SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

誇ってくれる

 獅子王の話を聞いて守人は思う。

 彼は根がいい。優しいのだ。異能という特別な力すらマクロな観点から考えている。それも自分のためでなく、人のために。

 特別な力の存在を知りながらも彼は誇示することではなく誰かの役に立てようと思った。そう思える人が何人いるだろうか。

 彼は立派な人格者だ。

 だからこそ分からない。そんな人がなぜここにいるのか。

 獅子王は懸命に言うがその顔が思い出したように退いていった。

「だがね、それでもやはり注目されるのは軍事の面だ」

 そう言う獅子王は寂しそうで前に傾いていた体を元に戻した。

「異能を広めよう、活用しようとしてもそのためには研究が必要だ。そして金がいる。金を使うためにはその見返りが必要だ。最先端科学が軍事分野から生まれることは珍しくない。皮肉な話さ。
人の役に立とうと思っても、そのためにはまず人殺しの手伝いをしなくてはならないなんてさ」

 獅子王は小さく笑うが守人には笑えなかった。彼の弱気な笑い声を聞き真剣な顔で見つめる。

「私はかつてSCP財団の研究員をしていた。そこが超常現象のいわば最先端だったからだ。けれどいつしかついていけなくなった。そんな時に声をかけてきたのが特戦だったというわけだ。そこで私は今も戦争の道具を作らされている」

 獅子王の葛藤は辛いものだ。目的と手段が逆行している。それを自覚しながら歩む道のりは苦行そのものだ。

 けれど、それでも彼は諦めていなかった。

「けれどね、諦めたわけじゃないんだ。私は独立する。そして異能という力を隠すのではなく有効に使いたい。この力を使えば救えた命もあるだろ。それを次は救いたい」

 これほどの現実を味あわされてなお立ち向かっていく。彼の強さが感じられる言葉だった。守人は小さく笑った。

「そうか。……目処はあるのか?」

「君にだから言うが、室長とはエフェクトの完成とそのデータの提供が契約内容だ。しかし、なにを以て完成とするかは決められていないから先は長いだろうな」

 獅子王は笑いコーヒーを飲み込んだ。こんな状況でも笑える気力はなかなかに剛胆に思えた。

「私の戦いもいつ終わるのか分からない」

「家族は?」

 そう聞くと獅子王は財布を取り出しそこから一枚の写真を見せてくれた。

「私の妻と息子だ」

「へえ」

 いることも知らず当然見るのも初めてだ。初めて見る獅子王の家族に守人の表情も明るくなる。

 そこには保育園の入園式だろうか。門の前に立つ獅子王と一人の女性。そして間には小さな男の子が立っていた。上機嫌に笑う両親に挟まれながら当の本人はやや不機嫌そうなのがどこか微笑ましい。

 見れば獅子王も若い。それにこんな風に笑っている姿は守人の知る四年間の中にはなかった。

「もう何年も会っていない。私は公には死んでいることになっているしな」

「そうなのか」

「それが財団に入る条件だったんだ。私は家族を捨てた男だ」

 家族を見る獅子王は微笑んでいるが目はどこか寂しげで、それは家族への郷愁と負い目を感じさせる顔だった。

 夢のために家族を捨てた。それは果たして正しいと言えることだったのか。すべては結果論かもしれないが迷いは晴れない。

「でも、叶うならもう一度会ってみたい」

 異能を広め人の役に立てたいと思っても人の親であることに違いはない。置いてきた過去に、しかし親の心までは捨てきれない。

「迷惑かもしれんがな」

 少し暗い雰囲気になってしまった。そんな空気を払うため獅子王はまたも笑いながらそう言った。

「いや」

 だが、守人は真剣なまま否定した。

「誰かのために行動したんだ。それは誇らしいことだ」

 守人の言葉に、獅子王のコーヒーを飲もうとする手が止まる。そして守人を見た。

「息子さんだって、誇ってくれるさ」

 自慢げに、それこそ誇るような表情だった。

 もし家族と再会したらなんと言われるだろう。理由はどうであれ自分が姿を消したことで負担をかけた。おかえりなさいなんて言ってもらえる保証なんてどこにもない。非難されたとしても言い訳なんて出来ないのに。

 それを、この青年は誰よりも知っているというのに。

 そう言ってくれるのか。誇りに思うと。

 獅子王は、小さく微笑んだ。

「ふん。言ってくれる」

 獅子王はコーヒーを一気に飲み干した。そして立ち上がる。

「診察は終わりだ。麗華嬢も心配してるだろう、行ってやるといい」

「そうだな」

 守人もコーヒーを飲み干し立ち上がった。紙コップをゴミ箱に捨てる。

「ごちそうさま」

「おう」

 守人は部屋から出て行った。扉が閉められここには獅子王一人になる。彼は机に座りパソコンに向かうが、その手がすっと止まった。

「誇ってくれる、か」

 さきの言葉が不意に蘇る。自分は家族を捨てた。さらには不本意とはいえ人殺しに荷担までしている。

 獅子王の負い目は大きい。そんな思いが家族への後ろめたさにもなっていた。出来るなら家族と再会したいとは言ったが躊躇う気持ちだってある。

 そんな獅子王の胸に守人の言葉は明るすぎた。「誇ってくれるさ」と、そう言ってくれたことにしわが増えてきた顔にまたしわが浮かぶ。

 彼の言葉に獅子王はかつての友を思い出していた。

「痺れるな、正人」


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