異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

★衝撃の事実が発覚する第5話

 生意気で、ふてぶてしい赤ん坊でも、寝顔は可愛いと思える物だ。
 っていうかぶっちゃけかなり癒される。
 ……角と尻尾が生えている事に違和感が無い辺り、俺も相当慣れてきてるな。


 俺の腕の中ですっかり安眠状態の赤ん坊を見ながら、そんな事を考える。


「赤ん坊……可愛い……弱ってた時の方が…可愛かったけど……」
「不謹慎すぎる」


 シルビアさんはドSっていうか外道スレスレな気がしてきた。


 もう充分だと少女へ補助魔法をかける作業は終わった様だが、未だ少女は目覚めない。


 この赤ん坊に比べ、余りにも疲労が溜まりすぎている。
「おそらくこの赤ん坊を優先する余り、自分の事を全く顧みなかったとか、そんな所だろう」とゴウトさんは言っていた。


「で、どうすんだよ、この赤ん坊とあの子」
「俺の推測通り魔王軍の関係者だとしたら、行く宛は無いだろうし……ウチで面倒を見るしか無いだろう」
「ですね」
「……だねー……」


 俺をあっさり受け入れた時といい、この家族は本当包容力に満ち溢れている。


「とりあえずベビー用品の買い出しに行ってくる。ロマン……はベビーベッド状態だから、シルビア、一緒に来てくれ」
「……うん……」


 そんな訳でゴウトさんとシルビアさんは買い物に行ってしまった。


「……ちなみに、そろそろ腕がキツイんだが」
「さっきもそう言って下ろそうとしたら、起きちゃったじゃないですか。我慢してください」
「…………」


 何故俺はこんな事になっているんだ。
 元の世界に戻るため、魔法をちゃんと学び、冒険に出る……という流れでは無かったのか。


 せめてもの救いは、この赤ん坊の寝顔が可愛いので少しばかり癒されているくらいか。
 生物学的に、『赤ん坊』というのは守ってもらうため、同族に「可愛い」と思われる様な形態をしているとかテレビで言っていた。
 実にその通りだと思う。生物学、やるじゃないか。


 先程こいつに魔法でボコボコにされた事も、もう既に水に流しかけている俺がいる。


 ……騙されるな、こいつはあれだけふてぶてしい態度を貫いてた生意気なガキだぞ。
 あのふてぶてしさが逆に? とか考えるな俺。


 ああ、でもダメだ。可愛い。もういいや、寝てる間だけは優しくしよう。


「つぅか、さっきの魔法はすごかったな……こんな赤ん坊でも魔法を使えるのに、俺は……」
「まぁ、その子がすごいだけですがね。普通魔人とは言え、まともな勉強もせずに魔法を使えるはずがありません」


 いくら5歳で方程式がスラスラ解ける天才児でも、必ず方程式の公式を覚えるという作業は踏む。
 公式を一度も目にした事も無いのに方程式が解けるなんて、大の大人でもありえないだろう。


 つまり、こんな赤ん坊が魔法を使える方が異常、という事、らしい。


「本能的に魔法を構築できる……余程、化物じみた親から優れたDNAをもらっているのでしょう」
「化物じみた親ねぇ……」


 優秀な遺伝子を持ってるってのは羨ましい事だ。
 俺ももう少しばかり才能という物が欲しかった。主に学業面で。


 ……ああ、学業面の話でまた高校の事思い出してしまった。
 マジで俺の出席日数大丈夫か……


 っていうか、何年か失踪すると死亡扱いになるんだよな。
 何年くらいだろうか……1年か2年って事は無いだろうが……
 十何年もかけてやっと帰ったのに、死亡扱いで学籍除籍とかされてたら、悲惨だ。
 30代中卒とか、苦労する未来以外ありえない。


 ……早めに帰ろう。


 そんな感じで改めて決意した俺の腕の中、赤ん坊が目を覚ました。


「やう」


 おはよう、と言っているつもりだろうか。


 ……ああ、やっぱりこいつのヤケに大人びた落ち着きのあるジト目は、赤ん坊らしい可愛さを半減させている。
 一生寝てるか糸目になればいいのに。ああ、でもやっぱ起きててもそれなりに可愛い。
 っていうか何かさっきから俺、この赤ん坊に可愛い可愛い連呼してて何か自分自身キモい。
 でも可愛い。


「……ん、こ、ここは……どこだ…?」


 唐突に響いた聞き覚えの無い声。


「お」


 ソファーで寝ていたあの魔人の少女が目を覚ました様だ。


「…っ、そんな事より、サーガ様は!?」


 ガバっと飛び起きた少女。
 しかし、足取りが不安定過ぎる。
 フラフラっとすぐに転びそうになるが、気合らしき物で持ちこたえた。


「っ……何たるザマか……!」
「……サーガって、こいつか?」
「!」


 俺の言葉に反応し、少女は勢い良くこちらへ顔を向けた。
 そして俺の腕の中の赤ん坊を見つけ、安心した様にその場で膝を着…と思いきや、何かが引っかかったらしい。
 突然、その瞳に攻撃色が宿る。
<a href="//14140.mitemin.net/i142212/" target="_blank"><img src="//14140.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i142212/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
「な、何故人間がサーガ様を抱いている!?」
「はぁ?」


