異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

閑話 Promise To Fulfill

「ヒエン……それに……」


 キリカの背後にいたのは、魔剣豪の3弟子。
 つまり、ヒエンとラフィリア、そして……


「……随分と、手酷い目を見た様だな、少年」


 魔王を討った男。
 そして、サーガを狙う男。
 ゲオルだ。


「何でお前が…!」
「何で、と言われてもな。貴様より、俺の方がこの屋敷には縁があるはずだが」


 あ、確かに。


 要するに、ラフィリアが対グリーヴィマジョリティの助っ人として選んだのは、3代目魔剣豪と2代目魔剣豪の弟子達、と言う訳だ。


「……魔王の息子が、誘拐されたそうだな」
「っ!」
「正直、失望したぞ。俺と闘った時の気概はなんだったんだ」
「…………」
「兄貴、言い過ぎじゃ……」
「そうよゲッさん、マコトの話じゃ相手が悪かったみたいだし……」
「黙っていろ。これは、そういう問題ではない」


 ゲオルが、真っ直ぐに俺を見据える。
 その目に宿っているのは、怒りでは無い。
 本当に、「呆れ果てた」と言いた気な目。


 言葉通り、失望の視線を俺に向けている。


「貴様は魔王の息子と言うモノがどういう存在か、わかっているはずだ」
「…………」


 言われなくたって、わかってる。
 サーガは魔王の息子で、魔法の才能がある。魔王の強大な力を引き継いでいる。
 もしサーガを悪用しようなんて者の手に落ちればどうなるかなんて、わかりきっている。
 最初の頃、シングがサーガの正体を必死に隠していた理由の1つでもある。
 アリアトがそうでないとしても、彼女がその利用価値に気付けば、どうなるかはわからない。


「俺が魔王の息子を始末するのを阻んだ以上、貴様はどんな敵が相手だろうと、奴を守り切る責務があった」
「……わかってる。好きなだけ、罵れよ」
「……何?」


 ゲオルが俺に言う事は、もっともだ。
 俺は、サーガを守り切らなきゃいけなかったんだ。
 それなのに、俺は守れなかった。
 ブン殴られても、文句なんて言えない。


 だが、


「後で、いくらでも聞いてやる」


 今はそういう場合じゃないんだ。


「キリカ、頼む。俺をもう1度、コクトウの中に飛ばしてくれ」
「……その体で魔剣奥義を習得したとして、戦線に立てるとは思えないが」
「イビルブーストを使えば、少しは無茶が効くはずだ」
「ロマンさん!」
「ごめん、シェリー。……どうしても、俺がやらなきゃいけないんだ」


 俺は、とんでもない失態を犯した。
 アリアトに負けただけでなく、サーガを守れなかった。


 そのミスは、取り返しなんて付きはしない。
 過去は、変えられない。
 どれだけ後悔しようが反省しようが落ち込もうが、過去は変わってくれない。
 失敗を取り戻せるなんて思わない。


 でも、だからって開き直って何もしないのは、違うと思う。
 取り戻せないとしても、取り戻すために足掻くべきなんだ。
 責任を取れないとしても、許されないとしても、足掻かなきゃいけないんだ。
 じゃないと、事態はただ最悪の状態へと向かっていくだけでは無いか。


 事態を1ミリでも好転させるために、出来る事があるなら、諦観する前にそれをするべきなんだ。


 だったら、嘆いてる場合じゃないだろう。
 ベッドの中で丸くなって泣いてる場合じゃないだろう。


 自分を責めるのは、後だ。
 誰かから罰を受けるのも、後だ。
 ……決して後回しにして良い事では無い。わかっている。
 とんでもなく身勝手な理屈だって事も、わかっている。
 その身勝手さへの謗りも、後で甘んじて受けよう。


 今やるべき事は、他にあるんだ。


「俺が、サーガを迎えに行く」


 俺は、この手でサーガを救い出す。
 自分の不甲斐無さを責めるのも、ゲオルに殴られるのも、皆に土下座すんのも、それからで遅くは無いはずだ。


 サーガを救いだして、この手で抱きしめて…許してくれるかはわからないが、謝りたい。
 泣かせてしまってごめん、と。
 情けない姿を見せてしまってごめん、と。


 あいつは、俺が甚振られる様を見て、不安や悲しみを抱いてしまったんだ。
 この手で、アリアトをブッ倒す。そんで、サーガを救い出す事で、俺は平気だと言う事を証明して、安心させてやりたい。そういう意図もある。


