異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

失意の中、色々考える第3話

 三日月が笑っている。
 きっとアタシを馬鹿にしているんだ。


 主君も仲間も失って、それでも醜く生きながらえるアタシを。


 それでも、負けてたまるものか。
 生き恥なんぞ、いくらでも掻き捨ててやる。


 アタシの使命は、最早ただ1つ。


 あのお方の残したモノを、守る事。


「あぶ?」
「……大丈夫ですよ。不安がる事はありません」


 でも、アタシ1人の手じゃ守り切れない。
 このお方の存在が知られるのは時間の問題だ。


 そうなれば、きっと―――


「『あの野郎』の真意はわかりゃしませんが……アタシは絶対、あなたをお守りますから」


 そのためには、まず匿ってくれる者を探さなければならない。


 幸い、アタシの『目』なら、『強い魔力』を持った奴を探せる。
 人間離れした魔力を探せば、『同族』を見つけるのは簡単だ。


 そいつを頼ろう。


 土下座でも、何でもしてやる。
 体でも生命でも、何でも好きにさせてやる。


 あのお方の残したモノを守るためなら、アタシはどうなっても、構わない。










「あーあー……」


 キッチンでサラダをこしらえながら、セレナはテレビに視線をやって呆れ顔。


 テレビに映っているのは朝の報道番組。目覚ましテレビ的な奴。
 画面いっぱいに撮されたハンサムな中年が、「魔王城での戦いは熾烈を極め~」とか淡々と語っている。


 魔王を討った最強の冒険者集団『レッド・ガーヴェラ』。
 そのリーダー、『世界最強の冒険者』ゲオル・J・ギウスの独占インタビュー映像、だそうだ。


「まぁ何と言いますか……あなたがノロノロしてるからです」
「お前……それは無いだろうよ……」


 もうちょっと元気よく反論したい所だが、今の俺にそんな元気など無い。
 食卓に突っ伏し、ゲオルさんとやらのやたら無愛想な面を眺めているだけでも、ゴリゴリと精神的HPが減っていく。
 山本君並にゲオルさんが憎い。


「……せっかく、今日から本格的に魔法……教えるはずだったのにね……」
「え、姉さん、もう拡張は良いんですか?」
「……良い、というより……残念だけど…もう無理……ロマンの魔力上限値、もう私の数倍……これ以上やっても…多分効果薄い……」


 彼女の言う効果とは、魔力上限の上昇の事か、それとも俺のリアクションの事か。


 まぁとにかく、要するに今の俺の魔力の器は大き過ぎて、シルビアさんの魔力量ではその器の天井を押し上げるに到れなくなった、という事だ。
 昨日の拡張が割と平気だったのは、それの兆候だったのだろう。
 ……まぁ結局『何か』を『何処か』に全開でブチ込まれ、気絶させられたが。


「昨日の……は、ついカッとなってやっちゃったけど……ロマンの体の負荷を考えると……流石にそう頻繁にする訳には……だし」


 シルビアさんが何を思い出して残念がっているのかは知らないが、とにかくもう拡張作業という名の地獄は訪れない。
 それだけは喜ばしい事だ。


「というか、姉さんの数倍って……そ、そこまで拡張しなくても良かったんじゃ……」
「え、何? そんなドン引く事なの?」
「姉さんは元々魔力量が異常なんです……これが、一般人、もちろんこの世界のですよ? 一般人の魔力の器だとします」


 そう言って、セレナは俺に見える様にプチトマトを掌で転がす。
 そして、もう片方の手で、プチトマトの10倍近い体積があるトマトを持ち上げ、


「姉さんのはこれです」
「俺そこまで魔力増やす必要あったの!?」


 一般人の10倍近い魔力総量を持つシルビアさん、その更に数倍。
 どう考えても多すぎやしないか。


 っていうか俺の気付かない間に俺の体開発されすぎだろう。


「……楽しくて、……つい……」


 ドSっていうか、もう最低だこの人。


「……しかし、ある程度拡張したら普通は拡張限界ってモンが訪れるはずなんですが……身も心もアホですね」
「お前はもうちょっと傷心中の俺を労ろうか」


 俺は俺で異常体質、という事なのだろうが、今はそんな事どうでもいい。


 魔力がどれだけあろうと、魔法が使えなきゃ何の意味も無い。
 銃弾を山の様に所有していようと、『銃』が無いのでは使い道が無いのだ。


 そして、もう『銃』を手に入れる必要、『魔法』を学ぶ必要は、無くなった。


 だって、その魔法で倒そうとしていた魔王様は、もうこの世にいないのだから。


「で、今後の身の振り方、決めたんですか?」
「……ゼンノウに土下座でもしてみようかな……」
「……多分無理……魔法には……絶対に改変できない『原則』が……必ずある……」


