シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

02-4 誘拐  3


 それはトリスが一人の時に起こった。

 マーシャとトリスが別行動をすることも珍しくなくなった頃、トリスは一人で外出をしていた。

 ロッティの街では顔なじみになっていて、トリスがうろついていても不審には思われない。

 小さくてもふもふした可愛らしい男の子が来てくれると、みんな喜んでくれる。

 自分が当たり前のように受け入れて貰える環境は、クラウスが与えてくれたものだ。

 そしてそのきっかけをくれたのはレヴィアースだ。

 トリスは二人に深く感謝していた。

 一応護衛はついてきているが、少し一人で出歩きたいからと頼み込むと、距離を取ってくれた。

 守ろうとしてくれているのに我が儘を言うのは申し訳なかったが、あまり近くに居られると監視されているような気持ちになってしまうのだ。

 もちろん、護衛の男にそんな意識がないのは分かっているし、心からトリスを心配してくれているのも理解している。

 その心遣いに対して、監視されているみたいな気分になるからというのは、酷い恩知らずの意識だということも分かっている。

 だけど少し前まで、ずっと人間の男に監視され続けてきたのだ。

 長年続いてきた習慣を忌々しいと思いつつも、拒絶することも出来なかった。

 一緒にしてはいけないと分かっていても、それでもそういう気分になることは止められなかった。

 だから少しだけ距離を取って欲しい。

 一人になりたいという気持ちを汲み取って欲しい。

 護衛の男がどれだけトリスの意志を感じ取ったのかは分からないが、彼は基本的にトリスやマーシャの希望を聞き入れる。

 だからこうして離れた位置で護衛してくれている。

 二人の状態が落ちついた今ならば、滅多なことは起こらないだろうと安心しているという理由も大きいだろう。

「うーん。チョイスが難しいな……」

 トリスが見ていたのは、銃器のコーナーだった。

 PMCで扱わせて貰っている銃は上手く的に当てられない。

 それはマーシャも同じことだったが、何よりも大きな原因は『手に馴染まない』という事だと思っていた。

 身体の大きさに対して、銃の大きさのバランスが取れていない。

 見た目よりも腕力のある二人ならば重さや反動はどうにでもなるが、持ち手のバランスだけはどうにもならない。

 ならば自分の身体に合った小さな銃を持ってみようと思ったのだ。

 人に向けるつもりはないが、訓練用に探してみようと考えた。

 PMCには子供が扱えるサイズの銃は置いていない。

 それも当然だった。

 あそこには戦いに向いた男性をメインにした武装をストックしているのだから、マーシャやトリスのような小さな子供が扱える武器などは最初から置いていない。

 置いていないのならば、自分で用意すればいい。

 銃器は決して安いものではないが、トリスはそれだけの資金をクラウスから預かっている。

 一応、クラウスの許可を取って、自分達にも扱える銃を訓練用に購入したいということは伝えてある。

 これを伝えていて良かったと思ったのは、銃の購入には許可証が必要になるということだった。

 知らないまま購入していたら、警察が駆けつけてかなり厄介なことになっていたのは間違いない。

 一応は正式な戸籍を得たトリスだが、警察が介入すればその素性を調べられるかもしれない。

 それはありがたくない。

 クラウスは銃を買うことをあまり快く思ってはいないようだが、戦うことを知っている少年を前にして、頭ごなしに拒絶したりはしなかった。

 どうして必要なのか、何の為に使うのかということをきちんと確認した上で、これならば問題無いと判断して許可証を用意したのだ。

 銃器の所持許可証はその星の警察が発行することになっている。

 その審査はかなり厳しいし、審査開始から許可証発行までは長くて半年待たされることもあるのだが、ロッティの有力者であるクラウス・リーゼロックからの要請ならば、ほんの三日でそれらを完了させた。

