シルバーブラスト Rewrite Edition
5-1 オッドさんの怒り 2
「あ、片付けぐらいはあたしがやるですよ」
「なら頼む」
話し込んでいたが、いつの間にか食器は空になっていた。
作ったのは俺なので、片付けぐらいはやるという意見は公平だったので任せることにした。
小さな身体で一生懸命食器を運んでいく様は微笑ましい。
少しばかり危なっかしく映るが、それも含めて微笑ましい気持ちになるから不思議だ。
ぱたぱたとした足音を立てながら台所に向かうのを確認して、ソファに寝転がった。
空腹が満たされると眠くなる。
食べた後すぐに寝るのは身体に良くないと理解しているが、たまにはこういう怠惰な時間を過ごしたくなる。
そういう時は欲求に逆らわず、のんびりすることにしている。
夢見が悪かった所為もあるのかもしれない。
眠ったのに余計に疲れている感覚がある。
こういう時は暗いことよりも、くだらないことを考えた方が気分も上昇するかもしれない。
ちょうどシオンの姿を見て少しばかり和んだことだし、何かくだらないことでも考えてみよう。
「………………」
真っ先に思い浮かんだのがもふもふマニア姿のレヴィだった。
くらだないレベルが跳ね上がったが、思い浮かんでしまうとなかなか消えてくれないのが困りものだ。
しかしあの姿をずっと見ていたい自分もいる。
残念な一面ではあるが、今のレヴィは実に幸せそうだ。
マーシャにもふもふしている時のレヴィは緩みきっているが、生き生きとした表情がめまぐるしく変化している。
心から幸せを実感している姿だと、見ているだけで分かる。
俺はああいう日常に身を置くレヴィの姿をずっと見たかったのかもしれない。
先ほどまでの夢を思い出して、改めて思う。
もう二度とあんな地獄を味わってもらいたくないし、あんな絶望的な表情をさせたくはない。
普段がどれだけ残念なもふもふマニアであっても、昔のカリスマ指揮官だったレヴィよりも、今のアホなレヴィの方が好ましい。
ああいうレヴィで居て欲しいと思う。
この騒がしくも賑やかで、手のかかる家族のような集まりで過ごす賑やかな日常が、とても愛おしくて大切だと、心から思う。
出来ることなら、一日でも長く続いて欲しい。
「………………」
いつの間にか再びうたた寝していたらしい。
洗い物の音は消えていて、シオンが再び俺の上に乗っていた。
「……どうした?」
どうして俺の上に乗るのだろう。
乗りやすい空気でも出しているのだろうか。
「オッドさんが変な顔をして眠っていたから、面白くて眺めていたですよ」
「………………」
随分な言われようだった。
変な顔って……。
どんな顔だ。
顔の造形はそこまで変なつもりはないのだが。
割と普通というか、どこにでもいるレベルの顔のつもりだ。
それよりも少女が自分の上に乗っているという状況が困りものだ。
誰かに見られたら誤解を招きかねない。
これが妙齢の美女ならばそれなりに大歓迎なのだが。
「変な顔とは?」
「えーっと、眉間に皺が寄ったり、難しい顔になったり、すぐに緩んだ表情になったり。百面相って感じでしたね~」
「………………」
それも随分な言われようだった。
しかし言いたいことは理解した。
「眉間に皺を寄せると良くないですよ」
シオンの小さな指がぐりぐりと眉間をつついてくる。
「………………」
遊ばれているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ほぐそうとしてくれているようだ。
「そうだな。気をつける」
「はい。気をつけて欲しいですです」
にこっと微笑みかけてくる無邪気な笑顔。
翠緑の瞳は俺の内側までそのまま映し出してしまいそうで、少しだけ居心地が悪かった。
くしゃくしゃとシオンの頭を撫でてから、ゆっくりと引き剥がす。
「嫌なことを思い出したり、逆のことを思い出したりして、少しだけぐるぐるとした気分になっただけだ。もう大丈夫だ」
「さっきは嫌な夢を見ていたようですし、オッドさんはかなり夢見が悪いのかもしれませんね~」
「かもしれない。だが、昔よりはマシになっている。これも時間が解決してくれるだろう」
