シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

1-2 猛獣美女の大暴れ 7



「シャンティは電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルを活かしたいだろうから、そっちのオペレーター席についてもらおうか。端末は自由に使ってくれて構わないぞ」

「了解」

 シャンティはオペレーター席に着いた。

 そしてすぐに端末を操作し始める。

 自分の手足のように扱うには、その特性を把握する必要がある。

 さっそく自分の仕事に取りかかっているのだろう。

「オッドは何が出来る?」

「俺も戦闘機ならある程度乗れるが……」

「悪いな。流石に二機は積んでいない」

「だろうな」

「砲撃は?」

「それなら出来る」

「では砲撃席に着いてくれ」

「分かった」

 オッドは戦闘機操縦者だが、レヴィほどの腕は無い。

 この場で役に立とうと思うのなら、砲撃席につくのが妥当だろう。

「レヴィはもちろん戦闘機で出撃だよな?」

「もちろんだ。だが、状況が分かるまでここで様子見をしていてもいいだろう?」

「ああ。もうじき敵の姿が見えると思う。副操縦席に座るといい」

「そうさせてもらおう」

 レヴィはマーシャに言われた通り、副操縦席に座る。

 操縦者のサポートをする席であり、いざとなればメイン操縦も行える席だが、マーシャがいる以上、ここでは何もすることがない。

 レヴィも宇宙船の操縦は出来るが、このシルバーブラストは操縦出来る気がしない。

 操縦桿とコンソールの配置が全く知らない仕様なのだ。

 はっきり言って、扱い方が分からない。

 どの宇宙船も決まった規格、パターンというものがあるのだが、このシルバーブラストはその辺りも特殊仕様であるらしい。

 マーシャも操縦席に着いた。

 そして操縦桿を握る。

「さてと。グレアス達の様子はどうなっているかな? 地上部隊をほぼ全滅させてやったことはもう伝わっていると思うが、この後、どう出るかが問題だな」

「なあ、マーシャ」

「何だ?」

「これ、宇宙船だよな?」

「それ以外の何に見える?」

「……いや、確かにその通りなんだけどさ。問題は、ここがどこなのか、ということなんだけど」

「ああ、なるほど。つまり飛び立てるかどうかを心配しているんだな?」

「そういうことだ」

 宇宙船が飛び立つには、凄まじいエネルギーが必要になる。

 現行の宇宙船はジェット噴射を利用した斜角離陸を行い、大気圏を脱出してから軌道上に出る。

 しかしここは宇宙港ではない。

 一般の工業地帯であり、ジェット噴射で離陸しようものなら、周りの被害がものすごいことになる。

 間違いなく警察まで出動してしまうだろう。

 スターリットに無視出来ない被害を与えることになる。

 それは住民の一人として止めなければならないと思っていた。

 しかしこの船は現在狙われている。

 いざとなればその被害を無視してでも動かなければ、自分達が死んでしまう。

 それは遠慮したかった。

 巻き込まれたくなければ船から下りればいいのだが、今の段階では既に遅い。

 マーシャが飛び立つまでに被害が届かないところまで逃げるのは、時間的に不可能だ。

 それにマーシャがあのマティルダだと分かった以上、このまま見捨てるという選択肢は無い。

 知りたいこと、訊きたいこと、話したいことが沢山ある。

 どうあってもここで死なせる訳にはいかないのだ。

「心配しなくてもいい。被害は出ない。この船は最新鋭だと言っただろう?」

「……嫌な予感がする」

「失礼な。素敵な予感だと言ってくれ」

 ふふんと胸を張るマーシャ。

 かなり得意気だった。

 自慢したいのかもしれない。

「シオン。エンジェルリングを出せ」

「了解ですです~。エンジェルリング起動。お空をびゅんびゅん飛ぶですよ~」

 シオンの方は至って気楽そうな調子でそんなことを言う。

 するとふわりと船が浮き上がる。

 中にいる状態では把握しづらいが、それでもこの船が地上から浮いたのが分かった。

「浮いた!?」

「外から見てみるか?」

 マーシャはホログラムウィンドウを操作してから、シルバーブラストの姿を映し出した。

 少し離れたところにカメラも射出しているので、その様子を詳細に捉えることが出来るのだ。

 するとシルバーブラストの上部に天使の輪のようなものが出ていた。

 黄金に光るリングは夜空をキラキラと染め上げている。

「な、なんだありゃ?」

「見たことの無いシステムなのは分かるが……」

「うわ~。もしかしてあの天使の輪っかが反重力場を形成してるの?」

 シャンティだけは天使の輪がどういったものかをいち早く理解したようだ。

 電脳魔術師《サイバーウィズ》は情報に触れる機会が多いので、そういった技術にもさわりだけは詳しくなるらしい。

