シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

2-2 クラウスとの再会


 そして二人はエミリオンの首都リオールにあるベーチタクルホテルへと向かうことになったのだ。
 既に正装済みなので、移動は運転手付きの高級車になっている。

「動きにくいなぁ」

 マーシャの横に座ったレヴィは居心地が悪そうにしている。

 もふもふがかかっている以上、覚悟は決めたのだが、それでも居心地の悪さだけは変わらないので文句は言う。

「いいじゃないか。似合っているぞ」

 マーシャの方はびしっと正装したレヴィに惚れ直しているようで、嬉しそうに笑っている。

「そりゃどうも。マーシャも似合ってるぜ」

「本当か?」

「ああ。隠してなければもっといいのにな」

「隠さなければかなり気まずいことになるぞ」

「そこが納得出来ない。どうしてみんな避けるのかな。あんなに素晴らしいのに」

「そういう風に感じるのは明らかに少数派だと思う」

「だろうなぁ。あの良さが分からないとは、人生損しているぞ」

「………………」

 もふもふは最高だと言って憚らないレヴィ。

 気持ちは嬉しいのだが、世間が亜人に対して差別的な態度を崩していないのは昔から変わらない。

 ロッティではよき隣人として仲良くしているが、そこから出たら差別対象であることは変わらない。

 上流階級の集まるパーティーで耳尻尾を晒してしまえば、間違いなく場がしらける。

 それどころか、亜人などを招待した招待主の正気を疑うだろう。

「まあいいか。あれは俺だけが分かっていればいいんだ。そうすれば俺が独占出来る」

「………………」

 確かにその通りなのだが、あまりにももふもふに対する独占欲が強いので、少々呆れてしまうマーシャだった。

「なんか、昔より酷くなっているな」

「何が?」

 呆れたように呟くマーシャに首を傾げるレヴィ。

 自分の何を責められているのか、まるで理解していないらしい。

「昔はそれほど執着していなかったじゃないか。触るのは好きだったけど」

「そうだったか?」

「うん」

 マーシャが子供の頃は、もふもふを触るのが好きでも、ここまで執着はしていなかった筈だ。

 心地よさそうにしているのが嬉しかったが、それとは明らかに種類が違っている。

「うーん。まあ、マーシャやトリスと別れてから、時折恋しくなることがあったんだよな」

「え?」

「あのもふもふに触りたくてたまらないって時があってさ。任務中でもロッティに行きたくなる時があったんだ。その反動かな?」

「………………」

 つまり、七年間も我慢していた反動が今出ている、ということらしい。

 それもどうかと思うのだが、本人がそう言うのなら、その通りなのだろうと納得しておいた。

 そんなに会いたいと思っていてくれたのなら、もっと早く会いに来てくれてもいいのにと思ったが、レヴィの立場上、それは出来なかったのだ。

 軍人でなくなった後も、レヴィン・テスタールという仮の身分では星間旅行をするには問題が大きすぎる。

 レヴィン・テスタールという偽装身分はレヴィが自分で用意したもので、詳しく調べられたらそれが偽造したものだということがバレてしまう。

 オッドのものも同様だ。

 シャンティを仲間に引き入れてからは、彼の協力を得てその偽造にも更なる手を加えて簡単にはバレないようにしておいたが、それでも致命的な部分がある。

 本物と遜色ない書類を揃えたとしても、人の記憶だけは操作出来ないということだ。

 オッド・スフィーラとシャンティ・アルビレオならば問題ない。

 しかしレヴィアース・マルグレイトは別だ。

 彼はエミリオン連合軍における伝説でもある。

 各国に顔を知られているのだ。

 スターリットでは比較的顔を知られていないので、ひっそりと暮らしている分には問題無かったのだが、そこから出て星間旅行を行えば、各国の入国審査や個体情報チェックで引っかかることになる。

 犯罪者でもない限り、個体情報で引っかかる心配はほとんど無いのだが、偽造した身分を使っていることがバレてしまえば、たちまち犯罪者リストの仲間入りをしてしまう。

 そしてその個体情報はエミリオン連合の犯罪者チェックシステムにも送られる。

 そこで殉職した筈のレヴィアース・マルグレイトと一致したなどということになったら目も当てられない。

 レヴィとしてはスターリットで大人しくしているしかなかったのだ。

 下手に動くと自分の正体がバレかねない。

 しかし今は違う。

 大本となるエミリオン連合の管制頭脳に保存されている個体情報をシオンとシャンティが綺麗に消去してくれたので、少し変装すれば大手を振ってエミリオンを練り歩けるようになったのだ。

