異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

『最強』が参戦する第39話

「あら、執事長って感じ」
「マリか」


 薄明かりに包まれた階段の踊り場。
 階段を下りていた途中のマコトと、踊り場へ通じていた通路から現れたマリが出くわす。


「服が焦げ付いているが……」


 マリのメイド服は、いたる所にコゲ跡が残っていた。


「何か、爆炎を武器型に加工してくるレズ女に遭遇したって感じ」


 適当にへし折って、縛って吊るし上げて来たわって感じ、とマリは素っ気ない勝利報告。
 マリは人間なんぞに元々容赦はしない。
 彼女が武力行使を躊躇うのは獣相手の時である。


「執事長こそ、ズボンの裾、氷みたいのが付いてるわよって感じ。それに返り血も結構……」
「ああ、氷使いのチンピラと交戦した」


 ガドウとか呼ばれていたあのツナギ男だ。
 マコトの魔法を知っているだけあり、中~遠距離戦を仕掛けて来たが、マコトはそれを苦ともせずに撃破して見せた。
 マコトの武器は魔法だけじゃない。
 相手がいくら接近を拒もうが、その体術を活かして一瞬で相手の懐へと潜る。
 そしてあのガドウと言う男は、マコトの体捌きに対応できる程、手練では無かった。それだけだ。


「……その返り血、まさか『八裂鉄拳オーガストブレイク』で……」
「それも考えたが、これは純粋に奴をシバき倒した時に付着した物だ。随分の図に乗った発言を繰り返してくれたんでな。すんなり殺すより、生き地獄を見せてやる事にした」


 それにしても結構な量だ。
 相当ボコボコにしたと見える。


「……しかし、こんな馬鹿広い空間を、屋敷の地下に造られていたとはな」


 マコトが呆れるのも無理は無い。
 もう2人は、少なく見積もっても地下30メートル程の地点にいる。


「……物質操作系の魔法使い……だけじゃ、これは無理ねって感じ」
「ああ、おそらく、『リベリオン』とやらの成せる技だろうな」


 2人は階段を下る。
 コクトウから、話は聞いている。


 完成品なら、この世界を作り変える事さえできる究極の禁断魔法、リベリオン。
 不完全な物でも、時間をかければこれくらいの地下空間は削りだせるだろう。


「……む」


 2人は階段を抜け、大部屋に入る。


 今までにもいくつか通った『迎撃室』……とは少し様相が違う。
 マコト達が受けた印象としては、広く作り過ぎた玉座の間、と言う感じ。


 壁には今まで無かった豪華な装飾があるし、光量も『薄明るい』では無く、普通の視界を確保できるくらいはある。
 部屋の1番奥には、王様がふんぞり返るために作られた様な豪華な造りの椅子。


