SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

満身創痍

「ぬぅう!」

 オールド・マンにはじめて焦りが出てきた。

 状況は自分が有利なはず。しかしこれはどうだ?

 自分を殴った守人の拳が、溶けきっていない。溶けて変形しているのは見て取れるが、肌までは見えていない。

 その拳で、またしても攻撃してきた。

「がは!」

 三回に一回だったペースがもう一回に一回になり、さらに傾き、こちらが攻撃するまでに二回も攻撃するようになっている。

 形勢が逆転している。いつの間にか、自分が不利に追い込まれていた。

 持久戦だと多寡をくくったツケか。しかし自分の溶解液に耐性を持たれるなど考えだにしない。この力は自分の象徴、自分そのものだ。それに疑問を抱くなどあるはずがない。

 この敵は、そんな自分自身を越えてきたのだ。

「ふ」

 小憎たらしい。悔しくて悔しくて、その身をすぐにでも八つ裂きにしてやりたい。

 しかしなぜだろうか。

「ふふ」

 この口は、さきほどから笑みを表している。

 今まで狩っては投獄されるだけの閉鎖的な時間だった。リピートするだけの退屈で無意味な人生で、自分に彩りを与えてくれるのは少年のあげる苦痛しかなかった。

 それだけしかない人生だった。

 その中で、この敵は現れた。

 強く、勇敢で、極上の獲物。代わり映えしない日々の中でそれは強烈ではじめて変化を感じたのだ。

 この人生を変える、光のようだった。

「があ!」

 守人のアッパーが見事オールド・マンの顎をとらえる。拳の衝撃が脳髄を通り過ぎる中、それでもオールド・マンにはある感慨が走っていた。

 誰かと殴り合いをしたなど、あっただろうか?

 誰かとここまで向かい合ったことがあっただろうか?

 ない。自分は今、人生で初の体験している。

「ははは」

 それを認めた時、笑みは笑い声になっていた。

「ははははは!」

 一度開いた口はもう止まらなかった。愉快だ、愉快で仕方がない。

 誰もが拒絶した私を、この敵は相手になってくれるというのか。

 アッパーを受け後退していく足を止めた。オールド・マンはだらしなく頭を下げ、そこで聞いた。

「君、名前は?」

 そういえば、まだ名前を聞いていなかった。今までなら気にしたこともなかったのに。

「ファースト」

 聞こえてきたのは彼のコードネームだった。本名でなかったことが少しだけ残念な気もしたがそれすらもどうでもよかった。

「ファースト……」

 その名を、まるで想い人のようにつぶやく。特別な者の名を。噛みしめるように。

 甘美な響きだ。なによりそのネーミングがいい。

 彼との出会いは、自分に多くのファーストを与えてくれた。

 オールド・マンは顔を上げ体勢を整えた。何度も殴られた肉体はところどころ破壊されており左腕はまったく動かない。肋骨もいくつか折れている。そんな重傷ではあるが、オールド・マンは立った。立ち続けた。この敵に無様は見せられない。

 常に気丈に、敵として立ちふさがる。

「私の名はオールド・マン」

 それが、この一瞬を紡ぐ二人の関係だから。

「君の、敵だ」

 敵だから、彼は立ち向かう。敵だから、この時間がある。

 敵である限り、この戦いは終わらない。

 オールド・マンは走った。同時に手のひらに貯めていた溶解液を投げつける。

 守人はかわさず左腕で払った。耐性を身につけたエフェクトスーツなら十分だと判断した。

 しかしそれは裏目だった。溶解液をもろに受けた左腕はジュウと焼けるような音を立てながら溶けだし守人の肉体にまでダメージを与えていた。当分左腕は使えない。

 守人の左腕を封じさらに接近する。迎え撃つために守人も右腕を振り上げた。

 そこでオールド・マンは口に含んでいた溶解液を吹きかける。

 近い。左腕がぶら下がった状態では重心もずれており咄嗟に動けない。

 守人は仕方がなく右腕で受けた。それにより右腕も動作不能に陥り両手が下がってしまった。

 着実に守人の動きを封じ、オールド・マンは攻勢に移る。無防備になったその体へ何度も殴りつけた。

『こいつ、いったいどこにまだこんな力が?』

 オールド・マンに殴られ守人の損傷もひどいが、オールド・マンだってそれは同じだ。腕を動かすにしたって満足にはできないはず。

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