 人の記憶だけはどうしようもないが、個体情報を一致させられない以上、レヴィアース・マルグレイトだと確信させることは出来ない。

 逃げる時間は十分に稼げる。

「なんだかなぁ……」

「どうした?」

「うん。ずっと憧れていた人が予想以上のアホになっていて、ちょっとがっかりしているんだ」

「えらい言われようだ」

「否定出来るのか?」

「俺は欲望に忠実なだけだぜ」

「堂々と言われても困る」

「俺はもふもふに忠実なだけだぜ」

「残念仕様で言われても困る」

「どうすればいいんだ?」

「格好良くしてくれ」

「具体的には?」

「もふもふ言わなければ問題無いな」

「無理だな」

「………………」

 不毛な会話だった。

 運転手には聞こえないように、後部座席と運転席はシールドされているのが幸いだった。

 こんなものはとても他人には聞かせられない。

 そんな会話を続けながら、車はベーチタクルホテルへと到着した。

 車から降りたマーシャは運転手にチップを弾み、レヴィと腕を組んでからホテルに入っていく。

 招待客なのでホテル側もマーシャ達の詮索はしなかった。

 中に入ると既にパーティーは始まっていた。

 遅れて到着しても問題の無いものなので、マーシャ達はのんびりとご馳走を食べる。

 挨拶回りをしなければならない人も居ないのだ。

 クラウスの姿を探したが、どうやらまだ到着していないらしい。

 彼も忙しい人間なので、少し遅れて来るのだろう。

 招待客の多いパーティーなので、誰もマーシャ達のことは気にしなかった。

 マーシャ自身はかなり稼いでいる投資家であり、リーゼロックの技術提供者でもあるのだが、そのことはあまり知られていない。

 クラウスが意図的に隠しているのだ。

 なので二人共まずは安心して腹ごしらえを済ませることが出来た。

「結構美味しいな」

「うん。このお肉が絶品だ」

 マーシャがローストビーフをもぐもぐしながら嬉しそうにはにかむ。

 美味しいお肉があれば彼女は幸せなのだろう。

「どれどれ」

 マーシャが美味しそうに食べるのでレヴィも興味が湧いて、ローストビーフを皿に盛った。

「美味いな」

「だろう?」

 マーシャは更にローストビーフをもぐもぐしている。

 次はサイコロステーキだった。

 ひたすら肉々祭り。

 実に幸せそうだ。

 尻尾が見えていたらぶんぶん揺れていたのかもしれない。

 ご馳走が目当てで来ている人も居るので、そういう人たちから何が美味しい、何がいまいちなどという情報交換もして、マーシャ達はご馳走のテーブルを練り歩いた。

 地位と権力にはあまり興味が無い人も中にはいる。

 そういう人たちは自分自身が上流階級なのではなく、上流階級の人たちからお礼として招待してもらったりするのだ。

 こういったパーティーは招待主だけではなく、招待された人間が更に知人を招待するということも珍しくはない。

 そういった招待客もいるので、上流階級ばかりが集まる訳ではないのだ。

 中にはそういう人たちの取引相手で、庶民階級の人間もいて、そういった手合いは純粋にご馳走を楽しんでいるのだ。

 マーシャはそういった人たちと話が合う。

 特にご馳走の話題だ。

「君もご馳走が目当て?」

 美味しいものを教えてくれた男性がマーシャに声を掛ける。

 気安く話しかけられる相手だと思ったのだろう。

 確かにマーシャの振る舞いは上流階級のそれではない。

 その気になればそういう振る舞いも出来る筈だが、マーシャは敢えて庶民っぽく振る舞っていた。

 そうすることで、こういう人たちとの会話で負担を掛けずに済むことを知っているのだ。

「まあ、そんなところだな。私も正式な招待客じゃなくて、招待客の紹介でここにいるだけだから」

「へえ、そうなんだ」

 マーシャの気さくな態度に男性も気を良くする。

 美女が笑顔で話しかけてくれるのが嬉しいのだろう。

「普段は何をしてるんだ?」

「船乗りかな」

「宇宙船? 君が操縦するのか?」

「ああ。私が操縦者だ」

「宇宙船でどんな仕事をしてるんだ?」

「特に仕事はしてないな。気ままに宇宙を飛び回っているだけだから」

「それじゃあ道楽じゃないか」

「まあな」

「仕事もせずにどうやって宇宙船を維持するんだ?」

「それは問題無い。投資でそれなりに稼いでいるから」

「じゃあ本業は投資家?」

「一応そういうことになっている。私としては操縦者が本業のつもりだけど、金を稼ぐ手段としての本業を問われたら、やっぱり投資家というべきなんだろうな」

「いろいろ複雑なんだな」

「そうでもない。気ままに生きているだけだから」

「羨ましいご身分だ」

「それほどでもある」

「ちょっとは謙遜してもいいと思うけど」

「ここで謙遜する方が嫌みだと思う」

「確かにな」

「あなたは普段何をしているんだ?」

「俺は普段は要人警護かな。今回は以前護衛したお偉いさんがご馳走でも食べて行けと招待してくれたんだ」

「なるほど。確かに戦う人の身体をしているな」

「分かるのか?」

「見たら分かる」

「そりゃすごい。君も戦闘をこなすのか?」

「宇宙に出れば大抵のことは出来るようになる必要があるからな。戦闘も補助としてこなせるつもりだ」

