異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

言えない本音の第29話

「覚悟は良いか?」


 キリカに連れて来られたのは、北側にある大部屋。
 家具や小物は一切無い、ただただ広いだけの部屋だ。
 多少暴れても問題無い、そんな感じである。


「修行中、肉体が意に反して暴れだす事があるからな。ヒエンの時の様に」


 棒キャンディを口の端にくわえながら、キリカが不敵に笑う。


「い、一体何させる気だよ……」


 危険だからサーガは置いてこい、と言われたので、今この部屋にいるのは俺とキリカ、そしてコクトウだけ。


「まぁ、お前達次第では、何事も無く、すぐに終わる。早ければ、今日中にでも『魔剣融合ユニゾンフォール』は会得できるはずだ」
「え……そんな簡単なのか?」
「言っただろう。簡単かどうかはお前達次第だ」


 そう言って、キリカは少しだけ腕を振るった。


「『神無色カムイ』、抜刀……」
「っ……!?」
「ああ、怯えるな。お前に対して『敵意』は無い」


 怯えるな、って無理な話だ。
 だって、俺自身、今何に戦慄したのか、わかっていないのだから。


 本当に、その感覚は唐突だった。
 キリカが腕を振るった瞬間に、何かが起動した。それだけはわかる。
 でも、『目に見える』変化は何も起こっていない。
 なのに、何故だ。
 全身に刃を添えられている様な、そんな生命の危機を感じてしまう。


 指1本動かす事ができない。
 全身から、嫌な汗が滝の様に溢れ出る。


「一体、何したんだよ……!?」
「カムイ…私の魔剣を抜刀しただけだ」


 抜刀……? お前は、剣なんて持って無いじゃないか。


「まぁ、お前には見えんだろう。カムイが見えるのは、カムイと『同じ次元』に到達した魔剣と、その主のみだ」
「……クソッタレ」


 コクトウも、この謎の威圧感に圧されているらしい。それ以上何も言わない。


「カムイにはいくつか能力がある。その1つを使い、魔剣奥義を手早く会得してもらう」
「能力…?」


 息苦しい。どんどん圧迫感が増していく。
 これが、魔剣豪の魔剣。見えすらしないのに、そこに存在するかも不確かなのに、あらゆる者を圧倒する。


 見た目が幼女だからと言って、侮ってはいけない、それを思い知らされた瞬間だった。


「お前、今何か失礼な事を考えなかったか?」
「い、いやいや、全然……」
「なら良い。では、行くぞ」
「え、行くって?」
「お前を斬って、その魔剣の中に飛ばす」
「は?」
「安心しろ。カムイの刃は、私の視界に映る物全てに届く。気を遣ってこっちに寄って来る必要は無いぞ」
「いや、距離があるのにどうやって斬る気なの的な疑問じゃなくて……」


 斬って、飛ばす? しかもコクトウの中ってどういう……


「ああ、最後に、『何をすべき』かを伝えておく」
「?」
「その中で出会う、魔剣の『元となった魂』に、忠誠を誓わせろ、心の底からな。それだけでいい」
「誓…ちょっと待て、もうちょい詳し…」
「魔剣がお前に忠誠を誓い、その心の深淵へと踏み入る事を許した時……お前は魔剣と1つになれる」


