。


 移動した先に現れたのは大きな艦橋と砲塔を持つ戦艦の艦上であった。


 全部が背負い式の35,6cm連装砲が二基。後部にカタパルトを中央に挟んで砲塔が二基。
 合計4基の35,6cm連装砲を持つ戦艦であった。砲塔は角張っており、艦橋はどこか大和に似たものである。


「ここは……?」


 大和の疑問に長門が答える。


「戦艦比叡の艦上よ」


「ここが比叡先輩の!」


 戦艦比叡は金剛型戦艦2番艦として呉海軍工廠で建造された艦だ。途中で練習艦として改造を受け、その後に天皇陛下の御召艦として活躍したりする。その後は大和型の実験艦としての役割を担い、艦橋などの構造は大和型で使われるものを実験的に運用したりするなど最新鋭の兵装が奢られている。


「比叡さんってどんな人なんだろう?」


 不安に苛まれる大和に優しく長門は言った。


「大丈夫よ。比叡はちょっと変わってる艦魂だけど優しいから」


「変わってるってどんな風にですか?」


「それを言ったらつまらないでしょう?」


 お茶目に言う長門に大和はこれ以上聞き出すことにあきらめを抱いていた。
 数週間一緒にいて感じたのは見た目と違い、かなりお茶目な性格をしており人をからかうのが好きなのだ。
 ゆえにこうなった長門は決して聞き出せないことはこの数週間で重々承知していた。


 そして二人は艦内に入っていった。




 船内の階段を上ったり降りたりして、一つの部屋の前で立ち止まった。
 その部屋は予備の部屋であり、普段は乗員が誰も使わない部屋である。


「比叡、いる?」


 しかし、中から返事はない。


「入るわよ」


 長門が唐突に言った。


「え~~!まだ、返事がないですよ!」


「良いのよ。比叡はたぶん中にいるわ」


「なおさらだめじゃないですか!」


「まあ、良いから来てみなさい」


 大和の返答を待たずして長門は部屋へ突撃した。


「比叡、お邪魔しま~す!」


 大和がこっそりドアから顔をのぞかせると部屋の中には一人の少女がいた。
 金髪の髪で、後ろで一纏めにしてあり顔全体がとても整った顔だ。見方によっては男に見えなくもなく男装令嬢といったところだろうか。


 その少女は瞑想をしている最中で、長門が来ても眉一つ動かさない。
 そして、小さな声でぼそりと


「邪魔だ、失せろ」


 しかし、その言葉を投げかけられても長門は全く動揺せず、言葉を付け加えた。


「残念。可愛い新人の艦魂が来たから比叡に会わせようと連れてきたのにな、比叡は会いたくないって……」


「何!可愛い、だ、と!」


 その瞬間、カッと眼を開き周りを見渡した。


 そして、部屋のドアから顔をひょっこりのぞかせている大和を見るなり、叫んだ。


「S U B A R A S I I !」


 そして、大和の所へ文字通り飛んでいきその手を掴んで言った。


「お嬢さん、今度一緒にトラックの名所巡りをしてみませんか?」


 いつの間にか、その口にはバラが咥えられており、周囲には光が舞っている。


 あまりの唐突の出来事に固まってしまっている大和を見て、長門は助け船を出してやる。


「比叡、大和が困っているじゃない。もう少し、自重しなさい」


 たしなめられた比叡は一瞬、反撃しようとするも大和の様子を見て長門が正しいことを悟り、一旦離れる。


「いや、失礼をしたお嬢さん。私の名は比叡。金剛型二番艦だ。宜しく」


 その自己紹介の流れは美しく、見ていて大和もほれぼれとするレベルだった。


「大和、自己紹介は?」


 固まっている大和を長門がたしなめる。


「あ、すいません。私の名前は大和。大和型戦艦一番艦です」


 そういった瞬間、比叡の目が輝いた。


「おお、噂はかねがね聞いているぞ!何でも46cm砲を九門積んでいるとか!」


「いえ、いえ」


 照れくさくて頬を掻きながら答える。


「まあ、いつでも困ったら来なさい。君の相談ならいつでも大歓迎さ!」


「ありがとうございます!」


 そう言って三人は分かれた。




「次は誰の所に行くんですか?」


「私の妹の陸奥の所よ」


「陸奥さんですか!」


 かつてビッグセブンの一角をなした戦艦の艦魂はどのような物であるのか想像を巡らせる。
 しかし、先ほどの比叡の印象が強すぎるせいでろくな印象がない。


「大和、陸奥はまともだから」


 まるで大和の思考を読み取ったかのように長門は述べた。


「で、ですよね~!」


 思考が読まれたことを気まずげに思いつつ、二人は陸奥の所へと瞬間移動した。






「いらっしゃい」


 陸奥の所までやってくると、彼女はあらかじめ訪問を聞いていたのかお茶の準備をしていた。


「緑茶しかないが、良かったらどうぞ」


 言葉少なげに言う。
 ボーイッシュな印象を抱かせるが、先ほどの比叡とは違い派手さはあまりない。
 長門の落ち着いた雰囲気をそのまままとっているかのような少女である。