「そうなんですか?」
「ああ。昔はそんな夢しか見られなかったからな」
「それは悲惨ですね」
「ああ。そうだな」
確かに悲惨だ。
しかしそれも過ぎた過去だ。
今が幸せだと思えるのなら、乗り越えてきた過去も無駄ではない。
少なくとも俺はそう信じている。
レヴィもきっとそうだろう。
しかし幼い少女にそんなことを教える必要は無い。
辛い過去も、惨い記憶も、この幸せそうな笑顔には必要無い。
乗り越える必要すらない。
ただ、毎日をこうやって笑って過ごしてくれれば、それだけでいい。
大人が子供に願うのは、いつだってそんな幸せだろう。
シャンティはその出生から悲惨な過去を乗り越えざるを得なかった子供だが、シオンは同様の出生を持っていても、マーシャから慈しまれて育っている。
だからこそ、このまま真っ直ぐに成長して欲しい。
「今は幸せですか?」
「ああ」
「なら良かったですです。でも嫌な事って、どんなことがあったんですか?」
「それはシオンが知る必要の無いことだ」
「え~。そう言われると気になるですよ」
「知らない方がいいこともある」
「そういうものですか? 知識や情報っていうのはいつだってどんな時だって大事なものだと思うですよ」
「もちろん大事だ。だが全ての知識や情報が本人にとって有益だとは限らない。時には害悪となるものもある」
「たとえば?」
「他人の主観が入りやすい情報などだな。プライベートの記憶などはその最たる物だ」
「どうして主観が入りやすい情報だと駄目なんですか?」
「思い込みが事実をねじ曲げる場合もあるからだ」
「ん~。よく分からないです」
「まあ、分からなくていい。とにかく、他人のプライベートはあまり詮索しない方がいい」
「どうしてですか?」
「シオンが同じ事をされたらどう思う?」
「ん~。特に知られて困ることはないと思うですよ?」
「………………」
それも困る対応だった。
知られて困ることはないということは、後ろめたいことが何も無いということで、それはとても純真だということでもあるのだが、この対応は予想外だった。
「とにかく、駄目なものは駄目だ」
「む~」
「むくれても駄目だ」
「う~」
「唸っても駄目だ」
というよりも、俺の上でむくれたり唸ったりするのは止めて欲しい。
いい加減、降りて欲しいんだがな。
「えいっ!」
「っ!?」
そしてシオンは予想外というか、とんでもない行動に出た。
自分の着ているワンピースのボタンを一つ外したのだ。
「何をしているっ!?」
自分の上に乗った幼女……もとい少女が、いきなり服をはだけさせようとしているのだから驚くなという方が無理だった。
慌てて止めたので外れたボタンは一つだけで、大惨事にはなっていないが、それでも問題行動であることは間違いない。
「何って、もちろん色仕掛けですよ」
「………………」
問題行動の上、問題発言。
なんとかしてくれこの状況。
誰でもいいから心から助けを呼びたい気分だった。
「男の秘密を探るには色仕掛けで攻めるべしって教えて貰ったです」
「……誰に?」
「シャンティくんから貸して貰った本に」
「………………」
シャンティの奴は絶対にお仕置きしておこう。
子供になんて本を薦めているんだ。
子供同士仲良しなのはいいことだが、やっていいことと悪いことの区別ぐらいはつけさせろと言いたくなる。
外されたボタンを留めてから、盛大なため息をつく。
「その知識は間違いだから、参考にするな」
「間違ってるんですか?」
「時と場合による」
「時と場合?」
「完全に間違っている訳ではないのが問題だが、少なくともそういう趣味を持たない人間には効果が無い。やるだけ無駄だ」
動揺ぐらいはするが、それで秘密をぶちまけたりはしない。
だから無駄なのだ。
「そういう趣味って?」
きょとんとしたシオンの表情が無邪気すぎて、余計な知識を詰め込ませるのも気が引けるが、教えない訳にもいかない。
「ロリコ……もとい、少女に興奮する性癖の持ち主、という意味だ」
「オッドさんは違うですか?」
「断じて違う」
不思議そうに問いかけてくるなっ!
