シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

5-4 天翔石獲得交渉


「言いたいことは分かります。ですが天翔石はこの星の貴重な環境資源であり観光資源でもあります。一人の人間が大量に購入するのは流石に……」

 マーシャを前にしてヴァレンツの大統領が冷や汗混じりに答えている。

 ここはヴァレンツ政府の中枢部、大統領官邸だった。

 リーゼロックのお嬢様、という身分を利用出来るマーシャはそのまま堂々とヴァレンツ政府にコンタクトを取り、大統領との面談を可能にしていた。

 天翔石の購入ならば業者と交渉すればいいだろうとも思ったのだが、国の資源を大量に持ち出す以上、政府との交渉も避けられないので一石二鳥だと言った。

 流石の頭の回転だとは思うが、いきなり大統領に会うとか、かなり怖い。

 俺はマーシャとのんびりデートが出来ると思っていたので、いきなり大統領に会うことになってかなり緊張……はしていないけど、げんなりはしている。

 お偉いさんとの交渉とか、マジで勘弁してくれ。

 いや、俺はまあ、隣に控えているだけで何もしていないけどな。

 交渉は全てマーシャが行っている。

 冷や汗混じりのヴァレンツ大統領、グリサム・ウォルセンは六十前の男性で、白髪も少ない溌剌とした男性だった。

 政治家にしては珍しく腹黒さが少ない印象だ。

 現実よりも理想に燃えているタイプなのかもしれない。

 政治家としてはそれなりにやり手らしいが、無茶交渉をしてくるマーシャには冷や汗を流さざるを得ないのだろう。

 いきなり外部の人間が天翔石を大量に買い取りたいなどと言ってきたのだからそれも当然だ。

 亜人の姿だと交渉の時点で侮られるということで、今のマーシャは人間のフリをしているが、もふもふが見られなくて非常に残念だ。

 マーシャはもふもふしている姿が一番可愛いと思うんだがなぁ。

 俺みたいなタイプは少数派だというが、ロッティに戻れば結構同類はいるような気がする。

 マーシャはかなりの旅好きだけど、ありのままの自分でいる時間を増やすにはロッティで定住するのが一番なのかもしれない。

 もっとも、俺も旅をする方が好きなので、今の状況に文句は無いのだが。

 いろんな所に行くのは楽しい。

 ここヴァレンツだって以前は任務で最低限の滞在をしただけだが、こうしてのんびりと見て回れる機会を得られたのは素直に嬉しいと思っているし。

「もちろんただ大量に購入させろとは言っていません。そちらの資源を大量に持ち出すのですから、こちらも相応のメリットを提示するつもりです」

「ほう。たとえばどのような?」

 マーシャの提示する餌に食いつく大統領。

 リーゼロックの技術についてはヴァレンツにとっても狙い所が大きいからな。

 だからこそリーゼロックのお嬢様であるマーシャとのアポ無し面会に応じたのだろうし。

 ただ拒絶するだけでは交渉が成立しない。

 ある程度の譲歩をする準備もあるのだろう。

 後はどちらがより多くのものを得るか、という交渉なのだが、こういうのは苦手だ。

 腹の探り合いとか、かなり性に合わない。

 もっとも、交渉しているのはマーシャであって俺じゃないから構わないけど。

 ちなみにマーシャの方はこういう交渉はかなり得意らしい。

 素直で直情的な性格なので意外だとは思ったが、探り合いというよりは強引な力業で交渉をまとめるのが得意らしい。

 より多くを得る為に腹の探り合いをするのではなく、自分が欲しいものを強引に得る為に向こうにもかなりの利益を投げつける、といった交渉だ。

 繊細な取引を目論んでいる相手にとっては可哀想なことだが、どちらにしても利益が増えるのだから相手にも損はない。

 相手は得しすぎて、自分も欲しいものを得る。

 ウィンウィンと言えばその通りなのだが、なんだか叩き売りみたいな乱暴交渉だとは思う。

「こちらの戦闘機開発技術についてですが、そちらのスカイエッジにもいくつか転用出来そうなものがあります」

「ほう。スカイエッジをご存じですか」

「もちろん。この星のメイン娯楽ですからね。大人から子供まで大人気なのでしょう?」

「もちろんです」

 大気圏限定機であるスカイエッジのことは俺も知っている。

 ただし、俺は宇宙空間が専門なので、あまり詳しくはない。

「それらの性能を引き上げる技術を提供出来ると言ったら?」

「お言葉ですが、それはあまりメリットとは言えません。ご存じの通り、スカイエッジの操縦者達は命懸けでレースを行っています。性能が上がるということは、その分スピードやパワーが上がり、操縦ミスの際のリスクも跳ね上がるということでしょう? スカイエッジと事故は切り離せませんし、時折犠牲者も出ます。それは避けられないリスクとして受け入れていますが、わざわざリスクを上げてまで性能を引き上げたいとは思いません。それは現場の技術者達の進歩に任せようと思います」