「……今できる最善の選択はわかっている、か。己の失態にかまって現状を見失う程、愚かでは無い様だな」
「…………」
「俺は先に行かせてもらう」


 そう言って、ゲオルは俺に背を向けた。
 ヒエンもそれに続く。


「俺が先にアリアトと言う女を倒した時は、魔王の息子も一緒に始末させてもらう。せいぜい、急ぐ事だ」


 嫌なら守ってみろ。足掻いてみせろ。


 初めて俺と対峙した時と同じセリフを残し、ゲオルは行ってしまった。








「……状況はわかってるな、コクトウ」
「…………ケッ」


 薄暗い部屋の中。
 ベッドに腰掛ける黒髪の麗人、コクトウ(原型)。


「……話してくれ。お前が、俺を拒む理由」
「…………」


 コクトウが、目を合わせてくれない。
 その表情は、苦渋に満ちていた。
 彼女の中で、何か激しい葛藤が起きている事だけはわかる。


「コクトウ」


 ……俺には時間が無い。
 例え最低な手段を使ってでも、聞き出させてもらう。


 その場に膝を着き、頭を下ろす。
 あの魔王も『最大のカード』として使って来た交渉術。
 土下座だ。


「頼む」
「……無様だな」
「ああ」


 強く返す。
 乗せれるだけの意思を乗せて。


「俺は無様だよ。クソ弱ぇよ。何もできやしねぇよ。ガキの前でかっこつける事すらできやしない」
「…………」
「でも、それじゃダメなんだ」


 このまま、無様な俺のままでは、ダメだ。


「俺は、サーガの父親になりたい。息子に心配なんてされねぇ、最高にかっこいい親父だ」
「……父親、ねぇ……」
「だから、頼む、コクトウ。あいつの前だけでも良い。俺を、かっこいい奴でいさせてくれ」
「…………」


 キリカは言った。
 忠誠を誓わせたいのなら、相応の誠意を見せろと。
 俺にできるのは、ただ本心をブチ撒ける事だけだ。飾る事の無い俺の本心で、こいつにぶつかる事だけだ。


「俺は、魔剣奥義を習得したい。サーガを助けるために、守るために、あいつにかっこいいって思われるために」


 俺の理由は話した。
 だから、聞かせてくれ。
 お前が俺を拒む理由を。


 身勝手で、最低なのはわかっている。
 人の隠している事を、状況を盾に土下座までして聞き出そうとしているのだから。
 それも、こんな自分勝手な理由でだ。


 でも、今の俺には、もうこれしかない。
 そんな自分の不甲斐無さが恨めしい。


「……わかってんのかよ。チビを助けるって事ぁ、あのクソ化物女の前に、立つ事になるんだぞ」
「!」
「テメェをそんな様にまで追い込んだ、最悪の敵だ」
「…………」


 確かに、恐い。
 自分でもわかる。アリアトともう1度対峙したら、きっと俺の足はすくみ上がるだろう。情けなく震える事だろう。はっきりと記憶には無くても、体は覚えている。アリアトから受けた仕打ちを。痛みと共に刷り込まれた、畏怖を。


「……それでも、行くんだ」


 その恐怖を飲み込むくらい、今俺の心に渦巻くサーガへの想いとあの女への怒りは強いはずだ。その程度の恐怖に、飲まれる様な物であってたまるか。
 無理矢理にでも飲み下してやる。


「そうかよ……」


 俺は絶対に退かない。
 その意思を、理解してくれたらしい。


「……ここまでされて、隠し通すのぁ非道って奴か……後悔しても、知らねぇぞ」
「……ああ、ありがとう」


 例え後悔する様な内容だとしても、何も知らずに諦めるよりはマシだ。


「……俺っちはな」






「…………」
「わかったか?」


 成程な……俺が元の世界に帰る事になったら、捨てられるのは目に見えてる。
 自分をいつ捨てるかもわからない奴に、心からの忠誠なんて誓える訳が無い、と。


「……そんな事かよ」
「はぁぁ!? そんな事っておま…俺っちがどんだけ悩んだ末にこの事を黙ってたと……」
「その事には感謝するよ」


 こいつが最初、俺を拒絶したのは、こんな事を聞かされては俺が苦悩する事になると判断しての事だろう。
 その気遣いには感謝するし、実際、あの時聞いてたら、かなり苦悩していただろう。


 でも、今となっては「そんな事」と一蹴できてしまう内容だ。
 だって俺は……


「俺は、元の世界に戻ってもお前を捨てたりしない」
「!」
「確かに、戦闘はさせてやれなくなる。でも、料理には使えるし、日曜大工にだって使ってやる」


 今まででも、散々料理に使ったり紐や角材を斬ったりに使ってる。
 こいつはその手の用途でも、それなりに満足する事は知っている。


「俺は、例えどこでどう生きる事になろうと、サーガもお前も捨てたりしねぇよ」


 俺はもう、サーガの父親になると決めた。
 それはつまり、サーガを元の世界に連れて行く、と言う事だ。
 サーガを連れてくって事は、自動的にシングもご一緒しちゃう事になるだろう。以前そんな事を言っていたし。
 様々な障害はあるはずだ。それでも、それを全部取り払ってみせる、それくらいの覚悟は決めたつもりだ。