 マーシャ・インヴェルクとトリス・インヴェルクの銃器所持許可証を用意して、その片方をトリスに渡してやったのだ。

 そしてトリスは自分に合うサイズの銃を物色しているのだ。

「うーん。これかなぁ……。こっちも捨てがたいけど……」

 小さなサイズの銃をいくつも手に取っている。

 同じサイズでもそれなりに種類は多い。

 しかし良し悪しがよく分からない。

 店員の方は小さすぎる客を前にして戸惑っている。

 銃を買いに来るにしては幼すぎる。

 しかし入店時に示した許可証は本物なので、店に入れない訳にも、販売を拒否する訳にもいかなかった。

 つまり、扱いに困るのだ。

 物色して悩んでいるトリスを前にして、どうしたらいいのか分からない店員だったが、客が悩んでいるのに放置するというのも主義に反する。

 悩んだ据えに声を掛けることにした。

「何かお探しですか?」

「あ……」

 きょとんとしたトリスが店員を見上げる。

 アメジストの瞳が少し戸惑っていた。

 亜人の少年少女のことは街でも有名になっていたが、こうしてみると本当にあどけなくて可愛らしい。

 そんなあどけなくて可愛らしい少年が銃を物色しているという事実が恐ろしくもあるが、身を守る為に必要なのだろうと思った。

「えっと……銃を探しているんですけど、僕の手に合うサイズのもので、扱いやすい物がどういったものなのか分からなくて」

 つまり、沢山あってどれを選んだらいいのか分からないらしい。

「なるほど。確かにお客様の手には小さなものの方がいいですね。あと、重さと反動も軽い方がいいですよね。無反動式のものもありますけど、そちらは検討しましたか?」

「無反動式のものは狙いが少し曖昧になるって聞きましたけど」

「はい。そういったデメリットもありますので、精密射撃をご希望のお客様にはお勧めしていません」

「僕はなるべくなら精密射撃がいいと思っているので、無反動式は遠慮したいんです。代わりに重さと反動は気にしないので、威力と精度の高いもの、後は自分で分解整備しやすいものがいいんですけど」

「随分とこだわりがありますね。護身用だと思っていましたけど、違うんですか?」

「基本的にはそうですけど、将来的にはちゃんと扱えるようになりたいので、今の内から少しずつ練習しておきたいんです」

「なるほど。しかし反動が強い物は身体に負担がかかりますよ」

「大丈夫です。見た目よりも力は強いつもりですから」

「………………」

 とてもそうは見えないのだが、亜人は身体能力が人間よりも高いと聞いているので、嘘を言っている訳ではないのだろう。

「予算はどれぐらいですか?」

「これがあるので、予算はあまり気にしない感じでお願いします」

 そう言ってカードを提示するトリス。

 リーゼロック印のスペシャルカードだった。

 確かにこれならば予算は気にしなくていいだろう。

 銃どころか、下手をすれば軍艦すらも買えそうな代物だということを、この少年が理解しているかどうかは謎だが。

 しかしお金のことは本当に気にしなくてもいいのなら、こちらも多少の商売っ気を発揮しても罰は当たらないだろう。

 騙すつもりはないし、無意味なものを押しつけるつもりもない。

 より高い品質のものを勧めるだけだ。

 もちろん、値段の方もかなり高い。

 他の銃よりも三倍は高い。

 しかし腕のいい職人の手作りであり、マニアの人気の高い一品となっている。

 品質は折り紙付きだ。

 個人で整備も引き受けてくれる。

 長く使うつもりの銃ならば勧めても大丈夫だろう。

「少し癖の強い銃ではありますが、職人の手によるものなので、品質は折り紙付きです。その癖と上手く付き合うことが出来れば、よく馴染む武器になると思いますよ」

 銀色の銃を受け取ったトリスはまじまじと眺めた。

 いい銃であることは分かる。

 他のものとは明らかに格が違う。

 その代わり使い手を選ぶものだと思った。

 だからこそ躊躇いがある。

 今の自分の射撃はお世辞にも上手だとは言えない。

 この銃には不釣り合いのように思えるのだ。

 しかしだからこそこの銃に恥じない腕前になろうという奮起の材料にもなるだろう。

「この銃、二丁ありますか?」

「両手で使うんですか?」

「いいえ。もう一人、同じサイズの銃を必要としているので」

「なるほど」

 トリスと一緒にいるマーシャのことは店員も知っていた。

 そしてあの女の子も銃を撃つという事実に少しショックを受けたりもした。

 しかし身を守る為に必要ならばそれもやむを得ない。

「では二丁用意しましょう」

 幸い、同じ銃の在庫は二つあった。

 二つきりの銃なので、ちょうどいいとも言える。

 二つの銃をきちんとした木箱に詰めてから、説明も開始する。

「取扱説明書は中に入っています。分解整備の方法も詳しく書いていますので、少しずつ取り組んでみて下さい。オーバーホールやパーツ交換が必要な際は、職人への連絡先が説明書の最後のページに記載してありますので、そちらにお願いします」

