シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

03-5 新しい人生


 スターリットに降りてからすぐに船から出るレヴィアース。

 といっても、正式な身分証明を持たないので、通常の入国は出来ない。

 貨物トラックに荷物として乗せられてから移動することになった。

 密出国の次は密入国。

 犯罪ばかり重ねているが、生き延びる為なので後ろめたさはない。

 基本的には誰にも迷惑を掛けていないし、と開き直っている。

 手を貸して貰っている人間にはきちんとした報酬を支払っているので、迷惑の範疇には入らないという認識だ。

 宇宙港を抜けた後は荷物用の箱から出て、トラックの中でのんびりとしている。

 薄暗いトラックのコンテナの中だが、それなりに楽しかった。

 何か楽しいことをしている訳ではないのだが、これから新しい生活が始まるかと思うと、気分が弾んでくるのだ。

 人によっては進むべき道が見えずに戸惑ったり、困惑したりすることもあるだろう。

 しかしレヴィアースはこういうことを楽しめるタイプの人間だった。

 徹底的なポジティヴタイプなのかもしれない。



 トラックから降りたレヴィアース達は運転手に礼を言う。

「ありがとうな。助かったぜ」

「ありがとうございます」

「いいって事よ。助かったのはこっちも同じだしな」

 船橋でオペレーターをしていた運転手は、レヴィアースの神がかった操縦を見ている。

 護衛として雇われてくれたら心強いが、彼らにも逃げなければならない事情があるのだろうと察している。

 表向きは貿易用の輸送商船だが、彼らも密出国や密入国の手助けをしているあたり、綺麗な仕事ばかりをしている訳ではない。

 だからこそ世の中の裏側、汚い部分も沢山知っている。

 その犠牲となった人たちのことも。

 そして加害者のことも。

 レヴィアース達は被害者側だろう。

 非合法に手を染めているが、性格は恐ろしく真っ当だ。

 こんな風に逃げ出すようなことをしたとはとても思えない。

「これからどうなるかは分からないが、あんたの望むように平穏な暮らしが出来ることを祈っているよ」

 だからこそ、彼らの望みが叶うように祈ってやることにする。

 助けられた身として、それぐらいはしてもいいだろう。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 こうして、彼らは別れた。

