異能学園のアークホルダー

奏せいや

可能性を感じさせる

 言い返せなかった。前回も。今回も。けっきょく自分の言っていることはただの理想で、餅に描いた絵だ。

『現実に理想が入り込む余地などない。夢でも妄想でもない、今こそ現実を直視しろ』

 生徒会長の言葉が浮かぶ。思い出される言葉の数々が、信也の夢を崩そうと圧し掛かってくる。

 信也はなにも言えなかった。

「話は以上です。長い間留めてしまい申し訳ありません。どうぞお帰りを」

「……ああ、さよなら先生」

 信也は振り返り扉に向かう。置き忘れた信念があるはずなのに、言い忘れている思いがあるはずなのに、言えない。言い返せない。

 信也は負け犬のような背中を晒して理事長室を後にした。

「神崎君」

 その直前、信也に掛ける言葉があった。

「君はランクAであるにも関わらず、ランクが人を定義する絶対的な要因ではないと考えているようだね」

「そうだけど……」

 足を止め振り返る。机に目を向ければ、そこに座る賢条が信也を見つめていた。

 眼鏡の向こう側では、まっすぐな瞳が信也を映していた。

「今でもそう思っているかい?」

 理事長が問うのは覚悟の重さ。その言葉は信念を測る天秤のようだった。

 問われている、信也が抱く理想、人間の可能性。諦めなければ道は開けると、そう信じて疑わない思いを。

 ハッとする。信也は表情を引き締めた。そして、まっすぐな目で答える。

「思ってるさ」

 二年前から燃えている想いを、信也は今だって感じているから。

「俺は知ってるんだ、人間の可能性をこの目で見た。だから諦めない」

 断言できる。確信持てる。自分の信念、人間の可能性に限界などないことを。

「いい目だ」

 信也の答えを聞いて、賢条は言う。

「貫いてみるがいい、君の可能性を」

 賢条のするどい視線が少しだけ優しくなった気がした。それを感じて信也の表情も緩む。

「言われるまでもないさ」

 信也は今度こそ理事長室を後にした。その背中には取り戻した自信が輝いていた。



 信也が出て行った理事長室では賢条と牧野の二人が残っていた。

「牧野、君の目から見て彼が犯人だと思うかい?」

 賢条は席を立ち窓際に立ち寄った。白のカーテンに覆われている向こう側を見るように賢条の瞳には芯が通っている。

「彼のアークの全容は未だ解明されていません。そのため彼が犯人かもしれないと話を聞いてみましたが、彼の反応はとても自然でした。ですが、依然警戒すべき対象かと」

 扉付近で直立する女性は表情をそのままに答える。口調に乱れはない。自身のクラス生徒だからと私情を挟むような女性ではない。

 それをよしとして賢条は指示を出した。

「すぐに監視を開始しろ」

「はっ。では早速手配を」

 背中越しに出された命令に牧野は小さく頷いた。それからすぐに扉に振り向き取っ手に手を伸ばす。

 ランクAのデータは貴重だ。見逃すわけにも、もしくはこれ以上奪われるわけにもいかない。警護と監視を兼ねて、神崎信也は厳重に監視すべき存在だ。

「彼は」

「はい?」

 その一刻を争う事態でなにを話すか。あるはずがない。故に牧野は足を止め振り向いた。決して無駄を好むような男ではない彼が、このタイミングで口を開いたこと。それが信じられなくて。

 牧野が見る先、背中を見せて立つ男の顔は分からない。なにを、どこを見ているのかも分からない。

 けれど感じる。

「面白い子だな」

 伝わるのだ。

「可能性を感じさせる」

 彼が、笑っているのが。

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