「はい。ありがとうございます」

「バッテリーの方はどうしますか? 予備をいくつか購入していきますか?」

「そうですね。では六個お願いします」

 それぞれの予備として三つあれば十分だろうと判断したトリスは、予備バッテリーも追加購入した。

 職人お手製の銃を二丁と、予備バッテリーを六個。

 合計金額は一千万ダラスを少し超えたが、トリスはカードで精算した。

 少し使いすぎたかもしれないと反省するトリスだが、いい物が見つかったことを喜んでもいた。

 職人が一から手がけてくれた銃ならば、思い入れもそれなりに深くなるような気がする。

 これから少しずつ成長していきたい射撃技術についても、期待出来ると思ったのだ。


 全ての買い物を終了して、トリスはご機嫌な様子で街を歩いていた。

 マーシャの分の銃も購入したので、戻ったらプレゼントしよう。

 もしかしたら喜んでくれるかもしれない。

 そう考えると少しだけ気分が弾む。

 そして少しだけドキドキする。

「……うーん。これってやっぱり、そうなのかな」

 マーシャに対する気持ちを、最近では少しずつ自覚しつつある。

 一緒に居るのが当たり前の女の子ではない。

 守りたいという気持ちと、それ以外の気持ちがある。

 もっと近い存在になりたい。

 マーシャに自分を見て欲しい。

 そんな風に考えてしまうのだ。

 あの銀色の瞳がまっすぐに自分を見つめてくれるのが好きだった。

 しかしそれは自分だけを見てくれている訳ではない。

 彼女の視線はもっと未来を向いている。

 最も目指しているのはレヴィアースだろう。

 恩人というだけではなく、強烈な憧れを抱いている。

 それだけではなく、最も慕っていることは間違いない。

 マーシャにとって、初めて得た光。

 そして子供らしい自分を思い出させてくれた人間。

 マーシャがあんな風に誰かに甘えたり、依存したりすることがあるなんて、あの時は信じられなかった。

 しかし素直になれることが、マーシャにとっての変化だったのだろう。

 この人だと定めたら、マーシャは全力でその身を委ねる。

 全力で甘えて、そして頼りにする。

 依存とは少し違う、

 きっとマーシャもレヴィアースを守りたいと思っている。

 その関係に、少しだけ憧れてしまうのだ。

 自分もマーシャに甘えて欲しい。

 頼りにして欲しい。

 そんな風に考えてしまうのだ。

 それは恋心というべきものなのだろうか。

 いろいろなことを学ぶようになって、トリスにもそれがどんなものなのか、なんとなく分かるようになってきた。

「でも、マーシャは絶対に拒否するだろうなぁ……」

 苦笑しながら呟くトリス。

 その気持ちを自覚しかけているとはいえ、マーシャに伝えるつもりはなかった。

 マーシャにとっての自分はそういう対象ではないということぐらい、見ていれば分かる。

 大切な仲間であり、家族であると考えてくれてはいるが、恋心は抱いていないと分かってしまうのだ。

 それは予想ではなく確信だった。

 だからトリスも言わない。

 今の関係を壊したくないし、まだ迷っていることもある。

 マーシャの近くに居て、彼女が笑っていてくれるだけで十分だと思っていた。

 そんな日常に身を置いているだけで、トリスは幸せだったのだ。



 そしてトリスはすぐにタクシーを捕まえた。

 離れている護衛にはこれから車に乗るから、もう戻ってくれていいと伝えた。

 車に乗るのなら後は屋敷まで一直線なので心配無いだろうと判断したようで、トリスに『お気を付けて』とだけ言っ通話を切った。

 トリスの方もタクシーの運転手に住所を告げてから発進してもらった。

 本当は歩いて帰っても良かったのだが、少しでも早く銃を試し撃ちしたかったのだ。

 練習したかったと言えば熱心に聞こえるかもしれないが、これは純粋な、そして少年らしい好奇心が働いた結果だろう。

 銃の入った包みを大切そうに抱えながら、尻尾がそわそわしていた。

 そしてのんびりと背もたれに身体を預ける。

 後は眠っていても屋敷に到着する筈だが、流石に運転手に起こされるのは情けなかったので、少しうとうとする程度だった。

 半分ぐらい意識を残して、屋敷に着いたらすぐに覚醒する筈だったのだが、すぐにそれが間違いだったことに気付いた。

「なっ!?」

 半分どころか急速に意識を持って行かれる。

 これは生理的な眠気ではない。

 もっと強制的な何かだ。

 睡眠系の薬を使われたか。

 しかし口にした覚えはない。

 それならばどうして……と考えたところで、運転手に目を向ける。

 彼はいつの間にかマスクをしていた。

 鼻と口を完全に覆っているマスクなので、車内の空気を吸い込むことはない。

「しま……った……」

 ぐらりと傾く身体。

 すっかり警戒を緩めていた。

 まさかこのロッティで自分達を狙う人間がいるとは思わなかったのだ。

 護衛の方も車に乗せたことで、安心してしまったのだろう。

 護衛が離れるタイミングを待っていたのだ。

「どう……して……」

 どうして自分達を狙うのか。

 その理由を問い質したかった。

 しかしその前に強烈な眠気に襲われる。

 手放しそうになる意識の中で考えたのは、これが自分で良かったということだった。

 本当はちっとも良くはないのだが、これがマーシャだったらと思うとぞっとする。

 マーシャを守ると決めていたのだ。

 自分が身代わりになっても、彼女を守る。

 そしてその意志は守られた。

 トリスが一人にならなければ、恐らくマーシャが狙われていた。

 それに較べたらずっとマシだった。

 そう考えたところで、トリスの意識は完全に途切れた。

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