異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

サラダを作る第47話

 キッチンとは、なんだろうか。
 そこは、ただの栄養摂取を食事へと変えてくれる場所のはずだ。


 決して肉を炭にしたり、野菜を炭にしたり、果実を炭にする様な場所では無いはずだ。


 でも今、俺のいるキッチンはそういう場所と化している。


「うわぁ……」
「ひでぶぅ……」


 この屋敷のキッチンは、結構本格的だ。
 コンロは業務用らしい火力強めのが5口もあるし、本格的なピザとかを焼ける様な立派なオーブンもある。


 そう言った設備が、黒炭で汚れている。
 台の上には試作と思われる品が数点。そのどれも、真っ白な皿が真っ黒な炭化物の存在感を強調している。
 これは、多分料理では無いはずだ。
 炭アート的な何かなはずだ。
 そうに決まっている。


 そう思いたい時期が、俺にもありました。


「……っていうか、これパイナップルだよな……何故に丸焼き……」


 パイナップルらしき炭化物を持ち上げてみるが、掴んだ途端に砕けてしまった。
 ……完全に炭と化している。逆にすげぇ。


「……でっぷ……」
「……何も言えねぇ……」


 こいつぁ酷ぇ……とサーガとコクトウも戦慄している。


「笑えば良いじゃない……」


 キッチンの隅。
 メイド姿で膝を抱える1人の女性。
 アリアトである。


 清掃系の作業はきっちりマスターした彼女だが……調理に関しては、1週間以上訓練した上で、これだ。


 いや、まぁ、一応進歩はしている。
 初日、彼女に試しに1品作らせて見たところ、ひしゃげたフライパンに乗った灰の小山を「卵焼き」と言い放ちやがった。
 しかもよく見ると、灰の中に金属物も混ざってた。おそらくアレはお玉の残骸だ。


 ……今日は……一応、フライパンは無事だ。
 うん、まぁ調理器具を破壊しなくなっただけ、料理に近づいたと言えるだろう。


 ……いや、待てよ、お玉が2、3本減ってる気がする。菜箸も目に見えて…いや、きっと気のせいだ。


「……何でお玉もお箸も、皆すぐ壊れてしまうの……」


 何も聞いてない。俺は何も聞いてないぞ。


「っていうか、火加減が下手だとは聞いてたけど……もうわざとやってんじゃねぇか、これ」


 もう火加減うんぬんの問題じゃない。
 そういう兵器の実験をしてたとしか思えない。


「そう思う? はは、何も知らないくせに、そう思うんだ、あははははは」
「ご、ごめん……」


 ヤバい、アリアトの目に全く輝きが無い。笑ってるけど笑ってない。
 どうやらガチで取り組んでこれらしい。


「そう、そう言えば、今日は調子が悪い日なのよ。ほら、例の反動。朝から胃の位置がおかしいなぁと思ってたの」
「あのな……嘘吐くならもうちょいマシな嘘吐けよ。お前、反動の日はもっとエロい感じだろうが」
「エロッ!?」


 このリアクション、まさか自覚なかったのか、こいつ。


 こいつらが屋敷に来てからの3週間。
 俺は何度か反動に悶えるこいつの姿を見た事がある。


 ……もう何て言うか、お前絶対これ辛いと思ってないだろ、って光景だった。


 何かこう、全身からジットリとした汗流しながら、蕩けた表情でベッドの上でモゾモゾ。
 そしてうわ言の様な、何かこう、艶気のある声で「あ、体内ナカで腸が暴れて、あ、あ、お、奥ダメ! 奥にこすれ……あっ……」とか喘いでる始末。
 官能的な意味で悶えていた様に俺は見えた。
 最終的には涎やら汗やらその他諸々の汁を撒き散らしてたし。


「エロって……アレ本当に痛いのよ!?」
「…………」
「な、何よその目は……」
「いや、本当に痛いんだとしたら……」


 痛みでああなってたって事は、こいつひょっとして……アレなんじゃないだろうか。
 その、アレだ。
 踏まれたりすると喜ぶ方面の人。


「…お前、マゾなの?」
「はぁぁぁぁ!? んな訳無いでしょ!? 私がマゾだったら、そもそもグリーヴィマジョリティなんて結成して無いわよ!」


 まぁ、確かに。
 不幸な境遇に耐えかね、こいつは世界を変えようとしたんだ。


 だとすれば……


「ここ最近で、目覚めつつあるとか?」
「……どうしても私をマゾにしたい訳?」


 いやぁ、だってお前、あの光景を見せつけられた後に「私はノーマルです」とか主張されてもなぁ……


「とにかく、そんなくだらない事言ってないで、今日こそ私にちゃんと料理を教えなさい。できるだけ苦労しない方向で」
「ナメてんのか」


 俺がこの屋敷に勤め始めて、世間一般的な炊事スキルを手に入れるまでにどれだけ頑張ったと思ってんだ。


「おい、マゾなら苦労する方向を所望しろよ、このクソ半端物」
「マゾじゃないっつってんでしょうが黒いの。もっと黒くしてやろうかしら」
「うおぉい!? クソガキ! このクソ半端物、俺っちをオーブンに突っ込む算段をしてる様に見えるぞ!」


