SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

失敗

 この異常事態に麗華から苛立ちのある声がかけられる。無理もない、こんなのは想定外だ。早く次の手を打たなくてはならないのだから原因が分かったのなら理由と解決手段を早く言って欲しい。

 だが、それが分かっているはずの獅子王から答えは出てこない。代わりに返ってきたのは無情なものだった。

『いや、あれを燃やすことはできない』

『燃やせない? 燃やせないってどういうことよ』

『あのSCPは、空気を解かしてる』

『空気?』

 その一言に麗華は目を丸くした。ここにいる全員がそうだった。

『空気を解かしたって、じゃああそこは今どうなってるのよ?』

『おそらく真空かそれに近い状態だろう。酸素はゼロだと思っていい。そのため炎が不完全燃焼を起こし消えているんだ。真空では熱も伝わらん。触れなければ比較的安全だと思っていたが、酸素がないとなると……』

『そんな!?』

 これはシンプルな脅威だ。単純な殴り合いから高度な異能戦まで様々な戦闘があるが、酸素がなければ呼吸ができない。相手の攻撃を受ける受けない以前に、生命が維持できない!

『でもそれは相手も同じでしょう! この事態は長くは続かないはずよ』

『ケテルクラスのSCPはたいてい呼吸や食事、睡眠などの生命維持活動を必要としない。また老化もない。期待するだけ無駄だ』

『なんてインチキ!』

 もはや生物ではない。台風や地震と同じ現象だ。こんなものをどうやって倒せばいいのか。

 が、今はまず退避だ。念動力は利かず打撃を与えようとも解かされ、さらには周囲は無酸素状態というのはさすがに想定外。状況を整えるべきだ。

『ファースト、すぐにそこから離れて!』

「いや、もう遅い」

 そのため麗華はそう言うのだが守人は一歩も動かず正面を向いていた。

 守人の言葉に返事が返ってくる。

「その通り」

 炎が、ゆっくりと消えていく。そこからオールド・マンが現れた。

 その様はたとえに相応しくないがモーセの十戒のようだった。炎の海がオールド・マンが歩くにつれ退いていき道を開けていく。燃えさかる一帯を抜けたオールド・マンは不気味な笑みをしていた。

「君は逃がさない。その顔を、その肉を、ゆっくりと解かし、いずれ心まで解かしてあげよう。連日響きわたる君の悲鳴に耳を傾け、いずれ君の心は溶けてなくなる。絶叫も悲鳴も上げることなく、ただ苦痛を無表情で受けるようになった時、君のすべてを解かしてあげよう」

『……なぜやつの声が聞こえるの?』

『知らん』

 オールド・マンは守人を標的としており、光るようなその大きな目は必ず捕まえると言っていた。

 逃げられない。はじめから戦うしかなかったが、そもそも呼吸ができない状態では分が悪すぎる。

『なんとかしなさい宋作!』

 無茶ぶりにも近い麗華からの指示だが言われるよりも早くに獅子王はキーボードをいきおいよく叩いていた。

『今やっている! エフェクトスーツの半有機体で光合成を行いファーストに酸素を供給できるよう調整している。酸素の問題は気にしなくていい。問題はやつの能力だ』

 まるでこの事態すら想定していたかのような性能だが、根本的な問題が解決したわけではない。

『空気を解かし真空状態を作り出しているのに周囲の気圧が変わっていない。やつの溶解液は物理法則に捕らわれない異能の類だ』

「異能……」

 その可能性を考えていなかったわけではないが表情が歪む。

 物理法則に捕らわれない溶解液など手の打ちようがない。仮に対抗策があったとしてもすべてが手探りだ。

 オールド・マンの攻略法が、まったく浮かばない。

「ちっ、撤退だ! 悪いなファースト。役に立てなかったな」

 プランBが失敗し藤森を乗せたヘリが離れていく。もはややれることは無事を祈ることくらいだ。

「急いで逃げろ、そこも安全じゃない」

 離れるヘリを視界の端で見送りながら守人はオールド・マンから目を逸らさず睨み続けていた。

 肌寒さを感じる。直射日光で熱されたアラブの大地の上だというのに、外はまるで極寒だ。常人では耐えられない。真空状態が作り出す過酷な環境では生きていられない。

「さあおいで、それともここで膝をついてもいいんだよ?」

 その中心で笑うこの男はまさしく人類の敵だった。

 エフェクトスーツにより無酸素の問題と耐寒性は解決している。あとはどうやってこのSCPを倒すかだ。

 だが、いろいろ考えたところで手段は限られている。

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