 運転手の乗ったトラックが見えなくなると、レヴィアースとオッドは二人で顔を見合わせた。

「さて。どうする?」

「レヴィにお任せします。どうしたいですか?」

「うーん。そうだなぁ。じゃあ、飯」

「賛成です」

 いろいろとやることは山積みなのだが、ひとまずは腹が減っては戦が出来ぬ状態なのだ。

 ゆっくりと食事をしてから考えよう、ということになった。

「くれぐれも、ゆっくり歩いて下さいね。怪我人なんですから」

「オッドもだろう?」

「ええ。お互いに、ゆっくりと、焦らずに進みましょう」

「了解」

 ゆっくりと、焦らずに。

 それは今に限ったことではない。

 今後の方針として固めていくものだった。







 それから一ヶ月後。

 レヴィアース達は少し古びたマンションの前に立っていた。

 あれから仮のものではない、本格的な偽造身分を手に入れる為にレヴィアース達は奔走していたが、思ったよりも時間がかかってしまった。

 簡単にはバレない身分証明を作る為には半月はかかると言われてしまい、それまでは他のことを進めながら待っていたのだが、ようやく足固めが出来た状態にまで持って行けた。

 偽造身分証については、レヴィアースだけ多少名前を変えてある。

 レヴィアースの名前は『レヴィン・テスタール』。

 オッドの名前はそのままで『オッド・スフィーラ』。

 レヴィアースと違い有名な名前でもないので、新しい名前を考えるのが面倒くさかったオッドはそのまま使うことにしたのだ。

 レヴィアースの方はその場で適当に思い付いた名前を採用している。

 自分の名前なのに思い入れが無いのは、本当の名前を使えないからだろう。

 今の自分はただの『レヴィ』なのだ。

 だからこそ、かりそめの名前にはあまり執着が無い。

 必要に迫られたらまた名前を変えるだろう。

 根幹である『レヴィ』さえ残しておけば、後はあまり拘らない。

 オッドは多少呆れていたが、レヴィアースが満足ならばそれでいいと判断したようだ。

 面倒くさいからと言って本名をそのまま使っているオッドも大概だが、割とどこにでもある名前なので、あまり気にしていない。

 オッドという名前も、スフィーラという名前も、スターリットだけでかなり存在するらしい。

 オッド・スフィーラという組み合わせは流石に彼一人だったが、バラして考えれば目立たない名前だった。

 簡単にはバレない偽造身分証だが、詳しく調べられたらその限りではない。

 出国手続きを行っても問題は無いぐらいの出来なのだが、トラブルに巻き込まれて詳しく調べられたりすると不味い
らしい。

 それは誰に作って貰っても大差は無いだろう。

 どれだけ本物に近付けても、偽造であることに変わりは無いのだから。

 それを本物にする為には、或いは偽物だと分かっていても文句を言わせない代物にする為には、莫大な金と権力が必要になる。

 今のレヴィアース達はそのどちらも持っていない。

 職も失い、現状ではただの無職なのだ。

「ひとまず、住む場所確保、だな」

「ええ」

 これでウィークリーマンション暮らしとはおさらば出来る。

 偽造身分証明でも怪しまれずに手に入れることの出来た、本当の家。

 それまではつなぎとして身分証明の必要無い、金さえ払えば自動で中に入れるウィークリーマンションで暮らしていたが、ようやくひとつの場所に落ち着けたという気持ちになった。

 マンションは中古だが、六階建てで、十世帯が住めるようになっている。

 しかし高すぎる家賃と管理のずさんさが祟った所為で、入居者が入ってもすぐに出て行ってしまい、やがて経営者が破産してしまったらしい。

 処分に困った経営者が格安で売りに出していたところを、レヴィアースが買い取ったのだ。

 手持ちの金のほとんどがこれで無くなってしまったが、家を一軒買うぐらいの値段でマンション一棟が手に入ったの
なら悪くない買い物だと思っている。

「しかし、俺たちだけで住むには部屋が余りますね」

「貸し出してやればいいんじゃないか? それなりの値段で賃貸経営すれば、家賃収入も入ってくるだろうし」

「運び屋になりたいのでは?」

「もちろんそれもやる。だが部屋を無駄にするのも勿体ないだろう?」

「確かに。では入居者募集の手続きもしておきましょう」

「その前に賃貸経営の許可手続きも必要になるだろうなぁ。あ、ちょっと面倒くさくなってきた」

「そのあたりのことは俺がやります」

「マジで? 頼んでいいか?」

「ええ。レヴィはしばらく大人しくしていて下さい。無駄に動かれると邪魔です」

「………………」

 なんだか邪険にされている気がする。

 しかしレヴィアースが動くことよりも、無茶をすることを心配しているのだろう。

 一ヶ月の間に怪我はすっかり治った二人だが、放っておくと無茶をするレヴィアースに関しては心配が絶えないオッ
ドなのだ。

「まあいいけどさー。どうせ俺は役立たずだしー……」

 しょんぼりしながらいじけてしまうレヴィアース。

 はっきり言って鬱陶しい。

「鬱陶しいんでさっさと立ち上がって下さい」

「お前本当に容赦無いなっ!」

「公道でいじけられたら他の人の迷惑ですから」

「うう……」

 正論なだけに否定出来ない。

 しょんぼりしながら立ち上がる。

「俺にだって何かさせてくれてもいいじゃないか」

「心配しなくてもやってもらうことは山ほどありますから。余計な厄介事に首を突っ込まれるのは困りますが、やってもらいたいことはかなりあります」

「……なんか棘のある言い方だけど。仕事があるならやるぞ。何でも言ってみろ」

「買い物です」

「はい?」

「ですから、買い物です」

「えーっと……要するにおつかいですか?」

「そうとも言います」

「……子供扱いされた気分だ」

 子供のおつかいを言い渡された気分だ。

 しかし年下なのでそういう扱いをされても文句は言えない……のだろうか?