 より速く、より軽く。

 それがスカイエッジの基本思想だ。

 現場の技術者達が日々進歩を目指して頑張っていることは知っている。

 技術が上がり、その影響でミスの際のリスクが跳ね上がったとしても、操縦者達はそれを受け入れている。

 しかし犠牲者が増えることを喜ぶ人間は誰も居ない。

 ましてや外部からの技術でそれを行うなど、冗談ではないというのが大統領の考えだろう。

 その安全思想には俺も同意するが、マーシャがそんな単純なことを理解していないとも思わない。

 何か考えがあるからこそ、スカイエッジに関する技術提供を申し出たのだろう。

 俺は黙って様子を見ることにした。

「もちろんリスクを上げるつもりはありません。操縦者の命は何よりも大切なものです。人命を優先したいという大統領の気持ちを理解しているからこそ、私は提案しているのですよ」

「?」

 マーシャは艶然とした微笑みを向けながら大統領へ電子資料を渡した。

 タブレットタイプのもので、ボタンを押せば次々とページがめくれていく仕様になっている。

「っ!?」

 大統領は怪訝そうにその資料を受け取ったが、表紙を見てすぐに顔色を変えた。

 すぐに食い入るような視線を電子資料に向け始める。

「こ、これは……本当にこの技術を、提供して貰えるのですか?」

 大統領の視線はすぐに期待混じりのものになった。

 期待というよりは何が何でもこの技術をゲットしてやるという、獲物を定めた狼のような視線だ。

 いや、狼はマーシャだから、この表現は止めておこう。

 尻尾をぱたぱたと揺らしている姿を見ると可愛らしい犬のようなのだが、犬扱いするとマーシャはかなり怒る。

 本気で怒ってしばらくもふもふさせてくれなくなる。

 彼女自身は狼だという自負があるらしい。

 狼なんかよりもずっと可愛いのに。

「ええ。こちらが望むだけの天翔石を取引させていただけるのでしたら、リーゼロックからはそのセーフティ装置技術を提供しましょう」

「……分かりました。大きさは問わないというのでしたら、可能な取引量です。応じましょう」

「ありがとうございます。量が重要なのであって、大きさは問いません。ある程度は大きい方が望ましいですが、島クラスの物を買い取るつもりはありませんのでご安心を」

「分かりました。ただちに手配しましょう。そちらも、出来ることなら一刻も早く現物をこちらに届けていただけますかな?」

「問題ありません。私の船に積んでありますから。すぐに引き渡せますよ。技術詳細についてもこちらの追加資料を担当者達に見せれば、すぐに実用化が可能になるでしょう」

「これはありがたいっ!」

 大統領はほくほく顔だった。

 観光資源を大量に買い取られるのに、それ以上に大きなものを得ることが出来たようだ。

 こうして、マーシャの天翔石買い取り交渉は無事に終了するのだった。







 マーシャはご機嫌な表情で俺の隣を歩いている。

 既に仕事は終了しているので、恋人同士として思う存分いちゃつけるということで、手も繋いでいる。

 これで耳尻尾も出してくれたら完璧なのだが、ロッティ以外では外すつもりはないらしい。

 実に残念だ。

「あっさりと買い取れたな。天翔石」

「ふふん。まあな」

「あの資料、何だったんだ?」

「何だと思う?」

「分からん。スカイエッジ関連ってことぐらいしか。後は単純に性能を引き上げるだけのものじゃないってことぐらいか?」

「正確には、安心して性能を引き上げられる為の技術、かな」

「?」

 マーシャの物言いは少し分かりづらい。

 というよりも、敢えて相手に考えさせようとしている部分がある。

 少しばかり意地悪だが、考えずにただ答えだけ教えて欲しいというのも虫のいい話なのかもしれない。

 しかし元々の知識が乏しい所為で、考えてもあまり成果には繋がらない。

「降参。教えてくれ」

「もう少し考えて欲しかったんだがなぁ。まあいいか。ただの安全装置だよ」

「安全装置?」