「正解だ。正確には『反重力場発生システム』とでも言うべきなんだろうが、あの形だからな。エンジェルリングと名付けてみた」

「そのままじゃねえか」

「だったら何かいい名前を提案してくれ。気に入ったら採用するから」

「む……」

 そう言われても簡単には思い付かないレヴィだった。

 簡単に思い付けば苦労はしない。

「まあ、マーシャの持ち船なんだからそれでもいいとは思うけど」

「何も思い付かなかったんだな」

「うぅ……」

 ニヤニヤと笑うマーシャ。

 からかわれていると分かってむくれるレヴィ。

 かつてはあんなに可愛げがあったのに、今はちょっとだけ生意気になっている。

 それが寂しくもあり、成長が嬉しくもある。

 実に複雑な気分だった。

「このまま加速に入るですよ~」

「やってくれ」

「……まさか、反重力場を保ったまま、ジェット噴射モードとか……?」

 レヴィが恐る恐る問いかける。

 彼も元軍人として、最新鋭の宇宙船に乗っていた過去を持つ者として、宇宙船の常識というものをある程度は理解している。

 数年が経過して、技術的ブランクがあるとしても、何が出来て、何が出来ないかぐらいは把握しているつもりだった。

 それを考えれば、こんな大規模な反重力場を形成するシステムも、同時進行で加速させるのも、無謀だとしか言いようがなかった。

「正確には少し違う」

「どう違うんだ?」

「エンジェルリングと加速システムの切り替えを一瞬で行う」

「………………」

 つまり、反重力場が消失した一瞬で加速するということだ。

 タイミングがズレてしまえばこのシルバーブラストは地上に真っ逆さまとなる。

 大惨事になることは明らかだった。

「なんつー無茶苦茶な……。少しでもミスったらお終いじゃねえか」

「もちろん、その通りだ。だがミスはあり得ない」

「何でそんなことが言えるんだよ。人間のやることに絶対なんかあり得ないぞ」

「確かに人間のやることには確率的なミスがつきものだ。しかし機械ならばミスはしない。シオンは人間の姿をしているが、この船を司るれっきとしたメインシステムだ。シオンが万全である以上、ミスはあり得ないんだよ」

「それがなぁ、いまいちよく分からない。どう見ても人間じゃないか」

「見た目はな。だが中身は大違いだぞ。人間の電脳魔術師《サイバーウィズ》、それも腕利きの処理能力と比較しても、シオンのキャパシティはその千倍を超えるからな」

「うっへぇ……」

 それを聞いたシャンティが少しだけ辟易した視線をシオンに向けた。

 そこまで明確な差があると、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい。

 しかし彼には嫉妬よりも先ほどのパンツの方が脳に焼き付いていた。

 実に幸せな少年である。

「分かったよ。つまりシオンがいる限り、どんな無茶に見えても、出来て当然の非常識ってことだな?」

「そういうことだ。しかし非常識とは心外だな。これはれっきとした最新技術であって、常識破りをしているつもりはない」

「………………」

 先ほどから常識破りの連続だということは自覚していないらしい。

 ツッコミを入れるのも馬鹿馬鹿しくなったレヴィだった。

 それからすぐに加速に入ったが、船内は驚くほど反動が無い。

 慣性相殺システムもかなり高度なのだろうとレヴィは判断した。

 宇宙空間の加速においてもあまり心配しなくて良さそうだ。

 ホログラムディスプレイの景色がぐんぐんと変わっていき、ついに宇宙空間に出た。

「………………」

 久しぶりに見る宇宙の景色にレヴィがわずかに表情を歪めた。

 そこにあるのは懐かしさなのか、それとも胸を抉る過去なのか。

 レヴィ自身にもはっきりとは分からなかった。

「マーシャ」

「どうした?」

 ニューラルリンクの中からシオンがマーシャに呼びかける。

「通信が入ってるですよ」

「繋げ」

「了解ですです」

 シオンはシルバーブラストに入ってきた通信をマーシャに繋ぐ。

 ディスプレイに映し出されたのは、グレアス・ファルコンだった。

「っ!!」

「っ!!」

 レヴィとオッドの表情が強ばる。

 思わず叫びそうになったが、辛うじて堪えた。

 自分達の姿が映っていないか心配になったが、マーシャは大丈夫だと手を振った。

 どうやらこちらからのカメラはマーシャの姿しか映していないらしい。

 グレアス・ファルコンには復讐するつもりだが、エミリオン連合本部とも通信可能な現在の状況で、自分達の生存を明らかにするのはどう考えても不味かった。

 それをするなら、まずは通信封鎖を行ってからだ。

 その辺りはシャンティに任せればいいと考えている。

「こんなところまで女性をストーカーとは、ご苦労なことだな、グレアス・ファルコン准将。エミリオン連合軍というのは、よほど暇人の集団らしい。いや、ストーカーだから変態の集団というべきかな?」