 その椅子に座っている、1人の女性。
 そして、その女性の傍ら、透明な球状の膜に覆い包まれた少女と、その少女に抱かれて眠る赤子。


「お嬢様!」
「マコト……? マリも……?」
「いらっしゃい、全然歓迎する気は無いけどね」


 ふぅ、と重い溜息を吐き、女性が立ち上がる。


「全く……あなた達は、あの手の『見せしめ』が逆効果に作用するタイプだった様ね。余計な労力だったわ」
「見せしめ……」


 マコトはすぐにピンと来た。マリもだ。


「……お前が、アリアト・ビルクダンテか」
「あら、私の事を知ってるのね。名乗る手間が省けていいわ」
「……そうか」


 やってられない、と言う表情のアリアトに対し、マコトとマリは笑みを浮かべる。
 しかし、その目は決して笑っていない。


「お前か」


 やっと、見つけた。








 青白い閃光が、弾ける。


 狭い通路の至る所が、刃に斬られ、雷撃に砕かれる。


「っ…んのジジィ!」
「ホハッ!」


 自身へ向け蛇行してくる刃を躱し、双剣を構えた老人が駆け抜ける。


「すばしっこい……!」


 モヒカンヘアの執事、ベニムは空いている左手をポシェットへと突っ込んだ。
 収納を目的とした魔法道具だ。中には、ベニムの武器が大量に収められている。


 その中から、彼が取り出したのは赤いゴムボール。
 それを1度だけ強く握り潰し、こちらへ猛進してくる老人へと投げつける。


 直後、爆発。


 結構な近距離での爆発に、ベニム自身も煽られる。


「どうだこんの野郎!」


 ベニムは全力で後方へと跳ねまくり、広い空間、『迎撃室』の1つに到達する。


 それを追い、老人も爆煙を切り裂き飛び出した。
 笑顔は健在、頬に煤、服に少しコゲが付いた程度。


「クッソ……! 化物め!」
「これこれ! 老人を放って逃げる奴があるか、薄情な若者め!」


 冗談めいた調子で言葉を吐きながら、老人は双剣を振るう。
 ベニムは蛇腹の剣でその一撃を受け止めるが、


「どわっ!?」


 老人とは思えない腕力で、そのまま吹っ飛ばされる。


「ぐ、ぁっ……」


 柱に思い切り背を打ち付け、その痛みに喘ぐベニム。
 その目の前に、老人が迫る。


 そして、ベニムの腹に、思い切り蒼白色の刃を突き立てた。


「が、あぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁっっ!?」


 肉を裂かれ、骨を断たれる激痛。
 それに加えて、全身を駆け抜ける雷撃。


「くはははは! 良い悲鳴じゃ! 年甲斐も無くそそりおるわ!」
「っぎ、ぁっ…が……こんの、戦闘狂がぁっ!」


 ベニムの苦し紛れの蹴りが、老人の腹を抉る。
 蹴りの衝撃で老人が少しよろめいた所に、ベニムはポシェットから取り出した短刀を居合切りの要領で振るった。


 しかし、既に老人は距離を取っていた。


「っぐ……う、……?」


 思ったより、腹の傷が痛まない……いや、痛みが、全く無い。


「麻痺……!?」
「その通り。この『ソウハク』の雷撃には、痛覚をしばらく眠らせる効果がある」
「っ……こっちの自壊狙いの武装構想デザインだな、趣味悪ぃぞ……」
「お前さんの髪型と黒メガネも中々趣味が悪いと思うぞ」
「放っとけクソジジィ! つぅか殺すぞ!」
「やってみろ」


 老人が再度ベニムに迫る。


「っ……」


 痛みが無いからと派手に動くのは不味い。麻痺が解けた後に動けなくなる程、傷が悪化する恐れがある。
 だが、そんなんを警戒して攻撃を食らって死んでしまっては、本末転倒だ。


 老人の瞬速の太刀を、ベニムはギリギリで回避。
 彼が先程まで背を預けていた柱を、2本の刃は難なく斬り捨てる。


「っの!」


 ベニムが短刀を投げつけるが、老人はあっさりと回避。


「頑張るのう若いの」
「死にたくねぇからな……!」
「ほう、にしては不自然じゃな」
「あぁ?」
「本当に死にたくないのなら、何故本気で逃げない? 何故逃げに徹さない? 何故闘おうという意思を捨てない?」


 先程からベニムは、後退はしても、戦場からの離脱を計ろうとはしない。


「ワシの力量が測れぬ程、お前さんは弱そうには見えん。わかっとるはずじゃ。勝目が無い事、そして、自分にはあの空色の魔剣の嬢さんの様な闘い方は、できん事も」
「……やっぱり、あんたがラフィリアさんが闘ったっつってた、じぃさんか……」


 あのラフィリアが「あのまま続けてたら確実に殺されていた」と、完全な敗北を認める程の相手。
 それがこの老人。


 通りで敵う気がしない訳だ、とベニムは納得する。


「確かに、あんたみたいなのが相手なら、逃げるのが1番だろうな」


 ここに乗り込む際にも全員で決めた事がある。
 グリーヴィマジョリティには、まだこちらが把握してないメンバーや戦力が未知数な者がいるかも知れない。
 そいつと交戦し、絶対に勝てないと判断した時は、迷わず逃げろ。
 そう、決めてある。


