シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

3-2 ファングル海賊団

 マーシャ達とシオン達は目的の買い物を済ませたので、ホテルエリアへと戻ってきた。

 先に戻っていたのはシオンたちの方で、ロビーでのんびりとくつろいでいた。

 クレイドルでもトップクラスの高級ホテルだが、予約者当人であるマーシャの認証が無いとルームキーを受け取れない仕組みになっているのだ。

 かなり豪華なホテルだが、その分セキュリティもしっかりしているので、マーシャが宿泊場所にお金を惜しむことはない。

 むしろ無駄なぐらいにつぎ込む。

 このホテルも一泊が数十万という、とんでもないお値段だった。

 財布事情を気にしなくていいとは言え、この金銭感覚は恐ろしい。

 もっとも、幼い頃からリーゼロックのお嬢様同然の育ちをしてきたマーシャにとっては、金銭感覚など最初から狂っているようなものだが。

 何も持たなかった奴隷闘士、リーゼロックのお嬢様、そして一人前の投資家。

 よく考えるとものすごい成長っぷりだった。

 波瀾万丈すぎる人生とも言う。

「待たせたな。全員分のルームキーだ。最上階に一部屋ずつ。とりあえず好きに使ってくれていい。食事は朝と夜のバイキング形式。昼は適当に食べてくれ」

 マーシャが全員にルームキーを渡す。

 シオン、シャンティ、オッドは一人一部屋ずつだが、マーシャとレヴィは二人で一部屋だった。

 一部屋ずつでも良かったのだが、レヴィが断固として拒否した。

 夜のもふもふタイムを逃すつもりは全く無いという意思表示だろう。

 マーシャとしてもレヴィといちゃいちゃ出来るのは嬉しいので、拒否はしなかった。

「はーい。じゃああたしはお部屋でのんびりするですよ~」

「僕も。ちょっと疲れちゃった」

「……俺も部屋に戻ります。何かあったら呼んで下さい」

 シオンは割と元気そうだが、シャンティはやや疲れている。

 オッドの方はかなり疲れているようで、表情に覇気がなかった。

 やはり子守を任せたのは大変だったのだろう。

「悪かったな、オッド。子守ばかり押しつけて」

「構わない。レヴィとのデートは楽しかったか?」

「うん。楽しかった」

「ならいい」

「ありがとう。オッドは優しいな」

「別に、マーシャの為だけという訳でもないから気にしなくていい」

「分かってる。レヴィの為だろう?」

「ああ」

「だったら、やっぱりありがとうだ」

「………………」

 無邪気な笑みを向けてくるマーシャに、オッドも苦笑した。

 レヴィの為に気を遣ってくれるオッドに対する心からの感謝。

 それはマーシャが本当にレヴィの事を大切にしてくれているからだろう。

 オッドにはそれが嬉しかった。

 オッドはレヴィに幸せになって欲しいと願っている。

 そしてマーシャと再会してからのレヴィはかなり幸せそうだった。

 もふもふマニアという残念な一面も増えてしまったが、それでも幸せそうであることに変わりはない。

 そんなレヴィを見ていると嬉しくなる。

 だからこれでいいのだと思う。

「おーい。二人で何を話しているんだ?」

「何でもない。ちょっとした惚気話だ」

「惚気って俺の?」

「うん」

 堂々と肯定するマーシャに苦笑するオッド。

 確かに惚気話なのだが、ここまで臆面も無く肯定出来る感性が貴重だなと思った。

 しかしそんなマーシャだからこそ、レヴィも惹かれたのだろう。

「出発は四日後でいいのか?」

「うん。そのつもりだ。仕入れた部品をシルバーブラストに納品完了するまで、それぐらいの日数がかかると言われたからな。その間はここでのんびりしよう」

「一泊数十万の部屋でのんびりと言われても緊張するがな」

「気にしなくていい。たったの五十万だ」

「………………」

 その金銭感覚が恐ろしい。

 しかしマーシャにとっては本当に大したことではなさそうだ。

「支払いは私なんだから気にしなくていいじゃないか」

「まあ、それもそうか」

 言われてみればその通りなのだが、これに慣れると後が恐ろしい。

「大丈夫だ。私と一緒に旅をしていれば、その内慣れる」

「だから、慣れるのが恐ろしいんだが」

「慣れてしまえば過去のことになるさ」

「………………」

 駄目だ。

 会話が通じない。

 真っ当な金銭感覚と、狂った金銭感覚。

 しかし誰も損をしていないのだから、これ以上言い合うのは不毛だろう。

「分かった。マーシャの懐が大して痛まないのなら、それでいい」

「うん。大丈夫だ」

「なら、俺もそろそろ行く」

「うん。ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」

「ああ」