 ゼンノウの『試練をクリアした者の願いを叶える魔法』の『原則』は、『一度発行した試練を変更できない』という事、か。
 確かに、ゼンノウは絶対にこの条件は譲れないと言っていた。
 それは彼女の意味不明な意地とかでは無く、魔法の性質上仕方なかった事、だった訳だ。


「…………」


 一瞬、妙案の様な物が浮かんだが、すぐに自分で没った。


 それは、シルビアさんかセレナに頼み、どちらかに「異世界を行き来する能力をください」とかゼンノウにお願いしてもらう、という案。
 そしてその試練をクリアしてもらえば、俺を元の世界へ戻してくれる異世界間タクシーの完成である。


 しかし、それは彼女らが了承したとしても、絶対にやってはいけない事だ。


 ゼンノウは言っていた。
 願いを叶えてあげるのは、1人に付き、1度きりだと。
 彼女らの『願いを叶えるたった1度のチャンス』を、俺のために潰させて良いはずが無い。


 そのチャンスは、彼女達が自分なりの望みを見つけた時に、活かすべき物なのだから。


 綺麗事を並べてる場合か? と自分でも思うが、納得できない物は仕方無い。


「ま、元々偶然の様な形でこちらに来てしまったのでしょう? もう偶然帰れる事を祈るしか無いのでは?」
「それしかねぇのかなぁ……」
「……一応、訓練も続ける……?」
「そうですね、もしかしたらひょっこり第二の魔王とか出てくるかも知れませんし。可能性としては限り無く0に近いですが、それでも0ではありません」
「……うん……続けるべき」
「そうですね。実にそうです」
「……お前ら、んな事を言いつつ俺をシゴキたいだけだろ」
「……バレてるなら建前……いらない……強制」
「だそうです」
「悪魔共が!」


 俺はメランコリーに浸る事も許されないのか……








 魔王の訃報から数日後。


 すっかり春真っ盛りな牧場。


 俺は読書するセレナを肩車しながら、ウサギ跳びで草原を跳ね回っていた。


「しかしまぁ、続く様になりましたね」
「……ああ、我ながらびっくりだ」


 この数日で、俺の体力保持力スタミナは飛躍的に上昇していた。
 魔力が多いと身体的にもそれなりに影響が出るらしく、1回のトレーニング毎の『スタミナの増え幅』が凄まじい事になっているらしい。


 かれこれ、この体をぶっ壊すためだけの様な無茶苦茶な訓練をもう1時間程続けているのだが、あまり疲労を感じない。


 その域まで魔力上限値を底上げできるなんて、異世界人の体はどうなってんだ、とゴウトさんはやや舌を巻いていた。


 俺が特別なのか、それとも俺の世界の住人は皆そういう物なのか。
 そこんとこはわからないが、まぁ悪い事では無いので素直に喜んでおこう。


「シゴキ甲斐がありません」
「本当、この訓練の目的を忘れてるよなお前ら姉妹」
「それはそうと、魔法の方はてんでダメらしいですね」
「……ああ、シルビアさんがマジで黙り込むくらいにな」


 まぁ、何事も上手く行っている訳では無い。


 魔王が討たれた事は言わずもがな、
 残念な事に、俺は魔力を溜め込む事には長けているが、魔法の才能は微塵も無かったらしい。


 もう何日も魔法の基礎訓練である、『魔力の具現化』とやらに挑戦しているが、全く上手くいかない。
 魔力を放出する事自体はできているそうだが、それだけ。
 魔法かたちになっていない。


