俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第60話 セビリアの舞踏姫・ボレロ(1)


 青髪が私の目にかかる。
 瓶には枝のキーホルダーと『アイネ』と書かれた札が付いていて、瓶に風でなびかれた札がカツカツと鳴った。
 久しぶりに空を飛んでの移動だから、少しだけ酔ってしまいそうになる。
 空の赤に私たちが作った深い緑の色が重なって、空は変にも美しい世界を作り出していた。
 でも、この空の色もそのうち透過していく。
 なぜなら、赤い月が粒子の間を縫って私たちの細胞に差し込むからだ。

 そろそろ奴は来る。
 強い緊張により、私の心臓が強く締め付けられて吐き出しかける。
 その異常な緊張により調子を悪くした瓶たちは、生温い空気に触れると若干曇る。

「……ここでいいね」

 私は弱々しく一人で呟くと、草むらの上に降り立った。

 ここは、私が以前死んだ場所。
 ここでボレロに内臓のかけらも残らないほどの一撃を受けて死んだ、覚えている。
 あの苦い瞬間と痛みと振動。
 その全てが私の脳の裏に全て刻み付けられて剥がれない。

 生温い空気が私の頰を撫でる、今日はそんな春風の吹く優しい季節だ。

 まもなく病棟を離れて3分経つ。
 私は心に強く念じ、周りに無数の瓶を召喚した。
 その数、50は超えているだろうか。
 ちゃんと残っていた、リュート様のために作った瓶。
 私はその瓶を手に取ると、優しくキスしてみた。

「……リュート様。どうかご無事で」

 一人は寂しい。
 そして静かだ。
 この空間を私は毎日望んでいたのか。
 誰にも話しかけられない、誰にも侵されることのない静寂を。

 元の世界では押しつぶされるほどプレッシャーを感じていた。

 私は巫女、私は巫女、私は巫女だ。

 そう自分に言い聞かせながら家の宿命に身を委ねてここまで大きくなった。
 王家は残酷な風習を間に受けて、毎日のように全裸で公衆の前に立たされた。
 それは私の仕事ではない、本当はお姉ちゃんがする仕事だった。
 神樹に処女の鮮血を捧げ、神の御心に寄り添う巫女、それが姉の仕事。
 我が王家の神・ミューレコネスの化身とされる男性と性行為をして処女を喪失することが一般的な儀式だ。
 お姉ちゃんは儀式を行ったその日に戦いの中で姿を消した。
 ある日の出来事、世界を巻き込んだあの時の大戦争の最中。

 お姉ちゃんは戦死した。

 私は何もできずに倉庫の中で丸くなっていた、15歳の時。
 私はその過去を死んでも後悔しきれなかった。

 大戦争はたった一週間で鎮まった。
 燃えて炭になったミューレコネスの神樹を蘇らせるためにはやはり処女の鮮血が要求された。
 私は倉庫の中から叩き出されると、男たち5人がかりで神樹の前で裸にされた。
 私の背中には小さな羽がある。
 妖精の末裔である王家の血には少なからず神聖な純血が流れているそうだ。
 私をその男たちは持ち上げて、丸い小さな枝に思い切り突き刺した。
 真っ黒い血が私の中から溢れ出ると、神樹はそれを喜んで飲み込んだ。
 私はその時の痛みを忘れない。
 魔法ではどうすることもできない痛み。
 私の中は酷く傷つき涙も感情も枯れ果てた。
 その代わりに、枯れ果てた神の使いは息を吹き返したのだ。

 初めてが神樹だなんて、女の子からすれば残酷な話でしょ?
 だけど、それが不名誉である事を知識としては知らされていなかった。

『神樹に処女を捧げることこそ、最大の名誉である』

 そう言い聞かされてきたからである。

 だから、私は何も違和感なくスルスルと裸になれたのだ。
 そしてその日、私は擬似的に処女を喪失した。

 その日からお姉ちゃんの代わりに神樹を見守る役割を任せられ、多くの人から崇められる存在に成り上がった。
 前日まで私の事を『巫女の妹』と呼んでいた人間たちも、その日からは『巫女』と呼んで目の前で跪(ひざまず)いた。

 その時、私は世界がどれだけくだらないかを知った。
 何が一番大事なのか、それはどれだけ大切なものを失えるかに比例すると私は考えている。
 私は処女を失った代わりに名声を手に入れた。
 お姉ちゃんは命を失った代わりに名誉の死を手に入れた。
 何かに称えられるような存在になるためには、どこかに大切なものを差し出して壊してもらう必要がある、というのが私が考える一番効率的で有効な生き方だ。

