SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

エリー

 なにもない部屋だった。あるのは安物のベッドと洗面台くらいで、ここは独房と変わらない。外部との通信は当然なく、テレビやラジオすらない。外界とは遮断された空間だ。

 それが、エリーの部屋だった。

 フェルナンドとの戦闘のあとから三日が経った。治療を終えこの部屋へと戻った彼女はベッドに横になり電球の明かりを見つめている。

 じっと見つめる瞳には戦闘後のホッとした気配はない。むしろ真剣に、鋭さすら保ちながら見上げていた。無言で見つめる先で彼女はなにを思うか。

 それは一つ。三日前から彼女はそのことばかりを考えていた。

 さきほどから一つのことを考えている。

 自分は、果たして一人で勝てたのだろうか?
 
 フェルナンドとの戦闘。それは初めてのSCPとの戦いだった。異能戦もだ。はじめて超常の存在と出会い、はじめてその脅威を体験した。

 自分は、果たして勝てただろうか。

 フェルナンドとは当初一人で戦っていたが攻撃はかわされ、仮に成功しても埋葬は脱走され土塊を当てても効果はなかった。自分の火力よりもフェルナンドのタフネスさの方がはるかに上。作戦時では生き埋めにすれば勝てるという見込みだったがひっくり返されてしまった。

 あのまま、一人で戦っていたらどうなっていた? 頭の中であの時の戦いを描く。再現に試行を加えいくつものパターンを繰り返しては敗北を重ねていく。

 エリーの口元が忌々しく歪み、舌打ちした。

 結局、フェルナンドの討伐は自分が成功させたということになった。保管記録にもそう書かれている。EUのG4はフェルナンドと交戦し戦死扱いだ。

 だがエリーは知っている。それが偽りであることを。すべては面子を優先させただけのねつ造に過ぎない。真実はこうだ。

 自分とフェルナンドの戦闘中、イレギュラーG4が参加。彼がフェルナンドを倒し、情報拡大阻止のために派遣されたベルトラムも彼が倒した。

 これが真相だ。

 だが、どの記録にもイレギュラーG4の記述は一つもない。

 あいつは、今もなお公式には存在しないことになっている。それもそのはずで、あんなものを認めてしまえば各国の面子は丸潰れだ。あのイレギュラーだけでどれだけのSCPを倒したというのか。どの国だって自国のG4がSCPを倒したという実績が欲しい。それだけで他国よりも優位に立てアドバンテージになる。

 そんな各国の目論見はしかしイレギュラーによって思わぬ方向へと転がっている。

 さきほど、オールド・マンが倒されたという報告を聞いた。やはり倒したのはあのイレギュラーだった。

 この作戦、その中で想定外であった部外者の存在感、影響力が膨らんでいる。

 そして、自分はその名を知っている。

「ファースト……」 

 やつはフェルナンドを倒した。あれは、本来なら自分が倒すべきだった。自分が倒さなければならない敵だった。

 しかし自分に十分な力はなく、誰を救うこともできなかった。

 もし自分が一人だったら? もし倒せなかったら? 国連軍の包囲網ではフェルナンドを止められない。多くの犠牲が出ていた。軍部だけではない。民間にもだ。

 エリーは悔しさに歯噛みした。同時に別の悔しさにも手を握りしめる。

 やつは、誰かを守るために戦っていた。ただ倒せと命令されて戦っていただけでなく、自分の意思を戦場で発揮し戦果を納めた。

 ファースト。少なくとも、あの場に必要だったのはあのような男だ。もしかしたら、この戦場においてですらそうかもしれない。

 自分は、あいつに憧れているのか?

 それがいやだった。そう思った瞬間手は痛いほどに握りしめられ、ベッドを強く叩いた。自分が、誰かに憧れる? 不甲斐ない。恥だ。そんな考えあるわけがない。そんなもの自尊心の欠片もない弱者が抱く感情だ。

 私は違う。学生時代から成績は優秀、空軍だった父の影響で軍に入り、それからも順位は変わらなかった。そんな自分に舞い込んだ極秘計画、G4製造への参加。私は選ばれた。そこにはたゆまない努力と他にはない才能があった。自分は特別だ。その自負がある。

 奴に、憧れなどない。

 彼は、今後どうなるのだろう。また会うことはあるのだろうか。その時は、また味方として?

 それとも、敵だろうか?

 どちらにしても、次の戦い。相手が誰であろうとも勝たなくてはならない。政治的な記録上の勝利なんかじゃない。正真正銘の勝利だ。敵を倒し、守るべき人々を守る。

 それこそが軍人の勤め。父から教わった誇りだ。誰かのために戦うからこそ、誇りを持てる。

 白い光の中に、彼女は静かに決意を固めていった。次こそは、胸を張って帰還できるよう。

 その時、扉が叩かれた。

「起きろ」

 開けられた扉から現れたのは上官だった。

 上官の入室に体を起こす。軍服姿の壮年の男性は鋭い表情で彼女を見た。

「次の行動が決まった」

「敵は?」

 彼女の表情も険しさを増していく。戦闘だ。脱いでいた上着に腕を通しながら上官の顔を仰ぐ。

気合いは十分、いつでも戦える。

 そんな彼女へ、上官は冷淡な口調で告げた。

「イレギュラーG4だ」

 彼女の表情が、固まった。

「SCP版 エンジェル・オーバードーズ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く