 そら、あんたが俺達に託したからだろう。


 ……もしかしてあの時の記憶が無いのか。
 まぁ気絶する寸前だったようだし、無理はないか。


「いや、でもその魔力量……あれ? えーと、人間……?」
「魔力量って、わかんのか?」


 確かに俺の魔力はアホ程ある(らしい)。
 だが、セレナが言われるまでそれを知らなかった様に、外的要素で魔力量は測れない物だと思っていた。


「あ、いや、アタシは特別だからわかる感じ……ってそうじゃない! やっぱ人間! だって角も尻尾も無い!」
「まぁ人間だけど」


 まごうこと無き人間だが、それがどうかしたのか。


「えぇい! とにかくサーガ様を放せこの外道め!」
「よくわからんが、ふざけんなこの野郎」


 元はと言えば、こいつが俺に抱っこを強制したんだぞ。外道呼ばわりは無いだろう。


「やはり魔王軍関係者という線は正解だった様ですね」
「そうなのか?」
「魔王軍には、人間を毛嫌いしている者が多いと聞きます」
「ああ、そういう……」


 だから、大事に大事にしていた赤ん坊を人間の俺が抱いているのが気に入らない、という事か。


 ……って言われても、俺がこいつを抱っこしてんのは、こいつの意向だしなぁ……


「ごちゃごちゃと何を言っている! 早く放せ外道め!」
「別に俺も抱っこしたくてしてる訳じゃ……」
「御託は良い! さっさと……って、んん?」


 ふと、少女が何かを考える。


「……というか何なんだこの状況は……まるでお前達外道がアタシとサーガ様を助けてくれたみたいじゃないか……」


 どうやら、ようやくこの状況を正常に整理し始めたらしい。


 草原でブッ倒れて気付いたら民家の中で、それなりに手当もされているんだ。
 どう考えても、気絶中悪い様にされていた状況では無いだろう。


「まるでじゃなくてそうだぞ」
「そうですよ」
「だぶい」
「………………え? …………そうなの?」


 というかこの状況で疑う余地があるのか。
 どんだけ人間に悪いイメージ持ってるんだ。


「い、いや、でも……人間じゃん」
「だから何だと言うんですか」
「だ、だって人間って……」
「世間一般全てそうだとは言いませんが、少なくとも私達はあなた方魔人に嫌われる様な事はしてません」


 まぁ即行でこいつらの面倒みるかとか判断しちゃってたしな。


「…………確かに、そう……みたい、だが…うーん……」


 俺達に敵意が無い事は理解してくれたのだろう。その瞳から攻撃色が抜け落ちた。
 だが、まだやや疑いの視線が向けられている。


 そんな中、少女の腹が豪快な鳴き声を上げた。
 まるで地鳴りの様な、すさまじい腹の音だ。


「……っ…恥ずい……!」
「まぁ点滴ではお腹は膨れませんからね。それに私もやや空腹です。御飯にしましょう」
「で、でもアタシは……」
「外道呼ばわりした事は気にしていません。そういう環境で生きてきた以上、多少の偏見は仕方無いでしょう。これからは改めてください」
「て、天使! 有り難……はっ、まさか毒とか入れる気じゃないだろうな!」
「……この期に及んで……んなもんこの家にありませんよ。……まぁ、ご所望なら毒草の類を摘んできますが」
「所望しない! 断じてしない! 変な疑い持ってごめんなさい!」
「そうですか」
「そうです! そしてご馳走になります! 外道とか言ってごめんなさい!」


 何か温度差のある会話だな。


「あぼう、んー」
「ん? どした?」
「サーガ様もお腹が空いたのですね」
「でう!」
「……なんでわかんだ、今ので……」


 今の赤ん坊の声が、言語として意味を持っていたとは到底思えないのだが……


「ああ、それにしてもサーガ様……すっかりお元気になられて……感謝するぞ、人間」
「さっきまで散々外道呼ばわりしてたくせに……」
「過去は気にするな。切り替えは大事なんだぞ。アタシの矜持だ」


 にしても切り替え早すぎだろ。


「……っていうか、何でさっきからこんな赤ん坊に様付けしてんの?」
「なっ、こんな赤ん坊とは何事だ! サーガ様は魔王様のご子息だぞ!」
「へぇ魔王の………………」






 ………………は?






「はうあっ」


 しくじった、そんな感じの声を上げ、少女の顔から一気に血の気が引いていく。
 そして滝のようなえらい勢いで冷や汗を放出し始めた。
 脱水症状を起こすんじゃないかと心配になるくらい汗をかいている。


「……が、ガチ?」
「そ、そそそそそそそそ、そにゃっ……そ、ソンナ訳ナイデスヨ~アタシナニモイテナイヨ~」


 ああ、すげぇ。
 ここまでわかりやすい嘘は初めてだ。


「ま、魔王の……子供……?」
「あぶ」


 俺の言葉の意味をわかっているのか、赤ん坊は肯定する様にうなづいた。





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