「頭じゃ、わかってんだけどな……」


 でも、


「知ってっか? お前らのボスがふざけた真似してくれた執事が、どんな奴だったか」
「知らんな。アリアトから『素敵な少年だった』とは聞いている」
「ロマンはな、馬鹿だ」


 ベニムが、笑う。楽しい記憶を思い返している、そんな感じの表情。


「自分の身が1番大事だとかほざいてる癖に、大抵自分以外の奴のために体張ってやがる」


 本人やシングから聞いた話の中でもそうだし、シェリーのためにダンジョン攻略に乗り出した時もそうだ。


 自分がそうしたいと思った。これは自分の意思だ。
 だから、自分が苦労するのは仕方無い。誰かのせいじゃない。


 ロマンは、思考回路の根底に、そんな考えを持っている様な奴だ。
 あいつと会話してたら、わかる。


 自分が後悔をしたくない、後味の悪い思いをしたくない。
 だから育児に手を抜かない。
 だから世界最強の男が相手でも立ち向かう。
 だから代理で決闘だって受ける。
 だからダンジョンにだって挑む。


 ……誰かのための行動でも、あいつは脳内であれこれ理由を付けて「自分のための行動だ」と変換しやがる。
 そして、それに自分自身気付いていない。
 あいつは、どこまでも自分のために生きているつもりでいるんだろう。
 きっと、自身の事を「結構俺って自分勝手な人間だよなぁ」とか評価しているんだろう。