 やや疲れた背中を見送るマーシャ。

「オッドには苦労を掛けているなぁ。何か労ってやれればいいんだけど」

 オッドが自分達にデートをさせる為にシオンとシャンティの面倒を引き受けてくれていることは分かっている。

 そのお陰で気兼ねなくレヴィとのデートを楽しむことが出来ているし、感謝しているのだが、何で報いたらいいのかが分からないのだ。

「だよな。あいつに何か感謝しようと思っても、何をしてやればいいのかが分からないんだよ。それが困る」

 レヴィもそれは同意見のようだ。

 オッドはレヴィの為にいろいろと苦労を背負い込んでくれるのだが、自分がそれに報いてやれているとは思えない。

 何をすればいいのかが分からないのだ。

 感謝をしても当然のように流されてしまうので、何をすればオッドが喜ぶのか、いつも考えている。

 しかし思い付かないのが困りものだ。

「まあ、焦ることもないか。その内、何かいいお礼が思い浮かぶかもしれないし」

「だな。その時は目一杯感謝の気持ちを示してやろう」

 マーシャとレヴィは部屋へと向かう。

 最上階へのエレベーターはスムーズに上っていき、すぐに到着した。

 部屋の中に入ると、クレイドルの景色が広がっている。

 宇宙コロニーなので地上の景色と同じようにはいかないが、それでも悪くはない眺めだった。

「やっぱり豪勢な部屋だなぁ」

「悪いか?」

「悪くはないけど、まだ慣れない」

「私は慣れた」

「恐ろしいなぁ」

 七年前までは何も持たなかった少女が、こんな強烈な状況に慣れているのだから、時の流れとは恐ろしい。

 しかしその成長が嬉しくもある。

「うーん。ベッドの寝心地もいいな~」

 そしてベッドに寝転がるレヴィ。

「このまま寝ちまうか?」

「夕食がまだだぞ」

「うーん。抜きでもいいような……」

「そうか。じゃあ私一人で食べてこようかな」

「いいんじゃないか?」

「レヴィ。そこは一緒に行くと言うのが男の甲斐性じゃないのか?」

「でも疲れたし」

「男の癖に情けないぞ」

「亜人の体力と一緒にするなよ。しかも十代の体力と。俺はこれでも三十代だぞ」

「おっさんだな」

「おっさん言うなっ!」

 まだまだ気持ちは若いつもりのレヴィだった。

 しかし身体だけはどうしても衰えてくる。

 三十代ならまだまだ男盛りだが、十代の体力と同列には語れない。

 マーシャと較べたら体力的に劣るのはどうしようもないことなのだ。

「もふもふすれば気力が充填されるんだけどなぁ~」

 レヴィは一緒に寝転がったマーシャを抱き寄せてからその尻尾をもふもふする。

 腰巻きもカツラも取れているので、今は可愛らしい亜人の姿なのだ。

 尻尾をきゅっと掴むとマーシャがびくっと反応した。

「い、いきなり強くするなっ!」

「悪い悪い。でも付け根が弱いよな、マーシャは」

「ふあっ! ちょっ!? だから止めろと言っているだろっ! ふああああっ!!?」

 付け根のところを指で弄られて、マーシャの身体がビクビクと反応してしまう。

 もふもふというよりは、完全にセクハラだった。

 抵抗しようにも、弱い付け根を弄られているので力が入らない。

 力ではマーシャが圧倒的に勝るのだが、今は弱点を責め立てられているので、されるがままになるしかない。

「くっ! このっ! いい加減……に……ふにゃあっ!」

 猫みたいな声を上げるマーシャ。

 弱いというよりは、エロい。

 実際、そういう快感も込み上げてきている。

 このままそういう流れになりそうだったが、マーシャの方は断固拒否だった。

「い、いい加減に……ふあうっ!!」

「うーん。いい反応だな~。なあ、このままやっていい?」

「駄目に決まってるだろうっ!」

「えー。俺はマーシャが欲しいんだけどな~」

「うぐ……」

 欲しいと言われると弱いマーシャだった。

 しかしこのままずるずると引き摺られてしまっては、マーシャ自身の目的が果たせなくなってしまう。

「駄目だっ!」

「ふぎゃっ!」

 レヴィを突き飛ばしたマーシャは荒い息を整える。

 このままだと本当に不味かった。

「何すんだよっ!」

「それはこっちの台詞だっ! まだ夕方なのに何をしようとしたっ!」

「そりゃ当然ナニを……」

「………………」

「あ、ごめんなさい。絶対零度の視線で蔑むのは勘弁してください」

 絶対零度の蔑み視線を向けてくるマーシャには全面降伏してしまうレヴィだった。

 なんだかんだで惚れた弱みなのだ。

 それはマーシャも同様なのだが、もふもふとエロ系に関してはマーシャの方が立場が強い。

 マーシャを怒らせるともふもふ禁止令が下されるので、レヴィとしては絶対服従を誓うしかないのだ。

 このもふもふは俺のものだから、触る権利も俺にあるっ!