「そりゃすごい」

 盛り上がる男性とマーシャ。

 すぐ近くでその会話を聞いていたレヴィがそっと苦笑する。

 補助としての戦闘どころか、本職の軍人を複数相手したとしても、圧倒的な戦闘力を誇る猛獣美女だということをあの男性は知らない。

 ただ美女との会話を楽しんでいる。

 それが少しだけおかしかったのだ。

 レヴィから見てもマーシャと会話をしている男性はそれなりの使い手なのだと分かる。

 しかしマーシャと戦えば敗北するだろうということも分かってしまう。

 戦闘機乗りが本職とは言え、レヴィも軍人として戦闘訓練を受けているので、相手の実力ぐらいは見ただけである程度分かるのだ。

「もし良かったら俺が稽古を付けようか? 宇宙に出るなら戦闘もそれなりに強くなっておいた方がいいと思うし」

「………………」

 きょとんとするマーシャ。

 何を言われたのか一瞬理解出来なかったらしい。

 そして離れた位置にいるレヴィが身体を震わせて笑いを堪えていた。

 ぷるぷると背中が震えている。

 あれは笑いを堪えているというよりは爆笑を堪えているのだろう。

 マーシャとあの男性が戦えば一瞬で叩き伏せられるのは分かりきっている。

 叩き伏せられるのがどちらになるのかは、もちろん言うまでもない。

 それが分からずにあんな無謀なことを言っている男性のことがおかしくてたまらなかったのだ。

 同時に知らないというのは幸せだと思った。

 レヴィならば間違ってもそんな恐ろしいことは言えない。

 逆にこちらが稽古を付けられてしまう。

「………………」

 ぷるぷる震えているレヴィを軽く睨むマーシャ。

 か弱い女性扱いをされたい訳ではないのだが、そこまで凶悪な扱いをされるのも不本意だと言いたいのだろう。

「ありがたい申し出だが、遠慮しておこう。あまりこの国に長居は出来ないからな。気ままな道楽旅とは言え、それなりの予定もあるんだ」

「そうか。残念だけど仕方ないな」

「悪いな」

「気にしないでいい。こっちも君みたいな美女と会話が出来てそれなりに楽しかったし」

 気楽な調子で手を振る男性。

 その後ろ姿はちょっぴり落ち込んでいた。

 この機会にマーシャと仲良くなりたかったのかもしれない。

 亜人だとバレなければ、マーシャは誰が見ても文句無しの美女なのだ。

 しかもスタイルもいいので、ほぼ万人受けするタイプの美女だ。

「いやあ、知らないってすげえなぁ。幸せと言うべきか」

 隣にはいつの間にかレヴィがいて、まだ笑いを堪えている。

 マーシャはむっとした表情でレヴィを見上げた。

「いくらなんでも笑いすぎだ」

「いやいや。笑うところだろう、ここは。俺だってマーシャに稽古をつけてやるとか、命知らずなことは言えないぞ。叩きのめされるのが目に見えてるからな」

「だったら私が稽古を付けてやろうか?」

 物騒に笑うマーシャ。

 稽古を付ける以上のことをやってきそうだ。

「締め上げられそうだから遠慮しておく」

「特別に尻尾で締め上げてやるぞ」

「是非ともお願いしますっ!」

「……ブレないなぁ」

 冗談のつもりだったのだが、レヴィは本気と受け取ったようだ。

 その感性が実に恐ろしい。

「もふもふ相手ならいくらでも締め上げられたい」

 うっとりしながら言うレヴィにマーシャがぶるぶると震えた。

 この男の病気は確実に加速している。

 行き着くところまで行き着いてしまったらどうなるのか、考えるだけで恐ろしい。

「ちなみに尻尾で締め上げるって、どうするつもりだったんだ?」

「む……そうだな。たとえば、尻尾で首を絞めるとか」

 ガチの締め上げである。

 マーシャの発言もかなり恐ろしい。

 しかしそれ以上に恐ろしいのはもふもふマニアであるレヴィだった。

「尻尾で首を絞められて気絶か。至福だな」

「………………」

 恐ろしすぎる。

 首を絞められて至福など、完全に変態の台詞だ。

 しかも本人にその自覚はない。

 あくまでも『尻尾』で『絞められる』のが『至福』なのだ。

 手で締め上げられて至福と言わないだけマシなのかもしれないが、ある意味ではそれ以上に酷い。

「レヴィ」

「なんだ?」

「発言が完全に変態じみてきているから、少しは控えて欲しいんだが」

「? どこが変態じみてるんだ? 俺はもふもふをこよなく愛しているだけだぞ?」

「………………」

 処置無しだった。

 これはもう、何をしても無駄だと諦めるしかない。

 かくなる上はこれ以上酷くならないように、現状維持に務めるしかないのかもしれないが、それすらも自信がなかった。

 しかしターゲットは自分なのだ。

 自分の身を守る為にも、レヴィのもふもふマニア度を何とかしなければならない。

 そうしなければ自分の身が危うい。

 もちろんレヴィはマーシャに危害を加えたりはしないだろう。

 その程度には大切にされているという自覚がある。

 しかしそれとこれとは別問題だ。

 自分の好きな人の変態度が増していくのを目の当たりにするのは、精神衛生上大変よろしくない。

 なんとかしなければならないと、切実に考えていた。

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