 ああ、アリアトは真っ直ぐにオーブンを見つめているしな。多分、これ以上癪に触る事を言ったらマジで詰め込む気だろう。


 ってな訳で、そろそろ冗談は止めにするか。
 割と根も葉も無い冗談って訳では無い気もするが、本人が頑なに認めない以上、そういう事にするしかあるまい。


 さぁ、気を取り直して、俺の職務を全うするとしよう。
 ……でもなぁ、今日まで散々色々教えてきてこの現状なんだよなぁ。
 どうしたもんか……


「あー…そうだ、うん。ちょっと、方向性を変えようぜ」
「……方向性?」
「火を使うのだけが、料理じゃねぇよ」


 焼く、炒める、煮る、蒸す、加熱する等…結構色んな手法を封じられるが、まぁ、アレならこいつでも作れるだろう。


 そう、サラダである。




 そうして出来あがったのは、砂粒大にまで刻まれた野菜達が山を成した1皿だった。


 うん、これはサラダでは無い。
 色鮮やかな砂で作ったお山さんだ。
 証拠に、サーガが崩して遊ぼうとしている。


「不器用か!」
「笑えば良いじゃない!」
「笑いすら起きねぇよ! 刻み過ぎだよ! つぅかちょっと待って、俺レタスとグリーンカールは手で千切ってって言ったじゃん! この馬鹿!」
「ば、馬鹿って言わないでよ!」
「って、何でちょっと頬を赤らめてんの!? やっぱマゾなの!?」
「違うっての! 今度マゾって言ったら本当にオーブンに詰めるわよ!」


 何もかも砂粒大に刻むとは、素晴らしい技能だ。
 この砂サラダも、ベジタブルパウダーとして、他の料理のアクセントに活用する事には適している。
 これに塩を混ぜ込めば野菜ふりかけとしての活路も開けるだろう。
 そこは褒めてやる。


 でも、今作るべきはサラダだ。ベジタブルパウダーをどうする気だ。サラダにかけるのか。野菜の上に野菜か。野菜のオンステージか。オンパレードか。もうそれパウダーにする必要無いじゃん。そのまま盛れば良いじゃん。そう、そうして出来上がるのがサラダと言うものです。以上。


 何と言うか、アレだな。
 サッカー選手が球速200キロ強のナックルカーブ投げれても意味無いんだよ。
 才能は適材適所で活かしていただきたい。


「だ、大体何よ、手で千切るなんて。そんなの不衛生じゃない。何のための調理器具よ」
「手は石鹸で洗ってアルコール消毒しろ! 調理器具はその時々でちゃんと役目があるから安心しろ!」


 このシーザーサラダの場合、包丁さんはトマトを4等分する際に使うんだ。
 そのトマトすら微塵に跡形も無く刻む様な使い方は、絶対に間違っている。


「良いから、1回、本当に1回だけで良いから。1から10まで俺の指示通りにやってくれ……」
「それが出来るなら苦労しないわ」
「苦労してでも出来る様になれっつってんだよ!」
「…………わかったわよ」


 小さく舌打ちが聞こえたした気がするが、アリアトは言葉通り、俺の指示した動きを見せる。


 数分後、レタスとグリーンカールを下地に、上から生ハム・粉チーズ・4等分したプチトマトを散らしたシーザーサラダが完成した。


「ふ、普通のサラダになった!?」
「あぶぉ!?」
「何驚いてんだお前らは……」


 素人でも普通はサラダくらい作れるもんだ。
 だって千切るか切るかして盛るだけだもの。


 あとは、ドリップボウルにドレッシングを注いで、添えれば完璧だ。


「見なさい、私が…私がついに大いなる第1歩を踏み出したわよ!」
「あ、ああ……そうだな、うん」


 お前はラジコンの如く俺の指示を再現しただけだけどな。
 とてもそんな事を言える雰囲気では無いが。


「さぁ、早速誰かに食べさせましょう!」
「何かすげぇ楽しそうだな、お前」


 何かかつてない程アリアトが生き生きしている。反動で悶えてる時よりも楽しそうだ。
 1ヶ月前の彼女とは180度真逆の笑顔。


「もうあなたで良いわ。ほら、早く食べて感想を聞かせなさい!」
「感想って……」


 まぁ、はっきり言って……


「……うん、美味いな」


 だって、普通にシーザーサラダだもの。
 味をいじる工程を踏まない簡単な料理サラダで、不味くなるはずが無い。
 材料が腐ってりゃ別だろうが、当然そんな訳も無いし。


 ……なのに何だろうなぁ……アリアトがすげぇキラキラした目でこっちを見ながら超笑顔なんだけど。
 何か、「美味しいでしょ? でしょ? 私すごいでしょ? 褒めても良いのよ!?」的な目でめっちゃこっち見てる。


