シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

1-1 宇宙《ソラ》を見上げる運び屋  2

 その頃、レヴィ達がアジトにしているマンションの一室では、シャンティ少年がのんびりとコーヒーを飲んでいた。

「まあ、素性は怪しいけど、他の組織と繋がりが無いことは確認済みだし、そこまで厄介なことにはならないから大丈夫だよね。アニキも楽しんでくるといいんだけど」

 カレン・ロビンスの素性は洗いきれなかったが、スターリットに入ってからの行動記録は詳細に集めることが出来た。

 彼女は一人で活動している。

 どこかに連絡を取ったり、繋がりを持ったりしていないのは確認済みだ。

 訳ありなのは確実だが、それがレヴィ達に直接的な被害をもたらす類いのものではないと判断していた。

 ならば破格の報酬も約束されていることだし、多少のリスクは負ってもいいと考えた。

 レヴィも同意見だからこそ待ち合わせ場所に向かったのだろう。

「ただいま」

「あ、オッド。お帰りなさい」

 そんなことを考えていると、もう一人の仲間であるオッドが帰ってきた。

 両手には買い物袋を持っている。

 中には卵や野菜、肉などが入っている。

 主夫の買い物にしか見えないし、実際、その通りなのだろう。

 オッドはこの家における家事を担当してくれている。

 ブラウンの髪とアイスブルーの瞳を持つクールな男性に見えるが、実際に彼は寡黙な性格をしている。

 必要なこと以外はあまり喋らないし、馬鹿話に花を咲かせたりもしない。

 性格的にそういうことが出来ないらしい。

 真面目すぎて不器用な性格、という典型なのかもしれない。

 それなりの茶目っ気と愛嬌を持つレヴィとはいいコンビのようで、いつも仲良く会話をしている。

 昔は上司と部下の間柄だったようで、年上にもかかわらずオッドの方がレヴィを立てるような関係になっている。

「レヴィはまだ運転中か?」

「うん。さっき依頼が完了したって言ってたよ。報酬も上々」

「どれぐらいだ?」

「三十万ダラスだってさ」

「それは割のいい仕事だったな」

「うん。今度何か食べに行こうってことになったよ」

「それは楽しみだ」

 いつも家事を担当しているオッドを少しは休ませてやろうという配慮なのだろう。

 オッドはレヴィとシャンティの為ならば家事を苦にするような性格ではないのだが、たまには外で遊んだり食事をしたりするのもいい気晴らしになることを知っている。

 何も考えずに馬鹿騒ぎをするぐらい飲み明かすのもいいのかもしれない。

 もっとも、大人の馬鹿酒に子供であるシャンティを付き合わせるのは気が引けるが。

 しかしシャンティの方は背伸びをしたい年頃のようで、そういった大人の馬鹿酒にも進んで付き合いたがる。

 将来微妙な大人にならなければいいのだが、と心配にもなるが、シャンティの素直な性格を知っているオッドはなんとかなるだろうと気楽に考えている。

「でもすぐに次の依頼が入ったから帰ってこないと思うよ」

「立て続けにか? 少しは休ませた方がいいと思うんだが」

 オッドの優先順位の一番上にはレヴィがいる。

 彼に無理をさせるのは嫌だった。

「でも報酬が破格だったから」

 そう言ってシャンティはカレン・ロビンスの依頼についてオッドに説明していく。

 説明を聞いていく内にオッドの表情が険しいものになる。

「こんな怪しさ全開の依頼にレヴィを巻き込むのは感心しないな」

「僕もある程度は同意見だけど、だからこそアニキは関わるつもりになったんだと思うよ」

 レヴィのことをある程度知られている可能性があるのだとすれば、その正体にも感づかれているかもしれない。

 そういった事情をはっきりさせる為にも、つまり今後の憂いを解消しておく為にも、今回は敢えてリスクを呑み込もうと決めたのだろう。

 恐れて隠れるよりはぶつかって撃破したいという、レヴィの性格をよく表している。

 その考え方に対しては基本的に賛成なのだが、それでもレヴィが危険な目に遭うのは耐え難い。

 心配性だと分かっていても、どうしても不安になってしまうのだ。

 オッドはレヴィに対して恩がある。

 一生を掛けて返していくと決めているぐらいの恩があるのだ。

 だからこそ、彼が危険な目に遭う前に自分が護ると決めている。

「待ち合わせ場所はセレナス。レヴィがよく行く酒場だな」

「うん」

「近くで待機しておく」

「アニキもそう言ってたよ」

「何?」

「荒事になる可能性もあるから、オッドには最高レベルの武装で近くに待機しておいて欲しいって言ってた。もちろん僕もね」

「……そうか」

 一応、リスクへの対処は織り込み済みらしい。

 そして頼りにして貰えているのが嬉しかった。

「シャンティは留守番でも構わないが」

「行くよ。僕だってアニキに頼られてるんだからね」

「そうか」

 シャンティに戦闘能力は無い。

 しかし彼は頼れる電脳魔術師《サイバーウィズ》でもある。

 戦闘中でも敵の位置を把握したり、システムで動いている武装にハッキングをかけて混乱させたりすることが出来る。

 単純に戦うだけしか能が無い人間よりも、よほど役に立つ人材ではある。

 しかし戦場に子供を連れて行くのは気分が良くない。

 だからこそ、オッドはいつもシャンティに確認しているのだ。

 シャンティが来てくれるのはオッドとしても助かるのだ。

「すぐに準備する?」

「いや。時間まではまだ余裕があるだろう」

「うん」

「ならばそれまでに済ませておくことがある」

「済ませておくこと?」

「魚の下ごしらえに、肉の熟成処理。それからその他の材料の仕込み。今日買った材料をそれぞれ処理しなければならない」

「あ……うん。頑張ってね」

 何も言えなくなるシャンティだった。

 下手をすればこれから銃撃戦も含めた戦闘になるかもしれないのに、直前の行動が所帯じみている。

 オッドにはそういうマイペースなところがある。

 ただし、そのマイペースさは戦闘で発揮されることはない。

 戦闘時のオッドはどちらかというと張り詰めていて、容赦が無い。

 レヴィとシャンティの安全を守る為ならば、どんな非道なことでも躊躇わずに行うことが出来る。

 オッドのそんな姿も知っているので、このギャップには呆れてしまう。

 一体どちらが本当の姿なのだろう、と考えたりもするのだ。

 どちらも本当なのかもしれないが。

 出来ることならば、こちらが本質であって欲しいとも思うのだ。


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