「そう。操縦者の命を守る為のものだ。同時に機体も護る為のものでもある」

「でも緊急脱出で操縦者の命はある程度守られるだろう?」

 高速で飛び回るスカイエッジは機体同士の衝突や岩石への衝突などが後を絶たない。

 それだけ危険にもかかわらずレースとして、そして賭博として、更には娯楽として成立しているのは、それだけ熱狂出来るからだろう。

 浮島の間を高速で飛び回り、小型飛行機が速度を競う。

 速度だけではなく、操縦技術が物を言う世界。

 操縦者も燃えるが、同時に観客も燃え上がる。

 しかし操縦者は常に命懸けなのだ。

 音速の世界で流れていく景色は、死神の手も容易く触れられる。

 そして一瞬でも魅入られたら、そのまま連れ去られてしまう。

 命を賭けても飛び回りたいという熱烈な操縦者もいるが、その恐怖と戦いながら、それでも飛び続けている人間の方が大半だろう。

 飛ぶ魅力に取り憑かれた者。

 そしてヒーローに憧れる者。

 彼らは常に死神を侍らせている。

「大気圏内限定機の開発にはそれほど熱心じゃないけれど、リーゼロックも安全管理にはかなりうるさくしているからな。宇宙船や宇宙専用戦闘機の安全技術をそちらに流用することも珍しくないんだ」

「なるほど。じゃあ元々は宇宙船か戦闘機の防御系技術なのか?」

「その通り。機体に一定レベル以上の衝撃が加わると、強制的に物理防御壁が機体を包むようになっているんだ。更に慣性相殺システムも起動するから、鞭打ちなどの後遺症の心配も無くなる」

「つまり事故が起こっても自動で護ってくれるシステムってことか?」

「その通りだな。まあ一定以上の衝撃だから、多少機体をこすってでも強引に飛び続ける奴にとっては致命的だろうけど」

「……それは単なる下手くそだと思う」

「確かにな。それに突風などで機体バランスを崩した際も役に立つ。近くを飛んでいる機体が衝突したとしても、自動で護ってくれるからな」

「そりゃあ便利だな」

「そして勝手に護ってくれるということならば、技術者達も安心して性能を引き上げられるってことだ。これ以上は危険だと判断したことにも踏み込める。スカイエッジの技術革新にちょっとした波紋を呼ぶだろうけど、まあいい結果になると願っておこう」

「マーシャはスカイエッジに興味があるのか?」

「別に無いけど」

「……無いのかよ。無い癖にスカイエッジをネタにして取引したのかよ」

「無いけど、この星の住人ならばほとんどがスカイエッジのファンだろうからな。大塗料ともなると、操縦者をプロパガンダに利用したりすることもあるだろうし。だから絶対に効果があると思っていた」

「……確かに効果絶大だったけど」

 効果がありすぎて、計算高すぎて、少し怖い。

 流石はマーシャだと言ってやりたいけど、計算高いと悪女っぽく見えてちょっと複雑なのだ。

 マーシャは可愛いだけで十分なのに。

「レヴィはスカイエッジに興味があるのか?」

「見る側としてはそれなりに面白そうだと思ってるけど?」

「じゃあデートがてら見に行くか?」

「うーん」

「どうした? 見たいんじゃなかったのか?」

「そうなんだけど。デートで賭博ってのがなんとも色気の無い話だなと思って」

「じゃあやめておくか」

「行く」

「最初からそう言えばいんだ」

「素直になれないお年頃なんだよ」

「おっさんの癖に」

「ぐは……」

 かなりのダメージ来ました。

 確かに三十路過ぎればおっさんだが。

 しかしおっさんを恋人にしているマーシャに言われたくない。

 出来ればもっと気遣ってプリーズ。

 お兄さんとまでは言わないけど、おっさんは凹みます。

 ダメージがクリティカルです。

「レヴィの凹んだ顔を見るとゾクゾクする」

「………………」

 俺の可愛いマーシャが危ない趣味に目覚めつつある。

 ドSは勘弁してくれ。

 マーシャの性格でドSになったらかなり無敵すぎて怖い。

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