 などと言い張ったところで、本当の持ち主であるマーシャがへそを曲げたらそれまでなのだ。

「………………」

「あのー、マーシャちゃん。お願いだから機嫌を直して欲しいんだけど?」

「………………」

「マーシャ」

「まあ、レヴィだから仕方ないな」

「そうそう。俺だから仕方ないな♪」

「だからといって開き直るな」

「いいじゃないか」

 ぎゅーっと抱きつかれるマーシャと抱きつくレヴィ。

 結局のところ、いちゃいちゃするのが大好きな二人だった。

「とりあえず、私はこの後出るから、レヴィのもふもふには付き合えない」

「そうなのか?」

「ちょっと用事があってな」

「仕入れの残りとか?」

「いや。個人的な用事だ」

「どんな?」

「………………」

「マーシャ?」

「あまり言いたくない」

「………………」

 マーシャに隠し事をされる。

 それはレヴィとしても面白くない。

 しかしレヴィだってマーシャに全く隠し事をしていない訳でもないのだ。

 だからここでマーシャを責めるのは筋違いなのだろう。

 どれだけ近い関係になったとしても、全てを晒け出せる訳ではないのだから。

「そうか。じゃあ仕方ないな」

 マーシャが言いたくないというのなら、無理に聞き出す必要は無い。

 厄介事だとしても、マーシャは十分に自分の身を守れる。

 だから心配するだけ損なのだろう。

「レヴィはどうする? ここでのんびりしておくか?」

「一緒に行ってもいいなら行くけど」

「それは駄目だ」

「じゃあ適当にぶらぶらしてみる。夜遊び出来そうなところもあるかもしれないし」

「………………」

 その夜遊びには『女遊び』も含まれているのだろうか。

 マーシャがレヴィをじーっと睨む。

「う、浮気はしない。本当だ。だから睨まないでくれ」

「本当に?」

「信用無いな……」

「日頃の行いだ」

「うぐ……」

 別に日頃から浮気をしている訳ではないのだが、お人好しが祟って他の女の子と関わってしまうことはあるので、レヴィとしても強くは出られないのだった。

「出歩くのはいいけど、あんまり危ないところには行くなよ」

 マーシャが心配そうにレヴィへと言う。

「あのさぁ、マーシャ。それって本来俺が言うべきことなんじゃないか?」

「仕方ない。レヴィは弱いからな」

「ぐは……」

 ぐっさりと突き刺さる一言だった。

 戦闘機操縦者としては最強を誇るレヴィだが、対人格闘技術となると、かなりランクは下がる。

 元々軍人なだけあって、常人以上の格闘能力は持っているのだが、戦闘機操縦者としての才能に偏りすぎている為、普通の軍人レベルの域を出ないのだ。

 それでも一般人相手ならば軽くあしらえるし、暴力を生業とするちんぴら相手にも楽々勝利出来るぐらいの力量はある。

 ただし、本職の軍人を相手にすれば並レベル。

 オッドと戦えば五分も保たない。

 マーシャ相手だと瞬殺という、悲しい現実がそこにあるのだった。

 マーシャが別格だという意見もあるが、同じ戦闘機操縦者であってオッドにも大きな差が付けられているのは些か情けない気持ちになったりする。

「お、俺だってそこまで弱いつもりはないぞ。一応は元軍人だし……」

「私に較べたら弱い」

「マーシャと較べる方が間違ってると思う」

「か弱いレディに対してなんてことを言うんだ」

「………………」

 心底疑わしそうな目を向けるレヴィ。

「………………」

 分かっていて言った冗談だが、そこまで露骨な視線を向けられると多少は傷ついてしまうマーシャだった。

 か弱いレディになるつもりはないのだが、少しぐらいは護ってあげたくなる女性というものに憧れていたりもするのだ。

「もう少しか弱くなった方がいいか?」

「俺の前でだけか弱くなってくれるなら大歓迎だな♪」

「うん。無理だ♪」