 その言葉を最後に、俺の意識は暗転の中へと消えた。








「え?」


 気付けば、暗い部屋の中にいた。
 とても暗い。それに埃っぽい。
 軽く体を起こしただけで3つは蜘蛛の巣を破壊してしまった。


「うわっぷっ!? 蜘蛛の巣!? って、ここどこだよ!?」
「あぁん? 何でここに居やがる? クソガキ」
「コクトウ?」


 聞きなれたコクトウの口調。でも、何故だろう。その声色には、違和感があった。
 何か、ヤケに女性的な……


「え……」


 声の方に振り返ると、そこには、黒いシーツで覆われたオンボロベッドが1つ。
 その上に、声の主は座っていた。


 まるで炎の様に揺らめく長い黒髪。漆黒のドレス。深海の様な底の知れない瞳。吸血鬼の様な鋭い八重歯まで生えている。


「……成程な、本当に、俺っちの中に飛ばされたって訳か」


 その女性の口の動きに合わせて、コクトウの口調と全く同じ声が響く。
 いっこく堂もびっくりの腹話術…ではない。


「……? どぉした? 何フリーズしてやがる?」
「…………コクトウ?」
「ああ、見りゃわかんだろクソガキ」


 いや、わかるか。
 俺が知ってるコクトウは両刃の黒剣だ。
 今のお前は、ただただ妖艶な、ミステリアス系のお姉さんではないか。


「……ってか、お前……女だったの!?」
「男だ、って1度でも言ったか?」


 あ、確かに。


「第一、もう魔剣に『なった』以上、『生前』の性別なんざ関係無ぇしな」
「……生前の、性別?」
「……あぁ、そういや、テメェは魔剣の事をほとんど何にも知らねぇんだったな」


 やれやれ、とコクトウを名乗る女性は面倒くさそうに溜息。
 黒炎の様な髪をかきあげ、不敵に笑う。


「魔剣ってのは、『魔女』ってモンの生まれ変わりなんだよ」
「魔女の、生まれ変わりって……待て、まず魔女って何だよ?」


 コクトウの言うニュアンス的に、ただ単に「魔法使いの女」って訳じゃないだろう。


「魔女ってのぁ、人間『だった』化物の総称だ。『禁断魔法』ってモンの中でも一段とえげつない極限の禁断魔法に手を出し、魔導の深淵に落ちた奴の事さ」


 クキキキ、と聞きなれた笑い声をもらすコクトウ。


「まぁ、禁断とされる魔法に手を出して、世界の理法に逆らう程の力を得る訳だ。当然罰ってモンが待ってる」


 そう言って、コクトウは指を2本立て、俺へと突き出した。


「魔女が受ける罰は2つ。1つは、ガキを産むと…いや、これは今関係無ぇか」
「?」
「もう1つの罰ってのが、魔剣への転生だ」
「それが、罰……?」
「そらそぉだろ。知識記憶だけを残して、自分だけじゃ大した事のできねぇ、誰かの『道具』に生まれ変わるんだぜ」
「知識記憶だけって事は……」
「あぁ、言語だのの知識は残ってるが、生前の俺っちがどんな奴で、どんな経緯で魔女になって、どんな奴とツルんで、どんな風に死んだかは覚えてねぇ」


 ただ、自分が魔女だったという記憶だけを残し、自由の効かない剣という存在に生まれ変わる。
 自由を失い、ただ誰かに振るわれる道具に成り果てる。
 それはきっと、俺には想像すらできない苦痛を感じる事だろう。


 だって、自分が犯した罪がどんな物か、どうしてその罪を犯したのか、その罪を犯した事で得られた物は何か、
 それらを全く覚えていないのに、罰を受け続けると言う事だろう?
 身に覚えも無い罪状を突きつけられ、何もわからぬまま、理不尽とも思える状態で拘束される。
 辛いに決まっている。


「まぁそれはそれとして、ほれ、おっぱいボローン」
「どぅっ!? いきなり何してんのお前!?」


 コクトウは突然ドレスの胸元を引っ張り下げ、その豊満でナイスな物を露出させてきた。
 俺は咄嗟に自分の手で目を覆ったが、ちゃんと指の隙間から視界を確保する。


「テメェ、今俺っちに同情しよぉとしたろ? そぉいうのは御免なんでな」
「だからって胸を見せるか普通!?」
「クカッ、こんなモンの1つや2つで狼狽しやがって、本当に情けのねぇ野郎だ。ほれ、押し付けてやろうか? ほれほれ」
「やめろや! いや、時と場合によっては是非って感じだけども!」


 そう、今はそんなサービスシーンや小ボケをしている場合では無いのだ。
 だからさっさと胸をしまえ。


「同情すんなっつぅならしねぇよ。本題だ」
「本題、ねぇ……」


 ドレスの胸元を直しながら、コクトウは小さく溜息。


「いいかコクトウ、俺がここに飛ばされたのは、魔剣奥義を会得するためだ」
「俺っちも聞いてたっつぅの。俺っちに忠誠を誓わせる、って話だろ?」
「そうだ」


 まぁ、それだけで良いってんなら簡単だろう。
 だってこいつは、この修行に肯定的だった。
 奥義習得後のゲオルとの闘いが待ち遠しいはずだ。
 なら、さっさと忠誠を誓ってくれるはず……