 本当に才能が無い、もしくは、魔力が多すぎて細かい操作が効かないのでは、という話だ。
 後者である事を祈りたい。


「……で、何かしら、答えは出ましたか?」


 ページをめくる音と共に聞こえた質問。


 答え、というと、やはり今後の身の振り方について、だろう。
 ここ最近何度も聞かれてるし。


「……ゴウトさんに、『冒険』に出てみれば、って言われたな」
「冒険、ですか」


 俺も、それが最善の様な気がする。


 俺が元の世界に帰れる希望は、最早『奇跡』以外ありえない。
 ここでスローライフ&トレーニングをしているだけでは、起こせる奇跡も起こせないだろう。


 この世界を周り、奇跡のきっかけになりそうな物を探す。


 とりあえず手当たり次第に川に飛び込む、とか。


「魔法も使えないくせに……」
「だから、魔法も使える様になってからだよ」


 体力と筋力だけは一級品になってきたが、それだけで冒険に出るのは自殺行為だろう。


 ここを出るなら、ゼンノウが言っていた『冒険家』として生計を立てる事になる。
 それはつまり、危険地域ダンジョンへ身を投じる、という事だ。
 あの森にいた様な怪物がウヨウヨいる場所に、自慢の肉体+多少の武器と防具だけで挑むなど正気じゃない。


「ま、まだまだ先の話だわな」


 ああ、高校の出席日数大丈夫かな……
 っていうか今まで自分の事で頭いっぱいだったが、家族や友人もきっと心配しているだろう。
 ……山本君も、一応心配くらいはしてくれてるだろうか。まぁされたく無いが。


 向こうの世界での俺の将来のため、それに家族や山本君以外の友人のためにも、頑張らなければいけない。
 だからと言って、事を急いでこの世界で八つ裂きになっては元も子も無い。
 人生とは何故こうも煩わしい事が多いのだろうか。


 そんな事を考えながら跳ね回っている時だった。


 不意に、人の気配を感じた。


「ん?」


 牧場を囲む様に広がる森の中から、人影が現れた。


 フラフラと、今にも倒れそうな足取り。
 全身をマントで覆い隠したその人物は、胸に何かを大事そうに抱えていた。
 ……遠目で少しわかり辛いが、赤ん坊を抱いている、様に見える。


「誰だろう」と俺とセレナが視線を向ける中、その人物は、


 倒れた。


「なっ……」
「っ、訓練中止です! 行きますよロマンさん!」
「お、おう」


 俺の上から飛び降り、セレナは倒れた人物の元へ駆ける。


 伊達に俺の身体トレーニングをコーチングしていた訳では無いらしく、とてつも無い瞬足だ。
 まぁ今となっては俺もそれに並走できる域に達しているが。


 俺とセレナが近寄ると、倒れた人物は力無い動作でこちらを見上げた。


 顔まで隠していたマントが落ち、その顔が露わになる。


 銀色の頭髪に褐色の肌をした少女だ。
 俺と同い年か、それ以下だろう。


「角……?」


 その少女の頭部には、小さいが、2本の角が生えていた。


「魔人ですね」


 魔王の説明の際、そういう人種がいるという事は聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
 角の有無以外は俺ら人間と大差無い……と思ったが、よく見るとマントの裾から尻尾らしき物の先端が溢れていた。
 そういえば角と尻尾が~とかゼンノウが言ってたっけ。


 漫画とかだと亜人の尻尾って大抵弱点や性感帯だったりするが、魔人はどうなんだろう。
 そんなどうでもいい疑問が浮かんだが、そんな場合じゃない事を思い出し、脳内からその疑問を振り払う。


 大丈夫ですか? とセレナが問うと、魔人の少女は口を動かした。
 しかし、声が出ていない。
 相当、衰弱している様だ。


 そんな状態にも関わらず、彼女は全精力を振り絞り、声を捻り出した。


「……アタシは…いいから……」


 そう言って、大事そうに抱えていたモノを、俺達の方へ。


 それは、やはり赤ん坊だった。生まれて1年経ったかも怪しい。
 髪色は輝かしいブロンドだが、少女と同じ褐色の肌、そして角が確認できる。


 その赤ん坊も、かなり衰弱している様子だ。


 いや、衰弱とか言う次元じゃない……これは、死にかけというのではないか……!?


「サ……ガ様……を……助けて……!」


 死に物狂いで懇願する様な、そんな必死な声だった。


「っ……! 急いでウチに運びましょう! ロマンさん!」
「わかってる!」


 言われるまでも無い。


 赤ん坊はセレナに任せ、俺は少女の方を担ぎ上げる。
 そして、急いで家へと向かった。



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