「……まぁ、良くやったんじゃねぇか。初日に比べりゃ大した成長だと思う」
「ふふん、当然の結果ね」


 ……指示が無けりゃ、炭を錬成するか野菜を砂にする事しかできない癖に……


「さぁ! じゃんじゃん作るわよ!」
「はぁ? もう今日は良いだろ。サラダを作れる様になっただけ大収穫だって…」
「だから、皆の分のお昼ご飯を作るのよ!」
「はぁ……?」
「あなたは知らないでしょうけど、シャンドラも誰も彼も、昔っから事ある事に私が料理下手なのをネタにしてくれやがってたのよ……!」


 まぁ、ネタにもされるだろうよ。
 俺が来る前に生産された炭の山を見る限り、小馬鹿にできる笑いの種としては上出来だと思う。


「今日の昼、このサラダで皆の度肝を抜くのよ!」


 サラダだけで度肝を抜けるとは到底思えない。
 お前が思っている以上に、サラダの難易度は低いぞ、アリアト。
 だって、小学校低学年の家庭科の調理実習でも作るレベルの代物だからな。


 ……でも、まぁ、何だ。
 楽しそうな奴にわざわざ水を差す事は無いだろう。


「そうか。じゃあ、頑張れよ」
「頑張るまでもないわ! もうサラダ如き余裕よ」
「そこは素直にうんって言えよ……」


 何だろう、こいつ、褒めたらすぐに付け上がるタイプか。
 貶すとちょっと喜ぶし、隙が無ぇな。




 そしてこの後、調子に乗ったアリアトは、俺の指示に無いアレンジを加えようとして地獄を見る事になる。


 ……やっぱこいつ、馬鹿なんじゃないだろうか。






 そんなこんなな訳で、アリアトの料理の件は……まぁ、今後も生もの中心で攻めるって事で解決した。
 今度は刺身の盛り付け方を教えるとしよう。
 マグロときゅうりの酢味噌和えとかまでなら、こいつでもどうにかなるだろう。


 アリアトに火を使った料理を教えるのは、かなり根気と時間が必要になる。
 流石にそれはちょっと、『アレ』が終わってから、じっくり取り組ませていただきたい。


 俺には今、アリアトの女子力を上げる事以上に、本腰入れて取り組まなきゃならない事があるんだ。








「では、始めるか」


 広い庭。
 俺は、執事長と対峙する。
 サーガとコクトウは、ギャラリーであるユウカとシング、そしてグリーヴィマジョリティ子供組に預かってもらっている。


 これからする事、それは、体術の訓練だ。


「んじゃ、お願いし、ます!」


 思いっきり地面を蹴り付け、俺は執事長の懐へ直進する。
 だが、当然すんなりとは入れてもらえない。
 拳が、迎撃してくる。


 それを躱した、と思った次の瞬間には、俺の視界が急転する。
 気付けば、俺はうつ伏せに押し倒され、後ろ手を取られて組み伏せられていた。


「ぐぬぬぬ……!」
「イビルブースト無しでは、今、何をされたかも理解できなかっただろう」
「うぅ……」
「恥じる事は無い、当然の結果だ」


 執事長の体術は、常人には最早理解すら及ばない領域。
 今までコクトウにおんぶに抱っこだった俺が、見切れるはずも無い。


「だが、そんな事ではゲオルには到底勝てない」


 ……そう。
 この訓練は、ゲオルに勝つための訓練だ。
 現状俺は、剣術はキリカに、魔法はシングとアリアトに、そして体術は執事長に教えを乞うている。
 全部、来るべきゲオルとの『決闘』のために。


「がんばれーロマーン」
「ぱう、やえー!」
「しっかりしなさいよ! 死ね!」
「リゼ……応援になってない……」
「ムシロ罵倒?」「イヤ、普通ニ罵倒ダロ」
「死ねって言いたいだけだよね、絶対」
「ああ、組み伏せられてるロマンちゃんも可愛い! そこはかとない薄い本の匂いもたまらない! マコ×ロマ!? 上司×部下とか素晴らしき王道! しかも執事属性! キャー!! そして最後は私がロマンちゃんをNTRなENDでパーフェクツッな愛の物語のピリオド! そうしたい! 是非そうしたい! 身も心もマコトさんに開発されたロマンちゃんの体を姉テクで調教し直したい! 『やっぱりお姉ちゃんが僕のNO1』って言わせたい! 何これ萌え死ぬ! 妄想が止まらない! 今年の夏は薄い本が厚くなっちゃう予感!?」


 ……おい、何故風呂掃除中のはずの姉貴アホがここにいるんだ…ってあ、ガドウさんが姉貴を引きずって行く。
 やっぱり風呂掃除から抜け出して来たのか。


 って、そういう事を気にしてる場合じゃねぇ。
 俺には、もうそんなに大した時間は残っていない。


 執事長が拘束を解除してくれたので、俺は瞬時に飛び起きる。


「もっかい、お願いします」


 ゲオルとの『決闘』まで、もう、あと1ヶ月無いんだ。


 1ヶ月もしない内に、俺は、あの世界最強と称される男と決着をつける事になる。


 サーガの人生を賭けた、父親として絶対に負ける訳にはいかない『決闘』に、俺は臨まなければならないんだ。
 そして、絶対に勝たなきゃいけないんだ。



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