俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第45話 レクイエム


 ★★★★★★

 私たちは赤くなった夜空を眺めていた。
 今日はニュースで『かいきげっしょく』が起きるって言ってた。
 それの影響なのか、月が半分だけ赤い。

 エータは何故だかルンルンと私の横を歩いていた。

「ねぇ、本当に大丈夫? 痛くない?」

 エータの頰は赤く腫れ上がり、すごく痛そう。

 あの時。
 私のその……お毛毛を見られて恥ずかしくなって思いっきりぶん殴っちゃったんだけど……。
 でも、それは仕方がないことなんだ!
 私の体質なんだよ!
 毎日ちゃんと剃っても剃っても生えてくるんだもん!
 女の子的にはすごくショックなんだよぉ〜!

 私は少しだけ顔を赤くしながらエータの顔を見る。
 痛いはずなのに、我慢しちゃって。
 なのに、彼は意気揚々としている。

「大丈夫だよ、テルさん!」

 楽しそうなエータを見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってきた。

 エータのズボンを履いている私。
 なんだか脚のいろいろなところが擦れて気持ちいい。
 ……特にパンツ履いてないから擦れて……うぅっん……。

 まるで、エータに触られてるみたい。
 足をスリスリされてるみたいって事。
 初めて着る長ズボンを全身で感じながらエータと二人で歩いていく。

 なんだろ、ちょっとだけ楽しいかも。

 そんなことを思っていた午後6時23分。

 東京タワーの方から禍々しい殺気を感じた。
 私はその波動を観測した瞬間、ステップを踏むエータのところへ走って行く。

「エータ!」

「えっうおぉっ!」

 私はエータの胸ぐらを掴むと、上に乗りかかる。

「ディレスト・アカナリアヌア・セティン!」

 私は急いで結界を張ると、エータを抱いて丸くなった。

 やばい、殺される!

 あたりは真っ赤になり、空が砕けて刃が降り注ぐ。
 結界はすぐに破れて、刃が私たちに襲いかかった。
 背中に深く突き刺さるが、ベルちゃんが咄嗟の判断で私たちの上に膜を張ってくれたらしい。
 それでも深く突き刺さる十字架が私の内臓を抉り出す。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「て、テルさん!!」

 私はエータを抱きしめながら、ただただ刃が止まるのを待っていた。

 私の結界は弱い。
 他の王女ほど器用な魔法は使えないのだ、私の種族は。

 私の背中に赤く輝く十字架が何本も突き刺さる。

「あぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「テルさん!! テルさん!!」

 私はその輝く星が降り注ぐ世界の中で、人間や風景が朽ちていくのを見た。
 私はエータにその光の雨が当たらないように全身で押さえつけた。
 ベルちゃんも悲鳴をあげながら私のことを守ってくれていた。
 1番痛いのはベルちゃんのはずなのに……。

 ★★★★★★

 光の雨が止むと、私はエータに倒れ込む。
 あたりに殺気を感じなくなったのに安心したのか、急にエータに甘えたくなったのだ。

「だ、大丈夫かよ、テルさん! テルさん!」

 私を呼ぶ声がする。
 その声は、愛しのリュート君のものではない。

「え……エータぁ……」

 私はエータに抱きかかえられると、エータは私を強く抱きしめてくれた。
 背中からビチャビチャと音が聞こえる。
 吹き出した私の血液が地面に落ちる音なのかな?

「ご……ごめんね、エータぁ……また、お漏らししちゃったかも……!」

 私はじわじわとズボンに滲む液体を肌で感じるとブルブルと震えだす。

「ゔぉえぇぇ!」

 吐き出す血。
 これ、全部私のものなの……?!

「喋らなくていいよテルさん! 大丈夫だよ? テルさん。俺がずっと一緒にいるから……!」

 エータは私をギュッと、ギュッとしてくれた。

「え……へへ、お漏らし同盟だね……!」

 私はこんな時だからこそ、エータに笑って欲しくなった。
 理由はわからないけど、なぜかエータとは会えなくなる気がしたのだ。
 寂しくなるね、エータ?

 エータぁ……。

 エータぁぁ!

 そして、エータはさらに私を強く抱きしめる。

「テル。俺、君のことが会った時から好きだったんだ。だから、俺はここからずっと離れないよ?」

 エータはそれから全く動こうとはしなかった。
 なんで?
 なんで、エータは私に告白したの?
 ……もう私は長くないと思ったからかな?

 エータはとっても私にとって都合のいい男の子だった。
 褒めてくれるし、優しくしてくれるし、私のダメダメなところも笑って見過ごしてくれた。

 だから、エータは恋人候補でもなければ友達とも思ったことなんてない。

 でも、今気づけば私の中のエータってどんな存在だったんだろう?

 私はエータの肩に重たくなった腕を乗せた。
 ゆっくりとエータの首を自分の首に擦り付けた。

「びぃえええええ! びぃえええええ!」

 私はなぜこの男の子に泣きついたのかはわからない。
 なぜこの男の子を守ったかはわからない。
 でも、どこかで守りたいと思った自分がいたんだ。

 私はエータに体を擦り付けて、エータの全てを体で感じた。
 暖かくて、柔らかくて、硬い。
 私はそれからゆっくりとエータの顔を眺めた。
 なぜかはわからないが、急にエータが愛おしく思えた。
 好きなんかじゃない。
 でも、嫌いでもない。

 私にとってのエータって……なんなの?

