SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

退屈

 モースル。イラクにある大理石や石油生産が盛んな大都市だ。市街の真ん中にはチグリス川が通っており五つの大きな橋でつながっている。八千年も前から人が住み続ける歴史の深い都市だ。時代が時代なら世界的な商業都市として人々の活気と都市の繁栄を謳歌していた。

 しかし現代、モースルは悲劇を何度も味わっている。イラク戦争によるアメリカ軍との対立、ISILによる侵略により政府施設や警察署は機能を停止し市民は弾圧、殺害された。

 政治はISILが仕切り、殺された民間人の遺体は資金作りのために臓器を摘出された。

 ISILによる恐怖政治がこの地を支配していた。だがそれも政府軍により奪還が行われている。民兵も自衛のため立ち上がった。その勢いはISILを押し返し優勢となっている。

 それがモースル。歴史の節目、この地は支配者を変えながら暗い時代が続いている。支配と略奪、抗争と奪還を繰り返しながら、それでも人々は懸命に生きていた。人間が持つ心の闇、残虐さを煮詰めたようなこの場所で、それでも日々諦めることなく生きている者たちがいる。

 そんな人間性がむき出しになったこの場所で、一人の男は退屈を持て余していた。

 崩壊したモスクの瓦礫の上で横になり青空を見つめている。黒の軍服、ちじれたやや長い黒髪、鍛え抜かれた肉体をだらしなく地面にあずけ、アベルは首に刻まれたタトューを掻いた。

「待つ、ていうのは苦手だな~……」

 目の前に広がるのは薄い青を伸ばした空に白い雲。時間がゆったり流れるこの感覚は牧歌的で穏やかな空間だ。

 この男がなにより嫌いな場所だった。

 この男が求めているのは戦場だ。命を育むのではない、命を散らし命を貪る。そんな血と肉が飛び散るバトルフィールド。

 それを表すように、モスクの前を通る大通りは惨劇の有様だった。

 軍服を着た兵士たちの遺体がいくつも横たわっている。それもただの戦死とは違う。まるで爆撃にでもあったかのように人体はバラバラに散らばり、しかし爆発が起こった跡はない。それはぬいぐるみを乱暴にやぶかれたような惨状だった。

 肉片と血痕が散らばった大通りは凄惨の一言だ。

 そんな場所で、この男は悠々と横になっていた。

「皆殺しはいいんだが、それから先は考えてなかったわ」

 呑気にも独り言を重ねる。そうでもしなければこの退屈に押しつぶされそうだ。なんとか耐えようにもそれはさきほど使ってしまった。

「味方も殺しちまったし」

 アベルはふと横を見る。視線の先には軍服に混ざってイラクの民族服の男たちが死体で横になっている。民間人ではない。全員ヘリでアベルと共にここへ来た味方の部隊だ。アベルに反抗的だった青年も、年を重ねたベテランの男性も遺体となってそこに並んでいる。

 多国籍軍やイラク政府軍を殲滅したあと、なかなか現れない敵に耐えかねたアベルは味方を殺し始めたのだ。彼らは戸惑い反論や説得を試みたが問答無用、アベルからしてみればどうでもいい主張だった。

 オオカミ相手に羊が料理を作るようなものだ。出来上がるまでもうしばらくお待ちくださいと言われてもお前を食えばいい話。

 が、それもなくなった。

「これならピザ箱でも持ってこればよかったな。仕方がねえ、散歩しながら拾い食いといくか」

 アベルは立ち上がった。百九十センチにもなる長身が瓦礫を踏む。

 その姿は最強最悪の魔人。殺人を行うために意思を持った嵐が移動しようとしていた。

 が、そこでアベルの目がもう一度上空へ向かう。

「ほう……」

 そこには輸送機が一機飛んでいる。高度は一万メートル以上。常人では知覚不可能な高高度にて飛行しているそれをアベルは的確に捕らえていた。その輸送機のハッチが開けられ一人の影が飛び降りてくる。それはアベルの位置に急速に落下してきた。

「ようやくきたか」

 みるみると接近する影は高度三百メートルを切り、二百メートルになってもパラシュートを開かない。そのままアベルの前方、大通りへと落下、着地した。

「おー」

 アベルから声が漏れる。人間にしてはなかなかの登場だ。

 道路は陥没し煙が上がっている。それは煙幕の役目を果たし姿が見えない。

 アベルは構えることなく悠然とした立ち姿のまま相手の出方を伺っている。いったいどんな相手なのか。

 そう思っていると突如煙りの中から光弾が放たれた。アベルは顔を横に動かしそれをかわす。髪の先が焦げたが視線はずっと煙を見つめ続けていた。

 アベルを撃った者。その者が煙から一歩を出し姿を露わにする。

 スキンヘッドに近い短髪の男性だった。アベルを上回る大柄の巨体を深緑の軍服で包み、肌は雪のように白い。

 ロシアか。アベルは財団から聞かされていた対戦相手を思い出し口元を持ち上げた。

 彼の特長。それはなにより今アベルへと光弾を放ったその右手だ。

 肘からさきが義手になっている。それも手ではなく砲身となっており中ではエネルギーが渦巻いている。それが変形し鉄の手となった。

 カメラとなった眼球はレンズの度数をアベルに合わせ、彼を分析していた。 

 その表情は愉悦すら浮かべるアベルとは対照的に無表情であり鉄のような顔だった。

「対象確認。作戦開始」

「……ち」

 待ちに待った対戦相手。退屈していたアベルには願ってもない展開だ。が、鋼鉄を思わせる相手を前にアベルは顔を嫌そうに歪めた。さきほどまでの笑みはなくなり落胆したように頭をかく。

「待ちに待った食事がジャンクとは笑えねえな」

 相手は見たところサイボーグ。機械と人体が融合した兵士だ。そのボディが銃弾を弾くのであれば文句なしのG4。戦う相手に相応しい。

 けれどそうではない。そうではないのだ。この男が望む対戦相手とは決して心まで鉄に変えた人でなしではない。

「そんじゃ始めるか」

 アベルは頭をかいていた手を男に向け、人差し指を小さく動かした。

「こいよ木偶、遊んでやる」

 最高の相手ではないが勝負は勝負。そこには戦いを愛する者としての歪んだ笑みが浮かんでいた。

「SCP版 エンジェル・オーバードーズ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く