シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

0-5 新天地と別れ 2

 その頃、マンションの部屋に運ばれた『荷物』であるマティルダとトリスが顔を見合わせていた。

 二人で同じ箱に詰め込まれていたのだ。

「もう出ても大丈夫かな?」

「大丈夫だと思う」

 箱はかなり頑丈で、防音も完璧だった。

 機密性も高いが、その上で酸欠にならないように携帯空調の機械も入れられており、薄暗いなかでも二人は我慢出来た。

 一週間以上の時間をこの箱の中で過ごした訳だが、身動きが取れない状況でも二人はじっと耐えた。

 排泄その他についての問題も、屈辱的なものはあったが、耐えた。

 ジークスから安全圏に脱出する為に、どうしても必要なことなのだと言われたら、耐えるしかなかった。

 レヴィアースが自分達を助けようとしていることは疑っていなかったし、ここまできたら信じる以外に助かる道は無かったからだ。

 外部の様子も確認出来るようになっていたので、マンションの部屋に到着して、中に居る人間が出て行ったのを確認したら箱から出てもいいと言われている。

 そして箱を受け取った人間は、そのまま出て行ったのだ。

 彼はレヴィアースが雇った現地の人間らしく、箱の中身には興味が無いようだった。

 人の気配が無くなって、二人は箱のロックを解除する。

 一応、外の様子を確認した。

 マンションの中の綺麗な部屋には誰も居ない。

 二人は箱の中から出て、一息吐いた。

「はあ~。窮屈だった」

「同感。ここ、レヴィアースさんが借りてくれた部屋なんだろう?」

「うん。そうみたいだな。レヴィアースが来るまでは好きに使っていいって言われてるけど」

「外には出たら駄目だとも言っていたな」

「それは仕方ない。非常時以外は大人しくしているしかないだろう」

 一応は人間の子供に見える変装グッズを貰っているが、それでも子供二人が見知らぬ土地をうろついてもろくな事にはならない。

「………………」

「………………」

「とりあえず、シャワーでも浴びてきたら? マティルダ、すごい臭いだよ」

 ジークスに居た間も三日に一度合同で風呂に入れればいい方だった。

 そしてその状況で更に一週間も身体を洗えなかったのだ。

 確かに酷い臭いになっていた。

 しかしそれはトリスも同様だった。

「トリスも人のことは言えないけどな」

「それは分かってるけど、マティルダが先にどうぞ。こういうのはレディーファーストって言うんだろう?」

「……じゃあ遠慮無く」

 ジークスに居た頃は男女関係なく浴場に放り込まれていて、そんなことは関係なかった。

 子供だということもあったのだろうが、男女別に入浴を分けるような贅沢はする必要もないと思っていたのだろう。

 だからマティルダはトリスと一緒に入浴したこともあるし、そのことに対してなんとも思っていない。

 しかしそれを気にするだけの余裕が出てきたのは、少しだけいいことなのかもしれないと思った。

 余裕が無い状況よりは、ある方がいいに決まっている。


「………………」

 マティルダは一人でシャワーを浴びていた。

 シャワーを浴びる間、湯船にお湯も溜めてみた。

 汚れてしまった身体をしっかりと洗って、臭いを取る。

 レヴィアースがここに来るまでに、綺麗にしておきたかった。

 自分を助けてくれた相手に臭いなどということは思われたくなかったのだ。

「………………」

 そして自分がそんなことを考えられることに、感動してしまった。

 誰かに対して自分を取り繕う。

 それはこんなにもワクワクすることなのだと、新鮮な感動だった。

「ふふふ……そっか。これって、ワクワクするってことなんだな」

 湯船に身体を入れて、思いっきり伸ばす。

 小さなマティルダが入ると、手足を伸ばしても余裕がある。

 この空間でお湯をたっぷり使えることの贅沢に、また感動する。

 初めての経験ばかりで、楽しいと思える自分に戸惑っていたが、不思議とすんなり受け入れられる。

 それはこの環境を与えてくれたのがレヴィアースだからだろう。

 他の相手だったらもっと警戒していた。

 しかしレヴィアースのことは、不思議と疑う気になれない。

 最初は警戒心から襲いかかってしまったが、彼が自分を助けようとしていることをすんなりと信じられたのは、直感以外の何物でもなかった。

 しかしその直感こそを、マティルダは何よりも信じている。

 自分が信じるものは、自分で決める。

 自分が信じたものは、裏切らない。

 そういう直感に従って生きている。

 その直感が、レヴィアース・マルグレイトは信じられると告げているのだ。

 だからマティルダはレヴィアースを信じる。

 そして初めて人を信じることが出来た。

 その気持ちは、マティルダにとって、とても温かで、そして嬉しいものだった。



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