異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

マジギレの第38話



 朝を嫌う密林ディープナイトにてロマンとアリアトが対峙していた頃。


 屋敷の地下倉庫。
 薄暗いその広大な空間には、キリカ達の幼い頃使っていた玩具や衣服、それと用途不明な物が色々。
 横の広さだけなら下手な体育館クラスなのに、その8割が用途不明の物品を収めた箱類で埋め尽くされている。


 初代も使っていたと言う倉庫なので、最奥にある物は半世紀以上もここで放置を食らっている可能性がある。
 最早、軽い地層みたいな物だ。


「ああーっとー……アレ、どこだっけ……」


 ランドーが地下倉庫で探しているアレとは、掃除機の事だ。
 無論、ただの掃除機ではない。
 3年前、ランドーが朝を嫌う密林ディープナイトを攻略した際にアーシュラから授かった魔法道具だ。


 超出力がウリで、最低出力でも25メートルプール一杯の水を7秒以内に吸い尽くす代物。
 しかも吸い込むモノに応じて吸い込み口が変形する。なお生命体は自動判別して吸引しない優れもの……
 だが、優れもの過ぎるが故に、個人の部屋で活用するのは難しい。
 部屋でスイッチを入れれば最後、家具1つ無い、綺麗過ぎるお部屋と化してしまう。
 実際、化した。
 至高の1冊を失い、ランドーは1ヶ月ほど旅に出た。
 そんな悲劇を生んだ代物なのだ。


 ってな訳で、地下倉庫に安置してもらっていた。


 屋敷内の瓦礫の掃除には丁度良いだろう、って事で取りに来た訳だが……


「3年前だし、そんな奥にゃ行ってないと思うんだけどなぁ」


 しかし、全然見つからない。
 どんどん奥へと進んでいく。


「うーんと、これかな?」


 適当に、それっぽい大きさの箱をひっぱり出す。
 すると、


「しまっ、わぶふ!?」


 その衝撃で、近くに形成されていたカオスタワーが倒壊した。


「痛てて……埃っぽ……あれ?」


 ランドーは、違和感に気付く。


「埃っぽく、無い?」


 そんな馬鹿な、とランドーは自分の上に乗っている箱を指先でなぞる。
 指先は綺麗なままだ。


 ありえない。
 現在地点は地下倉庫でも割と奥の方だ。
 手前なら、定期的に物の出し入れがあるから埃が少なくても不思議は無い。
 だが、この辺りは少なくとも半年は放置されていたはず。


 おかしい。
 まるで、誰かが埃を気にして払ったかの様な……いや、違う。
 ランドーは箱の中身を見て、根本的なおかしさに気付いた。


 箱の中に入っていたのは、金箔を全体にあしらったゴージャスな感じの小槌。
 これは、叩いた物体を一時的に発光させるという魔法道具。
 つい先日、シングがアーシュラから授かった物だ。


 3年前に入れたとは言え、こんな奥まで来ても掃除機が見つからない理由。
 倉庫に入れて1週間も経っていないはずの物が、こんな奥にある理由。


 考えられる事は1つだ。


 何者かが、この倉庫内の荷物を大きく動かした。
 そして、戻す際に適当に戻したがために、本来手前にあるべき物が奥に押し込まれてしまっている。
 そうとしか、考えられない。


「…………そう言えば……」


 地下倉庫……確か、ここでランドーは、見失った。
 グリーヴィマジョリティの少女の物だと言う、ウサギとクマのぬいぐるみを。


 ランドーは自身の上に乗っている物を全て乱暴に投げ飛ばして、周囲をくまなく調べ始めた。


「……そうか、そういう事か……」


 グリーヴィマジョリティがセンサーを掻い潜れた理由。
 単純に、テレポート系の魔法が使えるのでは、と推測していた。


 だが、そんな事では無かった。
 連中は、もっと手の込んだ事をしていた。


「隠し魔法陣……!」


 ランドーは平均的ではあるが、それなりの魔法知識を持っている。
 魔法陣の構成を見れば、細かい効果までは判別できなくても、それが大体どういう目的の魔法かくらいはわかる。


 このカモフラージュされて隠されていた魔法陣は、物体移動。
 つまり、扉の様な物の自動開閉を目的としている。
 この辺りに扉なんて無いはずなのに、そんな魔法陣がある、しかも隠されていた。
 もう、そうとしか考えられないだろう。


「随分と、嫌な頭の回り方する奴がいるらしいね……」


 ……こんな事態を誰が予想できる?
 誰がそこまで予想して、こんな所を探す?
 この地下倉庫はもう何年も手前の物しか動かされていない。
 と言うか、まず人が来ない。奥の方に隠されている物が、「偶然」で発見される可能性は、極めて低い。
 あらかじめ、下調べをしていたんだろう。この屋敷の中に、そういう場所は無いか。


