シルバーブラスト Rewrite Edition
1-1 宇宙《ソラ》を見上げる運び屋 6
「………………」
「知っているよな? というよりも、忘れられる筈が無いよな?」
「……分からないことがある」
「何だ?」
「どうして、そこまで俺のことを知っている?」
グレアス・ファルコン。
それはレヴィにとっても忘れられない名前だった。
レヴィと、そして大切な部下達の命を奪った人間の名前だ。
その命令を下したのはエミリオン連合の上層部だが、直接手を下したのはファルコンだった。
諦め、折り合いを付け、忘れたフリをしていた名前。
それを思い出させられて、穏やかでは居られない。
胸の中に復讐の炎が灯る。
「レヴィのことなら、ある程度は知っている。言っただろう? 私はお前に憧れているんだ。憧れている対象を調べ尽くすのは当然だろう」
「それだけで済ませていい問題じゃないだろう。シャンティが施してくれた偽装は勘でなんとかなるかもしれない。だがあの事件はエミリオン連合の中でも相当深い闇に葬られている筈のものだ。少し調べたぐらいで分かることではないし、勘でどうにかなるものでもないぞ」
レヴィという存在を殺したあの事件。
エミリオン連合に殺され、グレアス・ファルコンに殺されたあの事件。
あれは『無かったことにされた事件』なのだ。
歴史の闇に葬られた、忌々しい出来事。
その事件を嗅ぎつければ、エミリオン連合から暗殺されかねないほどに、危険な情報なのだ。
「そうかな? たとえ闇に葬られた事件であっても、漏れる口を完全に塞ぐことは不可能だ。そこに焦点を当てて徹底的に調べれば、何かがあったことぐらいは察せられるだろうし、とっかかりさえあれば更に深く調べる事が出来る」
「……そうかもしれないけどな。どうしてその事件にそこまで執着した?」
「私が執着したのはレヴィアース・マルグレイトという存在だ」
「………………」
「どうして、と問いたげだな」
「問いかけたら、答えてくれるのか?」
「いいや。答えない」
「……なんだよ、それは」
「いや。まあ、これはただ拗ねてるだけなのかもな」
「?」
「いいや。こっちの話だ。とにかく、私はレヴィに対して悪意は持っていない。もしも騙されていたと判断したのなら、途中で撃ち殺してくれて構わない」
「………………」
「だから、取り敢えず引き受けてくれないか?」
「………………」
レヴィは考え込んだ。
どう考えても目の前に居るマーシャは何かを隠している。
しかしそれはこちらを騙そうとする類いのものではないらしい。
むしろ、気付いて欲しいという願望が少しだけ垣間見える。
何に気付いて欲しいのかは分からないが、それに関しては拗ねられるだけの理由があるのだろう。
憧れている相手に対して求めていたものに気付けないから、などという乙女な理由だろうか。
だとしたら可愛らしいとも思うのだが、そういう感じでもない。
個人的には宇宙船のパーツというものには興味がある。
それが最新鋭技術ならば尚更だ。
宇宙そのものにわずかな未練があることも確かだ。
そして何よりも、グレアス・ファルコンとは因縁がある。
もしも彼と直接接触が出来るのなら、殺す機会もあるのかもしれない。
今更そんなことをしても、過去は取り戻せない。
救えなかった部下は戻ってこない。
捨てるしかなかった自分自身も取り戻せない。
レヴィアース・マルグレイトには戻れない。
それでも、この手で彼を殺せるのなら、多少の危険は顧みないと思える自分がそこにいた。
「一つだけ、条件がある」
「何だ?」
「グレアス・ファルコンが俺の手の届く範囲に近付いてきたら、邪魔はしないでもらいたい」
「つまり、自分の手で殺したいってことか?」
「そういうことだ」
「それは少し難しいかもしれない」
「どういうことだ?」
「地上に降りてきているのは部下達だけだ。グレアス・ファルコンは軌道上から指示を出している」
「む……」
「それとも、宇宙に上がってまで殺しに行くつもりか?」
「生憎と、乗り物のアテがない」
「それぐらいなら私が用意するぞ」
「何だと?」
「私の船にだって戦闘機ぐらい積んであるからな。レヴィが望むなら貸してやってもいい。ただし、一人で戦艦と複数の戦闘機を相手取る覚悟があるならな」
「………………」
自分の腕はまだ錆付いていない筈だ。
