SCP版 エンジェル・オーバードーズ

奏せいや

 今度は守人が彼女の言葉に聞き返した。彼女と二人っきりで話をするというのはほとんどなかったため不思議な感じだった。話をするにしても近くに賢条がいたり麗華がいたりして二人になる機会がそもそも少なかった。

「あなたの精神面です」

「ああ」

 そういえば以前も彼女にそのことを心配されたか。イスラム国の本部をつぶした時だ。

「任務に支障はない。敵はまだ残ってる。戦って倒すだけだ」

 その言葉を言うのに迷いはなかった。実際見栄でもなんでもない。本当にそうするつもりだ。この戦いを途中で止めるなんてことはしない。

「そうですか」

 それを聞いて彼女はどう思ったか。抑揚のない彼女の声は判断が難しい。ただ感覚的に、無関心ではなく彼女なりに納得してくれたような感じだった。

 彼女は立ち上がり上着に腕を通す。着替えを終え守人に振り返った。

「明日も任務です。今は休んでください」

「そうさせてもらうよ」

 牧野は部屋から出ていった。守人は天井を見つめ続けている。薄闇に浮かぶ天井をぼうと眺め、時間が過ぎていった。

 なにもかもが静止しているようだ。静かな時間が流れ、守人の意識も動きを停滞させていく。

 しかし、そこでふと守人の表情が歪んだ。天井を睨み、そのあと腕を両目を隠すように置く。

「なにをしてるんだ、俺は」

 自分に当てた悪態に応える声はなく、彼のつぶやきが暗闇に溶けていく。

 長い一日が終わった。



 彼は普通と違うと言えば違うのだろう。幼い時に親を失ったことも、思春期の多くを孤独感を抱いて育ったことも。

 一般とはやや異なる、特殊な環境で育った。だが、それでも彼は普通の人だ。コミュニケーションが取れないわけでもないし、反社会的な態度をするわけでもない。

 人並みよりも違うところを上げるとすれば、目的意識が高く、優しく、自己評価が低い節がある。そんなところか。

 麗華にとって、守人の印象とはそういうものだった。大人しくて、従順で、率直に言えばいい子だ。

 悪さはしないし姉の自分を慕ってくれる。たまに皮肉を言ってくるのが可愛いくないが、それでも自慢の弟だ。

 彼は真っ直ぐな性格に育ってくれた。優しい心もある。今の彼を見るとかつての自分が少しだけ誇らしく、報われた気になる。それがちょっとだけ嬉しかった。

 でも、だからこそ心配なのだ。

 自分が自信を持って優しく、真っ直ぐな性根の青年だと言える彼だからこそ。

 昨日は、致命的だった。

 彼が一度は救い、再び救おうとして少女は命を落とした。一度救ったというのもこれでは彼の傷口をかえって大きくしただけだ。救えたという安心感が絶望へと反転した落差は通常時よりも深い。

 彼は今、胸に負った古傷を思い出している。その傷を誤魔化すために今までを頑張ってきたのに、その努力すら無駄だったと認識したら彼はどうなってしまうだろう。

 少女の遺体を前にして、彼が両膝を地面につけた姿が浮かぶ。

 無力感に包まれ体を支える力すら失った。

 彼は、生きる希望すら失うのではないだろうか?

 そこで麗華は寝不足のためまぶたが半分下がったまま鏡の前でしていた歯磨きをやめ、一気に覚醒した。

「ガガイ(やばい)!」

 目を見開き急いで口をそそぐ。そして守人の部屋へと駆けつけた。

「守人君!」

 部屋をノックする。というよりも殴りつける。最悪だ、罪悪感に押しつぶされ首でも吊っているかもしれない。もしくは風呂場でリストカットか?

 早く無事な姿を見なければ。麗華はそう願うが、しかし守人の声が一向に聞こえてこない。

「守人君!?」

 もう一度部屋を殴りつける。というよりもタックルをする。もう入れてもらうというよりも押し入る気だ。ドンドンとこんなにも激しい音を立てているのに出てくるどころか返事もない。

 麗華は聖位術を発動させ力を上げた。そのタックルにより扉は壊れ部屋の中に倒れる。

「守人君!」

 麗華は強引に部屋と入り込んだ。

 そこには、歯磨きを口にくわえジーパンに片足を突っ込んでいる守人がいた。

「…………なんだよ」

「あー」

 二人は固まったまま見つめ合う。守人はおもむろにズボンを履き、洗面台で口をそそぎに行った。ガラガラとうがいをする音も聞こえてくる。水が流れる音がした後、手を拭きながら守人が出てきた。

「あともう少しだったんだぞ」

 歯磨きをしていたから答えることもできず、ズボンを履いていなかったから出ることも出来なかったのか。

「……ごめん」

 彼が生きていた喜びよりも、今はただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

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