 未来の旦那様が私の歪な形をしたモノを見たら幻滅するだろうか。
 ……リュート様には処女だと嘘をついてしまった。
 形が指に似てる?
 そんなわけない、あの日から私は怖くて中に指を入れたことなんてない。
 それは、あの時の枝の形だと思う。
 私は元から穴の塞がった膜だった。
 それだけが、未来の旦那様に敬意と純潔を示すための誇りだったのに……。

 私はその日以来、言われるがまま育ってきた。
 裸になれと言われればいつでも裸になる。
 恥ずかしいだなんて今更思わない。
 だって、儀式の時はいつだって裸でなければ神に失礼だからだ。
 全てを捧げます、それが我が王家の純潔を示す最も簡単な方法だ。

 私は巫女だ。
 汚された巫女だ。

 あの日の経験が心の傷として私の心臓に強く根付いていた。
 だから、私はその日からお姉ちゃんを恨んだ。
 お姉ちゃんが死んだせいで私はここまで惨めな姿を晒さなければならなくなった事を。
 勝手ながら、私はお姉ちゃんがそうされることは『仕方がないこと』と思っていた。
 優しく頭を撫でる手が今も感覚に残る。
 それも、もう死人の手だ。
 死人に口なし、耳なし。
 私はだから今言う。

 なぜ、私も連れてってくれなかったのだと、倉庫の中に閉じ込めたのかと。
 なぜあの日、私と共に死んでくれなかったのかとーーーー。

「ここにいたのね、アイネ、って子。あなたを二回も殺せるとは思っても見なかった」

「……ボレロ」

 私は後ろを振り返ると、確かにボレロがいた。
 指揮棒を構えるその女性は前と同じ服・ボレロを着用していた。
 彼女の存在を包み込むその衣服は、彼女のトレードマークなのだろうか。

「さぁ、構えなさい。私と真剣勝負をするために生き返ったのでしょう? 今度こそ骨の髄まで私の音色を届けてあげる」

「……負けないよ、ボレロ!」

 私は無数の瓶たちを構える!
 これ以上、何もできないまま死んでたまるか!

 私はみんなのためにも勝たなくちゃダメなんだ!
 これ以上、運命を定められるのは嫌なんだっ!

「シェラ・ビルディス・マキャナ!」

 ボトラーズは私を包み込むと、大音量の準備を整える。

「さぁ、アイネ。私の舞踏に耐えられるかな?」

 どん。
 どどどどん。
 どどどどん。
 どどどどどどどどどどん。

 スネアドラムの音が小さく聞こえる。

 私はすかさず体勢を固める。
 体が動かなくなるのは承知の上だ。
 相手の能力は前回の死で経験済み、私の能力は相手には見せてはいない。
 力が圧倒的に劣っているのはわかっている。
 ならば、こちらの手の内を明かさないことこそが、私にとって一番有益なことだった。

 そろそろ筋肉が硬直し始める。
 相手の背後から一つ、二つと楽器が取り出されていく。
 スネアドラムに続き、フルートが追っていく。

「さぁ、今度のアイネは何小節目まで耐えられるか見させてもらおうか!」

 ボレロは指揮棒を握りしめて思い切り振り上げる!

 どん。
 どどどどん。
 どどどどん。
 どどどどどどどどどどん。

 フルートの美しい音色を聴きながら、早くも私の心臓が揺れ始める。
 彼女は型破りな演奏方法を心得た化け物のようだ。
 なぜそう思うか、それはこのような小さな音に対しここまで大ぶりな指揮を行うことは私の知る限り存在しないからだ。
 つまり、自分の指揮にかなりの自信のある素晴らしい指揮者なのだ。

 私はその美しさと残酷さに胸を打たれながら彼女の演奏を聴いていた。
 まだ早い、まだ早いと心臓が鼓動する。

 クレシェンド、クレシェンド。

 ボレロの魔力が手の中で揺れ動くたびに徐々に音を大きくしていく。
 私の皮膚が揺れ始めるのがこの頃。
 細胞が少しずつ悲鳴をあげ始める。

 対する私は、何もしない。

 まだ早い、まだ早い。

「おや、また何もしてこない気? 少しは魔力が上がったと思ったんだけど、それはただの飾りか何かか?」

 ボレロは私を蔑んで嘲る。
 しかし、私は我慢を続けた。

 演奏なら始まっているのだ。
 そう、私の魔法は『セレナーデ』。
 小さな夜の曲だ。

 私は大きくなりつつあるボレロの演奏の前に目を瞑った。

 あの日、15歳の私に起きた事を思い出す。
 走馬灯を見るように、記憶の中をかき回すように思い出そうとする。
 あの日の美しい青い髪の色、艶やかな月の輝きを纏った柔らかな表情。
 煌びやかな彼女の透き通った羽。

 一人の女性は私とよく似ていて、いつも比較されながら生きてきたっけ。
 有能、天才、美貌を全て持ち合わせたまさに神童の中の神童。
 それは、私の姉の事だ。

 つづく。

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