「ありがとうございます!」


 そう言って大和は緑茶を飲んだ。


「話は長門から聞いている。私の名は陸奥。長門型戦艦の二番艦だ。宜しく」


 そう言いつつ、大和達に席に座るよう勧める。


「宜しくお願いします!」


 席に座る前にそう挨拶をして座った。


「良い返事だ。君になら連合艦隊旗艦の役目を安心して任せられる」


 そう言って、陸奥は近くの椅子を近くに寄せ座った。


「これから連合艦隊旗艦は多くの仕事を担うことになる。今までとは比べものにならないほどな。困ったときは姉さんでも比叡でも良い。周りの先輩に頼りなさい」


 その言葉にはこれから先に争いの時代が来ることを暗に物語っていた。


「すまん。せっかく挨拶に来たのに暗い話になってしまったな。話を変えよう」


 そう言って、話を別のものに変え3人は30分ほど談笑してから別れを済ませた。
大和達は今回挨拶回りする最後の艦へと瞬間移動した。




 次に着いたのは比叡とよく似た艦であった。
 しかし、艦橋が異なっていることから比叡ではないことが分かる。


「戦艦金剛だよ」


 長門は大和が質問する前に答えた。


「どんな人なんですか?」


 大和は長門に尋ねる。


「何もしなければ優しいけど一度怒れば手をつけられなくなるわ。決して粗相のないようにね」


「はい!」


 大和は改めて気合いを入れ直し、二人は艦内へと入っていった。








 艦橋にある一室で長門は止まり、部屋のドアをノックした。


「戦艦長門、連合艦隊旗艦大和を連れ、挨拶に参りました」


 すると中から女性にしては低い声で返事があった。


「うむ。入れ」


「長門、入ります」


 そう言って入っていく長門に習い、大和も


「戦艦大和、入ります」


 と言って入っていった。


 入った部屋は普通の士官が使うような部屋と大きくは変わらない。
 しかし、大きく違うのは部屋の中央に大きなテーブルが置かれており、そこには机上演習用の道具が整理されて置いてある。


 その部屋の端にある小さな机で作業をしているらしい金髪の女性が振り返った。


 大和はその美しさに一瞬、我を忘れた。


 整った顔にすらっと伸びた手足。さらさらのブロンドヘアーに体のバランスは絶妙に取れており背筋がぴんっと張っている。
 彫刻や絵画に出てきそうな美人であった。


 しばらくその美しさに見ほれていた大和であったが、長門の声に現実に引き戻される。


「お久しぶりです!今回は新たな連合艦隊旗艦の後退挨拶に参りました」


「そちらの方が新たな連合艦隊旗艦かい?」


「はい」


「名は?」


 唐突に聞かれた質問に大和は慌てて返答する。


「大和であります!」


「大和か、良い名だ。その名に恥じぬよう連合艦隊旗艦の職務を全うせよ」


 そう言って、二人のために大きな机の半分くらいのスペースを確保し、紅茶を入れ始めた。


「私は紅茶が好きでね。口に合えば良いんだが」


 そう言って二人に出した。
 紅茶からはさっぱりとした香りが漂っている。
 紅茶の横にはクッキーが置かれ、二人に食べるよう言った。


「「頂きます!」」


 そう言って二人は紅茶を飲み始める。


 口に入れたとたんふわっと香りが広がった。苦みもなく香りと似たサッパリとした味が甘みの強いクッキーに良く合う。


「美味しい」


 大和は思わず声を漏らした。


「それは良かった」


 満足した顔で金剛は自分用の紅茶に口をつける。


「この紅茶はアールグレイという紅茶だ。名前は有名だから聞いたことはあるだろう?」


 アールグレイはベルガモットで茶葉に香りをつけたフレーバーティーの1種である。


「はい。名前しか聞いたことがなくて今まで飲んだことはありませんでしたが、こんなに美味しいんですね!」


 紅茶のおいしさを知った大和は目を丸くしている。


「紅茶は腕次第で大分味が変わるからな。もし興味があるのなら、今度尋ねると良い。知っていて損はない」


 紅茶を褒められたことで機嫌が良いのかその後も会話は弾んだ。


 いよいよ、長門達がおいとまするとなったとき金剛は大和に一つのケースを渡した。


「これは紅茶を淹れるための道具が一式揃ったケースだ。練習して今度会うときは紅茶を入れる腕を上げてこい」


「ありがとうございます!」


 そう言って大和は大事にそうにそのケースを受け取った。


「では失礼いたします!」


 そう言って二人は大和へと帰還した。




「長門さん、金剛さんは優しい人ですね!」


 大和は上機嫌で話した。


「ええ。ただ絶対に怒らせたりはしないように」


 そう言って二人は別れた。
 こうして長い挨拶回りの一日は終わったのであった。


 

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