 グリーヴィマジョリティには、物質操作系の魔法使いがいた。
 そいつか、それとも他にもそういう魔法が使える奴がいて、こんな物を作ったのか。その辺は定かでは無い。


 だが、ランドーは確信した。


「……連中、この下に、アジトを作ってたんだ……!」


 いくら外を探しても見つかるはずが無い。
 連中は、内にいたのだから。








「……ここがバレた、侵入者が来たってのは、通信魔法で聞いてたけど……」


 人の放つ微赤外線を感知し発光する。
 そんな性質を持つ魔石が、暗く広い通路を、薄明るく照らし出す。


 そこで対峙するのは、1人の少女と、1人の青年。


「またあんたと当たるなんて、最悪。死んで欲しいわ、変態執事」
「……酷い嫌われようだね」


 青年は、デヴォラの屋敷きってのエロ執事、ランドー。
 相対するのは、グリーヴィマジョリティに所属する、物質操作魔法を使う少女。


 以前、少女はランドーに苦渋を味あわされた言うか、辱めを受けた事がある。
 嫌悪するのは当然だ。


「っていうか、何かのギャグ? 分かれ道でわざわざきっちり全員バラけてくれるとか。漫画脳過ぎない?」
「こっちにも、事情があってね」


 ランドー、マコト、シング、ベニム、マリの5人は、グリーヴィマジョリティのアジトに殴り込みをかけた。
 ラフィリアに助っ人の呼び出しを依頼していたが、それを待っている時間は無い、そう判断しての事だ。


 マコトが言うには、ユウカを守るアブソリュウズボウルの効果持続時間は最高でも28時間。
 もし常に外部から攻撃を受け続ける状態が続けば、20時間持つか怪しい。


 そして、連中には精神操作魔法の使い手がいる。
 アブソリュウズボウルが解ければ、ユウカを洗脳し、最悪の活用法を実践してくる恐れがある。
 それをさせないための牽制として、ランドー達は先行して乗り込んだ訳だ。


 こちらの攻めに対応させる事で、ユウカ達に危害を及ぼすまでの時間を僅かにでも稼ぐ。


 その目的上、ランドー達が固まって動くメリットは少ない。
 分散し、そこら中を引っかき回す必要があった。


 こちらが分散しても敵が的を絞って攻撃してきたら?
 それはそれで構わない。
 1人の対応に全戦力を傾けたのなら、その1人が時間を稼ぐ『逃げ』に徹し、他の者達でユウカとサーガを奪還するだけの事。
 分散に応じて向こうも戦力を分けて来たなら、各個撃破、それが難しいなら『逃げ』寄りの時間稼ぎ戦法。


「……どこまでも私達の邪魔をするとか……マジ死んで欲しい」
「…………」
「だから嫌いなのよ……あんた達みたいなのが…!」
「……悪いけど、舌戦は僕の守備範囲じゃない」


 ランドーが魔法を起動する。
 その両腕が、極太のドラゴンのそれへと変化。
 中肉中背なランドーの腕に宿ったそれは、アンバランスなシルエットを形成する。
 ドラゴンナックル。破壊対象を限定する、竜の拳だ。


「また私を裸にひん剥こうっての……? 舐めんな、死ね!」


 床、天井、壁、あらゆる場所から、拳や棘がランドーに襲いかかる。


「もう素っ裸にされた程度で、私が逃げると思うなよ!」
「……こっちのセリフだよ」


 ドラゴンの拳、そのラッシュが、拳や棘を全て砕き散らし、少女に襲いかかる。
 そして、少女の華奢な体を、全力で殴り付けた。


「ぎゃ、ひ……!?」


 衝撃が、痛みが、少女の全身を駆け抜ける。


「……もう、素っ裸にひん剥かれる程度で、許してもらえると思うな」


 ランドーの目に、声に、いつもの穏やかさは、無い。
 何もかもが、平坦。温度が感じられない。まるで、死人のそれだ。
 その昔、彼が希望も何も知らなかった時代の、『壊し屋』だった頃の彼の目だ。


「ひ、ぃ……っ、っぅ……!」


 鼻血の滴る鼻を抑えながら、少女がのたうち回る。
 その様を、ランドーはただ冷たい視線で見下ろしていた。


「お前達は、僕達の『家族』を傷付けた」


 ここに乗り込んだ5人の意思は、1つだ。
 このクソッタレ共を、絶対に許しはしない。


「冗談じゃ、済まない事をしたんだ」


 ハラワタが煮えくり返るなんてモンじゃない。
 全身の血が沸騰しそうだ。


「お前達の目的とか都合とか、どうでもいい。そっちにどんな大義があったとしても、まとめて全部ブッ壊してやる」
「ひ、ぅぁ…ぃ、痛い……」
「そう。まぁ血が出てるし、痛いだろうね。ロマン『達』は、もっと痛い思いをしたよ」