怒鳴りつけたくなる衝動を辛うじて堪える。
シオンに悪気は無いのだから、怒鳴りつけたら可哀想だ。
しかし頭痛がしてくるほどにしんどいやりとりだった。
何が悲しくて自分が少女愛好家ではないことを主張しなければならないのか。
しかも服をはだけさせようとした少女を腹に乗せた状態で、だ。
端から見たら説得力がなさ過ぎる。
そんな自分自身の状況を思い出して、再びため息。
「とにかく、そういうことを軽々しくしない方がいい。シオンがいつか好きになれる相手が出来た時の為に取っておけ」
「色仕掛けは恋人限定ってことですか?」
「その通りだ」
「はーい。じゃあオッドさんの恋人に立候補するですです!」
「……は?」
元気よく手を上げるシオン。
何を言っているのか意味不明だ。
「なんでそうなる?」
悪ふざけの続きだろうか。
どちらにしても、俺にその気は無い。
ロリコンになるつもりもないし、特定の恋人を作るつもりもない。
レヴィはその葛藤を乗り越えたようだが、俺にはまだそんな意志の強さは無い。
「だってオッドさんのご飯、美味しいですし」
「………………」
つまり、食事目当てか。
そんな理由で恋人に立候補されても困る。
というよりも、それは恋愛感情とは言わない。
しかしそんな理由で恋人に立候補されたことで、少女を餌付けしてしまったような気分になってかなり凹む。
「本で読んだことがあるですよ。『毎日僕の為に味噌汁を作って欲しい』っていうプロポーズ。それの逆ヴァージョンですね。毎日あたしの為にご飯を作って欲しいですです♪」
「………………」
頭痛のオンパレード状態になってきた。
そんな理由でプロポーズするな。
「あたしは毎日オッドさんのご飯が食べたいですです。だから恋人に立候補なのですよ」
「そんなことをしなくても食事ぐらいならいつでも作ってやる。その程度の理由で恋人に立候補する必要は全く無い」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
脱力しそうになる。
いい加減、降りてくれないだろうか。
「分かって貰えたなら早く降りてくれないか?」
「あ、そう言えば。秘密を暴きたくて色仕掛けをしたのでした」
「するな」
「オッドさんはロリコンじゃないので引っかからないということですね?」
「その通りだが、わざわざロリコンという言葉を出すな」
否定の意味で使ってくれるのはありがたいが、それでも言葉には出されたくない。
俺は断じてロリコンではない。
しかしこういうものは自分で主張すると何故か空回りするという理不尽な法則があるので、出来れば口には出さずに周りからきちんと認識される方がありがたい。
ロリコン趣味ではないのなら、どういう趣味なのかというと、特に決まった好みはなかったりするのだが。
どうしようもなく人肌が恋しくなった時に、適当な店に行って相手をしてもらう程度のものでしかない。
昔はそれなりに本気で付き合っていた女性もいたが、今となってはそういう気持ちで女性を欲しいと思ったことは無いし、これからも無いだろう。
情が薄いとか、女性に興味が無いとか、そういうことではないのだが、俺自身の中で優先順位がハッキリしている以上、特定の女性を作るのは不誠実になるような気がする。
あの日から、俺にとっての最優先順位に位置する人間はたった一人なのだ。
一度死んで、拾い直した人生を生きている俺にとって、その時間を与えてくれたレヴィこそを一番に護りたいと思っている。
ちなみに、これは断じて恋愛感情ではない。
レヴィがマーシャと幸せそうにしているのを見るのは好きだし、もっとそういう時間を持って欲しいと願っている。
この感情はどちらかというと家族愛に近い。
放っておけない弟のような気がしてくるのだ。
恩人であると同時に、護りたい家族。
俺にとって、レヴィはそういう存在だ。
だからこそ、いざという時はレヴィを優先する。
恋人を作っても、レヴィの安全を一番に考えてしまうのなら、いつかは裏切ってしまうかもしれない。
不用意に相手を傷つけることもないだろう。
だからこそ、俺は特定の相手を作ろうとは思わない。
それに、作るのが怖いという気持ちもある。
「でもオッドさんの秘密はちょっと興味があったんですけどね~」