 いや、そんなことは無い筈だ。

 無い、筈……だと、思う。

「いえ。かなり切羽詰まって必要な買い物ですから、そこまで卑下しなくても大丈夫ですよ。俺も行きますし」

「え?」

「お互いの好みもあるでしょうから。俺だけの感性で選ぶ訳にもいきませんし。レヴィが居てくれると助かるんです」

「何を買うんだ?」

「家具です」

「あ……」

「このマンション、家具付きではないのでしょう?」

「あー、うん。確かにそれは必要だな」

「ええ。割と早急に」

 今までは家具家電食器全て完備のウィークリーマンションに住んでいたので実感が湧かないのだが、住み始めるマンションには家具家電その他諸々が必要になるのだ。

 そうでなければ暮らしていけない。

「しかし、あまり金は残ってないぞ」

 ここに来るまでにかなり使ってしまった。

 クラウスから貰ったカードは一回限りなので、次は使えないのだ。

 これだけ助けて貰っておいて、更に助けて貰うのは気が引ける。

 しかも現状では自分から連絡を取るのも控えたい。

 どこからレヴィアース達の正体が外に筒抜けとなるか分からないのだ。

 クラウスだけではなく、一緒に居る筈のマティルダやトリスにまで害が及ぶようなことは避けたい。

「問題ありません。家具を揃えるぐらいの金は俺が持っています」

「え? 何で? もしかして俺が知らない内に働いていたとか?」

「いいえ。そうではありませんが。レヴィから五百万ダラスほど預かっていたでしょう?」

「ああ。そういえばそうだな」

 五百万ダラスほど自分に預けて欲しいと言われたので、レヴィアースはオッドにそのまま預けておいた。

 何に使うのかは分からないが、必要だと言われたら預けることに抵抗はなかった。

 元々はレヴィアースの金ではないのだ。

 共有財産だと思えば預けることに抵抗はない。

「だが今回のマンション購入でその金も戻して貰ったよな?」

「ええ。しかしそれを元手にして二百万ほど稼いでおきました」

「……はい?」

 元手にして?

 一体何をしたのだろう。

「大したことはしていませんよ。資産運用に手を出していただけです」

「……つまり、投資?」

「ええ」

「お前、そんな知識あったか?」

「投資に必要な知識はほとんどありませんが、確実に金の流れが分かる裏事情なら知っていましたので。一部の企業だけですけど」

「すげーな」

「大したことではありません。実家のことだから無駄に詳しいだけです」

「……はい?」

 またも奇妙な言葉を聞いた。

「アルトランナ社って聞いたことありませんか?」

「確かエミリオンでもかなり大手の製薬会社だよな?」

「ええ。経営者はルッド・スフィーラ。俺の祖父です」

「すげーお坊ちゃまじゃねえかっ!?」

「ええ。まあ」

 まさかの大御曹司だった。

「アルトランナ社の内部事情をある程度知っているので、その情報を利用して、少しばかり荒稼ぎをしました」

「……あのさ、どうしてそんな御曹司が軍人なんかになってる訳?」

「俺は御曹司などではありませんよ」

「え?」

「愛人の子供ですから。実家に関わる権利はありません。養育費だけは貰っていたので、士官学校に行って軍人になっただけです」

「結構ドロドロしてんな……」

「金持ちにはよくあることです。ああいう環境で利権に食い込んだとしても、しんどくなるだけですからね。自分の力だけで生きていきたかったんです」

「じゃあおふくろさんはどうしてるんだ?」

「俺が士官学校に入る前に他界しています。だから俺に家族と言える存在は居ません。実家とも縁を切っていますし
ね」

「縁を切っているのに情報だけは持ってるのか」

「何かの役に立つと思っていましたから。いざという時の切り札ですね。アルトランナ社のメインサーバーにバックドアを仕掛けて、そこからこまめに内部情報を探っていました」