『………………』

 露骨な毒舌に顔をしかめるグレアス。

 レヴィ達もドン引きしている。

 技術を狙う相手に婦女子のストーカー疑惑を押しつけたのだから、無理もない反応だ。

 しかし女子供を付け狙って、地上どころか宇宙まで追いかけ回しているのだから、あながち否定は出来ないだろう。

『いい加減、逃げ回るのは止めたらどうだ。地上では大がかりなことは出来なかったが、宇宙空間では別だ。お前達はそのちっぽけな船一隻、こちらは旗艦を含めて八隻の軍艦だ。結果は見えているだろう。大人しくその船とマテリアルを渡して貰おうか』

「そう言われて大人しく渡す訳がないだろう。これは私の技術であり、私の船だ。私の財産で建造したものだぞ。どうしてそれを、お前達にタダで譲ってやらなければならないんだ?」

 もっともな意見だった。

 どう考えてもマーシャが正しい。

 スパイとして潜り込んで、その技術を盗み出したというのならまだ健闘したなと言ってやってもいいのだが、情報だけ手に入れて完成してからタダで奪い取ろうというのは、いくら何でも都合が良すぎる。

『最初の段階で交渉はした筈だ。それなのに、最初から取引すらしようとしなかったのはお前だろう。マーシャ・インヴェルク』

「それはそうだ。一般の宇宙船五隻程度の値段で、最新技術の塊であるこのシルバーブラストと、最新技術の塊である電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》を渡せる訳がないだろう。私の正体が亜人だと分かってからは、徹底的に見下した交渉をしてきた癖に」

『当然だろう。亜人ごときと真っ当な取引をするつもりはない。金を払ってやるだけありがたく思え』

「生憎と、そんなことにありがたみを感じるような特異な感性は持ち合わせていない。欲しければ力ずくで奪い取ることだ。先ほどまでもそうやって襲いかかってきたし、これからもそうするつもりだろう?」