「……無理な話だな」
「え……」
「無理なモンは、無理だ」
「何で…お前、ゲオルと闘いたいんだろ?」
「ああ、そぉだな。すこぶる闘いてぇよ」
「なら……」
「それとこれたぁ、話が別だ」


 コクトウの表情から、笑みが消える。
 純粋な呆れ、そんな感じの表情。
 冷たい視線。


「口先だけの忠誠なら、いくらでも誓ってやるさ。俺っちはテメェが嫌いじゃあ無ぇからな。助力できるモンならしてやっても良い。でもな、あのチビ女は『心の底から』っつってたろ。そら無理だ」
「心からは、誓えないってのか……?」
「ああ、その通りだ。だって、テメェは…」


 そこまで言って、コクトウは口を噤んだ。


「……?」


 その表情は、何故か、とても幼く感じられた。
 ワガママを言いたい所を必死に堪える子供の様な、そんな表情なのだ。


「……もう、この話は終わりだ。魔剣奥義は諦めて、別の道を探せ」
「はぁ!? 待てよコクトウ! おま…っ!?」


 何だ……!? 俺の周りに、何か黒い渦が……!?


「俺っちがテメェがこれ以上ここに居る事を拒んだからな、ここから掃き出されるんだろ」
「拒んだって……待てよコクトウ! 何で急に別の道を探せとか……」
「……テメェにゃ、死んでも言わねぇ」
「コクト……」


 叫び終わる前に、俺は黒い渦に飲み込まれた。




 そして、


「あら、随分早いお目覚めだ」


 元の部屋に戻った俺の目の前には、油性のマジックペンを持ったキリカ。


「落書きしてやろうかと思ったのに」
「…………」
「……ふぅん」


 どうやら、俺の様子を見て、キリカは悟った様だ。
 俺が、コクトウに忠誠を誓わせる事ができたか、否か。


「ファーストコンタクトは失敗したみたいだな。それも、手酷い洗礼を受けたと見た」
「……手酷いっつぅか……」


 腰のコクトウは、何も言わない。


「何でだよ……」


 お前は、俺を認めていない、ただそれだけの事なのか?
 ……違う、何かが、違った。
 コクトウは、何か、とても重大な本音を押し殺している様に見えた。
 不安を隠し、願望をねじ伏せていた。そんな表情だった。


「コクトウ……一体、何があるってんだよ……」
「……言っただろ」


 静かに、コクトウは答えた。




「テメェにゃ、死んでも言わねぇ」








 暗く、薄汚れた部屋の中。
 コクトウは、1人ベッドの上に佇む。


「……テメェ、言ってたよな、テメェの元居た世界は平和で、剣なんぞ無用どころか、持ち歩く事すらできねぇって」


 前に、ロマンはそう言っていた。
 それが、ロマンの帰るべき世界。帰りたい世界。


「つまり、テメェが元の世界に帰るなら、俺っちを捨てざるを得ないって事だ」


 きっと、ロマンはコクトウをこの世界に置いて行くつもりだったろう。
 この世界で誰かに使ってもらえる方が、血気盛んなコクトウに取っては幸せだろうとか、思っていたはずだ。
 それに、捨てるとかでは無く、誰かに譲り渡し、代わりに面倒を見てもらおう、って感覚だろう。


 でも、コクトウからすれば、それは『ロマンに捨てられた』も同然なんだ。


 例え連れていってくれるにしても、そんな世界じゃ、コクトウは倉庫かどっかの隅っこで、埃を被って忘れ去られていくだけだろう。
 そんなの、コクトウには耐えられない。


「……考えてみろよ。テメェはよぉ……自分をいつ捨てるともわからねぇ奴に、本当に心の底から、忠誠を誓えんのか?」


 協力できるなら、してやりたい。
 心からの忠誠くらい、誓ってやりたい。
 心底ロマンに傾倒できるくらいには、コクトウはロマンの事を認めている。
 ロマンの事が、大好きだと言っても良い。


