シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

4-4 トリスの戸惑い、ちびトリスの葛藤 3


 夢の中に居る。

 いや、正確には記憶の中だ。

 それも自分の記憶ではない。

 これは、オリジナルの記憶だ。

 ちくしょう。

 また迷い込んでしまった。

 ここは俺のものではない記憶の海。

 俺の心なのに、俺のものではない記憶に支配されている部分。

 自分のものではない記憶なんていらないのに、どうしていつもここに迷い込むんだろう。

 こんなものがあるから、俺は俺を確信出来ないのに。

 本当に、邪魔だ。

 だから俺はあいつが嫌いなんだ。

 ここは、ジークスの闘技場か?

 オリジナルの中でも最も忌々しい部分の記憶だ。

 ここでオリジナルは戦わされ続け、そして仲間を出来る限り護ろうとしていた。

 命を奪わずに、手加減して戦い続けるという、意味の無い方法で。

 俺からすれば馬鹿馬鹿しいとしか言えない。

 どうせ手加減したところで、相手は殺しても構わないぐらいの気持ちで向かってくるのに、どうしてそんな気遣いをする必要があるのだろう。

 この頃にあったマティルダ、マーシャの記憶の方が俺にとってはまだ好ましい。

 生き延びる為に必死で、自分のことを最優先にして、そこから真っ直ぐに未来を勝ち取ろうとしていた。

 囚われの身でありながらも、マーシャの心は戦士のままだった。

 その眩しい在り方に、あいつは惹かれたのだろう。

 俺だってこの記憶のマーシャを見たら、やっぱり惚れ直してしまうし。

 そうなるとオリジナルはマーシャのことを好きな訳で……

 深く考えるとまた腹立たしい気持ちになってきた。

 レヴィがいる以上、マーシャに気持ちを告げるつもりはないようだけど、こんなところまでオリジナルと同じかと思うとうんざりする。

 だからといってマーシャを諦めるつもりなんてないけれど。

 ただ、俺の中で譲りたくないと願うマーシャへの気持ちですらも、オリジナルの影響だと思い知らされて、それがまた辛い。

 俺の中の、俺だけの本物は、一体何処にあるんだ?

 たった一つ。

 それだけでいいのに……



 また場面が切り替わる。

 マーシャの姿はないので、更に昔のことなのかもしれない。

 ブラウンの髪の少女が立っている。

 年齢はまだ十歳ぐらいだろうか。

 幼い顔立ちの中にも、確かな強さがある。

 そう言えば、少しだけマーシャに似ている感じがするな。



「シエル」

「トリス」

 やがてオリジナルが現れた。

 二人は仲良く話している。

 どうやらこの二人は幼なじみらしい。

 姉弟という感じでもないので、きっと幼なじみだろう。

 シエルと呼ばれた少女は心配そうに空を眺めている。

「これから私達、どうなるんだろうね」

「分からないけど、こうやって生きているんだから何とかなるさ」

「そうね。これからのことを考えると気が重くなっちゃうけれど、それでも生き延びる為に精一杯頑張らないとね」

「うん。僕も頑張る。だから一緒に生き延びよう、シエル」

「ええ」

 二人には首輪が付けられていた。

 亜人を管理する為のもので、無理に外そうとすると高圧電流が流れる仕組みだ。

 これを使われた結果は、先に見ている。

 あの悲惨な記憶がオリジナルの憎悪を形作っていることを、俺は知っている。

 その憎しみは俺のものではないのに、俺まで人間を憎みそうになるのが嫌でたまらない。

 二人はこのまま力を合わせて生きていくということにはならない。

 俺はそのことを知っている。

 マーシャと出会ってからのオリジナルの記憶に、このシエルという少女は居ないから。 きっとあの悲惨な殺し合い
で死んでしまったのだろう。



 ……そう言えば。

 オリジナルは仲間を殺した人間をあれほど恨んでいたのに、シエルを殺した相手は恨まなかったのだろうか。

 それとも、仲間の手によって死んだからこそ恨めなかったのだろうか。

 悪意からではなく、そうしなければ自分が生き延びられないからという消極的な理由で殺さざるを得なかったという
理由ならば、恨みたくても恨めなかったのかもしれない。



 しかし、そうではなかった。

 俺が疑問に思ったからだろうか。

 最悪の場面に切り替わった。



「死にたくない……よ……トリス……私、死にたく……ない……」

「っ!!」

 今にも息絶えそうなシエルの姿。

 鋭い爪に割かれた首筋。

 身体から流れる大量の血液。

 それはシエルがもう助からないことを示していた。

 この出血量ではどうやっても助からない。

「シエル……ごめん……僕……ただ必死で……」

「やだ……死ぬの……やだよ……」

「シエル!!」

 必死にオリジナルへとすがりつくシエル。

 オリジナルも泣きながらシエルを支えている。

 そしてその手はシエルの血で濡れていた。



 っ!!

 更にフラッシュバックしてくる記憶。

 亜人の子供同士を戦わせる悪趣味な見世物で、オリジナルとシエルは戦わされた。

 お互いにまだ死にたくなくて、生き延びたくて、でもどうしたらいいのか分からなくて、ただ攻撃をした。

 自分が生き延びる為に攻撃を繰り返した。

 大切な幼なじみを何度も傷つけていると分かっていて、その幼なじみも何度も自分を傷つけてきた。

 何も考えられない。

 考えることを拒絶していたのかもしれない。

 幼なじみ同士の、望まぬ殺し合い。

 そんなもの、正気の状態では行えない。

 だからこそ、この二人は夢見心地で戦っていたのだろう。 

 悪夢という最悪の心地の中、現実味を失いながらも、その痛みと喪失感で現実に引き戻されながらも。

 戦って、戦って、戦って、戦い続けて。

 そして、死と直面している。

 最悪の結末を突きつけられている。

 その手で殺した幼なじみ。

 誰よりも大切だった女の子。

 それを、自分が生き延びる為だけに殺した。

 殺してしまった。



「あ……あ……あぁああああああーーーっ!!!!」

 その場で発狂しかけるオリジナル。

 しかし、ひとかけらの正気がそれを許さない。

 二度と目を開かないシエルを抱きしめながら、オリジナルは嘆き続けた。



 ……もう、限界だ。

 どうして自分のものではない記憶でここまで苦しめられなければならない?

 俺がシエルを殺してしまったような罪悪感に苛まれなければならない?

 俺のものじゃないのに。

 俺の記憶じゃないのに!!

 あいつの所為で。

 あいつが居る所為で、こんなことになったのか?

 いや、違う。

 そうじゃない。

 俺こそが偽物なんだ。

 俺がいなければ、同じ記憶は存在しなくなる。



 俺がいなくなれば、いいだけなんだ……。

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