『戦いになると思っているのか?』

「お前の方こそ、私とシルバーブラスト、そして何よりもシオンが揃っている状況で勝てると思っているのか?」

『………………』

 グレアスの方は不快そうに舌打ちした。

 亜人ごときが自分の思い通りにならないのが腹立たしいのだろう。

 彼は元々中央の所属であり、このような辺境に飛ばされること自体納得していない。

 特に失態をやらかした覚えも無いのに、これといった成果が無いという理由で中央の出世ルートから外されてしまった。

 出世欲と権力欲の塊であるグレアスは、それが面白くない。

 何としてでも中央に戻らなければならないと思っている。

 その為には力が必要だった。

 辺境にも何らかの情報はあるだろうと、それなりに網を張って調べていたら、マーシャ・インヴェルクという名前が出てきた。

 惑星ロッティ最大の企業であるリーゼロック・グループの宇宙船開発部門に何度か技術提供をしている女の名前だった。

 亜人だと知った時には驚いたが、それよりもマーシャの残した成果の方が驚きだった。

 ここ二年の技術提供は、軍事利用するに相応しい、高度なものだった。

 リーゼロックはエミリオンとの取引だけではなく、他の惑星との軍用兵器取引も開始している。

 その全てがマーシャの手柄という訳ではないのだが、それでも彼女が重要な技術を握っていることは確かだった。

 本来ならば技術顧問として招聘して、自分のところで囲い込みたいのだが、亜人だと知った時点でその選択肢は消えた。

 彼にとって、亜人とは滅ぼされた劣等種であり、獣と変わらない扱いだ。

 そのような者に礼を尽くすなど、あり得ないという考えだった。

 しかしマーシャの持つ技術は見逃せない。

 だから奪い取る。

 こちらが優位に立つ取引を生意気にも撥ね付けるのならば、圧倒的戦力差で叩き伏せ、服従させる。

 グレアスはそのつもりだった。

 しかしこの後に及んでマーシャの態度は変わらない。

 二十歳にもならない生意気な小娘、いや、獣ごときが自分の意志に逆らおうとしている。

 それが気に入らなかった。

「ここで戦うとお互いに具合が悪いだろう? 少し移動しようか」

『そう言って逃げるつもりか?』

「お前の所業がスターリット軍に筒抜けになってもいいというのなら、ここで戦ってもいいけどな」

『……いいだろう。監視衛星の影響が無いところまで移動する。ただし、逃げても無駄だ。どこまでも追いかけるからな』

「逃げるつもりはないさ。いい加減、ストーカーされるのも面倒になってきたからな。ここでけりを付けてやる」

 逃げようと思えばいつでも出来る。

 のろまな軍艦など置き去りにして、シルバーブラストの最大加速を行えば、誰も追いつけない。

 しかしマーシャには逃げるつもりなどなかった。

 ストーカーされるのが面倒になってきたのも本当だが、逃げても追いかけてくるし、どこまでもつきまとわれるのならば、ここでけりを付けた方が面倒が無いと考えているからだ。

 それに、戦いたい気分でもあった。

 亜人差別には慣れているが、それでも傷つかない訳ではない。

 侮蔑の視線に、心が何も感じない訳ではないのだ。

 その態度は表に出さなくても、辛い気持ちになっているのは事実だ。 

 だから反撃する。

 屈服だけはしない。

 マーシャはずっとそうやって生きてきた。

 物心ついた頃から、ずっとそうやって戦ってきた。

 仲間が死んで、たった一人の仲間であったあの少年がいなくなってからも、その意志は変わらなかった。

 だからこそ、戦う。

 逃げたりしない。

 それがマーシャの意志だった。

 それに、今はレヴィがいてくれる。

 幼い頃から、ずっと憧れてきた英雄。

 絶望の底から自分を救い出してくれた、唯一の光。

 いつか隣に立ちたいと願い続けてきた存在が、自分と一緒に戦ってくれる。

 そうなるように仕向けたことは確かだが、レヴィが一度きりであっても宇宙に戻ってくれるかどうかは賭けだった。

 そしてマーシャは賭けに勝った。

 グレアス・ファルコンとの因縁が最も大きな理由だろう。

 しかし、その中にマーシャ自身を守りたいという気持ちもある。

 レヴィがそういう人間であることを、マーシャは知っている。

 だからこそ嬉しかった。

 レヴィがいてくれれば、何も怖くない。

 心からそう思える。

 何でも出来る。

 そんな万能感があった。

「さてと。じゃあ俺も行こうかな」

 レヴィが立ち上がる。

 移動が完了すれば、いつ戦闘が始まるか分からない。

 だからこそレヴィも準備しておく。

「おっと。その前にマニュアルの方を貰っていいか?」

「マニュアル?」

「この船にある戦闘機の操縦マニュアルだよ。あるんだろう?」

「もちろんあるが、必要なのか?」

「あのなぁ。俺が戦闘機に乗っていたのは何年も前の話だぞ。操縦席の仕様が俺の知っている頃と変わっていたら、その差違を補う必要があるじゃないか」

「それなら心配無いと思う?」

「何?」

「行ってみれば分かる。マニュアルもコンソールから呼び出せるから、必要ならそうしてくれ」

「まあ、あんたがそう言うならそうしてみるか」

「大丈夫だ。レヴィの為に用意した特別機《エクストラワン》だからな。きっと乗りこなせる」

「俺の為に?」

「行けば分かる」

「………………」

 マーシャはレヴィに笑いかける。

 不敵な笑みだったが、少しだけ幼い笑みでもあった。

 随分と懐かしい。

 全部が終わったら、ゆっくりと話したい。

 その為にも、ここは乗り切らなければならなかった。

「じゃあ、行ってくる」

 あの時と同じように、レヴィはマーシャの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「うん」

 マーシャはレヴィを見上げて嬉しそうに笑う。

 子供の頃と変わらない、あどけない笑顔。

 もう一度、いや、何度だって見ていたいと思えるものだった。

 マーシャは真っ直ぐに自分を信じてくれている。

 その信頼には是非とも応えたい。

「戻ってきたら俺にもその尻尾、もふらせてくれよな」

「相変わらずだな」

「だって気持ちよさそうだし」

「まあいい。ただし、負けたらもふらせないからな」

「おう。俄然やる気が出てきたなっ!」

「………………」

 そんな理由でやる気を出されても困るのだが、あの頃みたいに尻尾をもふもふされるのは悪い気分ではなかった。

 傍に居るのが当たり前に思えた、短い時間。

 あの時間はマーシャにとっても宝物だった。

 だからこそ、一瞬でも取り戻せるのなら、それはとても楽しみだったのだ。

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