 ベニムから見れば、馬鹿野郎以外の何者でも無い。
 本当に、馬鹿な奴だと思う。


「お前らが傷付けたのは、そんな最高に馬鹿な奴なんだよ」


 そして、


「……知ってっか? 馬鹿って感染うつるんだぜ」


 こいつらは、ロマンを、最高に馬鹿でナイスな家族を傷付けた。
 絶対に許せない、1人残らずシバき倒して、後悔させてやりたい。


「俺はなぁ、お前ら全員ブン殴り倒したくて仕方無ぇんだよ」


 そうしないと、


「俺の気が済まねぇ……気分が悪ぃんだよ!」


 ただ、自分の気晴らしのために、ベニムはこの老人を倒したいと思っている。
 自分が爽快感を得るために、ロマンの仇討ちに臨んでいる。


 それだけだ。
 ベニムがどうにかして老人に勝とうと足掻く理由は、ただそれだけ。


「蛇腹の剣ッ! ヒィウィゴォォッ!」


 鋼の刃が、虚空を斬り裂き、蛇行する。


「ふむ、闘う理由も、闘い方も若いのう」


 それを侮蔑する訳でも、馬鹿にする訳でも無く、老人は笑った。


「羨ましいわ」


 刃を躱し、老人が突っ込む。


 その2本の鋒で、ベニムの腹と肩を、刺し貫く。


「ぐ、がぁ、っぅぅ……!」
「…む?」 


 ベニムの全身を雷撃が駆け抜け、彼を内側から破壊していく。
 そんな中、老人が覚えたのは、貫く間際、一瞬の違和感。


「今、お前さん……」


 ベニムの顎を伝い、血が滴り落ちる。
 その血を零した口角が、上がる。


「わざと躱さずに……!?」


 老人が気付いた時には、もう遅い。
 老人の手と、ベニムの手が、手錠で繋がれる。
 ベニムの魔法道具だ。


「……ふん、『インパルスシェアリング』か。この状況では中々良いチョイスだが、相手が悪かったな」


 この手錠は、相手に自分の神経状態を強制共有する物。
 つまり、自分と相手の痛みダメージを共有できる。


 今、ベニムは腹と肩を刺し貫かれ、全身に雷撃を浴び続けている状態だ。
 老人にシェアされるダメージも、強烈な物。


 しかし、


「残念ながら、ワシは…」
「ああ、自分の痛覚、麻痺させてんだろ」
「その通…」


 またしても、老人は違和感を覚える。


 ……今、ベニムは常に雷撃を浴び続けている。
 雷撃を纏うソウハクの刀身が触れているのだから、当然。


 なのに、ベニムはやたら余裕のある口調だった。


「まさか……!」
「おかげで、俺は今、何の痛みも感じずに、あんたを捕らえる事ができたって訳だ」


 ベニムは察していた。この老人がどんな攻撃にも全く怯まない様子から、痛覚制御に近い何かを行っている事を。
 だから、この手錠は、老人の神経状態を自分にシェアする様に設定してある。


「痛みを感じんからと言って、わざと刺突を受けるなど……!」
「言っただろうが……馬鹿って、感染るんだぜ」


 蛇腹の剣の鋒が、Uターンする。
 そして、老人のドテッ腹を、背後から刺し貫いた。


「がふっ……」


 痛み云々では無い。
 腹をブチ抜かれれば、臓器が傷付く。臓器が傷付けば、吐血する。


 このまま蛇腹の剣を捻って、臓器を滅茶苦茶にしてやる。
 そうすれば、痛みなんぞ感じなくとも、生命維持が困難になるはずだ。
 ベニムが動こうとした時、


「っ、ぐぅぁ……!?」


 雷撃の感覚が、再度ベニムの脳へと襲いかかる。
 老人がベニムの体から剣を1本引き抜き、振るい、手錠の鎖を断ち斬ったのだ。
 そのため、ベニムの無痛状態が解除された。


 老人はベニムがひるんだ隙に前に踏み出す。
 蛇腹の剣を背から抜き、そのままベニムにタックルを浴びせて、吹っ飛ばした。


「ふん、まさか昨日の今日でまた腹を抜かれるとはな……それにしても、今のは中々ヒヤッとしたぞ」
「っぐ……」
「本当に素晴らしいな、デヴォラの飼い犬達は……ゾクゾクさせてくれおるわ……! 早く、他の者とも闘いたいのう!」
「……ぐ…もう俺を倒した気でいるのかよ……年寄りは気が早ぇな…おい……!」
「ふむ、まぁ気が早くなった事は否定せんよ。じゃが、お前さんがもうまともに闘えんのは、確かな事実じゃろう」
「っ……」


 老人の判断は、正しい。
 もう、ベニムは動けない。
 まだ刺し傷の麻痺は解けちゃいない。
 だが、雷撃を浴びすぎた。全身の筋肉が酷く損傷している。
 体を起こす事さえ、難しい。


「そこで寝ておれ。ワシは、次の……」


 老人の言葉を遮る様に、天井が、弾ける。


「「!?」」


 ベニムと老人が共に驚愕する中、瓦礫と共に、その男は舞い降りた。


「……ふむ、やはり、道に迷った時は壁か床を壊すに限るな」
「なっ……」


 そのやたらおっさん地味た男の声を、ベニムは知っている。
 本当に、本当にたまに、屋敷に暑中見舞いを持ってくる、あの男だ。


 テレビや雑誌で、『世界最強の冒険者』と称される、あの男だ。


「来てくれたんだな……!」
「うむ。少し遅くなってしまったが……久しぶりだな、ベニム」


 実年齢よりも少し老け込んだ顔。筋骨隆々とした肉体。
 ポロシャツ風のシャツにスラックス、肘から下を申し訳程度に覆う金色の手甲、と言う軽装。
 そして、自身の身の丈程もある大剣を、片手で振り回す。


 圧倒的で、理不尽にも思える程の物理攻撃を振りかざし、魔法をもねじ伏せる。


 レベルを上げて物理で殴る。
 それだけをただ追求し、極めた男。


 ゲオル・J・ギウスだ。



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