「誰にだって言いたくないことのひとつやふたつはある。それを暴くのは趣味のいいことではないぞ」
「ん~。分かったです。オッドさんには嫌われたくないので、肝っ玉に命じておくですよ」
「……玉はいらない」
時折、言葉が下品になるのは誰の影響だろう。
シャンティだったら後で説教しておく必要がある。
しかしシオン自身が読んでいる本の影響ならば、誰も責めることが出来ないので困りものだ。
女の子なのだから、出来れば下品な言葉遣いは止めて欲しい。
可憐になって欲しいなどと勝手なことを言うつもりはないが、それでも下品なのはどうかと思う。
「いい加減降りてくれないか」
「あ、はいです~」
シオンは素直に俺の上から降りようとしてくれたが、僅かにバランスを崩した。
「あれ?」
ぐらりと傾く小さな身体。
高さ的には大したことないが、それでも怪我をさせてしまうかもしれないと思ったら身体が勝手に動いた。
「危ない!」
頭から落ちそうになるシオンを咄嗟に引き戻そうとするが、少し間に合わなかった。
俺も一緒に落ちそうになる。
仕方ないのでシオンを抱きかかえてから自分が下に落ちる形で保護した。
「う……」
ソファから転がり落ちてしまう。
しかし背中から落ちて受け身を取ったので、大したことは無い。
シオンがあのまま落ちていたら頭を打っていた可能性もあるので、これぐらいで済んだのは幸いだろう。
そのまま起き上がろうとしたのだが、
「うっ!」
すぐ傍にあったテーブルに気付かず、角で頭をぶつけてしまう。
「………………」
猛烈に痛い。
頭がじんじんして涙が出そうになるが、そこは男として堪えるべきだろう。
最近のレヴィならば簡単に涙目になってしまいそうだが、俺はまだそこまで感情を素直に出すのは難しい。
あの歳であれぐらい素直になれるというのは、とても貴重なことだとは思う。
俺はまだ見栄を捨てきれない。
「だ、大丈夫ですか?」
庇われたシオンは俺の上から心配そうに覗き込んでくる。
「大したことはない。シオンの方は怪我はしていないか?」
「あたしは大丈夫ですです」
「それならいい」
シオンを庇ったのに本人に怪我をさせてしまっていたらあまりにも意味が無い。
その点では多少なりとも報われたと考えていいだろう。
しかし折角直した服も、バランスを崩して衝撃を受けたことにより、再び不味いことになっている。
というよりも、先ほどよりも不味い。
生地が伸びて、シオンの肌がより露わになっている。
「とりあえず、起き上がりたいから降りてもらっていいか?」
「あ、はいです。ごめんなさいです」
先ほどからずっと俺の上に乗りっぱなしのシオンだった。
いい加減、降りてくれないと困る。
「ひきゃうっ!?」
しかしはだけてしまった服に足を引っかけてしまったらしく、そのまま床に転んでしまう。
「………………」
庇った直後に怪我をされると、流石に報われない気がしてくるな。
まあ、大した怪我ではなさそうなので良しとしておこう。
ぺちゃっと転けたシオンは痛そうに額をさすっている。
「おい。大丈夫か?」
「う~。ドジ属性でも身につけたかもしれないですです~」
涙目で仰向けになるシオン。
寝転がったまま額をさすり続ける。
どうやらかなり痛かったらしい。
「ちょっと見せてみろ」
「はいです」
涙目で見上げてくるシオンは額から手をどけてくれた。
そのまま覆い被さって額の様子を確認する。
少し赤くなっているが、大したことはなさそうだ。
これならばすぐに治るだろう。
「問題なさそうだな」
「でも痛いです~」
「ドジの代償だと思ってそれぐらいは我慢しろ」
「あう~。酷いですです」
「自業自得だ。そもそも、人の上に乗るのが悪い」
「それを言われると辛いですけど。でもオッドさんも痛かったですよね?」
「俺の方は問題無い。我慢出来る」
「ならいいですけど。あ……」
「え?」
シオンが俺の後ろ側を見ている。
何かあるのだろうかと振り返ると……
「あ……」
そこには顔を赤くしたレヴィとマーシャがいた。
「………………」
少し状況を整理してみよう。
今ここに居るのは、俺とシオン、そしてレヴィとマーシャ。
俺は転んだシオンの怪我を診る為に彼女へと覆い被さったままだ。
そしてシオンの服は少しはだけたまま。
つまり、端から見ると覆い被さっているというよりは、俺がシオンを押し倒しているように映ってしまう。