「……テメェが嫌いじゃ無ぇからこそ、俺っちはテメェが許せない。忠誠なんざ、誓える訳が無ぇ……」


 そう、誓える訳が無い。
 何故なら、


「『テメェと一緒に居てぇ』って気持ちが、邪魔をすんだよ……!」


 この話をロマンにしたら、ロマンは絶対に苦しむ事になる。
 理由もわからず拒絶されるよりも、酷い葛藤に襲われる事になるだろう。


 家族や友人のいる世界に帰りたい気持ちは、偽れないはずだ。
 そして、帰りたいという気持ちがロマンにある限り、コクトウは心の底からの忠誠なんて、誓えない。
 どれだけ誓ってやりたいと思っても、深層意識内の「離れたくない」と言う本音が、邪魔をするのだ。


 ロマンは、選択を余儀なくされてしまう。
 魔剣奥義習得のために元の世界への未練を捨て去るか。
 元の世界に帰る事を諦めずに奥義習得以外の道を探すか。


「テメェが苦しむ姿を見るなんざ、まさに見るに耐えねぇって奴なんだよ」


 ロマンは、元の世界に帰るべきだ。
 待っている者が、たくさんいるだろうから。


 だからコクトウは、できるだけ葛藤しないで済む様に仕向けた。


「……悪ぃな、クソガキ」


 きっと、険しい道になるだろう。
 少なくとも、簡単な道では無いはずだ。


「でも、テメェなら、乗り越えられるだろ?」


 俺っちだって、見守ってやるよ。
 別れが訪れる、その日までは。










「見ツケラレナカッタ!」
「本当ニゴメン! イザラ、怒ラナイデ!」
「大丈夫、怒ってないわ」


 少女の優しい声に、ぬいぐるみのクマとウサギはホッと胸を撫で下ろす。


「最初から、そう簡単に見つかるとは思っとらん」


 続けて響く、厳格そうな老人の声。


「ですね。ウワサ通りの代物であれば、そんなザルな管理をされているはずがない」


 紳士的な青年の声も加わる。


「ジャア何デ探シニ行カセタンダヨ!」
「ソーヨソーヨ!」
「こら。どの道、邸内の構造を知る必要はあったの。だから、あなた達にそれを探ってもらうついでに、あわよくば、って事だったの」
「ソウダッタノカ」
「イザラ、賢イ!」
「私の提案じゃないけど……」
「とにかくじゃ」


 ぬいぐるみと少女の会話を断ち切る様に、老人が口を開く。


「何としても、『伝説の魔剣』は手に入れる」
「そして、『アリアトさんの魔法』を完成させる」
「……では、いつ行動するか、だな」
「我々の目的は、『魔剣豪に取っての重要人物』であれば誰でも良い。何も『魔剣豪本人』と対峙する必要は無い」
「ナラ狙イ目ハ明後日ダ! 俺達見タゼ、魔剣豪ノスケジュールカレンダー!」
「明後日カラ5日間、外出ッテ書カレテタ」


 ぬいぐるみ達が自慢げに報告する。


「なら、明後日の夜、ですね」
「…………」
「どうしました、ミスターゼア。少し釈然としない様子ですが」
「……いや、何でも無い。他の者に伝えろ。ボスの手を煩わせるまでも無い。我々だけで決めるぞ」
「期待してますよ皆さん。僕は戦闘向きじゃないので、朗報を待っています」
「……よく言う。やり様によっては、お前の魔法がこの中の誰よりもえげつないだろう」
「いえいえ、持ち上げすぎですよ、ミスターゼア。それに、僕が出ない、出るべきでない理由は他にもあります」
「ふん、いつぞやの『要の役割』とか言う話か?」
「ええ。フィクションの中で、組織のボスや、重要人物が戦線に出るのは必ず最後。それは意味の無い勿体ぶりなどでは無く、役割の問題です」


 ボスや、重要な役割を担う人物がいなくなれば、組織という物は大抵の場合、瓦解する。
 下っ端だけが残った所で、組織を維持する事はできない。
 要が欠ければ、当然崩壊が始まる。


「僕はボスではありませんが、『要』です。無いとは思いますが、万が一に僕が倒れる様な事があれば…」
「わかっとるわ。『セーフティ』が使えなくなる、じゃろ」


 その通り、と青年はニッコリと笑う。


「では皆さん、頑張って来てください。『世界征服』のために」





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