SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

防戦

 その腕を動かし、満身創痍で立ち向かう。

 なにかを追いかけたことなどない人生だった。

 なにかに夢中になったことなどない人生だった。

 すべては溶けてなくなり、ゆえに一人きり。

 なにもない人生だった。

 だけど今は違う。この一瞬に、すべてがある。

 溶けない生物、逃げない相手。最後までつき合ってくれる敵。

 言葉を交わしたのは少ないが、オールド・マンにとって守人は間違いなく特別であり。

 心を満たす、敵だった。

「最後までつき合ってもらうぞ、ファースト!」

 これは最初で最後のじゃれ合い、至高の遊びだ。

「当然だ!」

 そして、守人もその宣言に受けて立つ。

 オールド・マンが休むことなく放つ拳の数々。見切れるものは回避するもののいくつもの攻撃が守人の胴体部を破壊していく。ガードするにしても反撃に出るにしてもまだ両腕は回復していない。

 防戦一方だ。オールド・マンはさらに踏み込み間合いを詰めにいく。インファイトに持ち込めば相手はサンドバックだ。

 勝てる。勝機を掴むため文字通り近づいていく。

 しかし、白い一閃がオールド・マンのこめかみを直撃した。

「!?」

 殴打することに集中していたオールド・マンだがそれは視覚的、心理的にも死角だった。いったいなにが起こったのかも分からない。

 オールド・マンは目だけを動かし横を見た。

「!」

 それは、守人の足だった。自分は蹴りを受けたのだ。

(この距離で?)

 ほぼ百八十度の開脚による蹴り。バレリーナと挌闘家が融合したような技にオールド・マンはしばし痺れる。

 これは、異能どうこうじゃない。

 訓練で得た、人の力だ。

 この敵はただ強いだけじゃない。自分のように生まれ持った特性、才能だけで戦っているわけじゃない。

 戦うために、鍛えている。

 鉄を打つように。刃を研ぐように。

 戦うために、己を高めてきたのだ。

 それがなければ自分が勝っていた。

 蹴りを受けたことで体勢が崩れる。そこへ回復が間に合った守人が構えを取った。最高の一撃を打てる姿勢を作り、この戦いに決着をつける。

『打って!』

 二人の戦いに、幕が下ろされる。

 オールド・マンに向け放った拳はやせ細った腹を貫通していた。二人は密着するほど近づき微動だにしなかった。

「…………」

「…………」

 沈黙だけが過ぎていく。そうした中でも滴る溶解液に守人の体は徐々に溶かされていた。

「なぜ離れない」

 刻一刻とダメージを受けているのに離れようとしない。それでオールド・マンは聞くが、守人は答えなかった。

 けれど、離れることもしなかった。

「そうか」

 だから、理解できた。この敵のことを。今、なにを考えているのか。自分が、どうすべきなのか。

「惜しい。君の悲鳴が聞きたかったのに」

 この時間はもうすぐ消える。その終わりを惜しむが後悔はない。

 この幸福だけは、自分でも溶かせはしないのだから。

「ふっふっふっふ」

 オールド・マンは笑う。不気味に。けれど満足げに笑っていた。人類の敵の最後には似つかわしくない充実した顔だった。

 オールド・マンから笑い声がなくなると彼の体が溶け始めた。ドロドロの液体になり守人の腕をすり抜けていく。そうして全身が溶けてなくなりオールド・マンは消滅していった。

『……対象の消失を確認。任務終了よ』

 ヘルメットから麗華の声が聞こえる。その声は安堵したようだったが喜びはなく、それ以上に呆れていた。

『馬鹿なことをして。もし大変なことになっていたらどうするの? 要らない心配をかけないで。お願いだから』

「すまない」

 彼女の切実な願いに守人は小さく謝る。腕を突きだしていた姿勢を戻した。

「でも、終わった」

 敵はいなくなった。ここには一人、勝者である守人が立つだけだ。賞賛する声も非難する声もない。たった一人の世界で、守人は静かに佇んでいた。

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