 魔人2人連れてくんだぞ、今更、魔剣の1本や2本、問題になる物か。
 銃刀法に関しては……まぁ、室内装飾品とか、そんな感じで許可申請したり…最悪、バレなきゃオッケーって考え方もある。


「……口約束を信じろって?」
「うっ」


 そこを突くか……


「……これに関しちゃ、信じてくれとしか言えねぇな……」
「…………」
「絶対に、約束する」
「…………」
「お前が言う通り、口約束だけどさ……口先だけだろうと、紙に書こうと、約束は約束だ。絶対に守る」


 一応、俺は今まで約束を破った事は……記憶している限りでは、無いはずだ。


「…………『約束してくれる事が、重要』……」
「ん? どうした、コクトウ?」
「……わかんねぇ」


 わからない、そうつぶやきながら、コクトウは頭を押さえて笑った。


「なんか、俺っちは昔、今のテメェと同じ様な事を、言った気がする。ずっと昔…魔女だった、あの頃に」
「魔女だった頃?」
「……誰かと、何かを約束した気がする……そん時、だな」
「……その人、大事な人だったのか?」
「大事……? ……あぁ、そうだな……はっきりとは、わかんねぇが、そんな気がする」


 魔女だった頃の記憶を失っているコクトウ。
 それでも、彼女の中に僅かに残る誰かの影。
 きっと、本当に、本当に大切な人だったんだろう。
 だから、記憶には無くとも、魂が覚えているんだ。


「……まぁ良い」


 そう吹っ切る様につぶやいて、コクトウはその手を差し出して来た。


「クソガキ…いや、クソマスター。テメェの口約束に乗ってやる。……信じてるぜ」
「……おう」


 その信頼に応える様に、その手を、強く握り返す。


「それと、コクトウ、マスターじゃない」
「あぁん?」
「誰かの上に立つって柄じゃねぇんだ、俺」


 俺はまだ、『魔剣の主』なんてモンの器には程遠い。こんなザマだしな。


「だから、一緒に闘おうぜ、『相棒』」
「……ふん、良いぜ、クソガキ」
「おう!」


 さぁ、行こう。


 サーガを、迎えに。








「……ったく…全部、俺っちの杞憂だったって話かよ」


 クッソくだらねぇ。
 奥義を習得し、ロマンが出て行った室内で、コクトウは呆れた様につぶやいた。


 ベッドにごろんと横になり、溜息を吐く。


「……しっかし、『あいつ』ぁ誰だったんだろぉな……」


 ロマンの言葉に触発され、表層に登ってきた記憶の断片。
 コクトウの『約束』の相手。


 約束の事も、相手の容姿も、何も思い出せない。
 でも、そういう事があった…何か大切な約束を交わした人物がいた、という事だけは、確かに覚えている。


「……んぁ?」


 コクトウは、異変に気付く。


 コクトウは、定期的にロマンの魔力を吸収する。
 それはコクトウの意思では無く、『とある要因』がそうさせるのだが……


 その定期魔力吸収により、流れ込んで来た魔力が、どうもおかしい。


「クソガキのじゃ、無ぇ……」


 それは、ロマンの中に満ちていた、別人の魔力。
 ロマンの魔力と深く結びつき、ほぼ同化してしまっている、何者かの大いなる力。


 その魔力が、形になっていく。


 魔力が形成したモノ、それは、いかつい体格の魔人の大男だ。
 かなり老けている。それと、何やら偉そうな雰囲気を纏っている。


「……誰だテメェは……」
「…………」


 魔人の大男は、コクトウを見て、とても虚を突かれた様な表情を見せた。


 でも、直後に笑った。


「……どうやら、我輩は神様とやらに中々愛されているらしい」
「はぁ?」
「ロマンくんには、本当に感謝してもし切れないな」
「さっきから何ブツブツほざいてんだ、クソジジィ。……つぅか、マジで何なんだ、テメェは」
「……やはり、覚えてはいないか」


 少し寂し気なつぶやきだったが、それでも関係は無い、と大男はコクトウに微笑んだ。


「遅くなって、すまない」
「はぁ?」
「気にするな。こっちの話だ」
「はぁぁ……?」


 妙な奴が来たモンだ、とコクトウは再度溜息。


 大男は、ずっと笑っていた。


「こんな形にはなったが……約束は、果たしたぞ。クロエ」





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