 私はそのままエータにキスをした。
 舌を絡めながらのキスだ。
 血でドロドロになった私の中も、エータは受け入れてくれた。
 ごく、ごくとエータの喉は鳴る。
 その喉の動きが私は好きだった。
 尖った牙がエータの歯と当たる。
 それでも、私はエータの舌を求め続けた。

 朽ちた世界の中に私たち二人。

 あたりは赤く染まる、混沌の空。
 大地は引き裂かれて、怒号を上げる。

 しかし、そんなことは関係なかった。

 エータは私から唇を離すと、ゆっくりと笑った。

「これからよろしくな、テル?」

「……うん、エータぁ……」

 私はエータの首から手を離す。
 後ろに見えた光。

 暁に照らされた一つの閃光。
 その影から一人、姿を現した天使。

「私はレクイエム。北の王女・テルの首をもらい受けに参上した。私の鎮魂歌を前に古き世界と眠りにつくが良い」

 天使は羽を広げると、月の光を吸収しながら大きく膨れ上がる。

 午前0時。

 時計塔の針はもう動くことはない。

「『怒りの日』だ、生命よ。洗礼される時が来たのだ!!!!」

 レクイエムは口の先に大きな魔力の塊を作りだす。
 すると、レクイエムの翼がどんどん大きくなり、オペラ座の舞台の様になって行く。
 そこに配置された汚い人形たち。
 彼らは口を大きく開けると、重低音と超音波を発しながら歌い出す。

 Dies irae,
「怒りの日よ!」

 dies illa,
「怒りの日よ!」

 レクイエムの声が響き渡ると、大地は激怒して熱を発しながら噴火を始める。
 私はゆっくり立ち上がり、エータを振りほどく。

「テル!」

 エータは私に近づこうとするから、つい魔法をかけてしまった。

「……!」

 ピッと指で線を引くと、エータは姿を消した。
 エータはおそらくそこら辺にいるのだろうが、私にはもうエータは見えない。
 これが私の本来の力だ。

 Solvet saeclum in favilla:
「怒りの日、その日は世界が灰燼に帰す日だ!」

 Teste David cum Sibylla.
「それは、ダビデとシビラの予言通り!」

 レクイエムの周りについたオペラの舞台に乗った人形がゆっくりと暁の夜空を埋め尽くして行く。
 数百メートルにも及ぶ地獄の扉を前に、私はもう何もできることはなかった。

 いや、まだ一つだけあった。

 Quantus tremor est futurus,
 Quando judex est venturus,
 Cuncta stricte discussurus!

「審判者が現れてすべてが厳しく裁かれるとき、その恐ろしさは如何程か!」

 レクイエムの詠唱が完了すると、オペラの舞台の人形は、私の体をめがけて全員振り向く。

「裁きの時間だ、北の王女!」

 レクイエムは嘆き狂う大地を眺め、ニヤリと笑う。
 今更、この絶対魔法を止める術なんてない。
 なら、当たるしかないよね。

「ベルちゃん、最後のお仕事だよ?」

 話しかけても反応がない。
 ベルちゃんは十字架が核に刺さったのか、もう喋ることはなかった。
 それでも、私は一人じゃない。
 私の後ろにはもう一人いるから。

 そして、私は名乗りをあげる。

「私は北の王女! 『ウィリアム・サーデリア・テル』である! ワーウルフの頂点に君臨せし最強の種族、ウィリアム家の王女、テルであるぞ! 私の上に立つものがあるものか、それは虚言! 虚偽! 空想なり! 私の人狼の力で其方の存在ごと抹消させてくれようぞ!」

 私は暁を眺めて思い切り息を吐く。

「あぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!」

 私は赤い空に吠える。
 オペラ座は小さな私に微笑みかけた。

『レクイエム』!!!!!!

 放たれた魔法弾とオペラの舞台は私の体を貫こうと襲いかかる。
 十字架を背負ったまま動くことなんて、それは大罪になるのかな?

 その十字架はきっとまだ後ろで私のことを眺めてるんだ。

 そうだよ、私には大好きなものができた。
 それを守るためなら、最初で最後の晴れ舞台、見せてあげちゃおうかな?

 エータに私の初めて、あげるよ。

 ばいばい、エータ。

『ウィリアム・テル』!!!!!!

 私は小さな小さな魔法弾をレクイエムに高速で打ちあてた。

 その魔法弾が効くだなんて思ってない。
 それは分かっていたことだ。
 その魔法弾は見せかけの偽り。

 だって、私は人狼だからね。

 その魔法弾が本体に直撃すると、あたりはキュルキュルと回りだして、明るい空が見えるようになった。

 空間転移。
 ダメージ系だと思った?
 ふふ、それは偽りよ。

 最後の魔力でこのオペラ座ごと私たちがいた次元に戻ることにしたのだ。

 そこは人が住む場所から遠い遠い場所。
 私の思い出の場所。
 ここでなら、私は朽ちてもいいかなって思えた。

 最後に、私からの返答をエータに伝えれば良かった。
 『大好きだよ』って。

 でも、これでエータはどこかで生きていけるよ。
 だから、処刑される人狼のことをどうか忘れないでね?

 つづく。

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