「………………」

「………………」

 マーシャがレヴィの前でだけか弱くなってくれたらもふもふやりたい放題なので大歓迎なのだが、それが分かっているマーシャは清々しい笑顔でバッサリと切り捨てるのだった。

 少しだけ火花を散らせた後、マーシャは早速外出の準備をする。

 しかし身支度を調えるというよりは、武装を整えるという準備にレヴィが怪訝そうな表情になる。

 銃などの基本武装はもちろんのこと、レーザーブレードや仕込みナイフまで服の中に入れているあたり、ただ事ではない。

 目に見える武器を持っていないだけで、どちらかというと限りなく決戦装備に近い。

 物騒な気配を感じるなという方が無理だった。

「なあ、やっぱり俺もついて行こうか?」

「大丈夫だ。念の為だから」

「でも、危ないんじゃないか?」

「こじれたら危なくなるけど、レヴィは付いてこない方がいい。護ってやれるとは限らないからな」

「………………」

 この事実が一番切ない。

 レヴィがついて行ったところで、戦力になるどころか、足手まといになる可能性が高いのだ。

 これがオッドならば話は変わってくる。

 戦闘能力では差があっても、オッドとならば最適な連携が取れる分、戦力が二倍にも三倍にもなるのだ。

 しかしマーシャとは連携訓練を行っていないので、戦闘時に最適な動きをすることが出来ない。

 そうなるとレヴィの純粋な戦闘能力だけで勝負をしなければならなくなるのだが、そこでマーシャの足を引っ張らないとは限らないのだ。

 レヴィの戦闘能力は決して低い訳ではない。

 しかし高い訳でもないのだ。

 そしてマーシャはその事実をきちんと把握している。

 レヴィに対して残酷な事実を突きつけてくる。

 護ってくれようとする気持ちは嬉しい。

 しかしレヴィがマーシャを護りたいと思ってくれているように、マーシャもレヴィを護りたいと思っているのだ。

 酷な事実を突きつけてでも、レヴィの安全を確保する。

 それが今のマーシャに出来る精一杯だった。

「そんなに落ち込むな。宇宙では誰よりも頼りにしているんだから」

 目に見えて落ち込んだレヴィの頭をよしよしと撫でるマーシャ。

 実際、マーシャはレヴィを頼りにしている。

 ただ、向き不向きがあると思っているだけだ。

 宇宙では最強のレヴィ。

 そして地上でもそこそこの戦闘力を誇るマーシャ。

 役割分担がはっきりしているだけで、どちらが優れている訳でもない。

 だから落ち込まれても困るのだ。

「俺ももうちょっと真面目に戦闘訓練に励もうかな」

「だったら私が鍛えてやろうか?」

「……スパルタになりそう」

「当然だ。そうでなければ訓練にならないだろう」

「それはそうだけど。でも出来れば優しくしてくれた方が俺は嬉しい」

「それはもう訓練とは言わない気がする」

「よし。じゃあこうしよう」

「ん?」

 キラキラと金色の目を輝かせるレヴィに対して嫌な予感がしてしまうマーシャ。

 絶対にロクなことは言わないだろうなと思いつつも、一応は耳を傾ける。

「俺がマーシャのもふもふを触ろうとする。そしてマーシャはそれを撃退する。それなら俺もやる気が出そうだ」

「……その場合、撃退するのに容赦は必要無いな?」

 案の定、ロクでもない提案だった。

 しかしこれならば確実にレヴィのやる気を引き出すことが出来る名案……いや、迷案……もとい妙案でもあることは確かだ。

「いや、むしろレヴィが成長してしまった場合は『冥』案になってしまうような……」

 マーシャの思考が変な方向に迷い込み始めた。

 しかしレヴィのもふもふマニア度合いを考えるとそうなることは否定出来ない。

「どうかな? それなら俺も早く強くなれそうな気がするんだけど?」

 キラキラした金色の瞳がたまらなく憎たらしい。