「え、えげつねー……。もしかしてスターリットに来てからも?」

「ええ。ですから荒稼ぎするにはちょうど良かったんです」

「………………」

 さらりと言っているが、やっていることはかなり怖い。

 その気になれば黒い内部情報をリークして実家を潰すことも出来る訳だ。

「もしかして、実家が嫌いなのか?」

「養育費と学費を出してくれた父に対してはそれなりに感謝しています。しかしスフィーラ家そのものには何の思い入れもありませんね。恨みもありませんが、関心もありません。今回は金が入り用だったので利用させて貰っただけです」

「………………」

 やっぱり怖いと思うレヴィアースだった。

「まあ、金を用意出来た理由は分かった。それだけあれば家具を買い揃えることは出来そうだな」

「ええ。当面の生活費も、十分でしょう」

「おう。さんきゅーな。助かったぜ」

「お互い様です。レヴィの軍資金がなければ動きようがなかったんですから」

「そうは言っても俺の方は完全に他人の金だからなぁ。返す当てもないから貰いっぱなしだし」

「人徳ということでいいのでは?」

「人徳ねぇ。俺にあるか? そんなもの」

「………………」

 きょとんとしながら首を傾げるレヴィアースに、そっとため息をつくオッド。

 見ず知らずの亜人の子供を、任務違反になる覚悟で助け出したり、自分も大怪我をしているのに、それでも瀕死の部下を命懸けで助け出したりする人間に人徳がなければ、世の中は一体どうなっているのだと訴えたくなる。

 しかし本人の自覚としてはそんなものなのかもしれない。

「オッド?」

 そんなオッドを不思議そうに見るレヴィアース。

 オッドは苦笑してレヴィアースの頭を撫でた。

「なんで撫でるっ!?」

「なんとなくです」

「男の頭を気安く撫でるなっ!」

「駄目ですか?」

「駄目に決まってるだろっ! どうせなら可愛い女の子でも撫でてやれっ!」

「相手が居ません」

「落ちついたら探せよ。人生に潤いは大事だぞ」

「レヴィも探すんですか?」

「俺は適当に遊ぶ」

「………………」

 顔立ちの整っているレヴィアースはそれなりに女性受けがいい。

 軍人時代もプライベートではそれなりに遊んでいたようだ。

 といっても、お互いに遊びだと割り切っているので、トラブルになったことはないらしい。

 上手い付き合い方だとは思うが、真似したいとは思わない。

 元より、複数の女性と付き合えるほど器用な性格ではないのだ。

「いつか刺されないといいんですけどね」

「そんなヘマはしねえよ。本気になるような相手は選ばねえし」

「付き合っている内に本気になったりはしないんですか?」

「しねえなぁ。なんか、一時楽しければそれでいいっつーか。今後はその方がいいだろうしな」

「確かに」

 その意見にも一理ある。

 れっきとした戸籍を失った以上、結婚を前提としたお付き合いは不可能になっているのだ。

 今まで通りの遊びで済ませるのは正しい選択なのかもしれない。

 しかし自分には真似出来そうに無いなと苦笑する。

「正式な結婚さえしなければ、本気の相手を探してもいいと思うぞ。オッドはいい奴だし、きっと気に入ってくれる女の子もいると思うけどな」

「まあ、考えてみます」

 全ては落ちついてからだ。

 ようやく住む場所は落ちついたが、今後の仕事や収入も含めて、やることは山積みだった。

「そうだな。無理せずのんびりでいいと思うぞ」

 焦る必要は無い。

 これからはのんびりとした生活が待っているのだから。



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