少なくとも、レヴィはそう自覚している。
しかし正確な戦力が分からない以上、戦いを挑むのは無謀かもしれない。
今の生活は失いたくない。
だけど、過去の因縁も無視出来ない。
レヴィは苦悩の表情で唸る。
「……分かった」
「分かった、とは?」
「とりあえず、運ぶだけなら引き受けてやる。戦闘員もオッドを貸してやる」
「よし。ならば契約成立だな」
マーシャはにっこりと笑ってから携帯端末を取り出した。
「何をしているんだ?」
「うん? だから、契約成立したから、前払い報酬を送金しているんだ」
「前払い報酬って……まさか……」
五百万ダラスだろうか。
携帯端末を軽快に操作してから、マーシャは満足そうに頷いた。
「よし。これで送金完了だ」
「マジか……」
念のため、指定口座を確認してみる。
すると本当に五百万ダラスの送金があった。
一気に大金持ちである。
「まあ、宇宙船を造るような奴なら、それぐらいの金はぽんと出せるんだろうけど……」
「うん? 宇宙船を造っているからという理由はあまり関係ないぞ。これは私が投資家として稼いだ金だからな」
「そうなのか?」
「ああ。総資産からすればほんのわずかだし、無駄になったとしても痛手にもならない」
「……どんだけお金持ちなんだよ」
「スーパーなお金持ちだな」
「すげえな……」
「ふふん。まあな」
マーシャはかなり得意そうだった。
褒められたのが嬉しいのかもしれない。
そういうところは素直な少女みたいで可愛らしい。
「すぐに出発するのか?」
「いや。近くで待機している仲間に来て貰うから、少し待ってくれ。足も持ってきてくれる筈だからな」
「足?」
「車だよ。今回あんたも乗り込むんだろう? オッドもシャンティもいるんだから、どうしても車で運ぶ必要がある」
「ああ、なるほど」
「もしもし、オッドか? 契約成立だから、セレナスの前まで来て欲しい。近くにいるんだろう? ああ、頼む」
レヴィは携帯端末でオッドと連絡を取った。
既に準備万端だという。
流石は相棒だった。
「十分後に来るぞ」
「じゃああと一杯は飲めるな」
「これからドンパチかもしれないのに、よく飲めるなぁ」
「レヴィだって飲んでるじゃないか」
「まあ、それもそうか」
酒場で待ち合わせなのだから当然である。
「マスター。ローザを出してくれないか?」
「また高い酒を要求してきたな。マーシャなら問題無いだろうが」
「なんだそりゃ」
「うちでは一杯六万で販売している酒だ」
「ぶっ!」
レヴィが思わず噴き出した。
幸い、酒は口に含んでいなかったので、被害はゼロだった。
「うちじゃダントツで高い酒だな。滅多に注文されない」
「そりゃそうだろう……」
六万もあれば切り詰めれば半月は生活出来る。
それをグラス一杯の酒に捧げる度胸は、流石のレヴィにも無かった。
「ああ、二杯よろしく。レヴィの分も」
「は?」
「分かった」
唖然とするレヴィと、儲けになるのなら大喜びで準備する店主。
出されたルビーのような酒をこわごわと手に取る。
「仕事の成功を祈って」
マーシャが気安く手に取ってレヴィに笑いかける。
彼女にとってはこわごわとするようなものではないのだろう。
金銭感覚が違いすぎて恐ろしい。
「運ぶだけなら成功させるさ。俺もその程度のプライドは持ち合わせている」
「そうだな。『星暴風《スターウィンド》ならその程度は楽勝だろうな」
「その呼び方はやめろ」
「嫌なのか?」
「捨てた過去だからな」
「そうか」
マーシャは何も言わなかった。
自分が口を出す問題ではないと判断したのだろう。
軽くグラスをぶつけ合ってから、お互いにルビーの液体を飲んだ。
「美味いな」
「私のお気に入りだからな」
「なるほど」
恐ろしい値段の『お気に入り』だが、この味ならば気に入るのも当然だと思った。
先ほど飲ませて貰ったレイラとは別の意味で鮮烈な味わいが広がる。
そして鮮烈でありながら、重厚な上品さもあるのだ。
まさしく王者の風格を兼ね備えた酒だった。
これよりも高価な酒も探せばいくらでもあるのだろうが、高いから好みの味になるという訳でもない。
辛うじて手が届く範囲にこのクラスの酒が存在してくれているというのは、なんだか嬉しかった。
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