「………………」
そしてそういう状況だと誤解したからこそ二人は赤くなっているのだろう。
「………………」
誤解であることは間違いないのだが、ここで慌ててそれを主張したら逆効果になることぐらいは理解している。
その程度にはまだ冷静だ。
俺はシオンの上からどいて、そして二人へと振り返る。
二人は赤くなりながらも、なんとも言えない表情になっている。
軽蔑するような表情ではないのがとりあえずの救いと言えなくもない。
しかし明らかに面白がっているのは不愉快だ。
なんとも言えない表情から、噴き出す寸前の表情に変わるレヴィ。
「……誤解ですから」
言葉を重ねて言い訳をするよりも、明確な否定だけを告げる。
元々、自分に対してもシオンに対しても疚しいことは一つもないのだから、それで十分な筈だった。
「ま、まさかオッドがシオンを押し倒すとは……。そっちの趣味に目覚めたんならやっぱり応援してやらないとなぁ……」
腹を抱える寸前の笑みでそんなことを言うのは止めて欲しい。
「いや。まあ、かなりの歳の差だが、シオンの為にも歓迎してやらないと……ぷくく……」
マーシャまで面白がっている。
本気でというよりは、これをネタにからかうつもりなのだろう。
まともに状況を理解するつもりが無い。
その空気が伝わってくる。
マーシャなどは獣耳までぷるぷる震わせて笑いを堪えている。
尻尾もせわしなくぱたぱたと揺れている。
「女に興味が無いと思っていたんだが、うんうん。まさかそういう趣味だったとは。いや、大丈夫だ。俺はお前を軽蔑したりしないぞ。むしろ面白……じゃなくて、応援するっ! ロリコン万歳だっ! 幸せになれっ!」
ばんばんと俺の肩を叩いてくるレヴィ。
「………………」
不快指数がどんどん上がっていく。
自分の眉間に皺が刻まれていくのが分かる。
いくらレヴィがぶつけてくる言葉とは言え、ものには限度がある。
レヴィが相手ならば大抵のことは我慢出来るつもりだったが、その限界値はあっさりと崩壊した。
「シオン。そういうことは床じゃなくてベッドでやることをお勧めするぞ。ぷくくく。身体への負担が段違いだからな。しかしまあ、邪魔してしまったのは悪かった。私達は退散した方がいいのかな? どうしようか、レヴィ」
腹部を押さえながら言っていても説得力が無い。
僅かに辛そうに見えるのは、笑いすぎて腹部が痛んできているからだろう。
そこまで笑われているのも腹立たしいのだが。
「難しいところだよな~。そっとしておいてやりたい気持ちもあるし、このまま見物を続けたい気持ちもあるし。わははは。ど、どうしようか? わははははっ!」
「………………」
ぶちっ。
「ぶち?」
その音が聞こえたのはどうやら俺だけではないらしい。
レヴィにも聞こえたということは、物理的に何かが切れたのかもしれない。
少なくとも、メンタル的には間違いなく切れた。
もとい、キレた。
「レヴィ」
「うおっ!?」
自分でも驚くぐらいにどす黒い声が出ていた。
大笑いから一転して真っ青になったレヴィが逃げようとするが、当然、逃がすつもりは無い。
俺はレヴィの首に手を伸ばし、そのままギリギリと絞める。
もちろん、殺さない程度に。
レヴィに対してこんなことをしている自分に驚いているが、今の俺はそれぐらいにキレてしまっているらしい。
そして自覚してもやめる気にならない。
かなり腹を立てている。
二度とこのネタで悪ふざけが出来ないように、きっちりと教え込まなければならないと決めていた。
「ちょっと待った待った待ったっ! 死ぬ死ぬ死ぬっ! そのまま絞まるとマジで死ぬからっ! オッドさーんっ!?」
俺の手を叩きながら首から外そうとするのだが、腕力ではレヴィの方が劣っているので、当然のように外れない。
更に絞まる。
レヴィの表情が焦りから真っ青なものになっている。
このままだとマジで殺されるかもしれないと思っているのだろう。
殺すつもりは無いが、トラウマぐらいなら植え付けたいと思っているあたり、俺もかなりきているのだろう。
「オ……オッド……その……レヴィが本当に死ぬぞ……?」
同じく顔を真っ青にしたマーシャが恐る恐る話しかけてくる。
マーシャが本気で割り込めばあっさりと助けられる筈なのだが、何故かそうしてこない。
キレた俺に気圧されているということだろうか。