 これはマーシャの犠牲が前提なのだ。

 しかしレヴィにとってはもふもふ出来るチャンスが増える幸福な前提なのだ。

「考えておく」

 キリキリとするこめかみを押さえながらも、マーシャはレヴィの提案を呑んだ。

 そうすることでレヴィの戦闘能力が上がるのなら、それは許容範囲だと判断したのだ。

 レヴィを守る為には、マーシャが強くなるだけでは駄目なのだ。

 レヴィ自身にも強くなって貰えば、その分安全度が上がる。

 今のレヴィ達は決して安全とは言えない立場にある。

 エミリオン連合の重鎮にその正体を感づかれている以上、下手をすれば暗殺者を仕向けられる可能性も否定出来ないのだ。

 正面から仕掛けられれば、リーゼロックの力を利用してでも撃退してみせるが、暗殺というやり方で仕掛けられた場合、どうしてもレヴィ自身に身を守って貰う必要がある。

 レヴィもそれが分かっているからこそ、戦闘能力の向上を提案しているのだろう。

 恐らくはもふもふ欲求九割、戦闘能力の向上目的一割ぐらいの割合で。

 自分の命がかかっていてもこの割合だと確信出来てしまうのが実に切ないのだが。

「おう。そうしてくれ」

 そしてレヴィはご機嫌にマーシャへと抱きついた。

 その手は当然、もふもふを触っている。

「レヴィも出歩くなら最低限の武器は持っておけよ」

「分かってるよ。マーシャも気をつけろよな」

「もちろん。私がそんなヘマをすると思うか?」

「思えるほどの可愛げがあればいいとは思う」

「………………」

 マーシャはレヴィを蹴飛ばしてから出て行った。

「あいててて……」

 蹴飛ばされたレヴィは頭を押さえながら起き上がる。

 この程度の暴力ならば日常と化しているというか、レクリエーションの一種になってしるのだが、痛いことには変わりない。

「マーシャは乱暴だな。まあ、そこが可愛いんだけど」

 一人でも惚気られるぐらいにデレデレなレヴィだが、流石に一人になると寂しさも感じる。

「こっそりついていく……のは駄目だよなぁ。絶対にバレる」

 元軍人であっても、追跡のプロではないレヴィではマーシャの直感をくぐり抜けて尾行を行うことは不可能だ。

 いざという時にマーシャの足手まといになることは避けたいし、バレてしまってから怒ったマーシャにもふもふをお預けされるのも遠慮したい。

「まあ、マーシャなら大丈夫か」

 実際、そこまで心配はしていない。

 クレイドルはそれほど治安の悪い場所ではないし、マーシャの戦闘能力は折り紙付きだ。

 並の人間どころか、本職の戦闘を生業とする人間であっても、マーシャは軽く撃退することが出来る。

 それだけの力を身につけているのだから、ここは信頼しておくべきだろう。

「何の用事なのかは知らないけど、俺が知らない方がいいことなら、そういうことなんだろうしな」

 知らない方がいい。

 あるいは知るべきではない。

 マーシャがそう判断したのなら、レヴィはそれに対して不満を持ったりはしない。

 マーシャの判断も含めて、彼女を信頼しているのだから。

「寂しい気持ちはあるけどな」

 打ち明けてくれないことに対する寂しさもあるが、それは今後も大なり小なり折り合いを付けなければならないことなのだから、受け入れるしかないだろう。

「さて。じゃあ俺も適当にぶらぶらするかな」

 せっかく珍しい産業コロニーに来ているのだ。

 特に目的は無くても、うろうろするぐらいのことはしたい。

 レヴィはこれでもかなり好奇心旺盛な人間なのだ。

 新しい場所に来たら、そして時間があれば、目的がなくてもそこをうろうろしたいという欲求がある。

 最低限の武器を装備してから、レヴィも出かける準備を始めるのだった。


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