 こいつらが傷付けたのは、ロマンだけじゃない。
 こいつらの行為は、1人の少女の心を、深く深く傷付けたんだ。


 あんな無残なロマンの姿を、見たくはなかった。
 あんなに荒れ、泣き崩れる彼女の姿を、見てられなかった。


「調子に、乗りすぎたね」


 願わくば、これから先の人生、誰かの悲劇なんてものを、見たくはなかった。
 もう『昔』の様な、悲愴に満ちた空気で肺を汚す様な生活は、御免だと思っていた。
 闇の中で絶望すら見失う様な日々なんて、思い出したくも無かった。


 安穏と、平穏に生きたかった。


 そういう風に生きるチャンスを掴めたのだから、そのチャンスを活かしたかった。
 毎日くだらない事を考えて、笑えているだけで良かった。


 それを、こいつらは邪魔した。最悪の形で。


 だから今、ランドーは最高にブチギレている。


「お前、言ったね、僕みたいなのが嫌いだ、マジで死んで欲しいって」
「く……ぅ……」
「僕は、家族を傷付ける奴、それと可愛い女の子を泣かす奴が、大嫌いだよ。マジで殺したいと思う」
「っ……ひ……」


 もう、ランドーの目に映る少女は、少女として認識されていない。
 ただの破壊対象だ。性欲など、感じ無い。そりゃあそうだろう。廃棄処分予定の粗大ゴミに、欲情する者などいない。


「……大人しくそこをどいてくれるかな」


 許さない、殺したい……と言っても、わざわざ必要以上に壊す必要は無い。
 だって、


「お前をサンドバッグにしてる時間も、今は惜しいんだよね」


 時間を稼ぐのがこの先行殴り込みの目的。
 そんなもん、建前だ。


 5人は口にこそしなかったが、考えている事は一緒だ。


 ロマンに手を下した張本人、アリアトとか言うふざけた女を、ブッ殺す。
 1秒でも良い、そいつの寿命を短くしたい。
 殺しても死なないなら、死ぬまで殺す。
 それだけだ。






 グリーヴィマジョリティのアジト。
 その中に突如現れる、巨大な空間。
 そこにあるのは、数本の柱のみ。


 グリーヴィマジョリティが、万が一に備えて作っておいた、『迎撃室』。
 この広さは、戦闘のしやすさを優先しての事だ。


「……やれやれですね」


 紳士的な雰囲気を纏う青年。
 その胸には、まるで聖書の様に大事そうに抱えられた1冊の小説。


「まさか、今度はこちらが奇襲を受ける事になるとは……」
「黙れ」


 青年の言葉をピシャリと断ち切ったのは、デヴォラの屋敷のメイド、シング。
 その瞳に宿るのは、眼光だけで人を斬り殺せそうだと思わせる程の、憤怒。


 しかし、同時に困惑の色も混ざっていた。
 シングは今、困惑している。


 目の前にいる青年には、魔力が無い。
 魔力を視覚化できるシングの目に、青年の魔力が全く見えない。


 ありえない事だ。魔力の無い生物など、存在しないはずなのに。
 魂ある生物は、どれだけ微量だとしても、必ず魔力精製を行っているはずなのだ。


 そんな不可解な疑念を覚えつつも、彼女は「今はそんな事より先を急ぐべきだ」と結論を出す。


「……そこを退け」
「その目、まるで殺人鬼だ」


 それくらいの殺意はある。
 シングは、それだけの殺意を抱く動機がある。


「退けと言っている。選べ。大人しくそこを退くか、アタシに八つ当たりされた後にそこを退くか」
「血気盛んなお嬢さんだ事で……」


 呆れた様な溜息の直後、青年は柔らかい笑みを作る。
 見る者に決して悪い印象は与えない、温和そうな微笑みだ。


「まぁ、まずは自己紹介しておきましょう。僕はシャンドラ・ベルクセム。以後よろしく」
「……お前なんぞ、記憶するつもりは無い!」


 もういい、さっさと潰して、先に進む。
 そして、ロマンをあんな目に合わせ、サーガを誘拐した奴を、血祭りに上げてやる。


 そんな衝動が、シングを突き動かす。


「いえいえ、記憶していただかないと困りますよ」


 シャンドラの語りを、シングは気にしない。
 その手に雷の射出魔法を顕現させ、シャンドラの額目掛けて撃ち込む。


 しかし、その雷の弾丸は、シャンドラの頭を何事も無く透過した。


「っ!?」


 何が起きたのか、理解できなかった。
 決して怒りで思考が鈍っている訳じゃない。
 例え冷静だったとしても、理解できないはずだ。


 何がどうなれば、雷撃が人の頭を透過するなんて現象が起きると言うんだ。


「あなたはこれから……」


 シャンドラが、静かに笑う。


「この素晴らしき『精神革命ジャミングハート』の力によって、僕の傀儡と化すのですから」


 シングは、既にその青年の術中に落ちていた。


 精神操作魔法の使い手、シャンドラの術中に。





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