その方が都合がいいので助かるが。
「俺も社会的に殺されそうになっていたんだが?」
「う……」
ギロリとマーシャを睨む。
怯むマーシャ。
彼女がこんな態度を取るのは珍しい。
というよりも、からかい混じりで俺をロリコン扱いしたことが後ろめたいのだろう。
だったら最初からするなと言いたい。
「あーうー……ご、ごめん。からかいすぎた。つい、面白くて」
「………………」
「ぐえっ! げほげほっ! し、死ぬかと思った……」
いい加減にしないと本当にレヴィの命が危うくなりそうだったので、離すことにした。
流石に殺すつもりはない。
地獄を垣間見せるぐらいなら構わないという気持ちはあるが。
「ひ、久しぶりに命の危機を感じたぜ。せ、戦場でもここまでのピンチに陥ったことはなかったんだがなぁ……」
脂汗をだらだらと流しながらそんなことを言うレヴィ。
完全に自業自得だと言い返したい。
「まさか戦場でも宇宙でも厄介事に巻き込まれた訳でもなく、仲間をロリコン扱いしただけで殺されかけるとは思わなかった……」
「………………」
「ひいっ! ごめんなさいごめんなさいもう言いませんだから首を絞めないで下さいっ!」
マーシャの後ろに隠れて涙目で訴えるレヴィ。
「誤解だと最初に言いましたよね? 流石に悪ふざけが過ぎませんか?」
「わ、悪かったってば……」
「まあ、いいでしょう」
誤解だと理解してくれるほどのトラウマを植え付けたところで、俺も許すことにした。
レヴィ相手にそこまで怒りたくはない。
「う、うう。死ぬかと思った」
「オッドを怒らせるとああなるんだな。怖いぞ、あれは」
レヴィとマーシャは二人で抱き合ってビクビクしている。
ラブラブで抱き合っているというよりは、恐怖を忘れようとしてお互いに縋っている感じだ。
女性に乱暴をするつもりはないので、流石にマーシャの首を絞めるつもりはないのだが、もちろんこのままで済ませるつもりもない。
「それで、何か用ですか?」
この部屋に来たということは、何か用があるということだ。
……といっても、大方の予想はつくのだが。
ここに来る用件は限られている。
「ええと、何か食べるものないか?」
「そ、そうなんだ。ちょっと空腹になってな。外で食べるよりもオッドに何か食べさせて欲しいな~と思って。最近また腕を上げてるし」
「………………」
やはり食事が目的だったか。
しどろもどろに答える二人を睨み付ける。
この状況でまだ作って貰えると考えているのなら、その勘違いはきっちりと正しておかなければならない。
台所に向かい、そして二人に出すべき物を持ってくる。
「どうぞ」
「………………」
「………………」
テーブルの上に置いたのは、三分間クッキングの王者というべきものだった。
ザ・カップラーメン。
ついでにお湯入りケトルも持ってきている。
どどんっ! という効果音付きだ。
まあ、少し乱暴に置いただけだが。
人をロリコン呼ばわりするような相手にはこれで十分だ。
反省だけでは足りない。
きっちりとお仕置きしておかなければ、次にまた同じ事になるかもしれない。
もちろん、俺自身の腹いせも含まれているのだが。
ちなみに味はシーフード味とカレー味。
カップラーメンとしてはスタンダードなものだった。
「………………」
「………………」
カップラーメンを見て固まった二人は、縋るような目を俺に向けてくる。
「ええと、何か作って欲しかったりするんだが……」
「手作りが、いいなー……」
「この状況で何を作れと?」
「ひいっ! 何でも無いデス!! これを食べさせていただきマス!!」
どす黒い声はよほどレヴィを怯えさせたらしい。
普段はレヴィに忠実なのだが、今回ばかりは従う気になれない。
「う……うぅ……これは怖い……」
マーシャも涙目で震えながらカップラーメンにお湯を注ぐ。
その様子を確認してから、俺は部屋を出て行った。
ここは俺の部屋だが、みんなの食堂も兼ねているような部分もあるので、落ちつきたい時は自分の部屋であろうとも出て行った方がいい。
流石に食事中のレヴィ達を追い出すような真似は出来ない。
俺自身が落ちつく為にも、距離を置いた方がいいだろう。
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